幕間 教師たち
■印掌術担当 大顎族 ガンドール
教室の中でおれが教えた印掌術を使えない学生が一人いた。
それがロイドだった。
「やー」
「あはは、弟君ガンバレ!」
「簡単だぞ」
「やー」
「あはは、だから違うって!」
他の学生たちは笑ったがおれは笑わなかった。
使えなくて当然だ。
体内の薄い魔力は放出しても自然環境に干渉できない。それを利用したのが印掌術だ。
薄い魔力はそのまま強い反発力を持つ盾になり、放てば鉄球、纏えば鎧になる。
人族は魔力の濃さまでは操れないから、人族の魔導士に印掌術は使えない。
ロイドは生粋の魔導士だ。
魔力の濃さが違う。
おれたち大顎族は中央大陸北方に住み、常に海の向こうの魔族の脅威に晒されていた。そのせいかおれたちは嗅覚で魔力の濃さを判別できる。
ロイドの魔力はまさに魔族のそれだ。
問題はそんなことじゃねぇ。
なぜ魔法工学部にロイドのような学生がいるのか。
おれは元闘技者だったからわかった。
ロイドはかなりの戦闘訓練を積んでいる。
しかもそれを悟られないよう歩き方にまで気を付けている。
何者なのか?
頭を過ったのは噂だ。
平民の子供が王女の親衛隊にまで上り詰め、その魔法力は【対軍級】、魔力量は【聖】もしくは【天】相当。天才ヒースクリフを超える五属性を操り、あらゆる魔法を不動、無詠唱で発動する。
(こいつか。こいつが『ベルグリッドのロイド』か)
ヒースクリフが魔法工学部に協力するわけだ。
罪滅ぼしで固有魔法たるドラコの秘術を明け渡すはずが無い。
おれは学部長に報告した。
だが、どうやらグルだったようだ。
あまり詮索するなとだけ言われた。
■魔法生態学担当 長耳族 フーレンハルト
私が彼がおかしいと気が付いたのは、教室に彼が入って来た瞬間だった。
我々長耳族はある者たち声を聞ける。
我々は彼らを精霊と呼ぶ。
彼らの声は震えて怯えていた。
まるで魔物でもいるかのように。
その理由はすぐに分かった。
冷凍冷蔵庫の発明。彼はその中心人物だったという。
今や魔法工学部といえば冷凍冷蔵庫。
この発明の画期的な点は氷属性魔法の方陣化だと思われているが実は違う。
魔法生態学の専門家として脱帽だったのは、魔法微生物の利用法だ。
本来魔法微生物はスクロールを描く触媒に利用される。だがロイドは全く別の使い方をした。
氷属性魔法の方陣は熱を奪う。
そうして空間を冷やす代わりに、熱を放出する。
冷やすという目的に対し、熱を生むのは大きな欠点だ。
普通はそう考える。
しかし、ロイドはこれを逆に利用した。
この熱を魔法微生物に与えたのだ。
こうすることで魔法微生物は活発化し、魔力を生み出す。
膨大な魔力消費問題を解決した。
最初に魔法微生物に大量の魔力を与えていれば、数年は機能を維持できる。
冷凍冷蔵庫が発明する過程で、魔力循環プールが生まれたのだ。
この仕組みを応用すれば魔道具の使用に大量の魔力が必要なくなる。
これは魔法士と魔道具の関係を根底から覆してしまう。
魔法士に大量の魔力が必要無くなる未来が来るのだから。
ロイドはそのことに気づいているのだろうか。
彼は魔獣肉にこだわっていたようだが。
冷凍冷蔵庫の普及は魔獣の調査依頼を加速させるだろう。
これまでは討伐後すぐに特殊な保存液に浸して陶器の容器に入れ、布でしっかり巻いて運ばれた。
冒険者が解体から処理までしなければならず、処理がうまくいっても腐敗や変質は避けられなかった。
だが、冷凍されれば、街に着くまで鮮度を維持できる。
これまで発見できなかった魔獣の素材の利用法が見つかるかもしれない。
これほどの大発明を成したというのに、ロイドは表には出なかった。
隠す程の正体がある。
私は長耳族のつながりで聞いたある少年の噂を思い出した。
人族の少年が我らが姫と試合し、互角に渡り合った。
おまけにその少年には人族が長耳族に抱く魅力の効果が表れなかったという。魔法生態学を学ぶ者として興味を抱いた。
「通り名は確か『陰謀潰しのバリリス侯』だったか」
私は学部長に報告したが、彼は取り合わなかった。
知らない方がいいと。
■刻印魔法担当 魔人族 オズ
魔法を生活に役立てる。
これにはいくつもの課題がございます。
魔力の有無。
市民には手の届かない単価。
魔法を生活に応用する発想。
ロイド君に頼んだのは院内カーストによる争いを沈めることでございましたが、彼はそれを易々と解決しつつ、魔導に携わるものが目指す理想を形にしたのでございます。
魔力が少なくとも使える魔道具。
単純化により抑えられたコスト。
それだけではございません。
食料の供給範囲の拡大と市場の活性化。
彼は王国の食糧事情を一変させてしまったのでございます。
王国はこの冷凍冷蔵庫の製造に資金を投入し、神殿や小さな村にも配給致しました。
おかげで多くの者が飢えから救われて居ります。
魔獣の討伐も村で貴重な素材や魔獣肉を冷凍保存できるようになったためギルドと交渉がしやすくなり、依頼の頻度も増しているようです。金策に苦しむ小さな村では魔獣の被害が激減、村も潤ったと聞きます。
ロイド君は神の使わされた救いの使者なのでございましょう。
その証拠に、彼の体内には魂とも魔力とも違う、私の魔力視にも映らない空白があるのでございます。
これは神殿や、神の遺物に起こる現象と同じです。
彼の中には神気が宿っているのです。
人が神気を宿した例は一人だけ。
大神官から聞いていた。
聖人か使徒の可能性が高い少年。
大神官と王女を救い、神聖術を使いこなし神と対話したという救世主。
「『ハートの騎士』‥‥‥彼はロイド・バリリス・ハート・ギブソニアですね?」
「さぁ? 知らんなぁ」
「学部長。私にウソを付いても無駄でございますよ」
私ではなくともいずれ彼の正体は明るみに出ることでしょう。
すでに気が付いている者も居りますし。
「なぁおめぇさん方、おれじゃなく、ロイド本人に聞いてくんねぇか? おれは止めねぇぜ?」
「では、彼の姉は‥‥‥」
「やめろぉ!!! 踏み込むんじゃねぇ!! 聞くな!! おれは何も知らねぇぜ!!!」
豪胆な岩宿族がここまで動揺するとは。
ベルグリッド。
王都。
次はどうやら魔法工学部が渦のようですね。




