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22.救済

「あの、ロイド卿?」

「はい」

「何をしているの?」

「ここにいてはいけませんか?」

「えぇ。だって‥‥‥もう私の騎士では無いのよ?」

「それは宮女たちも同じですよね」

「彼女たちは仕事だからいいのよ」

「仕事で無ければだめなんですか?」

「え?」



 システィーナはここまで反論されると思っていなかったようだ。

 困惑している。



「騎士で無くなったのでようやく本心で話せるというものです」

「言っている意味が分からないわ」

「いえ、だってぼく七歳ですし。そんな聞き分け言い訳無いじゃないですか」

「えぇ!? 今更そんな‥‥‥」

「騎士を辞めても、姫との縁は無かったことにはなりません。ぼくは姫が心配です。それに騎士という仕事はもはや関係ないのです」



 困ったシスティーナはマイヤに視線を送る。



「ロイド卿からお話があるようですね。では私たちは席を外しましょう」

「えぇ、マイヤ!!」



 宮女がおれの分のお茶を淹れ、マイヤと共に部屋から退散していった。




 おれは席に着きお茶を口に含む。



「あ、ちょっと‥‥‥」

「姫。王女システィーナと、その騎士としてでしかぼくらは話したことがありません。でも、立場や身分のせいで本心を隠し続ければ、いずれ後悔します」

「‥‥‥まるで知っているかのような口ぶりね」

「はい。ぼくはいろいろとあとで後悔するタイプなので」



 そう、後悔したくない。



 おれが何を考え、何を思っているか、伝えるべきことがある。



 それは身分や立場より大事なことだ。




「私の騎士になったことも後悔していたでしょう」

「最初はそうですね。失敗したと思いました。姫は年の近い話し相手が欲しいだけだとわかってましたし」



 おれの正直な言葉が意外だったのか、システィーナがたじろぐ。



「ぼくは姫のような人が苦手でした」

「‥‥‥え?」

「初めから全て持っていて、欲しいものは全て手に入れる。そんな浅ましさをかわいい顔で誤魔化している。実際それで人生設計を狂わされたわけですし」



「ご、ごめんなさい‥‥‥」



「でも、あなたが困っていると助けずにはいられない。それは姫が全てを持ってはおらず、欲しいものは手に入らず、優し過ぎて苦しんでいる。それを笑顔で誤魔化しているんだと気づいたからです」




 その彼女が無理をして手に入れたのがおれだった。



 ただ話し相手が欲しくて。

 いなかったのだろう。

 同世代で話が合う者が。



 この子、おれと同じ転生者か?って疑うほど賢いからな。




 システィーナが目を見開き固まった。





「私の傍に居るのは嫌じゃないの?」

「それなら、無理やり騎士にした相手にここまでしません」



 システィーナの様子がいつもと違う。

 余裕綽々で、冗談めかし相手をからかうこともしない。


 自分の本心を悟られたから、おれの本心を聞いて動揺しているのか、俯いている。



「窮屈で肩が凝りませんか? ずっと王女でいるのは。姫が求めていたのは王女様のお友達役ではなく、本心を話せる普通の友達では?」

「友達‥‥‥本心‥‥‥?」



 彼女にも王女としてではない、本心というものがある。

 完璧に見えても時折、悪戯心が働き、負けず嫌いでムキになり、嫌味を言う、不貞腐れる。



 しばらく護衛をしていて見えた、彼女の素はほんの少しだけだった。



 自分を押し殺してさえいればいい。

 我慢していれば問題ない。



 そういう自己犠牲の精神で失敗した奴のことをおれはよく知っている。



 誰かに頼ればいい。

 気持ちを打ち明ければいい。

 それが難しいのもわかってる。



 だからおれから本心を打ち明けた。

 システィーナはしばらく茫然とし、何度かお茶を口に運んだ。







 言葉を選んでいるようだ。



「ロイド、私は王女でなければ何もできない小娘なのです。無力な私が外に出れば、また周りの人々を危険にさらしてしまいます。あなたが身を挺して私を護ってくれた時のこと、いつも夢に見ます。もうあんな思いはしたくないわ」

