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23.下町

 

 お忍びで最初に向かった先は神殿。



 王都大神殿でお祈りに出かけた。



 だが、問題があった。




「これは目立ちますね」



 神官たちにもおれたちの正体はバレバレだった。




 システィーナの変装は完璧だ。

 魔導具により、髪の色が代わり印象が全く異なる。髪型も変えて、眼鏡も掛けた。服装も普通の町娘と同じだ。



「はぁ、だから言ったのです。あなた方は待機で良いと」

「だって隊長~」

「私たちも私服でおしゃれして~姫様とお出かけしたいです」

「ねぇ~?」



 紅月隊の騎士たちだ。

 彼女たちは騎士爵なので私服はドレスとかだ。



 どう見ても平民に見えない。



「やはり、彼女たちは目立ちますね。ここに置いていきましょう」

「マイヤ、あなたもよ」

「え?」



 マイヤが困惑する。

 確かに彼女はお忍びの趣旨を理解し、キチンと平服を着ている。服装は完璧庶民のそれだ。



「マイヤが一番目立つもの」

「そ、そんな‥‥‥」



 スーパーモデルがTシャツとジーパンで変装していると言っているようなものだ。



 逆に目立つ。



「大丈夫よ。私には頼りになる弟がいるから」




全員置いて街へ。


 高級店が立ち並ぶ大通り、神殿や貴族の屋敷が立ち並ぶ二番通り、そのさらに外れが東西に延びる下町通りだ。



「通りが一つ違うだけでまるで別世界だわ」



 システィーナがキョロキョロと不安そうにあたりを見渡す。


 それを通りかかった人々がくすくすと笑う。



「ね、ねぇ、気が付かれてないかしら?」

「ああ、お上りさんだと思われてるんですよ」

「お上りさんって?」

「王都に始めて来て浮かれているってことです」

「私、10年住んでいるのだけれど」

「いい兆候です。気が付かれてないってことです」



 システィーナは最初歩き慣れないのかおろおろしていた。手を引いて行くと、やがて誰も自分を気にしていないことに気が付き、目を輝かせて周囲を観察していた。



「本当に気付かれてないようですわ」

「当たり前です。姫様のお顔をじかに見ている平民なんていませんからね」

「ああ、ロイド。姫様なんて言ったらダメよ。ちゃんとお姉様と呼んで」

「その口調の方が問題なんですが。平民は姉をお姉様なんて呼びませんよ」

「じゃあ何て呼ぶの?」

「‥‥‥やい、とか、おいとかじゃないかな」

「変わった呼び方ね」

「そうですね」



 システィーナが首を傾げた。



「ところでどうしてロイドも気づかれていないの? 変装していないのに」

「それはですね。周囲をご覧ください」

「ん? 見たわ」



 平民にはこの灰色の髪と眼の人間は滅茶苦茶いる。顔立ちも似たような子がさっきから何人もいる。

おれとしてはこの顔結構気に入っている。前世よりずっとイケメンだ。



 でも服装さえ変えれば、おれはその辺によくいる顔なのだ。まぁ、生粋のローア庶民だからな。



「でも、街にいる衛兵や馬車に乗っている貴族たちはわかるでしょう?」

「姫様、普通の兵士たちや貴族たちは、話している相手の顔を一々覚えてませんよ」

「ええ!?」

「身なりや服装で適当に判断しているだけです。後は家令に覚えさせるとか。いずれにせよ通りを歩いている時点で気にしませんよ」

「そういうものなのね」



 おれとシスティーナは王都の下町を練り歩いた。



 街には商売人の他に見世物をする芸人や絵を描く者、怪しい道具を売る者、酔って謎の演説をする者、様々だ。



 公園では何かのゲームを楽しむ人たちと観戦する人たち、それにかこつけて食べ物を売る屋台が立ち並び、活気に満ちていた。



「そういえばお腹が空きましたね」

「もう戻るの?」

「いえ、食事にしましょう。あそこで」



 そこは宿屋の一階にある安食堂だった。



 王都には宿泊施設がたくさんあり、その一階は大抵庶民的な食事を低価格で提供する安食堂となっている。


 ちなみにちょっといい食堂ともなるとかなり本格的な料理屋になる。



「あ、あそこで食事?」

「はい。大丈夫ですよ」

「そう、ならお任せするわね」



 恐る恐る付いて来るシスティーナ。



「案外こういうお店がおいしいんですよ」

「へ、へぇ~」



 かなり古い店らしく、床がぎしぎしと音を立てる。


 だが、机は酒や油で汚れておらず、虫もいない。

