14.氷結
ピシッと空気が張り詰める音がした。
「ぐぅぅぅ? か、身体が‥‥‥身体に力が入らない!!」
オリヴィアは剣を落とし、その場に倒れた。
(何が起きた?)
見ると同じようにマイヤたちもその場に膝を着いていた。
そして、周囲は白く霞がかり、陽の光でキラキラと輝いていた。
「さ、寒っ!」
(これは‥‥‥氷か?)
オリヴィア達の鎧は霜が降り、所々氷漬けになっている。
「それまでー! 紅月隊全員戦闘不能で、ヒースクリフの勝ちー!!」
戦闘不能の原因は低体温症。
いくら鬼門・気門法で頑強となっても、人間である以上体温が低下すれば動きが鈍くなる。
おれが姫を護る時、堀に池の水を引き込み気化熱で冷やすことで、賊の動きを無力化したのと同じだ。
いや同じじゃない。
一瞬で凍った。
おれの遅い冷却と違う。
おれは水の気化を風で促進させることで氷を再現した。
複合魔法だ。
しかし、工程を重ねても対象を凍らせるのは至難。
いくら気化熱で冷やしても人体を冷やすのには時間が掛かる。
それは複合魔法の場合、対象が冷えるのは水の『蒸発』、風の『気流』を組み合わせた結果であって、それ自体を目的とした魔法ではないからだ。
「冷やす」のではなく「冷える」
これだと燃費が悪い上に効果もイマイチ。それに時間もかかる。
だからおれは頭上から氷柱を落とすという使い方以外しない。
攻撃力は「落とす」のではなく「落ちる」、この重力で補っている。
だが、ヒースクリフが発動させた魔法は無詠唱で一瞬のうちに広範囲を凍て付かせた。
不可解極まりない。
複合魔法の弱点。
工程の多さゆえの発動の遅さ、制御の難しさゆえの威力の限界。
ヒースクリフの見せた魔法はそれに反していた。
「まさか、複合ではない氷魔法が?」
それしかない。
「理解したようだね。そう、これは『氷結』。氷属性の基礎級魔法だよ」
マイヤ達は火に当たり暖を取った。
その間におれはヒースクリフから基本五属性にない、氷属性について聞かされた。
「これはドラコ一族秘伝の固有魔法。しかし実態は氷属性魔法の『氷結』」
「どういうことですか? そもそも属性魔法は五属性では?」
「それは人族国家特有のものだよ。人族にできる魔法が基本的に五属性だからできた分類法だ」
なんと、五属性魔法は基本。
属性魔法には応用というか上位属性が存在したのだ。
「氷属性は列記とした属性魔法。ただ人族で扱える者はいない」
「だから固有魔法に?」
「うん。氷以外にも世界には様々な属性魔法が存在する。ドワーフが得意とする【鉄】。エルフが操ると言われる【大気】と【樹木】」
おれは雷に打たれたような衝撃を受けた。
自分が修得した魔法が世界から見れば一部のものに過ぎなかったのだ。
しかし納得がいかない。
初耳だし、本にも書かれていなかった。
「父上、なぜ教えて下さらなかったのですか?」
「エルフの魔法はエルフ以外は使えない。鉄魔法もドワーフ以外は魔族が使えるだけだ。人族には本来五属性以上は扱えない」
「なぜですか?」
「ロイド、お前は紅月隊に魔法の基本を教えようとして苦戦しているだろう。それと同じことだよ」
当たりまえの感覚を、感覚を持たない人に伝えるのは難しい。
しっぽの動かし方はしっぽの無いものには分からない。
人族には五属性以外の属性魔法を操る感覚を持たないってことだ。
「なぜ人族だけそうなんですか?」
「大昔、人族は魔法を使えなかったらしい。それがある時突発的にパラダイムシフトが起きて魔法を使える人族が現れた。だから人族の魔法の歴史は他の種よりも浅く、魔法に適用できるものも少ない」
でもそれならなぜヒースクリフにはできるのか?
