11.王宮騎士団参謀部魔導顧問ロイド
「はぁ、ロイド卿。どうしてくれるんですか?」
「ぼくに言われても、ぼく子供だからわからないです」
マイヤに呼び出されて相談された。
「あなたが連れてきた剣術顧問が原因です。どこの誰かもわからないメイド姿の女に負けたとあってはオリヴィアがみんなの前に顔を出せなくなるも当然でしょう」
責任を感じたおれとシスティナはオリヴィアの部屋に向かった。
「帰って!! 今は誰とも話したくない!!」
オリヴィアは引き籠って出てこない。
「さて」
「ちょっと待った。何する気ですか?」
システィナが剣を抜いていた。ドアをノック。
「私は剣神だ。稽古つけてあげるから出ておいでー!」
「待った」
「引きずり出して、奥義を見せてあげるよ」
「待った、ステイ」
ダメだ。適役じゃない。
人選を誤った。
こういう時無理やりとか荒療治は逆効果だ。
おれはもう一人の頼れるメイドを呼び出した。
「オリヴィアさん、お腹空きませんか? おいしいパイを焼いてきましたよ」
「いらない」
ヴィオラでもだめだった。
彼女のパイは絶品だった。
他の隊員たちにも声をかけてもらった。
「副隊長、職務怠慢です。サボらないで下さい。迷惑です」
「負けたぐらいで引き籠るなんてみっともないですわ」
「やーい、子供~!」
ダメだ。
紅月隊、こういう集まりだった。
「帰って!!」
その後神官を呼んで徳の高いお話をしてもらったが駄目だった。
結局マイヤにも来てもらった。
しかし、何をしてもだめだった。
「まどろっこしいな。やっぱり私がドアをぶち抜こうか?」
「ステイ」
システィナが剣神だと言っても、信じないだろう。ならば、他の隊員にも犠牲になってもらうのも手だ。
しかし、犠牲者が増えるだけに終わる危険が高い。
紅月隊崩壊の一手をおれが打つわけにはいかない。
「あの、坊ちゃまがまだ声をかけてませんが」
「そうよよく言ったわメイドちゃん」
「他人ばっかりにやらせてないでご自分も声をお掛けなさいな」
「陰謀潰しのバリリス侯なんだから何か策があるじゃないの?」
紅月隊の女騎士たちに詰め寄られるおれ。
「陰謀潰しは関係ないと思いますが‥‥‥」
「ですが一理あります」
「マイヤ隊長」
「天才の気持ちは天才にしかわからないでしょう」
ハッとした。
全くその通りだよね。
最近輝いてなかったから失念していたが、おれ天才だったわ。
とまぁ冗談はさておき、おれは真面目に話すことにした。
何か策を練って騙すようにして出すのは違うような気がした。
問題は彼女がシスティナに負けたことではない。
それで伏せって閉じこもるほどに力に固執していることだ。
それほどに剣が大事な理由はなんだ?