「王宮の歴史的価値に興味が湧いた話は嘘ですか」

「はい。ウソです。ココじめじめして嫌いですから」



 初めて彼女の本心を聞けた。



「本当は……外に出たい」



 彼女は堰を斬ったように涙を流し始めた。



「姫、ならば王女としてではなく、ただの何もできない小娘として外に出ませんか?」

「ふぇ?」



 最悪の場合、おれは処刑されるかもしれない。

 だが、彼女をここから解放するにはこうするしかない。



「それって、前に言っていたお忍びでってこと? 無理よ。許されないわ」

「はい。なのでこっそり行きましょう」




 トラウマを治す特効薬は自由だ。




「王女だから、危険が付きまとうのです。なら、王女でなければいいでしょ?」

「でも‥‥‥え、そんな‥‥‥」



 おれが覚悟を決めた時、部屋の外が騒がしくなった。宮女たちの慌てる声がする。



 ドアが開き、黙って男が入って来た。



「お父様!!」

「え、陛下!!」



 マズイ、聞かれた?




「今の話、覚悟はできていような、ロイド卿」



 聞かれてた。



「まさか、システィーナを王宮から密かに連れ出す算段とは‥‥‥大胆なものだ。それも忠誠ゆえか?」


「いえ、ただ姫を救いたいだけです」



 忠誠と答えた方が良かっただろうか。

 いや、おれはもはや、彼女をただの主としてではなく、トラウマを負わせてしまった少女、話の通じる同世代、過去の自分と重なる存在、と複数の視点で見ている。そう簡単に割り切れる間柄ではない。



「お父様、ロイドはただ私を心配して‥‥‥」

「分かっておる。余は一足遅れたようだ。情けない」

「え?」



 そういうと国王プラウドはソファーに座り、魔導具をシスティーナに手渡した。


 イヤリングのようだ。



「王家に伝わるものだ。それを着けると髪の色が変化する。身体の色を変える魔獣の魔石から造ったものだそうだ」

「お父様?」

「余は、普通の父親としてお前に接してこなかった。王女として育て、普通の娘として育てることを忘れておった。それでもお前は立派に育ち、今まではそれでもよいと思っていたが‥‥‥」



 いつの間にか事態は変わっていった。



「システィーナよ」

「はい」

「それを身に着ければ誰もお前を王女として気に止めなくなる。王女としてでなく、ただのシスティーナとして、外の、普通の暮らしを学びなさい。外にあるのは命の危険より、生きることの苦労だ」




 まさか、国王も同じことを?




 システィーナはちらりとおれの方を見た。



「お供しますよ。ただのシスティーナの友人。ただのロイドとして」



いつまでそうしていただろう。

システィーナはじっとイヤリングを見つめていた。



やがて、顔を上げた。



「ありがとう、お父様、ロイド!! 私、外に出ますわ!!」



 王女としての達観した余裕からくる笑みではなく、年相応の無邪気な笑顔だ。



 彼女は魔導具を耳に付けた。

 すると、鮮やかなハニーブロンドがアッシュグレイへと変わった。



「まぁ、姫様。ロイド卿とおそろいですね」

「その色も素敵です」

「二人で並んだら姉弟ですね!」



 え?


 おれが弟?



 うん、まぁなんでもいいけど。



「うむ、誰も気が付かぬだろうな。かえって安全だ」

「お父様、私、弟と外に遊びに行きます」

「ああ、行っておいで。暗くなる前に戻るのだぞ」



 宮女が王女に見えないような絶妙に裕福かどうか微妙なラインの服を選び、おれもそれに合わせて紅月隊の隊服から平服に着替えた。




 王宮を歩いていると衛兵や宮女たちが首を傾げおれたちを見る。




「姫、お辞儀して。怪しまれます」

「ロイドこそ、姫と呼ばないで。気付かれます」




 二人で庭までやって来た。



 システィーナは少しためらいつつ、ゆっくりと庭の石畳を歩く。



 そして大きく息を吸った。




 たったそれだけのことだ。

 それが彼女にとってどれだけ特別か。




「ロイド、私のことはシスお姉様と呼んでもいいのよ」

「えぇ~。こんな似ていない姉弟がいますかね」

「いいわ。腹違いという設定にしましょう」

「急に重いストーリーができましたね。ではシスお姉様、どこに?」

「まずはそうね。みんなに会いに行きましょう」



 おれたちは紅月隊の本部へ驚かせに向かった。



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