 さりげなく花が置いてある。

 今朝変えたばかりだろう。



 カウンターの奥に店主がいる。

 こちらをちらりと無言で見ただけだった。

 特に案内されることなく、おれたちは賑わう店内の空いている席に座った。



「よぉ、なんにする?」

「え?」



 ぶっきらぼうに突然声を掛けられて困惑するシスティーナ。



「おすすめのランチを二人分。あとお水下さい」

「おお」



 おれと店主のやり取りを興味深そうに見るシスティーナ。


 お昼の込み合う時間はパッと注文した方がいい。何を食べるか決めてから入るのがマナー。

 多少愛想が悪くても気にしない。

 愛想が欲しければ高い店を選ぶ。


 そんな庶民の常識を教えていたらやがて食事が運ばれてきた。


 パンとシチューのようなスープ、それと魚のソテー。



 王都ではありふれた昼食だ。



 システィーナはおれのマネをしてパンをちぎり、シチューに浸して食べた。



「あら、おいしい」

「えらくお上品に食べるね、お嬢ちゃん」

「‥‥‥っ?」



 突然話しかけられ驚愕するシスティーナ。



 彼女からしたら食事中に突然話しかけて来るなどありえない。しかも赤の他人の庶民が話しかけてくるなど前代未聞のことだろう。

 それで気が動転しているようだ。



 ちなみに安食堂で客が話しかけて来るのはざらにある。



「シスお姉さまはお姫様なんですよ」



 システィーナが目を丸くしておれを見ている。



「がはは、じゃあ坊主はお姫様の騎士様か?」

「はい、そうです」




 システィーナがテーブルの下でおれの脚をつま先でつつく。結構痛い。



「何を言ってるの?」

「これぐらい大胆な方がいいんですよ。逆に何か秘密を抱えている雰囲気があると怪しまれますよ」

「そうかしら」



 お姫様とその騎士の来店で、店内は大盛り上がりだ。



「おれのところもよ、娘が王女殿下に憧れて、あのドレスが欲しい、あの靴が欲しいってよ~」

「うちは息子が騎士になるって店の手伝いもせず毎日チャンバラだ」

「元気があっていいじゃねぇか」

「憧れるのも無理ねぇ。平民が今や王女殿下の騎士だぜ? おれたち平民の希望の星よ!」



「親父さん、皆さんの勘定はぼくが払います」



「がはは、さすが騎士様、豪気なこった!!」

「まだ、金勘定は早いかな」

「気持ちだけいただくぜ」



 システィーナがおれの脚をまたつま先でつつく。



「ロイド?」

「いまのはごめんなさい」




「我らが出世頭様はいずれ王女殿下と結婚するって噂もあるぜ」

「そうしたら王子かよ!」

「いずれは国王に?」




 適当な噂だ。



「まぁ! だれがそんな噂を!?」



 システィーナが顔を真っ赤して問い質す。



「シスお姉様、噂は噂ですよ」

「むぅ‥‥‥」



 またテーブルの下でガンガン攻撃してくる。



「いたい。はしたないですよシスお姉様」

「ふーん。私はロイドと結婚しませんからね」

「そりゃ姉弟だし」


おれが設定を持ち出すとシスティーナは顔を膨らます。


「実は血が繋がっていないのだから結婚ぐらいできますわよ」


よりディープな設定が追加された。



 すると店内がやけに静かになった。



「あら、どうしたのかしら。さっきまであんなに賑やかだったのに」

「シスお姉様の設定のせいですね」



 どうやら触れてはいけない話題を抱えている訳あり姉弟だと思われたようだ。

 弟が姉を案内しているし、顔立ちを見れば本当の姉弟ではないとわかる。

 



 空気を悪くしても良くないのでおれたちは店を出ることにした。




「料理長!」

「‥‥‥え? おれか」


 システィーナが食堂の親父を呼んだ。

 何かあったのかと皆注目する。



「結構なお料理でした。御馳走様」

「お、おう。参ったなこれは」

「シスお姉様、大衆食堂では一々料理人を呼んで味の感想を伝えなくても良いんですよ」



「こりゃ完璧お嬢様だ!! がはは」



 システィーナが店内客に笑われ、顔を赤くする。

 おれを睨まないでくれ。



 だがおかげで店は活気を取り戻した。

 足早に店を出るシスティーナを追い、おれも店を出た。



「ふぅ‥‥‥シスお姉様、渾身のボケになりましたね」

「初めに言っておいてよ!!」

「『料理長!』って‥‥‥ぶふっ」

「忘れて!」




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