当然、剣の腕が彼女の人生を支えてきたからだ。
おれが魔法でここまで来られたように。
「副隊長、おれも最近魔法で挫折を味わいました」
「‥‥‥」
「聖銅の武器に対しておれの魔法は無力だった。信じていた魔法の力だけでは、姫を護り切れない。そう実感したのです」
「‥‥‥だから何? 私とあんたは違うわ。あんたはまだ七歳でしょ。それに結局姫を護ったじゃない。あんたは立派よ」
ドア越しからオリヴィアがまともに話しかけてきた。
「状況は違いますが目指すところは同じでは? この仕事に就いた以上、姫を護ると誓ったはずです。その為の強さの追及を望んだ。違いますか?」
「‥‥‥その力が私には無いって気が付いたのよ」
現実から逃げて引き籠る気持ちは分かる。
きっと自分の中に何か答えがあると思ってしまうのだ。
だがそんなことは約束されてない。
思い込みだ。
「自分の弱さに落ち込んだ時、それは誰かを頼ってもいい時なんです。頼られた相手は手助けをする義務があるんですよ」
「‥‥‥これは私の問題よ。他人に何ができるっていうのよ」
「他人は大事です。ぼくに父上がいたように、副隊長だって今の強さを手に入れるのに全く他人の手を借りなかったわけでは無いでしょう?」
「‥‥‥まぁ、そうね」
「むしろ周囲に誰がいるか、環境は大事です。今、ここにはいい環境があります。副隊長が知らない技術を教えてくれる他人がいるんですから」
システィナの『虚門法』はおれ以外にも修得可能な技術。
むしろ誰でも修得できる。
そして、身体能力の基礎であり、根幹だ。
『虚門・鬼門・気門』の三門を合わせることが武の高みに至る道。
雲を斬り、一撃で軍を滅ぼしたという英雄の技の正体。
おそらくシスティナが強い秘密はそこにある。
気門・鬼門法を両方扱えるオリヴィアは一番その高みに近い。
「私はむしろロイドに習うべきだと思うけどね」
「え? 何を?」
「君がオリヴィアと同等の力を持っていたら、私に突っ込んできたかい?」
やらない。
あれだけのスピードで正面から戦うわけない。
おれだったら背後を取る。
鎧も着ないし、短剣で戦う。
確かに戦略面でオリヴィアの長所をもっと生かすことは可能だ。
「まぁでもぼく程度のアドバイスでは――」
「わかったわ!」
オリヴィアが出てきた。
寝間着で、髪もぼさぼさ。
だが眼には希望が満ちていた。
おれの言葉が響いたのだ。
まだ一押しのいい言葉とか用意してあったんだけどね。
こう、高く飛ぶにはまずしゃがむ的なあれをね。うん。
「ロイド卿、私に魔法を教えて!!」
「は?」
なぜそうなる?
まず戦略面を学ぶって話なんだよ。
それから『虚門法』を学んで『鬼門法』『気門法』にしましょうよって話。
それがなぜ魔法が出て来る?
「頼ってもいいんでしょう?」
確かに言った。
言いましたとも。
周囲のジトーっとした視線を感じた。
わかっている。
ネガティブな返答するとまだ初めからやり直しだ。
「あ、あの、魔法を多少習ったとしても彼女には通用しないですよ。ぼくが試しましたから」
「あれよ! あれができるようになりたいの!! ほら、あれよ!!?」
オリヴィアが両手を広げた。
「あれ? ああ、あれですか」
オリヴィアを『風圧』で飛ばしたやつ。
彼女はどうやらあの感覚にインスピレーションを受けたようだ。
つまり、もっと早く動ければ勝てる。
そう考えたわけですね。
「あちゃー。そう考えるのか。『韋駄天』でも目指しているのかな、この子は?」
「あの時はとっさで。でも、リトナリアさんがやってたからできないってことないか」
「教えて!」
魔法が使えるようになれば一人でもできないことは無い。
ただおれはバランスが取れないのでできなかった。
スピードを上げても切り返しや方向転換の際に掛かる負荷は相当身体に掛かる。
それは彼女には問題ないかもしれない。
だが、もちろん魔法には才能がいる。
エリアスが言っていたようにその才能とは理解と置き換えることができる。
丁寧にやり方を教えればできるかもしれない。
「わかりました。人に教えたことはないですが、やってみますか」
「お願いするわ。見てなさいよ、あんた! すぐに追い抜いてやるからね!」
「ふぅ。まぁ私に止める権利は無いからね」
システィナはなにやら反対っぽかったが止めはしなかった。
「ちょっと待った! オリヴィアだけなんてズルいよ」
「そうよ、ロイド卿。不公平はよくないわ」
「私たちにも教えなさいよ」
またまた詰め寄られるおれ。
こうしておれは隊内で魔法教習を行うことになった。
王宮騎士参謀部魔導顧問。
これがおれの役職となり、相対する二つの分野を統合し始めた。
剣×魔法だ。
しかし、その道のりは険しいものだった。
まず、おれ自身抱えている問題を解決しなければならない。
揺らいだ魔法への信頼。
それを取り戻さなければならなかったのだ。




