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10.剣神システィナ vs オリヴィア

 システィナが師匠になったはいいが、問題があった。



 おれの『記憶の神殿』にシスティナの動きを取り込むためには、システィナの相手をする者が必要だ。



 しかし、相手が弱ければ意味がない。



 システィナはタンクたちに相手をさせることで、おれに手本を見せることにしたのだ。


「いくよ」


 システィナが剣を振るう。

 いきなりの轟音。飛ぶ斬撃。

 タンクの刺青が煙を上げ、障壁のようなものを生み出し轟音の源を受けた。


 タンクの二刀が唸りを上げて、猛烈な勢いで襲いかかる。

 しかし、システィナは優雅に二つの刃の間をなぞるように躱していく。



 その間隙(かんげき)に差し込まれたシスティナの手は、タンクの巨体を宙に舞い上がらせた。



「グッ!!」



 その一瞬の攻防の隙に、リトナリアが『風切』を纏った突きを放った。


 タンクが囮になり、リトナリアが仕留める。最初の数撃を躱され、二人はアイコンタクトで連携を取っていたのだ。



 しかし、リトナリアの『風切』も空を切った。



「んなっ!」



 腕を絡めとられ、そのまま投げられる。片手でポイポイと人を投げてしまう。

 まるで柔術の達人。いやそれ以上だ。

 リトナリアは毎度の如く軽業師のように着地しようとするが、そうはさせないと言わんばかりに、システィナの手が迫る。


 これも体重移動、身体の構造を利用しただけだというのか。

 ちょいとステップを踏んだらもう投げ飛ばしたリトナリアに追いついていた。



 タンクが間に入った。

 目に見えて筋肉が膨張している。

 その巨腕でガードの体勢。リトナリアの盾になるつもりだ。



 しかし、システィナの掌底は二人もろとも吹っ飛ばした。衝撃が突き抜けたようだった。



 スッとシスティナは剣を構えた。矢がピッチャーライナーの如く弾き返された。

 その先にはいつの間にか姿を消していたマスの姿。




「すごい、三人がかりでも‥‥‥これが『虚門法』なのか?」

「三人とも、手の内を隠してないで本気で来なよ。ロイドのお手本にならないでしょ」

「こ、この嬢ちゃんマジかよ!! ドラゴン討伐用に準備してた防壁の『刻印魔法』が抜かれるとこだったぜ」

「共和国聖騎士の『飛剣』を使ったと思えば、先ほどのはバルトの『八卦』か?」

「おれの矢を撃ち返してきたっす。反応できるはずないのに!!」




 傍目から見ていて、タンク、リトナリア、マスはそれぞれ別格に強い。



 普段、王宮騎士の演習を見ているからわかった。


 地域にとらわれ無い冒険者の強さはまた異質だ。



 しかし、システィナはその三人を軽く凌駕している。まともに剣を振るってもいないのに。



 タンクが二刀の魔刀に魔力を込める。

 リトナリアの身体を気が覆う。

 マスの弓に無数の矢が番われる。


 見ていただけだったけど『記憶の神殿』に濃密な情報が蓄積されていった。


 ただの修行や訓練より、おれは自分が強くなれると実感できた。



 ◇



 システィーナがおれを席次持ちにした。

 席次持ちとは紅月隊内における管理職だ。


 つまり部下が就く。従士だ。

 その従士にメイドが就いた。

 システィナだ。

 剣神システィナ。

 剣を極め、神へと召し上げられた本物の英雄だ。


 その輝かしい栄光とは裏腹に、全く戦力にならないメイドである。

 洗濯をさせれば服を破き、掃除をさせれば散らかすし、客人を出迎えさせると追い返す。


 全く親の顔が見てみたいものである。剣神システィナと言えば聖騎士見習いとして中央大陸各地を巡業する巫女に仕えていたと言うが、当時の人たちの苦労が偲ばれる。




「席次持ちの騎士の従士は紅月隊所属ってことなのよ? 従士は隊内から選びなさいよ」


 オリヴィア副隊長に反対された。


「いやぼくに習われても魔法しか教えられないので」

「あ、そうね‥‥‥でもなんでそれでメイドが従士なのよ」


 従士の仕事は仕える主の身の回りの世話。



「フフ、自慢じゃないけど、私にロイド君の身の回りのお世話なんてできないし、むしろ私がお世話されてるからね」

「あんたなんでメイドしてるのよ。というか何なのよこの女」



 メイドなのは姿だけで実際は剣術顧問な訳だから紅月隊の演習に付いて来るのは問題ない。


 だから別に従士になる必要はないのだ。

 なのに従士になろうと言い始めたのでこうなった。


