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16.実験



 ちょうど紅月隊本部に居たヒースクリフとマイヤを呼んだ。

 これから行うことは地道な鍛錬とは違う。



 云わば実験だ。


 だからおれ一人の独断で始めることはできない。



「まだあきらめていなかったのか。魔法は才能だ。これは体内の魔力濃度によって魔力を知覚できる者とそうでない者が存在するためだ。これは先天的なものでどうにもならない」


 これが通説だ。

 しかし、おれはどうだろう。



「ん? ああ、なるほどね」



 システィナが気付いたらしい。


 そう、おれは平凡な肉体に宿ったため、魔法の素養は無かった。それが魔法を扱えるようになったきっかけは魔力を知覚したからだ。


 異世界にしかない魔力がおれには独特の感覚として強く認識できた。もし、普通の赤ん坊だったらそれが何の感覚か知ることも無く、五感に埋もれていただろう。 



 おれが証明だ。

 魔力を知覚する感覚は意識で変わる。

 つまり意識を変えれば後天的に養える。




「魔力の知覚ができるようになる、可能性がある方法を思いつきました」

「あはは‥‥‥ロイド。それが本当なら大発見だよ」



 ヒースクリフが笑う。

 それを見てシスティナが耳打ちする。



「‥‥‥ヒースクリフ君さぁ、ロイドの顔見てよ。これが冗談言っている顔かな?」

「いや、まさか‥‥‥」

「できるんだったら早くやりなさいよ!」



 オリヴィアさん。

 やり方を聞いてできるかどうか判断しようね。



「ですが、確証がありません。試したことが無いので。あと、最悪死にます」

「最悪死!?」

「ではご要望にお応えしてまずオリヴィア副隊長から」

「待って! やっぱいい」

「あなたのことは忘れません」

「失敗する方向で進めるな! 怖いわよ!」



 逃げる最速の騎士。


 動くなよ。手元が狂うだろ。



「私がやりましょう」



 マイヤ隊長が手を挙げた。クラス委員を決めるときぐらいのテンションだ。



「いえ、まだどうやるかも説明してませんがいいんですか?」

「マイヤ卿。息子の説を聞いてそれが実現性の高い方法だったとしても、あなたがそれを試す必要はありません」

「部下に危険を押し付けるわけには参りません」

「隊長~!」



 オリヴィアがすがり付く。

 さすがは隊長。立派だ。



「それに、私も魔法を夢見ていた時期があります」



 マイヤが恥ずかしそうにそう呟いた。



 意外だ。対魔導戦闘のプロがもともと魔導士志望だったとは。


 隊長、自分も魔法使えるようになりたいんだ。




「まさか魔導学院の入学審査に落ちて泣いていたあの少女が王宮騎士隊長になるだなんて、夢にも思わなかった」

「あ、あの伯爵‥‥‥それはもう忘れて下さい」



 マイヤが身体を縮こまらせた。



「隊長が泣いていた?」

「隊長にもそんな時代があったんですね」



 超絶クールで完璧超人と思われているマイヤ。

 彼女も人の子か。



「七歳だったんです。私にも人並みに挫折や後悔はありますよ」




(そうか、父上とマイヤ隊長は大分昔から知り合いだったのか)



「これは失礼」

「いえ。ですが忘れて下さい」

「恥じることではありません。紅月隊の皆さん、マイヤ卿はその後すぐ、リア卿の後ろ盾を得て西へ留学し、従士に昇格なさったのですよ」

「すごい」

「さすが隊長」

「切り替え速っ!!」



 さすが父上。フォローがうまい。

 というか七歳のマイヤ隊長すごいな。アグレッシブ。

 リア卿って王妃様の近衛騎士隊長だよね。


「持ち上げないで下さい。ヒースクリフ卿があまりにみじめな私をリア卿に紹介して下さったのです」

「へぇ~、父上が」



 隊長が七歳ってことは当時父上12歳とかだろ。王宮騎士に紹介って父上もすごいな。



「みじめだなんて。そんな」

「いえいえ、醜態です」

「いやいや」

「いえいえ」



 あれ?

 ここってお貴族の社交場でしたっけ?


