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10.秘密

 学部塔の下がまた騒がしい。



「まったく、またシスお姉様ったら~」

「私はここに居ますわ」



 隣にいらっしゃった。



 じゃあ誰だろうと降りていくとそこに居たのは小柄な金髪の美少女だった。



 というかオリヴィア副隊長だった。



 彼女を取り囲むようにして学生たちが集まって来ていた。



「君かわいいね、どこの学部?」

「誰に会いに来たの?」

「案内してあげよっか?」



 おそらく年下であろう男女にナンパされながら不機嫌そうにムスっと仁王立ちしている。



 おもしろそうなのでシステシーナと座ってしばらく眺めていたらこちらに気が付いたらしく、顔を真っ赤にしながら駆け寄って来た。



「気が付いてたんなら早く来なさいよ!! 人を呼び出しておいて!!」

「人気者でしたね」

「ちっ‥‥‥姫様もロイド卿の悪ふざけに乗らないで下さいよ!」

「もぅ~、そんな大きな声で姫とか卿とか言ってはダメよ。何のために私服で来てもらったと思ってるの?」



 今日は造った装備の実験だ。

 装備は学外に持ち運べないので微調整から修正から何まで全部学内でやるしかない。


 しかし紅月隊の副隊長が来ているとバレるとまずいので私服で来てもらったのだ。



 普段絶対着ない可愛らしい町娘のかっこうで。

 面白いかどうかと聞かれればすごい面白い。


 普段は結っている髪の毛を下ろしていて、元々の童顔に拍車がかかって少女のようだ。本人は鬱陶しそうにしているけど。




「では早速行きましょう。人気の少ない場所がいくつかあるのでそこで」



 移動は馬だ。

 学部で面倒を見ている子に三人で乗る。



「ちょっと、なんであんたも乗るのよ」

「シスお姉様、邪魔だって」

「私、馬に乗れないの。ごめんなさい」

「違います! ロイド、あんたよ!! あんた乗れるでしょ!」

「はは、オリヴィアさん、平民の子はね~馬に乗れないんですよ~」



 しょうがない。

 おれとシスティーナがオリヴィアを挟むようにして乗る。



 広い学院内には拠点攻略・防衛を想定した模擬戦闘場がいくつもある。状況に応じた訓練をするための場所だ。



 緑の生い茂る見通しの悪い雑木林や、足元のおぼつかない岩山、波打つように勾配のついた平野、人ひとり通れるぐらいの暗い穴倉なんかもある。


 おれたちは平原フィールドにやってきた。



 対抗戦が近いこともあって訓練に勤しむ学生もちらほらいたが、遠目に人影が確認できる程度だ。

 訓練ではなく青春している男女もいるようだが。




「まぁ、これだけ離れていれば大丈夫でしょう。さ、着替えて下さい」



 オリヴィアは躊躇なく脱ぎ始めた。こんな見通しの良い場所で誰かに見られたら大変だ。


「信じられない! 淑女たる自覚は無いの!?」

「はぁ‥‥‥すいません」



 システィーナがおれの眼を覆う。

 いや、おれは別に見ないけどね。



「まったく~副隊長、はしたないですよ。そこの木陰で着替えて下さい」

「めんどうね」



 オリヴィアが木陰に駆けていく。


 すぐ戻って来た。



「なんですか、一人じゃ着替えもできないんですか?」

「誰かいるわよ」

「え?」



 木陰の先が崖になっていた。というより、クレーターのように穴が開いている。

 こんな死角があったとは。

 敵陣強襲のために人為的に造られているようだな。



 平原に隠されたお椀上の穴には確かに人がいる。




「フェリエス嬢だ」



 奇遇なこともあるものだ。代表選手だからここで出会う確率は無いわけではないが、こんな人気のない中、隠れるように何をしているのだろう。



 気になったおれたちは気配を消し、物音を立てないように少し覗いて見ていた。



 フェリエスは折り目正しく来ていた制服を着替え、ボロボロの運動着のようなものを着ていた。

 


 剣を持って振り回してた。


 ただひたすらに振り回していた。

 乱暴に。


 乱雑に。



「ひどいわね」

「副隊長‥‥‥そんなはっきり」

「だって何よあれ? 訓練のつもりかしら」

「そんなにひどいの? よく、動いているように見えるけど」



 ただ動いているだけ。

 いや、時折剣から魔法を発動させているが、その反動に振り回されている。


 呼吸は上がり、軸がブレている。

 握りも違う。

 刃筋も立っていない。


 基本的な剣術がまるでなっていない。



 完璧な令嬢と思われたフェリエスは完璧では無かった。




「我流ね。あれじゃパンも斬れないわ」



 オリヴィアの忖度の無いキツイ言葉でおれとシスティーナは先日の安食堂での一件を思い出していた。






 おれたちが三人の食事中、安食堂に入店してきた男はたくましい体つきをした、一目で南部人とわかる服装だった。


 連れている他の南部人やすでに店の常連となっていた南部兵たちと違う点は顔だ。


 女を惑わす甘いマスク。

 その中にギラギラと狂暴な野性を放つ鳶色の瞳。



「金の亡者たるナイブズが、このような市井の店にいるとは驚きだな」




 腹の底に響くような、唸るような声。

 笑うと白い歯をむき出しにする、この豪快さ。



 彼、フーガルは間違いなく四大貴族の筆頭、ピアシッドノーツ領主エシュロン・バルロ=ノーツ・レディントンの血統だ。



「フーガル。私は昨年の私ではない! 今年は必ず貴様に勝つ!」

「無理だよ。君程度が親の七光りで代表に選ばれるのだからたかがしている。こうしてわざわざ足を運んできて、弱い者いじめをさせられるこちらの身にもなって欲しいものだね」



