8.依頼
魔法工学部の姫が話題になった。
貴族出身の魔法士志望や詠唱魔法学部の学生からの恫喝に一切怯むことなく追い返す。
その強者の風格と見た目のかわいらしさのギャップは多くの学生を虜にした。
いいことのように言ったが、これは一大事だ。
「シスお姉様、マズいですよ」
「だって‥‥‥冷凍冷蔵庫の中心人物が誰か探ってたから」
これまでも、誰が冷凍冷蔵庫の開発責任者なのか、探る者たちはいた。
買収やイチャモンのためだ。
これだけ大きな利権となると、何とかして自分も噛みたい、利益をかすめ取りたいという輩が出て来る。
冷凍冷蔵庫のアイデア料を要求する者もいる。
だが、それには誰が責任者、発起人かを知っていなければならない。
下調べの上で、それをシスティーナと答えるものが何人かいたのは、各専攻の先輩たちを集めたのが彼女だからだろう。
こういう押し問答が困るのは、発起人であるおれが名乗り出ない限り事態が収まらないことだ。
それが狙いなのかもしれない。
だから乗ってはいけない。
忍耐だ。
「ありがとうございます。でも、徹底して無視しましょう。他学部には貴族がいます。気付かれる危険が高いです」
「そうね。今度からはそうする」
その矢先、魔法士育成学部から大きな依頼があった。
「近々行われる南部校との対抗戦。その魔道具を造ってもらいたい」
対抗戦とは。
王立魔導学院と南部魔導士育成校という王国きっての二大校の交流を目的とした大会である。
二校が様々な競技で試合をし、刺激を受け合う。
閉鎖的な学校内ではなく、外との貴重な交流の機会だ。
試合における魔法に関する道具類は全て学内で用意したものと決まっている。だから代表選手から依頼が来るのは毎年のことだ。
しかし、問題はその代表選手だ。
彼女には見覚えがある。
あって当然だ。
彼女はシスティーナの誕生日会に出席していた来賓の一人。
四大貴族の一画、アプル伯爵の孫、フェリエス・ナイブズだ。
おれもアプル伯爵と初めて対面した時、あいさつをした。
「シスお姉様、マズいです」
「大丈夫よ。直接かかわることが無ければ‥‥‥」
そんな楽観視がおれたちをさらに追い詰めた。
フェリエスが装備をおれとシスティーナを名指しで依頼してきたのだ。
◇
「二人共中等科からの入学でとても優秀だと聞いている!! 私は年齢や生まれは問わない!! 実力さえあればそれでいい!!」
それ誕生日会の時にも聞いた。
『私は年齢や生まれは問わない。実力さえあればそれでいいぞ。将来夫になる男にはそれ以外求めない』
アプル伯爵に似て長身。
豪胆で男勝り。
まだ14歳だが目の奥にあるギラギラした光は大物になると予感させる。
直接会うのは避けたかったが、逃げ回るのには限界があるし、この娘は去る者を追い詰め、目的は必ず完遂する。そういう印象だった。
「ぼくらは入学して間もないです。どうしてぼくらを!?」
「ああ、噂を聞いたのだ!」
おれとシスティーナは息を飲んだ。
誰かがおれたちを売ったのか?
