6.【襲撃】狙われた王女
王宮騎士の職務は大きく分けて三つ。
護衛。
演習。
討伐。
騎士は主を護り、その為に常にベストな状態を保つため、修練に明け暮れる。
その力を示すため、貴族や役人の要請を受けて山賊や魔獣の討伐に出向くこともある。
しかし、護衛と言っても王女システィーナは常に宮殿に居る。護衛とは名ばかりで、基本的に話し相手が主な仕事だ。
演習では魔法を使い、騎士たち相手に魔法戦闘を行った。
対魔法戦闘の訓練のためだ。
「ロイド卿、魔法ばかりじゃなくて剣も練習しなさいよ!」
「いえ、それって何か意味ありますか?」
ブロンドの美少女に声を掛けられたがおれの態度は素っ気なかった。
別に彼女が年齢の割に小柄だから舐めているわけではない。
彼女、オリヴィアはおれの上司。紅月隊の副隊長だ。
演習の指揮を執る彼女はおれにやたらと剣の修行を課して来た。
おれが銀河隊相手に剣で立ち向かったことで、おれがやる気だと勘違いしていたらしい。
「意味なんて知らないわよ! 騎士が剣持ってないなんて変でしょ? というか帯剣ぐらいしなさいよ」
「といっても、ぼくが騎士になった経緯は副隊長もご存知でしょう? 誰もぼくの剣の腕なんて期待してないですし」
騎士たちの中で演習をしていて、おれには無理だと思い知った。
オリヴィアは聖銅とか対魔導用の武器を使っていない。
それなのに、おれの魔法が効かない。
というかそのスピードに追いつけなかった。
おれの魔法より、甲冑を着て抜き身の剣を持った彼女の速力の方が上回るのだ。
人間業ではない。
それに慣れだ。
騎士たちはおれの魔法のバリエーション、攻撃、防御のスタイルに慣れてしまった。
一方おれは騎士たちの動きについていけなくなっていた。
剣など邪魔なだけだ。
「毎回そうやって煙に巻いて! ごちゃごちゃ言うなら私から一本取って見なさいよ!!」
おれはまだ七歳。
魔道学院にも行っていない。
おれに焦りは無かった。
事実、おれより魔法力の高い者なんてほとんど出会ったことが無い。
それこそヒースクリフぐらいのものだ。
「そろそろ姫殿下の護衛なので、失礼します」
「ちょっと、逃げんじゃないわよ!!」
護衛も立派な仕事だ。
といってもおれに任されるのは王宮内にいる間だ。
システィーナは王族としての教養を身に着けるため様々なことを学ぶ。
基本的なお世話は常に傍にいるたくさんの宮女たちが行う。
つまり、護衛の間は暇だ。
立ってると宮女たちが椅子とお茶を用意してくれる。
「ねぇ、聞いて下さいロイド様。姫様ったらわざわざ帝国からチャルカを取り寄せたというのに、一回負けただけでもうやらないというのですよ」
「王子殿下に勝っていた時はご機嫌でしたのに」
「飽きっぽくて心配です」
なぜか宮女たちに愚痴られるようになっていた。
一度姫が勉強を拒否したのを説得したのが原因だっただろうか。
賢い姫は煽てや社交辞令に気が付くので宮女たちは大変だ。
おまけに大変な勉強のスケジュールをサボろうとする姫に言い負かされたり、言いくるめられる宮女も多い。
よくある、『この計算将来使わないよね?』ってやつだ。
だが姫は上に立つ人間だ。
下の者が彼女の影響を受けるのはあっても、彼女が下の者の影響で判断を誤ることはあってはならない。
『サボってばかりの姫と教養があって賢い姫。5年後の未来は果たして同じでしょうか』
おれがぼそっと言ったその言葉を気にするようになったようだ。
姫はそれから予定をサボるより早く終わらせるようになった。