 フーガルは心底呆れたといった様子で、フェリエスを見下した。


 親の七光りという言葉に疑念を抱いた。

 フェリエスは完璧で、実力で選ばれたのだと思ったからだ。



「弱い者いじめだと!!」



 フェリエスが激昂する。

 冷静さを欠いて取り乱しているように見えた。



「おっと、対抗戦までは余計な衝突は避けよう。おれは料理を食べに来ただけだ。店に迷惑はかけたくない。先に来ていたのはそなたらだ。日を改めるよ」



 そう言ってフーガルたちは騒がせた詫びだと店にいた客全員分の支払いをして立ち去った。




 フェリエスはそれからずっと思いつめた表情をしていた。


 気まずい空気の中おれたちは分かれた。




 今にして思えば、フーガルの言っていたことは事実だったのかもしれない。



 実力主義と言ってもこの国は身分社会だ。平民と四大貴族の令嬢がほぼ同じ実力なら、後者が選ばれる。突出した実力、才能でもない限り学生の能力など大きな差は無いのだから彼女が選ばれるのは初めから決まっていたとしてもおかしくない。



「―――体力はそこそこ、動きは平凡、武器の扱いは平均以下、魔法は‥‥‥大したこと無いわね」

「ぼくと比べてます? 出力はまぁまぁありますよ」

「制御できないでしょ? あんなの攻撃とは言えないわよ。暴走よ、暴走」



 オリヴィアは騎士になろうとする令嬢たちを何人も見て来た。才能のある無しは一目で見抜く。


 才能、すなわち運動神経、『鬼門/気門法』の片鱗、そして性格や気持ちの持ちようが騎士に向いているかだろう。



「ロイドも同意見?」

「体力はぼくよりあるでしょう。動きもぼくと大差ありません。武器の扱いというより、武器があっていませんね。だから魔法が生かせていないし、身体が振り回されています」



 魔剣の魔法を発動させると身体が浮く。

 明らかに慣れていないし、合っていない。

 


「あの子、魔法士でしょう? 魔剣を持っても意味ないのに」

「え?」

「北じゃ魔法士は『砲台』って決まってるのよ」


 オリヴィアは呆れた顔でそう言った。


「砲台って?」


 システィーナが首を傾げる。


「そう言えば、不思議に思ってました。王都周辺はなぜか大型の杖を持っている魔法士がやたら多いと。学院の工房にも杖ばかり依頼がありますし」



『砲台』とはそのままの意味だ。

 魔法で遠距離攻撃をするだけの魔法士。

 拠点から迫りくる敵兵や魔獣に対し、魔法を放ち、魔力が切れたら交代する。



 他の兵に比べ死のリスクが各段に少ない持ち場。それを独占するのが北での魔法士だ。



 魔法士として働くとすれば軍か冒険者。

 学院を卒業する者は軍の魔法士師団に入隊する。

 学院の魔法士育成学部はほとんどが貴族や大きい商家出身だ。


 そんな由緒正しい出自の魔法士を戦場で前線に出すわけにはいかない。そこで生まれた、悪習のようなものだ。



「過保護ゆえに、学院ではああいう近接戦闘は教えていないようですね」

「確かに、学院の魔法士志望の方々は皆大きい杖を持ってるものね」



 杖が大きいのは出力を上げやすいからだ。

 


「『北では』ということは南は違うのよね?」



 フーガルやその取り巻きの身体付きは戦士のものだった。



「南はなんでもありです。ほら、ロイド、うちにも一人いるでしょ? 演習の度にただただ突進していくバカ」

「ああ、確かに彼女も南部出身でしたね。ぼくはてっきり副隊長のマネをしているんだと思ってました」

「それは私が突進バカだってこと?」

「『勇猛果敢こそ戦士の美徳』ってやつですね。全く共感できない信条ではありますが」

 

 

 冒険者的な戦い方。よく言えば勇猛。

 しかし、おれに言わせれば非効率で命の無駄だ。

 現代の魔法戦闘は勢いで状況を覆せない場面が多い。


 事実、おれが知る冒険者、タンクやリトナリア、マス、都市の自警団に推薦した者たちは戦い方や武器にこだわり、自分のスタイルというものを持っている。決して勢いだけで戦っているわけではない。




「自分のスタイルを探し求めているのかもしれませんね」

「ロイド? いいのかしら?」

「行きましょう。ぼくらにできることはありません」



 ここで出て行けば彼女の誇りを傷つけることになる。


 これが彼女の選択なら否定するべきじゃない。



「いいの?」

「対抗戦で死ぬわけでも無いですし」

「もういいでしょう? 私も暇じゃないんだから」


 


 おれたちはオリヴィアに急かされ、その場を後にした。


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