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11.相談

 安食堂にやってきた大男が含み笑いをしながら卓に着いた。その後ろには目のくらむような美女。彼女も同じように口元に笑みを浮かべ、眼を細めた。笑いを堪えるように。



「いらっしゃいませ‥‥‥」

「ぷはっ、お前本当に働いてやがったのか!!」

「フフ、フフフ、そうしていると奉公に出された小姓のようです」



 酒も入っていないのに笑い上戸。



 客たちの視線を集めながら二人が席に着いた。


「おい、あれ見ろよ」

「なんて美人なんだ‥‥‥おれちょっと」

「やめとけ! ありゃ冒険者の‥‥‥」

「大刀二振りを背負う褐色の大男、それに全身黒づくめの斥候装備をした長耳族の美女‥‥‥」



 二人の正体に気が付いた客たちが浮足立つ。

 相変わらずいつも通りなのは親父さんだけだった。

 



「さて、店員君、おすすめは?」

「魔獣肉のパウです」

「ほうぉ、魔獣肉とはどんなかなぁ?」


 なぜおれよりも詳しいであろう二人に魔獣について説明しなければならんのだ。


 おれがひとしきり説明している間も二人はニヤニヤとして聞いていた。おれが説明し終えるとよくできましたと子ども扱いして頭を撫でた。



 有名な冒険者である『大陸一位(コンチネンタルワン)』と『赤い手(レッドハンズ)』に気が付いて店の外からも人々がのぞき込み結構な騒ぎになった。



 おれは「ごゆっくり~」と言ってその場を離れようとした。



「坊主~、座れよ。この『大陸一位』の武勇伝が聞きたいだろ?」

「大将、構わないか?」

「‥‥‥ああ」

「いやーーーデートの邪魔をしては悪いですし」

「邪魔なことがあるものか。むさい男と二人きりより良いよ」



 リトナリアに手を掴まれた。


 おれはふと、いい機会だと思い席に着いた。



「二人に聞いて欲しいことがあります」



 おれはフェリエスのことを話した。

 魔法士の戦法の違い。

 『砲台』について。

 装備について。



「――タンクは魔道具の剣を使う、魔法士ですよね? 何かアドバイスはありますか?」

「さぁ? 当人を見てねぇし。おれは天才タイプだからなぁ」


 タンクはバクバクとパウを口にかっ込みながら素っ気なく答えた。

 

「あと、悪ぃがおれは南部贔屓だ。飯も人もあっちの方が馬が合う」

「じゃあ、リトナリアさん」

「私は魔法士ではないし。第一、心配なら自分で手を貸せば良い」

「いえ、体面というか、体裁というか、気持ちの問題があるんですよ」



 仮におれが手を貸して勝利を手に入れてもうれしくは無いだろう。

 彼女の努力を否定してしまう気がする。

 それにおれの想定している魔道具はかなりアバンギャルドだ。対抗戦で使われると目立つ。


「お前が悩む問題だろ? 面倒くせぇ。関わんな」

「未熟者など放っておきなさい」

「冷たいなぁ」

「なんだ。ナイブズの御令嬢に惚れたのか?」

「そうなのか?」




 おれは確かに彼女が気になっている。人柄や容姿が好ましいことは認める。でも大事なのはそこではない。

 彼女が自分の努力を人に見せないようにしたところだ。



 オリヴィアは才能がないと言い切った。

 タンクやリトナリアも無関心だ。



 才能や適性や派閥、身分や立場。それらが人と人の関係に密接に影響し合い生き方を限定してしまう。


 今のおれもそうだ。


 でも、魔法とはこの垣根を越えてその恩恵がもたらされるべきなのではないだろうか。

 ここでは魔法は科学力と同義だ。


 でもおれが魔法を使えても、人の暮らしを豊かには出来ない。だから魔法工学は素晴らしいと思う。魔法という技術の恩恵を誰もが享受できる。



 フェリエスは多くを持っている。

 おれの力は必要ないだろうと思った。


 彼女が四大貴族の令嬢だから手を貸すのは余計だと考えた。



 それは間違いだった。



 貴族だから手を貸さないのはフェアじゃない。



 才能が無い、適性が無い、そんな人にこそ魔法工学はある。

 彼女ならおれが造った魔道具を正しく使えると思う。



「でも、どうしよう?」



 やはり問題は一度断った魔道具をどうやって彼女に渡すか。

 魔道具を造るとしたら、如何にしておれの案を飲んでもらうよう話すか。


 ニヤニヤと笑う二人を無視しておれは黙って仕事に戻った。

 店内はリトナリアに眼を奪われた客でにぎわい、あまり長話できる雰囲気ではない。



「あの冒険者たち、知り合いか?」



 親父さんに問われた。

 

「友達だと思ってたんですけど、ぼくの思い込みだったみたいです」

「どれ‥‥‥」



 親父さんは何品か持って二人の卓へ向かった。

 しばらく話して戻って来るなり、親父さんはおれに「休憩に入れ」とだけ言って仕事に戻った。



 おれが裏手の勝手口にいると、パウを持った二人がやって来た。



「ほらよ、奢りだ。店の親父のな」

「え?」

「もう少し話をしてくれと頼まれた。ここなら人目を気にせずに話せるでしょう」



 おれたちは裏手にあるベンチで座って話すことにした。

 


「お前はわかってねぇ」

「突然なんですか」

「お前に借りを造ったら、そのナイブズの嬢ちゃんには重荷だ。お前のすることはそれだけ規格外ってことだ」

「それに、師を見つけ、己に合った魔道具を見繕うのも大事なこと。他人が手を貸すこととも思えませんね」


 二人の言うことは筋が通っている。


 だからおれも迷っている。



「お前が本当に迷っているのは、自分の正体がその嬢ちゃんに知られる‥‥‥つまりお前の問題じゃねぇか?」



 タンクの言葉にギクリとした。



 そうだ。おれは平穏無事に魔法工学を学びたい。それにおれのことがバレたらシスティーナのこともバレる。



「要するにそこだな。お前がロイド・バリリス侯なら、そこまで迷ってねぇだろ。本人にぶつかって考えを改めさせ、必要な装備を考えるだろ。普段そうしているんだからな」

「しかし、現時点で迷うのは背負っているものが足りないからでしょう。秘密を明かすリスクを冒すくらいなら、その令嬢には恥をかいてもらった方がいい。あなたはそういう計算をしている」



 随分とおれのことをよく理解している。



「残念だが、おれたちにお前の背中を押してやる理由は無い。その嬢ちゃんに借りはねぇし」

「縁も無い。それに私たちもあなたの正体が明るみになるより、平穏に学生を楽しんでもらいたい」



 なんだか友達というより親心のようだな。



「ありがとうございます。どうやらお二人に相談する前に自分の決意が足りていなかったようですね」



 自分か他人か。

 おれは決断を迫られた。




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