17.後天
特に後遺症も無く、マイヤはベッドで意識を取り戻した。
全身の凍傷はおれの神聖魔法で跡形も無く治った。
誰もマイヤに実験の成果について聞こうとはしなかった。
もし成功していたら、あのクールなマイヤが涙を流し続けたりはしない。そうみんなが察した。
狼狽する彼女の様子を心配するヒースクリフが初めて声をかけた。
「やはり、止めるべきだった。私の責任だ」
するとマイヤは涙をぬぐい、ようやくおれたちの沈痛な面持ちを認識したのだろう。
慌てて首を振った。
「あ、違うんです。悲しくて涙を流していたのではありません!」
「え?」
マイヤは美しい旋律でおれが魔法教習で教えた詠唱をした。
部屋にそよ風が発生した。
『送風』だ。
「うそ‥‥‥隊長が」
「魔法だ。では‥‥‥」
「はい、ロイド卿の考えは正しかった。魔力を動かす感覚を会得しました!!」
マイヤに抱きしめられた。
ぬいぐるみでも扱うようにひょいと持ち上げられてしまった。
「ありがとうございます、ロイド卿。あなたのおかげで諦めていた夢が一つ叶いました」
「いえ、隊長が信じてくれたおかげというか。隊長ががんばったからです。隊長のお手柄です」
「フフ、謙遜は過ぎると嫌味ですよ」
「あの恥ずかしいんで下ろしてください」
「あ、すいません」
相当にうれしかったのだろう。
マイヤは普段見せたことの無い笑顔だった。
その様子を見てみんな安堵した。特にヒースクリフは自分のことのような慌てようだった。
「すごい、魔導学院の適性判断を覆したのか。いや、マイヤ卿には魔法の才があったのか? 私がリア卿に引き合わせていなかったら‥‥‥」
「いや、隊長さんは確実に戦士タイプだよ。ロイドのやった魔法力覚醒法が極薄い魔力を感知させたんだ」
「だとしたら、これは‥‥‥」
「第一級の秘匿技術だろうね。今あるパワーバランスを崩しかねない。神にも優る力だ。まぁ上位属性を二つ使えるなんてロイドくらいだろうけど」
「上位属性魔法を制御しつつ、魔力で適度に干渉し続ける魔力操作。それに神聖魔法の保険。ロイドしかできないな」
マイヤから解放された。
うん、これだけ元気ならもうダイジョブ。
「では、詳しい話を。今後の参考に」
今後はこれを戦闘中に応用できるか検証だな。
もし可能なら、紅月隊は現在の王宮騎士とは一線を画す、絶対無敵の集団と化す。
「ちょっと、ロイド卿こっちに」
「え? でも‥‥‥」
「こっちに」
「はい」
オリヴィアたちに部屋から連れ出されてしまった。
「あんたにはわからないでしょうね」
「魔法力を獲得した喜びですか?」
「違うわよ。貴族同士の恋愛は複雑なのよ」
恋愛だと。
なんだそれは。魔法より複雑だというのか?
おれが解明してやろうか。
「隊長はリーグ家の令嬢とは言っても、隊長自身が王宮騎士隊長格になるまではほぼ平民と同じでしたものね」
「魔法が使えない地方貴族の娘と、ドラコ一族の末裔で伯爵。でも魔法が使えるようになったら」
「何の話をしているんですか?」
「二人の身分差が埋まったかもしれないって話」
そう言えば、マイヤ隊長は独身だ。
「マイヤ隊長って縁談とか無いんですかね」
「そりゃあるわよ!」
そりゃあるよね。
美人だし、王宮騎士の隊長だし、しっかりしてて美人だし。
「あの器量で王宮騎士隊長なのよ。でも大抵は下級貴族の次男、三男。隊長を利用して成り上がろうとする連中よ」
「でも中にはそれなりのまともな人もいるでしょう?」
「そうね。でも隊長より背が低くて、弱いけどね」
「ああ‥‥‥」
身長はいいとしてマイヤより強い奴って。
貴族の結婚ともなるとそこも重要か。
でも確かに『氷結』を使えるヒースクリフなら。
もしかして‥‥‥マイヤ隊長‥‥‥
「何を外でコソコソ話しているんですか?」
マイヤとヒースクリフが出て来た。
「もう大丈夫なんですか?」
「はい。身体に支障はありません」
「いえ、このまま仮病でしばらく伏せっていれば二人きりでいられるでしょ?」
「「なっ!」」
ヒースクリフとマイヤが赤面した。
お互い意識しまくりだ。おもしろいぞ。
「大人をからかうんじゃない」
「そうです。ヒースクリフ卿とは‥‥‥魔法について談義していて‥‥‥」
声が上ずってるヒースクリフ。
いつになく小さい声のマイヤ。
別に隠す必要ないのに。
「ぼくはマイヤ隊長みたいな強くてかっこいい母上は大歓迎ですよ」
「「んなぁ!!」」
二人が顔を見合わせて再び赤面した。
「何を言うんだ突然!」
「そうですよロイド卿。こんな私など‥‥‥」
「いや、マイヤ卿が不足というわけでは」
「背丈が足り過ぎるので。すいません」
「え、背なんて気にすることは無い。むしろ、あなたはそれが素敵だ」
「え? あ、ありがとうございます」
「これは一般論で。いや、私が素敵だと思うのに違いは無いが」
息子、ヒア。
早く結婚しろよ。
その日、帰りの馬車の中で、ヒースクリフの口数は少なかった。
だが、ずっとうれしそうな顔だった。




