12.挑発
フーガルは約束通り店に来た。
相変わらず嫌味なぐらいいい顔立ちをしている。おまけに祖父と違って物腰も柔らかい。さぞモテるだろう。
「親父、ここで魔獣の肉を使った南部料理が食べられると聞いた」
「ああ」
「魔獣肉を使うのは戦場料理だ。そなた、その立ち姿といい、面構えといい、さては元軍人だな」
「そうだ。だが遜る気は無い。もう退役した」
「良い。おれは祖父エシュロンの威光を借りる七光りではない。今はただの学生だ」
親父さんの素っ気ない、不敬ともとれる態度が逆に気に入ったのか、フーガルはご機嫌なご様子だ。
「冷凍冷蔵庫。あれは大した発明だ」
「え?」
「腐敗が早い魔獣肉が流通しているのはそなたら北部校の魔法工学部の功績と聞いている。大方、この店に冷凍冷蔵庫があるのもそなたの伝手であろう」
この男、頭もいいようだな。
彼らはおれが学院の学生であることだけでなく魔法工学部だと即座に見抜いたようだ。
昼間から働く初等科の学生はいないし、貴族ならここで働くはずが無いからだろう。
「おかげでおれたちは美味い料理にありつける。北部の味付けは大味で口に合わんからな」
「左様でございますか。ようございましたね」
おれが先日ここでフェリエスと卓を共にしていたことは覚えていないらしい。
相変わらず印象の薄い顔なんだな。
「しっかしよぉ、魔法工学が旗頭とは情けねーな」
突然取り巻きの、フーガルより二回りも大きい巨漢が言い放った。
それに気難しそうな細身の眼鏡男が追従し、ペラペラと意見する。
「魔法学校は魔法戦闘を教える、戦士を輩出するために生まれた。だというのに、詠唱の美しさを追及などと貴族の無能たちの居場所造りに追われ、実戦で役に立たないお荷物を魔法士と呼び、軍部の後方部隊に配属させ貴族の御機嫌うかがいだ。これでは裏方に名声を持っていかれても仕方がない!!」
どうやら北部の王立学院はかなり舐められてしまっているらしい。
彼らにとって北部は軟弱で貴族が箔付けに利用しているだけの場所なのだろう。
そして魔法工学部は裏方。
本来戦士の裏で日の目の当たらない存在。
間違っては無い。魔工技師とは裏方。
悔しいが反論できない。魔法士が求めなければ何を造ればいいのかも分からないのだから。
「そう言うなよ、ガルバレス、キンダース。だからこそ、おれたちが甘ったれのお坊ちゃま、お嬢ちゃまたちに現実を見せなければならないんだろう?」
「がはは!! そうですな!!」
「違いない!! ハハハ!!」
随分調子に乗っているのな。
おれなら君たち全員、三秒でやれるけどね。
いかんいかん。深呼吸しよう。
二重生活はストレスも多い。
自制は大事。
彼らも悪いことをしているわけではない。
態度はでかいがそれだけ実力があるということだろう。
実際、うちの詠唱学部と魔法士育成学部で人気なのは名家の跡継ぎとか、顔がいいとか、そんなもんだ。魔法の実力についてはあまり噂にならない。
「北部を下に見ているが、自分たちはどうなんだ?」
そう切り出したのはなんと親父さんだった。
カウンター越しに、しかも料理しながら客の話に入り込むなんて珍しい。
「ああ? 何か言ったか、店主」
ガルバレスと呼ばれた巨漢が苛立ち声を荒げ、立ち上がる。
親父さんに怖じる様子が無く、ガルバレスはむしろ威圧され二の句を継げない様子だ。
「『勇猛果敢』な南部軍。それは魔法工学で北部に劣るがゆえ、南部兵に奨励された突撃戦法を美化したプロパガンダに過ぎん」
常連客を始め、付き合いの長いおれたちは驚いた。
親父さんがこんなに話すところを初めて見たからだ。
「無礼な!! たかが安食堂の調理人が偉そうに!」
「待てキンダース、老兵の言葉だ。最後まで聞こうじゃないか」
フーガルが制すると、細身のキンダースは眉間に造った深いしわを余計に深くして不服そうに黙った。
「南部軍は魔道具の質の悪さを棚上げにした。武器の性能に頼らず戦うことを尊び、突撃戦法で勇猛さを見せることこそ兵士の本懐などと嘯き、誇りある死などという戯言が蔓延し、戦死者を増大させた。それは魔法工学を過小評価したバルロ=ノーツ一族の失策をうやむやにするためだった」
