13.競技
気持のいい夏晴れ。学院は夏休みで講義が無いというのにすごい活気だった。
休み明けに対抗戦があるからだ。
対抗戦は南北の魔法学校が交流するというだけでなく、王都で開かれるお祭りのような一大イベント。
対抗戦の代表選手以外にも自分をアピールするために発表の場を設ける学生や、自分の作品を販売する者などがいるようだ。
学園祭と文化祭を兼ねたイベントみたいだな。
「おい、ロイド~お前も手伝ってくれよ」
「は~い」
おれは魔法工学部魔法工学科魔法工学専攻。
各専攻からお声が掛かる。
オリジナルの魔道具の起動に掛かる魔力を提供する。それに夏の間のサービスで軽食やアイスなんかもデリバリーする。
「ふぅ、そろそろいいかな」
おれとシスティーナはその合間に代表戦の選手の訓練を見学してみることにした。
普段は他学部など目障りだといわんばかりにのけ者にされるが、この期間中は応援しているといえばすんなり見学が許可される。
それにアイスでも差し入れれば完璧だ。
「ほぉ~、これは美味いな!!」
「平民の手土産にしては上等ではないか」
「この甘さ‥‥‥まさか砂糖を? いやそんなわけないか」
「そんなそんな、まさか」
砂糖は南部で生産される希少品なので北では高価だ。
これは果物の甘さだ。
糖度高い果物を煮詰めて‥‥‥
おっと、潜入のための口実なのに凝ってしまった。
本来の目的は偵察だ。
「皆さま、ご苦労様です! 冷たい飲み物は如何ですか?」
システィーナと共に冷たいレモネードも出したりして、ほとんど屋台みたいなことをしていた。
こりゃ対抗戦当日に出店したらえらい売り上げになりそうだぞ!!
おっと、いけないいけない。
おかげで代表選の競技と代表選手の実力はほぼ把握できた。
おれたちは二人で考えをまとめながら彼女を待った。夕刻になっても引き上げて来る選手たちの中にフェリエスが居なかったのだ。
「どう?」
「思っていたよりひどいですね」
対抗戦は【対戦】と【競技】の二種類。
【対戦】は団体戦と一騎打ち。詠唱魔導士と魔法士が選ばれる。
チャルカに似た拠点を掛けた攻防戦だ。
【競技】は五種の的当て。詠唱魔導士が選出される。それぞれ距離、大きさ、数、速さ、強さを競う。
詠唱魔導士が出る五種の的当てはひどいものだ。
高々十数メートルそこそこの距離を競い、的の大きさはせいぜい半径数十センチ。数は一分間で数個。魔法の速さ対決で最速は十秒前後。強さでは重ねた鉄の的を何枚射抜けるかを競うが、最大は3枚。最高記録は4枚らしい。
どれも実戦では役に立たないレベルだ。
こちらはおれが口だしする問題ではない。
彼らは実績より格式や様式美を追及しているようだった。
礼儀作法とか大事だけど‥‥‥
「【対戦】の団体戦の方はどうかしら?」
「南部校の実力を知らないので何とも‥‥‥でも聞いていた通り、誰も拠点の要塞を降りず、『砲台』に徹してるようでしたから」
「惨敗した昨年から何も変えていないということね」
「まぁ他に戦法が無いのでしょう。取るべき戦法が一つだけという時点でチャルカでは敗北必至ですね」
しかし彼らにとって勝敗はどうでもいいのだろう。
彼らはしきりにこうつぶやく。
「格式高く」
「優雅に」
「美しく」
戦闘において全くに役に立たない指標だ。
「やっぱり、勝利を求めている分、フェリエス嬢はまともだということですね」
「そうね」
「私がどうかしたか?」
ドキーン。
フェリエスが戻って来ていた。
相変わらず折り目正しく制服を着て、一人訓練していたことなど感じさせない。
「ご苦労様です」
「二人共久しぶりだな。こんなところで何をしている? もう暗いし、送ろうか?」
「いえ。お話があって待っていました」
「私を?」
おれたちはフェリエスを人気のない学院の庭に引っ張っていった。
「どうしたんだ改まって?」
システィーナがおれの脇を小突く。
はいはい、ちょっと言葉を選んでたんですよ。
「単刀直入に言います。フェリエス、このままではあなたは対抗戦で負けます」
「‥‥‥なぜそう思うのか聞こうか」
彼女はおれから目を逸らし、何とか怒気を抑えている様子だ。
「問題は二点です。接近戦を教える師がいないこと。そして、接近戦用の魔剣があなたには合わないからです」
「なぜ私が魔剣を使うと?」
おれはワケを話した。
真実だ。
依頼された装備の確認で王宮騎士と平原に向かい、そこで一人で特訓する彼女を見つけた。
「そうか、宮廷の騎士殿に見られていたとは‥‥‥」
「接近戦ができる魔法士に心当たりがあります」
