20.黒幕
ジェレミアはプラウド国王の弟だ。
伝統を重んじると言えば聞こえはいいが、既得権益に依存して変化を恐れているだけだ。
優秀な官僚、騎士、学士顧問に平民を登用する。
それらは実際効果を上げている。
権力の上に胡坐をかき、貴族ではあるが何者でもない。
そんな中身のない者たちの焦りと不安。それらを一身に受けるジェレミアもまた、王の弟ではあるが何者でもない。
だが、だからこそ、この男には何もできない。ゆえに何も起きない。
この男が無能であるがゆえに、王国にはさざ波程度の不和しか生まれなかったのだ。
おれはこの男が無能であるがゆえに、ギブソニア家に養子として入ることができ、今バリリスの名を賜り、騎士となれた。
おれはこの無能に感謝せねばならないのかもしれない。
「ジェレミア公。あなたはあの事件の前、ぼくに言いましたね。『チャルカで一番好きなルールは拠点に侵入した時点で勝敗が決することだ』と」
「そ、それは‥‥‥違う!! あれはだな―――」
「ぼくはあれが犯行予告だと思いました。でも、ジェレミア公は単に、訓練の日取りを知ってたんですよね」
そう。
あれは気が緩んでいたおれが訓練で恥をかくのを知っていて、嘲笑した。
目障りなおれが失敗する様を想像して悦に浸ってしまったんだな。
おれはそれを犯行予告だと思い、ジェレミアが黒幕だと思い込んでしまった。
「いや、あれはその‥‥‥システィーナの護衛として緊張感を持つように発破を‥‥‥」
「知っていたんですね。訓練の日取りを。でもそれだけだ」
それでほくそ笑むのもどうかと思うが。
「なぜだ? 私を信用するのか?」
「いいえ。しかし、この陰謀が成功していたとしてもあなたは帝国の傀儡にしかなれなかった。いや、反乱を企てた謀反人。教会の手先として討ち取られていたのでは? いずれにせよ、得をするのはローア大陸に進出できる教会。それを口実に軍を派遣できる帝国です。パラノーツ王国には百害あって一利なし。特に矢面に立たたされることになったあなたは」
「‥‥‥私は誰かに嵌められたのか?」
事実、ジェレミアは今追い詰められている。
証拠など無くても、事件の経緯から真っ先に疑われるのはジェレミアだ。
まるでジェレミアを追い詰めて、反乱のリーダーに据えるための計画に思える。
「これは大虐罪だぞ、ロイド卿!!」
追いついてきた衛兵たちがおれを取り囲んだ。
「待て!!!」
ジェレミアは剣を納めた。
「上がり給え」
「はい」
おれが知りたかったのは、ジェレミアは訓練の日取りを誰かに話したのかどうかだ。
品の無い眼のチカチカする居室に通された。
ジェレミアは抜き打ち訓練の日取りを予測する方法を知っていた。
その日時を教えたことは無いが、予測する方法があることは何人かにほのめかしたことがあるらしい。
『王宮のことなら何でも知っている』という話の流れで話したそうだ。
それだけの情報があれば多少調べればわかることだ。
「教えた人のリストを」
「覚えていない。大抵は酒の席だ。それに、例えリストができたとしても、容易に疑える相手はいない。間違っていたでは済まないのだぞ」
「なら、教会と接点がありそうな人だけ」
「教会は帝国軍ですら全容を知らないのだ。王国内でつながりなど分かるはずが無い」
使えねー。
「‥‥‥あそこなら情報を握っているかもしれん」
「どこですか?」
「ギルドの情報屋だ」
「あそこは民間では?」
「あの情報屋の母体は帝国にある。今でこそ庶民が気軽に利用しているが、大戦後の帝国行政府の流通、情報統制、金融を担ったのがあの情報屋ゼブル商会なのだ」
初耳だけど?
ヤバいぞ。
というか、あそこで普通に手紙のやり取りしてるし、口座に預金しているし、馬車とかの保険にも入っているし王国内の個人情報盗みまくりじゃないか。
「母体が帝国にあるだけで、帝国政府とも情報のやり取りは契約に基づいている。ビジネスにおいてはフェアだ。そうでなければ王国内で商売させるはずが無い」
「ホッ‥‥‥では、教会の情報も?」
「いいやフェアゆえに、情報の買取は等価で無ければならん」
「ちなみにいくらです」
「金ではない。等価の情報でなければならんと言うのだ!!」
ジェレミアが机を叩き激昂した。
ああ、もう行って断られたんだな。
「情報か‥‥‥」
早くしなければ勘違いした反動勢力が勢いづく。新たな不穏分子が生まれ、捏造された反乱が本物になる前に、事を治めなければならない。
「情報‥‥‥金に換えられない情報か」
ものすごい心当たりがある。
最近すごい情報を得た。
おれは冒険者ギルドへ向かうことにした。
ギルド内の情報屋『ゼブル商会』へ。