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5.開発


「皆さんに集まってもらったのは他でもありません」



 おれは各学科専攻選りすぐりの天才たちを前に単刀直入に話し始めた。




「いや、ぼくらはお姉さんに呼ばれて来たんだけど」



 そう、集めるのは苦労した。

 殺伐とした空気の中、縦割りでグループ社会が確立されている。


 話しかけるのも勇気が要る。


 だからシスティーナに頼んだ。


 さすが人をコントロールするのはお手の物だ。



「皆さまどうか弟の話を聞いて下さい」



 全員黙った。

 システィーナ、短期間に掌握し過ぎじゃね?

 これ、何人かは脅して連れて来てね?


 まぁいいか。



「時間がもったいないですし、先ずはこれを見て下さい」



 おれは計画書を回した。



「なんだこれ?」

「‥‥‥これをぼくらで造るってこと?」

「何のために?」


 

 これはピンと来ていない天才たちへの問題提起だ。



「皆さんは魔法工学部として功績を何だと捉えていますか?」

「優れた魔法武器とか?」

「違います。魔法武器を使うのなんて魔法士だけです。魔法工学で戦う人向けの道具を造ってもそれは実際戦う人の功績を生むだけ。しかも現状その戦う人が造った人を評価する気が無いのなら、魔法武器で大きな成果を生むのは難しいです」


 魔法工学部の成果、実績とは非常に分かりづらいものだ。


 酒呑童子を退治したのが源頼光とは知っていても、彼が振るった大太刀『童子切安綱』の造り手、安綱について知る者は少ない。

 宮本武蔵の宿敵佐々木小次郎の『物干し竿』新撰組の志士沖田総司の『菊一文字』などは聞いたことがあるだろうが、その刀工となるとピンと来ない。


 英雄システィナの愛剣は神器『ロードメイカー』だが、誰が造ったのかは伝わってもいない。


 それと同じで、魔法工学部が傑作を生み出しても名が挙がるのは使い手ということだ。



 これにはしぶしぶ納得したようだ。



「加えて、この武器を造るという基本スタンスはごく少数のチームで完結してしまい、大きなプロジェクトには発展しません。だから先輩方は専攻を越えて共同作業することが少ないのではありませんか?」

「う~ん、確かに作業は分担されているから自分たちに求められている仕事をしたら後は引き継ぐぐらいかな」



 例えば算術専攻の学生と結晶魔法専攻は話したことも無い。魔工技師専攻と魔法生態学専攻は何の付き合いも無い。



「だから各専攻から一人ずつ呼んだのか」

「でも、大きなプロジェクトと言ってもこれは‥‥‥」

「できたとして、何か変わるのか?」



「はい、全てが変わります」


 おれは断言した。

 確信があった。


 

