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1.入学

 おれとシスティーナは魔導学院に入学した。

 魔法工学部中等科だ。



「シスです。意匠科縫製専攻です。よろしくお願いします」

「ロ、ロイドです。ま、魔法工学専攻です。よろ、よろしくお願いします!!」



 姉弟ということにして、平民として入り込んだ。

 

 ちなみに魔法工学部を選んだ理由は三つ。

 平民がほとんどなので平民が溶け込める。

 システィーナの魔力量は多いが魔法を使えない。

 おれの魔法力はすでに学生レベルではないので学ぶことが無い。


 魔力量は魔法工学部でも役に立つ。

 魔道具の機動に欠かせない。しかし魔法工学部は平民が多く、魔力量が乏しい。まぁ、他学部、とりわけ魔道具を使う魔法士育成学部が制作の段階で協力してくれればいいのだがそうもいかないらしい。



 システィーナは幼少期から魔道具に触れてきた影響なのか、『優級』相当の魔力量だった。


 魔力の量における等級は魔道具使用の目安にするために測られる指標だ。


 下から初・中・優・上・特・聖・天の順に高い等級になる。



 おまけに王宮で縫物の類は嗜みとして教え込まれた王女様。手先は超絶器用だった。

 魔獣の素材を使った魔法服の作成で大活躍。

 おまけにかわいいので大人気になった。



 魔力量。

 裁縫技術。

 王国の至宝と称される見眼麗しい見た目。

 

 変装用の魔道具を使っていても、あふれ出るものがあるのだろうか。

 

 人が寄ってくるようになった。



「ほう、噂通り整った顔をしてるな」

「はい?」


 魔法工学部は実習が多いので制服を着ない。

 作業着のような恰好が多い。

 だから工房に現れた制服の連中の異質さに気が付いた。

 他の学部の学生だ。



「やべぇ、見つかったぞ」

「ああ、シスちゃんもとうとう……」

「詠唱学部の奴ら、またかわいい子をさらっていく気かよ」

「まぁ、平民が貴族の使用人になるのは悪い話じゃないからな。見送ってやろうぜ」



 問題大ありだ。

 王女様だぞ。



「貴様ら図が高いぞ!! 平民共!!」

「こちらは宮廷魔導士団のエイブ・ゴーマン騎士爵様のご令息、コーラ様だぞ!!」


 エイブ・ゴーマン?


 取り巻きの大声は金属音が絶えない工房でも響いて職人志望の学生たちの手を煩わせるには十分だった。それでも誰一人文句を言わず、手を止め、その場に膝をついた。

 身分社会の悪習がここに凝縮されているようだなぁ、と顔もいながら膝をつく者たちを通り過ぎ、おれはゆっくりと前に歩み出て行った。



「ちょっと、弟君だめだよ」

「戻れ―弟君」

「貴族様だよ!」


 止める先輩たちを無視して進む。



「他の有象無象、醜い平民に興味などないさ。ぼくはこんな掃きだめに美しいものを置いておけないのさ。下賤な平民だとしても、美しい者は傍においておく価値があるからね」


 

 宮廷魔導士団の名簿を頭に浮かべる。 ヒースクリフの仕事の関係上、付き合いもあるので大抵の宮廷魔導士とは会ったか、名前を聞くぐらいはしている。

 エイブ・ゴーマンのことは知っている。


 王宮ですれ違ったことがある。


「喜ぶがいいよ。もう金持ちの男を見つける必要はない。もっとも、当然平民ごときと結婚する気はない。屋敷でせいぜいこき使ってやるからね」

「お断りします」

「は?」



 システィーナの力強く一遍のよどみのない拒否。

 コーラと取り巻きたちは一度驚き、わざとらしく落胆の表情とあきれ顔を示し合わせた。


「全く、これだから―――」

「貴方のために働く義理はありません」

「おい、ぼくの――」

「学院内で身分を持ち出し命令するのはご法度のはずですよ。そんな最低限のルールも守れないのですか?」



 さすがシスティーナ。ストレートに言い切ったな。

 思わず拍手しそうになった。システィーナはおれが来たことを確認すると面倒ごとから解放されたといわんばかりに口をつぐんだ。もう解決したとでもいうように、何事もなかったかのような顔をしている。


 対するコーラは自分より5歳以上年下の彼女に言い負けたことを取り繕い、平静を装った。


「フフン。生意気だね。ますます気に入ったよ。でも平民は貴族のために働くことがルールなんだよ。その大前提の前に、学院の定めた決まりなど守る価値もないのさ。逆らうっていうのなら君の弟の未来はないよ?」



 聞いてはいたがこれが院内カーストというやつか。



「さぁ、黙ってついてくるんだよ。部屋に置く人形にはちょうどいい」



 コーラの腕がシスティーナに向かって伸びた。



「シスお姉さまに触れるな。似非野郎が。ぶちのめすぞ」



 腕を払った。

 

 コーラはおれを非常識だとでも非難するように指を差し、声を荒げた。



「貴様、不敬罪だぞ!! いや死罪にしてや、イタタ!!」


 他人に指をさされるのは嫌いだ。

 指をつかんでひねり上げた。


 すかさず取り巻きたちが荒々しく拳を振り回してきた。


 指を離してやった。

 殴られるからではない。

 怪我をさせるのは大人気ないからだ。



「ロイド君まずいよ」

「相手は貴族だ。逆らったらだめだ」

「貴族? 違いますよ」


『記憶の神殿』にある組織図を確認した。

 エイブ・ゴーマンは宮廷魔導士団の戦略室の一官僚だ。


 爵位は騎士爵ではなく、名誉騎士爵。要は国家公務員みたいなものだ。土地もない。

 つまり、世襲されない。



「あなたが貴族家の令息であるのは父親が官僚をしている間だけ。身分でいうならそちらのお三方がずっと上のはずですが?」

「……お、え? いや……何を」



 急に汗だくになったコーラ。



「な、なに? お前、名誉騎士爵だなんて一言も……」

「官僚で名誉騎士爵って、お前の父親も平民上がりってことじゃないか!!」

「くそう、おれを男爵家だからと下に見ていやがったくせに!!」

「ち、違うんだ!! 落ち着いて、落ち着いて話を聞いて下さい」



 身分の上に成立していた仲間意識のなんともろいことか。


 コーラは連れていかれた。

 乱暴に引きずられて。



「ありがとう、ロイド」



 王女スマイルいただきました。

 このほほえみに『ご苦労様』と『期待通り』と『おもしろかった』という意味合いがこもる。実に多弁なお顔だ。



「いえ、姫……シス姉さま」

「さすが、何でも覚えているのね」

「しかし、今のはなんとかなりましたが次はどうなるか。思った以上に院内カーストは深刻です」

「そうね」



 つい癖でシスティーナの手を引いて歩くと、先輩たちのたくましい腕に掴まれた。



「なんだ今のはー!!!」

「すげーな!! 追い返しちまったぞ!!」

「なんであんな内部事情を知ってるんだ?」

「ロイド君はお姉さん想いなのね!!」




 この一件で、おれは『恐れ知らず』『物知り』『シスコン』というレッテルを貼られることになった。


 最後のは納得いかない。


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