3.叡智が結集する場所 名探偵ロイド
魔導学院に入るメリットの大部分を占めるのが図書館だ。
叡智の結晶たる本がこの国最も多く集まる場所なのだ。
「本が……無くなってる!!」
その本が無くなる騒ぎが起きた。
それもよりにもよっておれがいた時に。
嫌な予感がした。
「盗んだのはお前だな、平民!!」
まぁ、わかる。
おれが訪れていたのは学院の本棟。
学部塔の図書館ではなく、中央書庫だった。
はい、ここでも出ました院内カースト。
魔法工学部=平民=犯人。
そういわんばかりのスピード決めつけで解決に持ち込まれそうだった。ちょっと待て。
「身体検査でもなんでもどうぞ。ぼくは読書申請をきちんとしてます。もし盗むのなら名前を残して、大量の本を読み続けたりはしないでしょう? 怪しいのはこの場にいるものではなく、書庫に来て本を借りた記録のない人です」
決めつけはひどいがみんな馬鹿ではないのだ。
おれの言葉に一考の余地があることは沈黙が証明していた。
「そうなると、犯人は見つからんな……」
「容疑者は限られますよ」
その場にいた学生や教師たちに、おれは似顔絵を描いて渡した。
「ぼくだ……上手いな」
「おれ? くれるのか? ちょっとうれしいな」
「ねぇ、それ私もくれる?」
別に似顔絵教室をしたいわけじゃない。
おれは本が最後に確認された朝から消えた昼まで書庫にいた。
つまり、おれは犯人を見ている。
見た者全員の顔を描いていく。
「お、おい……まさか全員分の顔を覚えているのか?」
「まさか。適当だろ?」
「待って。この子とこの子、確かにいたわ。私知ってる」
「確かにこいつはすれ違ったぞ」
「この似顔絵で名前がわかる方は貸出の帳簿と照合してください」
「よし、任せろ。名前だ」
「手分けしよう」
その場に居なくても同じ学部、学科の学生なら大体わかる。
そうやって一人ずつ照合していった。
その結果、一人だけ、書庫に入って何もせず帰った者がいた。
コーラだった。
「いや、けどよ、読書申請と貸し出し申請をしなかったからと言って犯人とは限らないだろう」
「そうですね。こればかりは調べてみないとわからないでしょう」
おれが書いた似顔絵の人物たちは約100人。
このうち、司書たちが見覚えの無い人物もコーラだけだった。司書たちの目を盗み、顔を見られないように注意でもしていなければ出入口にいる司書たちが覚えているはずだ。
「くそう!! ぼくは貴族だ!! 貴族なんだぞ!!」
コーラの部屋から隠された本が数冊見つかった。売れば一財産になる。
どうやら、おれに罪を着せて自分は儲けようという計画だったようだ。
欲張りすぎたな。
本を処分していれば証拠は無かった。
「ありがとう、おかげで貴重な本が戻ったわ!!」
司書さんにたくさんお礼を言われた。
「信じがたいな。それは何か魔法なのかな?」
「いえ、ただの記憶力です」
◇
書庫での一件は詠唱魔法学部の威信を大きく損なう結果となった。
そのことがきっかけだったのか。
おれが犯人扱いされたことが問題にされたのか。
魔法工学部の一部がデモを起こした。
案の定刺激された詠唱魔法学部の貴族家の学生たちと衝突。
ひどい暴力沙汰に発展した。
幸い魔法による死傷者は出なかったようだが、魔法が使える学生がケンカなどゾッとしない。
元々肩身の狭かった魔法工学部はさらに息を殺して生活することになった。
報復として学部塔が荒らされるなど事件は後を引き、おれはシスティーナの安全のため学院に通うことを控えるべきか真剣に考える必要に迫られた。
「ねぇ、ロイド、どうにかできないの? 『陰謀潰し』でしょう?」
「責任の一端があるのは認めます。ですが、ぼくは何もしません」
「どうして?」
「ぼくらが何かすれば身分を偽っていたことがバレるかもしれません。それにこの長きにわたる学院のカースト問題を解決する手段に身分を使っては元も子もありません」
結果次第では今よりもさらに状況を悪化させる危険もある。
聞けばこういうことは日常茶飯事で、次第に治まるという。
おれも様子を見ることにした。
学部塔が荒らされたというのに学院側は犯人捜しはせず、近く各学部を集めた話し合いの場を設けるとした。
うっ憤が溜まった魔法工学部が何かしでかさないか心配だ。それにシスティーナが巻き込まれることがあってはならない。
もしも彼女に危害が加えられることがあれば、関わった者全員の首が飛ぶ。そしておれたちは神殿の誓約を破ったとして罪に問われるだろう。というかおれか。
「姫、学院内が物々しくなっています。しばらくお控えいただくのが賢明かと」
「それは騎士としての忠言ね。でも、こういう時だからこそ私は通うべきだと思います」
「なぜですか?」
「問題から眼を背けて何もしない王女になりたくないのです」
御立派だな。
彼女は自分に何ができるか模索している。
「では講義に同伴します。魔法工学専攻はどの講義も履修単位として認められますし」
「ええ」
システィーナは殺伐とした学内に笑顔を振りまいた。
研究成果が燃えて消えた学生や、不安を覚えている学生に声をかけてはその持ち前の愛想と話術と手練手管で元気づけて行った。
落ち込んでいた学生がシスティーナと話すと不思議と回復していった。
彼女の人気は高まり、『姫』として浸透した。
やはり王女のカリスマというものだろうか。




