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9.遭遇


 艶のある長い栗色の髪を無造作に束ね、制服は着崩すことなく折り目正しく着ている。


 深い蒼色の眼は真夏の空のように澄み切っていて、清廉かつ誠実な印象と力強さを秘めている。しかしどこか物憂げで、不思議な魅力を醸し出している。



 スタスタと肩で風を切って歩く威風堂々たる佇まい。そこに生まれと育ちの良さがにじみ出ている。ピンと伸びた背筋と小さい足音。



 フェリエス・ナイブズは生粋の名家の生まれであり、優等生。


 まるでかくあるべしと教師が造った見本品のように隙が無かった。



ただ学院内を歩いているだけで声をかけられる。



「フェリエス様!」

「悪いが急いでいる」




 一人が学生を引き寄せ、同じ人物がその学生の壁に道を切り開いていく。



 おれとシスティーナがその光景を間近で見ていた。



 黄色い歓声のほとんどが女子。



 おれたちが通り過ぎると後ろの方でおれたちに向けられた白い眼と後ろ指が突きつけられた。囁くような呪いの言葉は嫉妬だろう。



「これが本物の令嬢。すごいわ」



 横でシスティーナが感心している。



 自分のことを棚に上げてよく言えるな、と言いたいところだが、こうも人が羊の群れのように制御されて動いているのを見ると、わからないでもない。



 四大貴族の御令嬢という地位に加え、14歳にしてこの美貌と風格。



「なんだか、かっこいいですね」



 フェリエスが急に振り返った。女の子にいう称賛では無かったか?



「フフ」



 おれの頭を撫でるフェリエス。

 親戚のイケおじみたいな反応だ。



 学院を出ても彼女は視線を集めた。制服を着ていても一目で貴族の御令嬢だと分かるからだ。


 兵士は前を横切らず止まって礼、すれ違う時も礼をする。



「貴族の顔なんて誰も覚えてないのではなかったの?」

「普通はそうですけど」



 おれたちが面食らっているのを見てフェリエスがおれたちの手を握った。



「店はすぐそこだよ」



 街歩きなんて慣れていないと思っていたが、システィーナよりも危な気なく進む。よく来ているのだろう。逆におれたちが迷子にならないかと心配されたようだ。



 システィーナはどこか不満気だ。



 彼女の手はシスティーナと違い、大きく、所々タコがある。訓練で付いたのだろう。




 到着した店はややお高めな専門料理店。レストランだ。



 学生が入るようなところではない。

 しかしフェリエスを見た店員がすぐにテーブルを用意し、奥から店主があいさつに来た。




「これが貴族‥‥‥すごい」




 あなたは王女ですよ、と突っ込みたいところだが確かに、今のおれたちはすごく場違いな気がする。周囲も注目している。



「二人共好き嫌いは無いか?」

「無いです」

「私は生以外でしたら」

「そうか」



 淡々と注文をし、料理を待った。



「あの、こんなに格式の高いお店に、いいんですか?」

「奢りだから大丈夫だ」

「いえ、それはありがたいのですが、さっき会ったばかりで注文をお断りしたのに、なんだか申し訳なくて‥‥‥」

「ハハ、ならよかった。次は首を縦に振ってもらえそうだな」



 これは次のための投資だというのか。

 


「なんてね。ただ私が一人で食事をしたくなかっただけなんだ。君たちぐらいの弟と妹がいてね。なんだか懐かしくなって」



 システィーナがビクつく。

 その妹とはしょっちゅうお茶会してますものね。




「妹は私と違って上品でね‥‥‥」




「やめて下さい!」



 フェリエスが身内自慢をし始めた時、店内がやや騒がしくなった。



 数人の若者が食事中のカップルに詰め寄っているようだ。



「大きな声出すなよ」

「一緒に食おうって言ってるだけだろ?」

「こんなかわいい彼女がいたんなら紹介してくれよ」



 どうやら若者たちはそれなりの家柄のようだ。

 カップルの方は平民っぽい。



「親父がお前を雇ってやってるからこんなところで飯が食えるんだろ? 少しは感謝してくれてもいいんじゃないか?」

「彼女も、彼氏のためにもおれたちに愛想良くしておいた方がいいよ?」

「せっかくプロポーズしてもその時無職じゃ恰好付かないもんな!!」




 システィーナが席を立とうとする。

 それを制した。



 ああいう輩とは話すだけ無駄だ。言葉を発音しているだけで会話にはならん。



「王都整備部のラグラート子爵家御曹司がいます」



 システィーナに気づく恐れがある。

 



