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幕間 フェリエス・ナイブズ




 最初は噂を耳にした程度だった。



「フェリエス様、今魔法工学部にすごいカワイイ子が入学したみたいですよ」

「カワイイ?」

「お行儀が良くてお人形さんみたいなんですよぉ~。ああかわいかったなぁ~」

「それだけじゃないわ。魔力量も【優級】なんですって」

「む、それはすごいな」



 魔道具を使う際の指標となる魔力量を表す等級。

 初・中・優・上・特・聖・天の順に高くなる。



 私は【中級】だ。

 これでも魔法士の中では普通。



【優級】なら魔法士でも十分通用する。というより、なぜ魔法工学部に?

 そう疑問だった。



 その噂のすぐあと、事件が起きた。




 魔法工学部始まって以来の大発明。



『冷凍冷蔵庫』の誕生だ。




『誰だい? あんなものを造った天才は!!』




 おばあ様からすぐに何か知らないかと連絡がきた。

 当然だ。


 王国一の運河と港湾都市経営を誇る海運王ナイブズ家にとって、冷凍冷蔵庫は流通量を一気に増やす革命的な魔道具だ。これまで内陸まで日持ちしなかった数多くの生モノ、食品はもちろん上質な酒の温度管理や、常温では劣化する薬品の運搬も可能となった。



 驚くべきはその異常な普及の速さだ。



 基幹部品以外をどこでも製造できるようにしたシンプルな設計。

 備え付け、移動式、小型化大型化などほぼ改良の余地がない程に実用化が済んでいた。



 王都では夏頃になると腐敗を防ぐためやたらと塩気の強い食材が多くなる。



 それが今年は食材が豊富に流通し、魔獣の肉なんかも食堂で食べられるようになった。



 まさに革命的大発明だ。




 なのにこの一大発明を成し遂げた者については誰も知らなかった。




 本来ならこの発明者は王宮に召し抱えられてもおかしくない。

 しかし製作者として名が挙がるのは基礎設計に関わった魔法工学部の奇人変人だけ。しかも各々は自分たちの研究成果以外はほとんど知らず、何度か会議をしていたら自然とできたのだという。



 偶然の産物だとでも言うのか。

 それで納得する者もいたようだが私は違った。




 漠然とした話し合いでは考案から製造に至るまでの速さ、浸透する速さが説明できない。




「一体誰が? 教師? いや‥‥‥」



 思い至った人物が一人いた。



【優級】で中等科から編入した人形のように整った容姿の少女。



 思った通り、彼女が各専攻から学生を集めていた。



 今まで日の目を見なかった奇人変人を牛耳ってまとめるなど並みの手腕ではない。




 私は彼女が造る新たな『耐久魔導服』なるものを対抗戦で使いたいと注文した。



 対面すると彼女は困った顔をしていて想像していた油断ならない人物ではなさそうだった。



 彼女は弟と安食堂で働くごく普通の平民。



 一度はそう信じた。



 フーガルとの因縁。

 私の抱える問題に踏み込んできたのは弟のロイドの方だった。



 彼は私をフェリエスと呼び捨てにし、口出しをしてきた。



 私は子供の戯言だと聞き流そうとも思ったが思いとどまった。



 彼は私の身分や立場を理解している。

 その私を利用する気も無い。

 ならなぜ大きなリスクを負ってまで私に口出しをするのか。



 私は単純なことを見失っていた。

 一人隠れて訓練している時間が長かったせいか、生まれのせいか、私は対等な友を持たなかった。




 彼らは私を心配してくれたのだ。




 私はロイドの提案を受け入れ、安食堂の店主を教官とし、訓練に明け暮れた。




 この訓練が想像を絶して辛かった。

 私一人の訓練などただのお遊びだった。

 リヴァンプールで食客に師事していた時も、手加減されていたのだ。



 教官のしごきは容赦が無かった。

 曰く、「おれは南部人だ。東の大貴族だろうと関係ねぇ」という。



 言うだけあった。



 教官は南部でも有名な兵士だったらしく、もはや私が弱いのか教官が強すぎるのかわからなかった。



 王都の闘技大会で優勝した大顎族(オーク)のガンドールが時折教官の相手役(私では全力を出せないからお手本を見せられないという)でやって来ては死闘を繰り広げていた。



 二人曰く、準備運動らしいが、学生のお手本ではない気がした。そんな反論をしようものなら厳しく怒られた。



「役立たずの学生のまま満足か?」

「ひん」



 怒られて泣くとは‥‥‥




 私が泣きながら訓練を受けている間、ロイドたちは魔法工学部に掛け合い、私の杖を製作してくれた。



 ロイドとシスは人を動かすのが上手いものだと感心した。



 魔法工学部といえど、中には大規模な商業同盟で顔役になる家の御曹司や、古くから王宮勤めの魔工技師の役を受け継ぐ由緒正しい家柄の者もいるというのに。



 特にロイドは何やら様々な貸しを作っているらしく例年より遥かに忙しいこの時期に、何度もチューンナップされた杖が私に届けられた。



「まぁ、ロイド君には色々お世話になってまして」

「ごはんとかね。もうあの『腹に入れば何でもよかった時代』は終わった‥‥‥」

「お金とかね。製作費とかの学院との交渉事、おれら苦手だし。仕組みもよくわかってないし。『え、これ経費で落ちるの?』的な」

「仕事とかね。お兄ちゃんたちが就職できたのロイド君の助言で成績表を先生たちに書いてもらったからなのねよね。中退でも今ならいけるって有名な工房に入れたし」

「魔力とかね。もはや彼の魔力が無いと課題が進まない。実験段階でテストできる環境はもう手放せないんだ」

「あと、家の問題とか‥‥‥実家の商売についてとか」




 彼らは相談する相手を選べないのだろうか?


 七歳の新入生にする頼み事ではない。



 そこまで思って自分も同じだと気が付いた。



「でもさ‥‥‥」

「おれたちがこうして専攻の垣根を越えて何かを作れるのはさ」

「そうだね。最初はおっかなびっくりだけど」

「こんなにワクワクする仕事があるなんて」

「何かを変えちまうんじゃないかって想像させられるような」

「何て言うの? 達成感? やってやったぞーみたいな?」

「ぼくらはバラバラなのに、家族より話が通じる」

「自分たちの働きに価値があると実感できる」




 辛そうにしている者は一人もいなかった。



 魔法工学部は熾烈で狭小な世界。

 魔工技師になれる者などごく一握り。

 大半は中退し、普通の鍛冶職人にでもなれれば良い方だと聞いていた。



 なのに、彼らはイキイキとして希望に満ちていた。



「私もあんな眼をする時が来るのだろうか?」




 出来上がった新たな杖を持ち、そう期待する自分がいた。



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