「そうか、それはありがたいな」
良かった。
拒否されるかと思ったが杞憂だったか。
「それと魔剣ですが、フェリエスには合いません。魔剣は剣術を修めた者の剣士の武器ですし」
「私では力不足だと? これでも幼いころから槍や護身術などの指南を受けて来た」
「武術と魔法は別個の才能が求められます。でも、その二つを織り交ぜ実戦で使うには武術と魔法の才能とはまた異なる才能が必要だと思います」
フェリエスは不服そうだ。
まぁおれに言われてもピンと来ないか。
百聞は一見に如かず。百の修練より一度の実戦。
「ぼくもちょっと武術の心得があります」
「かじった程度であまり語るものでは無いぞ。私は三年以上稽古した」
「年月は関係ありません。試しにぼくを捕まえてみてください」
「捕まえる? 造作もな―――」
おれはフェリエスの手を振り払った。
「むっ」
真っ直ぐ手を伸ばすが彼女の動きは素人同然だ。
おれは毎朝早朝から剣神システィナに『虚門法』を学び、ほぼ毎日紅月隊騎士たちの様々な武術、異なる間合い、戦法を相手に演習を繰り返して来た。
まぁ本当はおれも武術の才能は無いけど、『記憶の神殿』のおかげで理解と模倣が可能となる。
武術の才能とはおれが記憶をもとに‶思考〟で導き出す最適な動きを‶直感〟でできてしまうという事なのだろう。
だが直感で魔法は発動しない。
魔法は思考と才能[理解]が生み出す現象だ。
「はぁ、はぁ‥‥‥なぜだ!」
「間合いの取り方が不適切です。フェリエスの歩幅と腕の長さからぼくは常に4歩半五分で躱せます」
「4歩半五分? 五分?? 細かいな」
おれの間合い把握は実測値だ。
おれを中心に距離を線で引いて、等間隔に目印をつけるなどした部屋を『記憶の神殿』にインプット。これで空間認知能力を補っている。このデータは訓練の度に更新し、今じゃおれの視界には無数の格子状の線が見えている。
「動きも直線的で駆け引きが無く、目線と呼吸と体重移動で動き出しの方向とタイミングがバレバレです。あと、力み過ぎです」
「‥‥‥はぁ、はぁ‥‥‥今は少し疲れていて‥‥‥」
フェリエスは諦めたのか俯いている。
「南部の学生は少なくともぼくより武術の才能があるでしょう。魔剣を使わなくてもフェリエスには勝てると思いますよ」
「ならば私にどうしろと? 大人しく『砲台』をしていろというのか?」
「学院内の杖の基本性能は五十歩百歩。杖の性能では南部の突撃戦法には対抗できないでしょう」
親父さんが言っていた『農夫の杖』のように小型化や操作性の向上などが学院の標準モデルには見られない。
魔法士=『砲台』という刷り込み、思い込み、勘違いで魔工技師は杖の抱える問題に盲目的になった。
これではいつまで経っても魔法士も魔法工学も進歩しない。
「杖の抱える問題をクリアした『次世代型』なら、拠点に隠れずとも南部の突撃戦法に対抗できると思います」
「『次世代型』だと? そんなものが?」
「これから造ります」
フェリエスはためらっている。
おれにそれが可能だとは思っていないのだろう。
提案しているおれ自身、詐欺かな? と思う。
「ロイド、その提案は受けるということは、私が自分の努力を否定することに他ならない。それが分かっているのか?」
「武術も技術も前例の否定から先に進みます。先に進もうとしなければ努力は時間の浪費です」
怒って当然な言い方をした。
けれど、おれが彼女と学院の中で対等だと思うのならこれが正しい。
媚びへつらって、ご機嫌を伺って、本当のことを言わないなんて友人ではない。
彼女は四大貴族ナイブズ家のフェリエスだが、おれたちとの関係性においてそれは関係ない。
彼女もそれを望んでいて、ただのフェリエスとして話すことを望んでいると信じた。
それでさっきからフェリエスと呼び捨てにしていたわけだ。
まぁ、一度ご飯を食べに行った人を友達を思うかどうかは人それぞれだけど。
「ロイドはこう言ってますが、私たちはフェリエスに協力したいんです! だってフェリエスはお友達ですもの」
えぇー!
姫ずりぃ!!
いい子ちゃんかよ!!
「あ、いや、ぼくも協力できればなぁって思って‥‥‥友達だから」
「そうです。お友達ですもの」
「友達か‥‥‥そうだな。友達の助けを無下にするわけにはいかないか」
フェリエスもまんざらでもなさそうだ。
人たらしめ。
最後のいいところだけを持っていかれた!!
「二人ともありがとう。どうやら私一人では心もとないようだ。助けてくれ」
「よろこんで!」
「もちろんです!」