「これ、先ず根本の刻印魔法が存在するのか? なぁ刻印魔法専攻?」

「ねぇよ。だから結晶魔法専攻に相当する魔石を観測してもらってそこからじゃないかな」

「いえ、これだと複雑な工程も含むから、詠唱魔法学部の協力が必要になるけど‥‥‥」

「じゃあ無理じゃん。仮に協力してくれる奴がいても詠唱魔法学部なんかにこの魔法は再現できないからな」

「学生には無理だろ」



 さすが、すぐに問題点に気が付いたようだ。

 しかし、おれはできないものを提案したりはしない。



「そこは学部長がコネで宮廷魔導士に協力してもらえることになっているので大丈夫です」

「マジか、じゃああとはこの消費魔力か」

「魔法生態学専攻でどうにかならないか?」

「フー先生に頼めば」

「ちょっと待てよ。これ量産することが前提だろ? 秘匿性は外せないぜ」

「特殊加工は算術専攻と意匠科全体協力すれば何とかなるだろ」



 専攻の垣根を取り払い、一つの大きなプロジェクトを与えただけでこれだ。

 議論が回り始めた。


 おれがやることはほとんどないな。



「しかし、これを造ったとして本当に価値があるのか?」

「むしろ法陣化した魔法そのものの方が発明だと思うけど。やっぱり杖を造った方が‥‥‥」

「それで魔法士に引き渡しても魔法士の手柄になるって話だろ‥‥‥とはいえ、確かにこれを造って誰が使うのかは考えとくべきだ」


「それは大丈夫です」



 おれは先輩たちに、マーケティングについて説明した。

 利用者、売り込む相手、買い手のメリット。



 これが流行る根拠だ。




「おお、それならもしかして‥‥‥!!」

「おもしろい着眼点だな」

「さすが中等科入学」

「実用的だし、確かに流行るかもな」

「やってみようぜ!!」




 技術や知識のほとんどが既存のものの応用。


 無かったものはおれが用意した。



 それでとんとん拍子に完成した。




 冷凍冷蔵庫が。






「皆さんは魔獣の肉を食べたことがありますか?」



 こう聞かれて、「ある」と答えるのは冒険者ぐらいだ。



 魔獣の肉は傷みやすく、市場に出回ることは無い。

 王宮のメニューにすら載っていないのだ。



 だが冒険者たちは口をそろえて言う。



 魔獣の肉は美味い。

 最高だ!



 この珍味を冒険者以外が口にするには冷凍保存するしかない。



 しかし、氷魔法はこの国ではドラコ一族の固有魔法にして秘伝。


 氷を生み出す魔石やものを冷やす魔石はあるがいずれも高価で量産は不可能。しかも外気温や箱の大きさに応じて温度を一定に保つには魔石だけではなく氷魔法を使う者の観測も必要になる。



 ここで登場したのがヒースクリフだ。


 彼がこの計画に協力してくれれば、おれの正体は気づかれないで済む。



 秘伝の魔法を魔道具という形で広めてしまうことに反対されると思ったが、彼は喜んだ。



「人の役に立つために広まるなら喜んで協力するよ。それに、魔法工学部の方々には代々大変な迷惑をかけて来たから少しでもその罪滅ぼしでもなれば‥‥‥」




 莫大な消費魔力は魔法生態学専攻と材料工学専攻の方々に何とかしてもらった。



 特殊加工により、内部の刻印が見られないようにした魔法陣を組み込んだ。


 軍務局と宮廷監査官、宮廷魔導士たちに検証してもらい、その秘匿性は折り紙付きだ。



 後は耐久力や重さなんかを調整してもらい完成。




 完成後すぐにそれを冒険者に持たせた。


 小さなタイプを持ち運んでもらい、討伐した魔獣肉を冷凍して運んでもらう。



 任務完了後、それをゼブル商会に持ち込んだ。

 もちろん商談は学部長に頼んだ。



 その数日後には学院に大量の発注が舞い込んだ。



「まさかあれほど食いつくとは思わんかったわい‥‥‥」



 ゼブル商会の人間なら飛びつくと思っていた。

 彼らは情報と金を扱うが、輸送も手掛けている。安全な順路を冒険者を通して熟知している彼らは希少な品々や手紙、金、そして食品の輸送を請け負っている。


 しかし海運でも陸路でも食料品の一部は傷んでしまう。そこで商人たちは保険に入る。

 損失分を保証するゼブル商会としては対策が喉から手が出る程欲しいはずだ。



「実用性の高さが評価された。サイズを分け、規格化した点や温度の異常を知らせる仕組みはようできとるわい」



 ゼブル商会が食いついた後はあっという間だった。



 全く生産が追い付かなくなるほど予約が殺到。

 そこで主要な部品以外を他の鍛冶職人たちに依頼して生産体制を整えた。

 中核部以外は単純な構造だから量産もできた。



 王宮のレシピに魔獣の食材を用いたものがいくつも加えられた。


 これまで季節によっては取り寄せられなかった海産物も王都に出回るようになった。




 国王プラウドはこの功績を称え、魔法工学部全員の学費を三年間免除。教員の給料は三割増しになった。



 この確かな実績を前に、他学部は沈黙。



 当然、付属校の話などきれいさっぱり消えた。



「やっぱり、私の見込んだ通りでしたネ。あっという間に解決してしまうなんて」

「ぼくはアイデアを提供しただけです。でもモノづくりの一通りの過程を見られて勉強になりました」

「これ以上何を造るんデス?」



 これは始まりに過ぎない。

 おれが造りたいものはまだまだある。







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