 マイヤとヒースクリフが思い出話に花を咲かし始めた。遡ると天才魔導士のヒースクリフとリア卿の下で騎士として開花し始めたマイヤは何度か邂逅し、時には魔導士対騎士として、時には社交場で年頃の男女として顔を合わせていたようだ。


 しかし、マイヤが15歳で成人して以降、話が止まった。ヒースクリフが20歳ということは、ベスとの政略結婚だろう。



 途端に会話の熱が冷めたのがわかった。




 扱いの難しい子供を面倒見ている同士だから気が合うのだと思っていたけど、どうやらそれだけではないらしい。



「えっと、方法について説明してもいいですか?」

「あ、ああそうだな」

「そ、そうですね。何をすれば良いのですか?」



 慌てる二人。

 ベスの件で懲りたヒースクリフは令嬢たちからの縁談を断り続けている。

 案外、理由はこれかもね。



「では魔力感覚を後天的に獲得する方法についてご説明します」



『氷結』で体温を急激に下げる。

 それにより、感覚が麻痺する。




「待て、確かに体温の上昇で感覚は高まる。だがそれだけだ。魔力感覚は肉体の五感とは関係ないぞ」

「はい。なので、体温が下がった状態で、こうします」



 おれは魔力を放った。

 マイヤが首を傾げる。

 だが、ヒースクリフは反応した。



「そうか、魔力と魔力は互いに反発し合う」



 魔力抵抗とでも言おうか。

 魔力は誰にでも流れており、これが無意識に他人の魔力から自分の身を護っている。



 おれがブルゴスに初めて『風切』を使ったとき、この魔力抵抗を抜けなかった。


 この性質を利用したのが反魔法だ。



「なるほど、体温が下がり、肉体の感覚が鈍くなったとき、この魔力抵抗を起こす。魔力感覚は肉体の感覚に左右されず変わらない。感覚を抽出するのか」



 ヒースクリフは理解したようだ。

 低体温で意識は薄れ体中の感覚が鈍くなる。

 体温が戻ると反動で逆に過敏になる。この落差があるのが肉体の感覚だ。

 一方魔力の感覚は体温で変化しない。意識があろうとなかろうと一定だ。でないと寝てる時魔力抵抗が働かないからな。


 この唯一一定の感覚を掴めることができれば、魔力を知覚したことになる。


 感覚の差別化を生み、普段五感の中に埋もれている魔力感覚を認知させる。



「でもそれって、できる保証があるの? 根拠は?」

「だから最初に言ったじゃないですか。確証はありません。あくまで可能性の話です」



 オリヴィアが期待外れな顔をした。


 やれやれ、背中を押さないとだめか。



「根拠というほどではありませんが、みなさんおかしいと思いませんか? 魔法文明が栄えているのは北です。普通南では?」

「え? 何の話ヨ?」



 オリヴィアが首を傾げる。



「確かに。魔族が住む暗黒大陸は氷雪地帯だ。中央大陸で魔力が発達しているのも北」



 ヒースクリフが頷く。


「共和国は中央大陸の南に位置しているが大山脈の麓で気候的には寒冷。魔法が使えない獣人が住む緑竜列島は最南端」



 システィナも空の地図を指差し、意見を述べる。



「このローア大陸も。最も魔法が栄えているのはこのパラノーツ王国。その王都も北部ですね」



 マイヤも納得する。


「普通、栄えるとしたら獲物が豊かで、実りの多い南。なのに、この世界は寒冷地方が栄える傾向があります」



 もちろんこれはただの憶測だ。


 だが、寒暖差が生まれる地帯の方が魔力を知覚しやすいという仮説は成り立つ。



「わかりました。つまり、この計画はロイド卿の単なる思い付きではなく―――」

「可能性はありますが、やはり危険だ。身体の感覚が無くなるほどの低体温だと‥‥‥」

「大丈夫です。ぼくがいれば治せます」



 全員がこっちを見た。

 思い出したようだ。

 一応秘密にしているが、おれは神聖魔法で『霊薬』を生み出せる。低体温で例え後遺症があったとしても、即座に回復できる。



「だとしても、この実験的試みにマイヤ卿を巻き込むのは賛成できない」

「そうですか」



 このタイミングで言うと言い訳のように聞こえるだろうが、一応自分でも試してみた。

 低体温から正常に戻る時、魔力感覚が一定なのは確認済みだ。だがもちろんこれはおれが元から魔力感覚を有しているからで、この方法の効果を実証するには誰か魔法を使えない者で実験するしかない。



「いえ、やります」

「マイヤ卿」

「隊長!」



 マイヤは身に着けている鎧を脱ぎ始めた。



「この方法、試せる者は限られます。ロイド卿の『氷』、『熱』、神聖魔法の秘密を知るのはここに居る者だけ」



 そうだ。ここに居るもので試せなければこのアイデアが試されることはない。



「それにこの方法は実に我々向きです。あれこれと考え、時間を掛けるより実践的試みです。痛みを伴わず安全に得られる力など無いでしょう? これで魔法が会得できなければあきらめも付くというもの」



 マイヤの説得でヒースクリフは引き留めることを諦めた。その後、何やら二言三言言葉を交わした。




 そして実験が行われた。


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