幕間 【魔道の師】取り戻せ、魔法への信頼
私がその報せを聞いたのはベルグリッド領に居た時だった。
姫の暗殺未遂。
用意周到な計画。
賊の正体は反神殿を理念に掲げる【教会】勢力だと分かった。
教会は多神教を否定し唯一神を信奉する帝国の新興宗教勢力。
それが反王権派と手を組んでの凶行だった。
帝国の教会勢力が海を渡って反乱に加担したのも驚きだが、王宮が突破され、不意を突かれたのは大問題となった。
聖銅の武装、軍務局の装備、秘密の下水路からの侵入、マイヤ卿や王宮騎士が交代した時を狙った白昼の犯行。
武装や侵入経路、警備が手薄なタイミング。
おまけに抜き打ち訓練を見計らった計画。
明らかに内通者がいる。
首謀者は捕まったがその内通者=黒幕は謎のままだった。
その用意周到な計画を防いだ者を聞いて、私は椅子から転げ落ちた。
「ロイドが‥‥‥」
まさか息子が姫の命を救うとは。
「護衛など、ただの方便だっただろうに」
姫が息子のロイドを護衛に就けたのは、年頃の気まぐれというもので、ロイドは不服そうだったが立派にその勤めを果たした。
とても誇らしく思った。
ロイドの評価は落ち着いてきていたが、再び急激に上がった。
街も『陰謀潰し』再びと大騒ぎだ。
「ベルグリッドのロイドがまたやったぞ!!」
「わ、若様が姫をお救いになったわ!!」
「英雄よ!! 英雄が生まれたわ、この街で!!」
「やっぱり、人の子じゃない。救世主だ!!」
「バリリス侯がいる限り、この国は大丈夫だ!!」
この事件を境にロイドの周囲は大きく変化し始めた。
まず姫はそれまでロイドに与えていなかった席次を与えた。
これで名実ともに紅月隊の騎士となり、護衛、演習、討伐の各任務で中心的役割を担うことになる。
加えて姫はロイド個人の出向を許可した。
王宮騎士は基本的に隊として応援に出向くことはあっても個人を他部署に出向させることは無い。
特別措置だ。
これはどうやら姫のロイドに対する心の問題もあったようだ。
目の前でロイドが重傷を負ったことで、姫は自分の責任に感じてしまっていた。
周囲の評価で仕方なくロイドを席次持ちとしたが、それだと護衛の際、またロイドが矢面に立つと考えたのだろう。
出向先は調査や研究を主にするところに限られた。
宮廷監察官。
軍務局。
これらは今回の件でロイドに大きな借りができたため、ロイドの希望で出向が可能となった。
大貴族令嬢たち。
今回の件に巻き込まれ、そのケアのために派遣されることが許可されるようになった。
護衛との親善試合や茶会への招待など、概ね平和的な付き合いをさせてもらえるようになった。
神殿。
今回の件で、ロイドの神聖魔法が一部の者に知れ渡った。
元々ロイドを特別視していた神殿はよりロイドに注目するようになり、聖騎士たちとの演習も頻繁に行われるようになった。
宮廷魔導士団。
王立魔道学院。
ロイドの魔法力は確かなものとされ、学院の卒業を待たず、宮廷魔導士との兼務も提案された。
しかしロイドはこれを辞退した。
変化はロイド自身にも現れたのだ。
魔法の鍛錬よりも剣の修行に明け暮れるようになった。
演習でも剣ばかり使うようになってしまった。
ロイドの中で魔法への信頼が揺らいでいるようだった。
これは由々しき事態だ。
いずれはこの国の魔法を背負って立つ存在になる逸材。
それが魔道学院に入る前に挫折したとなれば大事件だ。
原因は分かりきっていた。
ロイドは姫たちを護り切った。
しかし、魔法で打ち勝ったわけではない。
聖銅装備に対抗できず、止む無く剣とオリヴィア卿の力で勝った。
それがロイドの心中に魔法不審を芽生えさせてしまったのだ。
私は紅月隊で演習をしている彼を訪ねた。
マイヤ卿も心配していた。
「ロイド卿は対魔導戦闘の上をいく。そう思います。魔法の可能性も否定してはいけないのではないかと‥‥‥」
「マイヤ卿、お願いがあります」
「はい」
「宮廷魔導士の私が演習に参加するのは、慣習に背く行為。ですが、どうか認めていただきたい」
「いえ、こちらこそお願いします。あの才能を埋もれさせないためなら、お付き合いしましょう」
私もまだ魔導の世界では若輩の身。
魔導を極めたなどとは言えない。しかし、自分の力を信じている。魔法とは精神や意識が大きく関係するデリケートな技術だ。自分を信じられない者は悪いイメージに引きずられて、やがて魔法力を大きく落とすことになりかねない。
そうなる前にもう一度、ロイドに魔法の可能性を示さなければならない。
私はロイドに己の魔法の全てを見せるべき時が来たと確信した。