ヒースクリフの見た目はローア人的で人族で間違いない。
あくまで見た目は。
もしかしたら、先祖に他種族の血が混じっているのかもしれない。
「私がこの『氷結』を扱えるようになったのは4歳の時だった」
「ええ?」
「五属性よりも先に覚えた。相性が良かったのだろう」
「相性ですか」
「ああ。正直、扱っている私もどういう原理かわからない。鳥が初めから飛び方を知っているように、蜘蛛がクモの巣の張り方をわかっているように、私は自然と使えた」
つまり、教わってできるものでは無い。
やはり遺伝。
血に刻まれた情報が可能にするもの。
体系付けられるものでは無い、天から授かる才能。
それが固有魔法と呼ばれる。
「だから『氷結』を習得しろとは言わない。ただ、お前なら自分に適した魔法を扱えるようになると確信している。そして、奥義たる魔法で戦況を一変させる本来の魔導士の働きをして、姫の護衛を全うできるようになりなさい」
「わかりました」
自分が見限ってしまった魔法にはずっと深みがあった。
固定観念から解き放たれ、おれは本来の目的を思い出した。
魔法を趣味として安泰の職に就き、仕事半分趣味半分の生活。
趣味は生き甲斐と言ってもいい。
おれは再び魔法への好奇心を駆り立てられた。
見終わった映画の続編を発見したような気分だ。
前作を超える傑作である例は少ない。
期待と緊張が入り乱れる。だが観ないという選択肢は無い。
ヒースクリフの狙い通り、おれの中にまた魔法に対する情熱が沸々と湧き上がってきた。
「――話は終わったかい?」
「ああ。ところで、君はなぜそうも尊大なんだ?」
システィナがニコニコと様子を見に来た。
「それで、将来の大魔導士君。上位属性は習得できそうかな?」
「コラコラ、急かさないでくれ」
意地の悪い剣神を無視しておれは思考を巡らせていた。
それまで省略と単純化で魔法を捕らえていた。それで五属性が再現できたからそのやり方に疑問を抱かなかった。
だがシンプルな中にも複雑な工程を取り入れて、より強力な魔法を生み出せるのではないか。
「‥‥‥よし」
「ロイド?」
「ん?」
五属性では土は地面に、風は空気、水は水分から基礎級が生まれる。
土は引力が物体を引き寄せるイメージ。
風は幕が大気を掴むイメージ。
水はホースの中に通すイメージ。
それぞれ魔力を何かに置き換えてイメージしてきた。
なら氷はどうか?
物体を凍らせるには熱エネルギーを奪う。
(熱‥‥‥そういえば『鬼門法』は体内で魔力をエネルギーとして吸収する。なら‥‥‥)
魔力を肉体に加える。
その逆の発想。
周囲の熱エネルギーを魔力で吸収する。
大気中の熱を掴むイメージ。
熱を吸収して貯える‥‥‥
問題はおれに素養があるかどうかだった。
「ん? なんだかヒンヤリと‥‥‥うわぁ!!」
システィナが驚き猫の如く飛びのいた。
「まさか!!」
ヒースクリフが叫んだ。
地面に霜が降り、気温が一気に下がった。
「父上、『氷結』、習得しましたよ!!」
掴むというよりペタッと吸着するゲルをイメージした。冷却ジェルだ。
それを毛細血管のように空間へと張り巡らした。
魔力が熱を捕らえ、ぐんぐん吸収していくことで、空間の温度を奪った。
「驚きました。さすがは伯爵の息子です」
マイヤはホッとした様子だ。
騎士であるマイヤにとって魔導士のおれが下に居るのはさぞかし難儀なことだっただろう。
だが、真剣に心配してくれていた。
「あ、ああ。まさかとは思ったが。まさか、まさか一目でドラコ一族の秘技を会得しようとは。しかも、この正確さは、完全に制御している。応用も効くだろうな」
ヒースクリフが先に霧で場を覆ったのは目くらましと『氷結』発動の時間稼ぎ。
それともう一つ意味がある。
熱伝導性の高い水蒸気で放熱を促進するためだ。
発生した水蒸気は魔力が通っているわけではないから聖銅の熱伝導による冷却を防げない。
『氷結』の効果は複合で飛躍的に高まる。基本属性の複合魔法の比ではない効果だ。
同時発動ができるおれなら『氷結』を発動しながら水魔法や風魔法と合わせることができる。
「伯爵、落ち込んでいますか?」
「いや、息子はいつか父親を超えるもの。それが普通より早かっただけですよ」
二人のおかげで、おれは堂々と姫に会える。
そう確信した。
「さて」
おれは暖を取っている騎士たちに熱風を浴びせた。
奪った熱を放出したのだ。
「ひゃーあったかーい!!」
「生き返る~!!」
「おいおい、まさか熱まで習得したのか? さすがにショックだよ」
これは確かに熱魔法だ。
風魔法と火魔法を複合したわけではない。
光の上位属性、「熱」の基礎級『熱波』をついでに習得し、風と複合した。
光魔法ができないヒースクリフにはできないらしい。
個人差というやつだ。
「ロイド、全く君は末恐ろしいね」
「いやぁ~」
システィナも何とも言えない顔をしていた。
「私の見積もりは大甘だった。『人族は魔族には敵わない。真の意味で魔導を追求できるものはいない』と。けど、ここに例外がいた」
「全く、将来が楽しみですね」
「自分で言うなよ。言っておくけど魔法にのめり込んで剣の方をおろそかにするんじゃないぞ。今後は剣8、魔法2の割合で―――」
魔法の深さと広さ、そして魔法の核心を得て、閃いた。
しっぽの無いものにしっぽを動かす感覚を教える方法だ。