 誰も関わろうとせず眼を逸らしている。



 そんな中、おれは三人の不届き者に天誅を加えるべく席を立った。




「貴様ら、陛下の御膝元であるこの王都で、平民相手に恫喝か?」

「な、なんだお前、学生はすっこんで――」

「ラグラート子爵には私から話を付けようか?」






「二人共すまないな」

「いえ」

「御立派でしたわ!」




 三人はフェリエスに気が付き血相を変えて店から逃げていった。



 店内は拍手喝さい。

 彼女は騒がせたと言って二人の支払いをし、店内を出て来た。




「あのままでは居づらいですしね」

「仕方ありませんわ」

「いや、手持ちが足りなくなった」



 きっと店主はツケでも食事を出しただろうし、なんならタダにしてくれたかもしれない。



 でもそれをさせたくなかったのだろう。




「それなら近くに安上がりで味は最高のお店があります」

「そうか? せっかくだし、行こうか」



 こんどはおれたちが手を引いて、あのお馴染みの安食堂に連れて行くことにした。




 システィーナはフェリエスが面食らうのを期待していたのだろうが、彼女は特に躊躇することなく「南部料理か」とだけ呟いて入店した。




 一瞥するだけの親父さんに物怖じすることなく、席に着いた。



「さぁ、何にします? おすすめは魔獣肉のパウ(芋と野菜を包んで焼いたもの)ですよ! 今日は魔獣肉も新鮮なものが入ってます!」

「店員は?」

「ぼくです」

「私たちここでお手伝いしてるんです」



 フェリエスがようやく自分が上手く客引きされたと気が付き、おれの頬を引っ張った。



「やったな」

「すひまへん」

「でもお味は保証いたします」



 おれが魔獣肉について魔獣の種類や部位、おすすめの食べ方なんかを説明しようとするとシスティーナに止められた。




「魔法士の方には必要ないわ。この間も南部兵の方に得意になって語って笑われたでしょう?」

「そうでした‥‥‥」


 魔獣肉と言っても千差万別だ。最近流通し始めたのでお客も何だか分からないことが多い。

 だからおれが注文を取る時に軽く説明するのだ。



「弟が失礼を」

「いや、立派だ。偉いよ」



 フェリエスは頷き、おれたちのおすすめを注文した。



 システィーナは作法やら何やらで自分がかいた恥をフェリエスがやると思っていたのか、時折彼女を見ていたが全く問題なく食べ進めていた。さすがに上品で、綺麗な食べ方だ。


「うん、美味しい! 肉の油の旨味と香辛料の利いた野菜がよく合う」

「良かったです」



 見るからに貴族の御令嬢なフェリエスが食事に満足しているのを見て、遠目に親父さんも満足そうな顔をしている。



「フェリエス様はこういうお店にも来るんですか?」

「私の地元はリヴァンプールなんだが――」



 知ってる。たぶんみんな知ってる。




「そこでは異国‥‥‥帝国の食材や料理なんかもあって商人や様々な業者が入り乱れるから作法なんて無いに等しかった。おかげで社交の場の方が疲れて大変だよ」

「へぇ~」

「社交界で堅苦しい作法を護るのはそういう場だけだ。そうでないと息が詰まってしまう。食事何て楽しめたものじゃない」

「はは、そうですね」



 最近までそれが当たり前だったシスティーナはしょぼくれた顔をしている。新鮮だ。人生経験で完全に負けていると自覚したのだろう。



「先ほどは立派だった、シス」

「はい?」

「誰よりも先に立ち向かおうとしていただろう? 貴族相手に中々できることではない。思いやりがあって勇敢だな」



 今度はもじもじし始めた。



「ロイドも、よくとっさに止めたな。あれらは平民の正論を聞く気など無い。物事の正否では無く自分たちが不利か有利かの物差ししか無いのだ。利口でよく先が見えている」



 そう言っておれたちの頭を撫でるフェリエス。



「あ、すまない。どうしても弟妹にするように接してしまって。今日は付き合ってくれてありがとう。いい店を教えてもらって。通わせてもらうよ」



 おれたちは顔を見合わせた。

 何とも照れ臭いような。



 ここまで完璧だと怖いな。




「それにしてもよくあれがラグラート子爵家の者だとわかったな」



 ドキーン。



「君の位置からだとキチンと顔が見えたのは席の横を通った一瞬だったはず。それにラグラート子爵ならともかく、その子息の顔をどこで覚えた?」



 やはり鋭い。




「屋敷に冷凍冷蔵庫を取り付けろとしつこく注文してきた方の中にあの方もいましたの」



 システィーナが間髪入れずそれらしい嘘を言った。

 予め考えていたのだろう。



 フェリエスはすんなりと信じた。



 少し後ろめたい気持ちがあったが、今はこれでいい。



 そう自分に言い聞かせたところで、店に物々しい雰囲気の客が来店した。




「ほう、王都でなかなかの南部料理が食えると聞いて寄ってみれば」



 先頭の男が目深に被ったフードを上げた。



 南部人だ。褐色の肌。独特の服装。



「親の七光りで代表になったナイブズの御令嬢様ではないか」

「お前はレディントン家のフーガル!」




 せっかくの陽気な雰囲気の店内が久しぶりにピリピリと緊張感に包まれた。


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