「二人で製作している鎧があると聞いた!!」
「「え?」」
なんだ、そっちか。
おれとシスティーナはそもそも、オリヴィアの新しい鎧を造ろうと決めていた。だからそのために様々な魔獣の素材を取り寄せ、試していた。その結果現状の金属鎧を着るなら、魔獣の革を使った服の方がはるかに軽く、対刃、耐衝撃、通気性などにおいて優位だとわかった。
意匠科の先輩たちがそれをフェリエスに伝えてしまったらしい。
「それにしても‥‥‥遠いな。もっと近くで話さないか!?」
「いえいえ、滅相もございません!」
長机の端と端で対面することにした。これなら遠くて顔ははっきりと見えないはず。
「そう警戒しなくていい! 私は代表の選手として来ている。それ以上の要求や接待は望まない!」
「お心遣いに感謝します! ですが、ぼくらが作っているのはあくまでお遊びの範囲! とてもフェリエス様のような方に使っていただく代物では‥‥‥」
システィーナは困った顔だ。
話せばバレるかもしれないからだんまりだ。
「なに? お遊びで学院の資材を使っているのか!?」
怖い。
さすがはあの女マフィアの孫だ。
「遊びというのは言い過ぎました! ただ、新たな試みなので!! 如何程の効果を上げられるか分からないものをお渡しするわけには参りません!!」
本当だ。
まだ実験中だ。
レーシングスーツのように、各種プロテクターが一体になり、動きやすさと丈夫さを両立させている。
しかし魔獣の様々な素材をつなぎ合わせているため、見栄えが悪く、今は全身黒く塗りつぶしている。これを着て出れば笑われることだろう。
「私が実験台になろう!!」
「いや、それは‥‥‥!!」
「特別扱いは要らない!! 魔法士が己の装備の開発に力を貸すのは当然だろう!! 私で実験したまえ!!!」
ダメだ。押し切られる。
ここで断れないと、もうチャンスは無い。
困っているとシスティーナが耳打ちした。
なるほど。そうだな。
「なんだ? 私は隠れて話されるのは好まない!! 言いたいことがあるのならハッキリしろ!!!」
「じ、実は――さるお方からの依頼で造っているものなので、最初に着ていただくのはその方で無ければなりません!!」
「なに? それは誰だ!?」
「王宮の方です!!」
どうだ?
ウソじゃない。
オリヴィアのために造っているものだし、学生に先にあげたと言えば不貞腐れるだろう。
「なぜ学生に王宮から依頼が!? 王宮には専属の職人たちがいるだろう!!」
「そうなんですか!? 知りませんでした!! なぜでしょうか‥‥‥でも、ぼくらとしても大きなチャンスなので、今回の話はありがたいのですが辞退させて下さい!!!」
「よし、わかった!! 無理を言って済まなかったな!!!」
よかった。
話せばわかってくれるんだ。
「ところで、さっきから気になっていたのだが、二人ともどこかで会ったことは無いか!?」
ドキーン。
「同じ施設にいますからすれ違ったことはあるかもしれませんね!!」
「そうか! そうだな‥‥‥」
ふぅ、勘が良さそうなのも祖母譲りだな。
「それにしても、随分と大人しいじゃないか、そちらの子は!! 学部塔で口八丁、愚物の妄言を打ち負かした語気はどうした!?」
姫~、見られてるじゃないか!!
その困った顔は本当に困ってるな。
「ん? なんだか困らせてしまったか? 悪いな、他意はないよ!! 詫びに何か美味いものでも奢ろう!! 付いて来い!!」
なんだこのイケメンは。
すごいグイグイ来る。
このペースではバレるのも時間の問題だ。
かといって今までの会話は全部ネガティブな返答しかしていない。
善意で奢ってくれようとしていることまで断るのはさすがに避けているのがバレる。
「ありがたくご相伴に預かります!!」
「はは、そうかしこまらなくていいよ!!」
シスお姉様がおれの制服を引っ張る。
確かに危険だ。
でもこれしかない。
不信感を持たれた方が後々厄介だ。
それに彼女自身が言っていた。
『実力さえあればそれでいい』
彼女はおれの顔なんて覚えてない。
数か月も前に一度会っただけだ。
おれは長机に沿って歩み出した。
彼女もこちらに向かって来る。
互いの顔をまじまじと見た。
澄んだ蒼い瞳はおれの顔をしっかりと映している。
「やはりこの方がいい」
彼女の手がおれの頭を掴む。
頭をぐりぐりとされた。
賭けに勝った。
「よし、行こうか」




