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2.印掌術、結晶魔法、刻印魔法

 

 知ることは喜びだ。

 おれが学院で(ささ)やかな青春を営むのはシスティーナの安全のため。

 しかしそんな職務の合間にも、興味深い知識と触れることが度々あった。



「このように、スクロールや金属板にではなく、直接人体に魔法陣を描き、特定の腕の組み方や指の組み方で発動する術を【印掌術】という」



 教師は灰色の肌をした大顎族だった。

 帝国北方の開拓民に多いらしい。ちなみに豚っぽくはない。

 専門は【印掌術】

 言い換えると簡易魔法だ。



「私は元闘技者であり、この手の術は【闘技】で広く使われて来た。冒険者にもなじみがあるだろう」



 タンクがシスティナの雲切りを防いだやつか。



 タンクの場合刺青のようにしていたが装備に描くこともあるようだ。



「この術の利点は魔法の才覚が無い者でも詠唱を必要とせずに素早く発動が可能な点だ」



 教師が太い腕を交差させた。



 すると透明な壁のようなものが発生した。

 光が屈折していることからかなりの密度の魔力だろう。



「この魔法の欠点は複雑な工程を持つ自然魔法には適さないことだ。ゆえにできるのは魔力の集中、展開、放出の三つだけだ」


 体内で魔力そのものをエネルギーとして消費するのが『鬼門法』だ。

 これはそれを体外で操作する手法。誰にでもできる『気門法』みたいだな。



「強制的に魔力を消費するため、魔力を補う媒介が必要になることもある」

「先生、その媒介を入れ墨のように使うこともあるんですか?」

「うむ。より強力な【印章術】を使うために、魔力を込めた液体を肌に刻むことがある。ただし、一回使えばただの入れ墨だ。それに手間と金もかかる。滅多にやる者はいない」



 タンクがやっていたのは非常用みたいな貴重な防御手段だったのだ。

 あとで謝ろう。


「あの、魔力を蓄える液体なんてあるんですか?」

「詳しいことは魔法生態学の講義で聞け」



 ◇




 そこは女学生が多い講義だった。


「いわゆる魔獣と呼ばれる生物は、魔力を溜め込み変質した個体です。この変質はあらゆる生物に起こり得ます」



 教師は髭の生えた老エルフ。

 元冒険者だという。

 なぜか女子の人気が高い。


 教師は試験官に入った透明な水を見せた。



「この水の中には無数の生命体がいると仮定されています。この中の生命体が魔力に晒され続けることで魔力を蓄える性質を持ちます。これを炭と混ぜたものがスクロールに描くインクとなります」



 なるほど。

 魔力を通す媒介として微生物を利用していたのか。



「また魔獣の体内に発生する魔石は第二の脳とも呼ばれ、それ自体に魔力を蓄える性質と魔法構造式が組み込まれています。これを【結晶魔法】と呼びます。結晶魔法は詠唱魔法では再現できない魔法を含みます」



『身体能力強化』、それにシスティーナの髪の色を変えているイヤリング。


 あれが【結晶魔法】の産物というわけだ。



「これを読み解き、立体から平面に移し替えたものが魔法陣です。こちらは【刻印魔法】と呼ばれます」



 しかし、【結晶魔法】の全てが【刻印魔法】にできるわけではない。


 魔法を平面の図形に変換する技術にはいまだなぞが多く、実戦的試みを繰り返すほかないらしい。



 そうでなければ魔石のある魔法は全て法陣化できてしまう。



 講義が終わっても女学生の人だかりができて質問できそうにない。


 おれは次の講義へ向かった。



 ◇



 教室を移るとこれまでで一番人が多かった。

 やはり魔法工学の根幹はこの講義だ。



「【刻印魔法】の応用分野はとても広いデスネ。魔法士の魔法武器はモチロン、スクロールに描く魔法陣、冒険者が身体や鎧に描き扱う印掌術も厳密には刻印魔法に分類されるデスネ」



 複雑な形をした装飾品のようなベールで顔を覆っていてどんな顔かはわからない。

 しかし、声や体型から女性だとわかる。かなり若い教師だろう。


「説明だけでは難しいデスから、おもしろいものを用意しましたデスヨ」



 受講者にパズルのようなものが配られた。

 ジグソーパズルとは違い、同じサイズの正方形のピースだ。

 表面に線が入っている。ここだけ別の金属のようだ。




「それを組み合わせて形を造って下さいデス!!」



 なるほど。

 パズルゲームでわかりやすい講義。



 教師がおれの方を見ている気がする。

 はぁん、子供に合わせたお優しい授業ってことですか?



 他の受講者もサクサクと解いている。



 なめんなよ。



「さぁて、皆サン解けましたカ~? できた方は手で触れて魔力を流して下さいデスネ~」



 すると教室中に光が満ちた。

『発光』の魔法陣だったようだ。



 さて、おれも‥‥‥



 魔力を込めようとした手を掴まれた。



「え?」

「いっけないデース!! アナタに渡した法陣だけ間違えましたデスネ!! 危うく教室が吹き飛ぶところでしたネー。アハハハ!!!」



 隣のシスティーナが目を見開いている。



 おれの魔法陣と彼女のものは全く異なる。



 彼女のが一層の円の中に幾何学模様が描かれているのに対し、おれのは何十層もの円と円の組み合わせだ。ピースも細かい。


 うっかりさんめ。

 ふざけるのはその話し方だけにしろよ。



「それにしてもよく解けましたデスネー?」

「ああ、たまたまですよ」



 この魔法陣は講義の冒頭で魔法陣の説明のための一例として教師が見せたものだ。



 できて当然だ。

 答えを一度見ているのだから。




「『たまたま』~? 不思議デスネ~。このピースにはダミーの線が入ってますデース。なので法陣を一から理詰めで作り上げるか、先ほど数秒見せた法陣を完璧に記憶しなければ解けないはず。ちなみに偶然この組み合わせになる確率は1万分の1‥‥‥デスネ」



 この女、わざとおれに難問を解かせたな。

 おれの正体を知っているのか?



 いや、教師でも知っているのは学院長と学部長の二人だけのはずだ。



「きっと本で読んだのでしょう。弟は刻印魔法に関する本をたくさん読んでいますから」

「本で? そうですカ‥‥‥」




 システィーナの助け舟で教師は引き下がった。



 だが、この魔法陣が何の魔法のものか、聞かれればアウトだ。



「とても熱心デスネ。関心しましたデスネ!」




 追及は無かった。

 やはり、偶然間違えただけのようだな。



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