「それは聞き捨てならんな。我がレディントン家を無能呼ばわりするどころか、そなた、死んでいった者たちを蛮勇呼ばわりする気か?」
「自分たちが如何に粗末な魔道具を使って勝てない相手に向かわされていたか知りもせず、命令に従っていた。蛮勇どころじゃねぇ。無駄死にだ」
フーガルの顔から余裕の笑みが消えた。
親父さんは思うところがあるのだろう。この際全てぶちまけるといった気迫だ。
「勇猛で、屈強、精悍な男たちがいた。おれの部下だ。奴らはどんな相手にも怖じず立ち向かった、誇りある本物の戦士だった―――」
親父さんは自分が率いた部隊が南部国境の不法入国者たちと遭遇した時の話をした。
王国の南部より先は小さな国と無法地帯が入り乱れている。
そこで栽培された麻薬や奴隷を売りさばくために国境を越えて来る犯罪者たちが後を絶たない。
親父さんが遭遇したのもその一団だった。
「おれたちは夜中巡回中、川のほとりで小さな松明の明かりを確認した。慎重に近寄って見ると男たちは明らかに不法入国した麻薬の売人たちだった。即座に用心棒の傭兵の数を確認し、一斉に飛び掛かろうとした。その時、背後から物音がした。小便をしに一人が離れていた。男はこちらに気が付いても茫然として突っ立っていた。その隙にすぐに取り押さえ、残りの奴らも全員捕縛した。だが―――」
親父さんは話の核心に触れ始めた。
「最初に取り押さえた男が魔道具を隠し持っていた。小さな棒切れのようで見逃したのだろう。おれたちは見たことも無かった。あんな小さい武器が、仲間を細切れにしていくなんてな」
親父さんたちが持っていた魔法武器は全く歯が立たなかった。やがて男の魔力が切れて、親父さんは男を切り伏せた。
「調べてみればおれが斬った男はただの農夫だった。魔道具は麻薬のかたに冒険者から奪ったもの。勇猛で、恐れを知らない本物の戦士たちは、農夫に殺された」
食堂内はシンと静まり返っていた。
彼らの死は不運が重なったとしか言いようがない。
だが、この非情な運命は回避できた可能性がある。
戦局や実力差を覆してしまうほどの強力な魔道具に対抗する手段。
それは絶えず進化していく技術を取り入れ続けること。
それを怠った結果、農夫が戦士を討つことになる。
親父さんの部下が全滅したのは軍部の怠慢といえる。
「それでも勇猛果敢は南部兵の目指すところである。道具に頼り臆病者の『砲台』になるくらいなら戦士として死ぬべきだ」
「おおよ! それこそ南部兵の本懐!!」
「我らは誇りある戦士! 本物の戦士の最大の武器は己自身なり!」
フーガルたちはそういう教育を受けているようだ。
「わかってねぇな」
親父さんが言いたいこと。
それは技術の進歩を甘く見ていることの危うさだ。
時代遅れになり取り残される。
「一流は道具にこだわる。今年の対抗戦、北部校魔法工学部の力を魔法士が使いこなせばお前らの戦いは時代遅れになるだろう。お前らが一流じゃねぇからだ」
親父さんの売り言葉にフーガルたちが乗った。
「そこまで言うなら賭けよう。優秀な魔工技師がいたところで『砲台』と『戦士』では勝負にならないことをおれたちが証明してみせよう」
「勝ったらこの店の冷凍冷蔵庫をもらいましょうぜ」
「そいつはいいですね。これだけ魔獣の肉を提供するからには相当な大きさを有しているに違いないでしょう」
勝手な。
ここの冷凍冷蔵庫は特別製だ。
奪われたら、隠していた技術が露見しそうだ。
「いいだろう。フェリエス嬢が勝ったらあの子に詫びろ」
「え? 親父さん?」
「ロイド、あの子を勝たせろ。お前ならできるだろう」
あの時、タンクたちとこのことを話していたのか。
親父さんは事情を察しておれの背中を押してくれたのだとやっとわかった。
それに、同郷の若者たちの目を覚まさせたい。親父さんは自分の決意を堂々と見せた。
おれは棚上げにしていた決心をようやく付けられた。
フェリエスの誇りと責任だけでなく、親父さんの面子が掛かっているなら悩むまでも無い。
「わかりました。そう言う事なら頑張ります」
「ほう、そなたががんばる程度でナイブズの七光りがおれに勝てるというのならおもしろい」
負けられない。
おれは彼女を勝たせる。
おっとその前にシスティーナに相談しないと。