 その魂胆は透けて見える。



「私は彼の剣術顧問だ。不服ならいいよ。入隊試験でもなんでも受けるよ」



 これだよ。

 この人、刃物振り回す以外何もできないし、結局それが好きなんだ。


「あのね。簡単に入れると思われたら困るわ。言っておくけど手加減しないから」


 オリヴィアが剣を構えた。

 片手持ちの構え。


 システィナが柄に手を掛けた。



「ロイド。いい機会だからよく見ておきなさい」



 紅月隊の副隊長を相手におれへお手本を見せようというのだ。



 オリヴィアを煽っているのか。

 天然なのか。




「なんだか馬鹿にしてる?」

「まぁ掛かって来なよ。誰でも変わらないから」

「言ったわね。ロイドのメイドでも容赦しないわよ」


 王宮騎士最速の騎士が地面を蹴った。


 次の瞬間オリヴィアが地面に叩きつけられていた。


「ふぎゃ!!」

「はい、私の勝ちー」


 呆然とするオリヴィアを見下ろし、得意気の剣神。


 ああ、剣神大人気ない。


「‥‥‥何、今の‥‥‥え?」


 オリヴィアも周囲も何が起こったのかわからないと言った様子だった。

 システィナは剣すら抜いていない。 


  オリヴィアの剣を紙一重で避けながら脚を掛け、腕を取り、ぐるりと回して地面に叩き伏せた。


 おれの『記憶の神殿』にまた新たな技術が追加された。

 しかし、すさまじい反応の速さだ。

 鬼門法による肉体強化、気門法による感覚強化などは一切使っていない。



 これがシスティナの言う技術、その名も『虚門法』だ。



 元は捕縛術、護身術だった聖騎士由来の武術を、彼女なりに世界各地の武術と混合し、より実戦的なものへと昇華した一つの流派だ。



「あ、あんた聖騎士ね!?」

「いや違う違う。見習いだったけどね」

「今のは油断しただけだから。もう一回よ」



 鎧を着て叩きつけられたものの、オリヴィアは難なく立ち上がった。


「油断のせいじゃない。それは君がよくわかっているはずだよ」

「舐めるんじゃないわよ。私は王宮騎士団『紅月隊』の副隊長よ!」


 システィナ曰く、オリヴィアの速さの秘密は『気門法』『鬼門法』の両体技の同時使用だ。

『気門法』による集中と鋭敏な反応で『鬼門法』による爆発的瞬発力を制御しているらしい。   


 彼女は両体技を同時に扱える稀有な存在というわけだ。



 ところが実際に闘ってみると、システィナはオリヴィアの攻撃を難なく避け、その瞬間に勝負が決している。


 まずは先読みの力だ。

 おれも『記憶の神殿』のフィードバックで、ある程度読めるが、システィナはそのはるか上を行く。

 相手の呼吸と重心、間合いの把握で大体わかるらしい。

 そこに柔術のような投げ・立ち関節・絞め技を合わせる。

 相手は自分の力を利用されて強烈なカウンターを受けるという寸法だ。


 鮮やかというべきか。

 優雅な舞踊に割り込んだ相手が勝手に転んで飛んで伏せているようにすら見える。


「ぎゃん!!」


 数回のリプレイでオリヴィアはとうとう立ち上がらなくなった。

 息を切らし、茫然と空を見上げている。


 対するシスティナは息も乱れていない。


「見てた? 『鬼門法』は力と早さを上げるけど、使いどころを誤れば動きが単調になり、カウンターを受けやすくなるんだ。そこが狙い目だね」

「すごい。先生みたいですね」

「先生だよ、君の!」




 呆然とするオリヴィア。



「こんなはず‥‥‥」

「あれ、ごめん。ショックだった? でも――」



 おれは急いでシスティナの口を塞いだ。



「何するんだよ」

「どうせまた才能無いとかひどいこと言うつもりだったんでしょ?」

「いや、才能はあるよ。でも騎士をやる必要ないって言おうと――」

「それがだめー!!」

「だって、あの小さい身体で鎧着て正面からって‥‥‥ふふ、向いてないもの」



 おれたちの会話を聞いていたオリヴィアの眼から涙がこぼれた。



「うわぁぁん!!」


 その最速の脚であっという間に走り去っていってしまった。



 その落ち込みようはひどいものだった。

 当然だ。

 天才と呼ばれ、若くして王宮騎士の副隊長となったのだ。


 それがメイド服着たわけわからん奴にあっさり負けてしまった。



 なんせ相手が本当に剣神だと分かっていないからなおのこと状況が悪かった。



「ごめん、何かマズかった?」



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