空いた時間におれと遊ぼうとわざわざ輸入した遊戯で対戦するのだが、ことごとくおれが勝ってしまうため、この時は拗ねていらっしゃった。
「別に飽きたわけじゃないわ。手ごろな相手がいないのよ」
「ロイド様と対戦されれば良いではありませんか」
「ロイド卿は手加減を知らないのでもう遊んであげません」
ちなみにチャルカとは対戦型のボードゲームだ。
チェスのような戦略ゲームで、互いの拠点を護りながらランダムに襲って来る魔獣を退け、相手の拠点を攻略する。
一度やって姫を負かしてしまい、それ以来やっていなかった。
姫は令嬢たちを招いた茶会でそのことを話した。
「まぁ、ロイド卿はチャルカもお強いのね」
「とても難しい遊戯ですのに」
「元は本物の戦略家を育成するためのもの。ロイド卿は将の才覚もお持ちなのね」
おれが強いと聞いて対戦が始まった。
このゲーム最大の特徴はランダムで襲って来る魔獣だ。
盤上に駒を進めるとこの魔獣の餌食になるかもしれない。そのタイミングは分からないので下手に盤上に駒を進めると一気に手駒を失う危険がある。
運ゲーの要素があると思われるがちだがそれが引っ掛けだ。
これは相手が拠点を攻略しに来るか、護りに徹して魔獣が敵の駒を一掃するのを待つか、相手の戦術を読み、自分の戦術を臨機応変に対応させるゲームだ。
決まった思考パターンの者が負けるようになっている。
「ロイド卿? なぜ私の時は本気で彼女たち相手だと手加減するのですか?」
「はい。それは、せっかく招いたご令嬢方には楽しんでいただきたいという姫様の思いやりを察したからです」
「あらそう」
「姫様は手加減すると怒りますし」
「むぅ。そんなことないわ」
御令嬢たちと言っても姫とお茶をする方々だ。
ブルボン家やナイブズ家、迷宮都市を治めるトワフロン家、名門騎士のエルゴン家などどなたも名家旧家の氏族の令嬢たち。
おもてなしするのは当然だ。
「それにしても、こんなに賢くてお優しいロイド卿は将来どうなってしまうのでしょうね」
「とても想像できませんわね」
「でも、この中の誰かと結婚するのではなくて?」
「皆さん、ロイド卿は紅月隊です。私の護衛を奪わないで下さい」
茶会ではなぜかいつもおれの将来の話で盛り上がった。
「まぁまぁ、姫。チャルカをしましょう。三騎士を抜いてもいいですよ」
「それはいくら何でも甘く見過ぎです」
始めは面倒だと思っていた姫の護衛は始めてみれば案外気楽なものだった。
姫は多少わがままで悪知恵も利くし悪戯好きだがまだ子供。
遊んでいる時や友達と話している間は年相応の女の子だった。
「にぎやかだと思ったら、護衛がお遊戯か」
平和な空気を切り裂く男が現れた。
ジェレミアとその護衛、銀河隊。
「意外ですね。反帝国主義の兄上の娘である姫が、帝国の戦略遊戯をなさるとは」
「お父様は反帝国ではありませんわ。ただ帝国の拡張戦略に疑問をお持ちだとか」
ジェレミアはぞろぞろと連れていた護衛騎士団銀河隊を控えさせ、チャルカの駒を手に取った。
「伯父様?」
「いや、なに。高貴な遊びを覚え、高貴な者に囲まれて、本質を忘れられては危険でしょう。彼は護衛。こんな腑抜けた面構えの子供に何が護れましょうか?」
ジェレミアは駒を動かした。
一番弱い兵隊だ。
「チャルカは戦略の本質を良くとらえている。この遊戯では拠点に入った時点で勝利が決定する。ただの兵隊の駒でも拠点にさえ入れば、魔導士がいようと関係なく勝利となる。私はこのルールが好きだ」
ジェレミアはそれだけ言って、不敵ない笑みを浮かべるとすぐに立ち去った。
その本当の意味を知るのは後になってからだった。
◇
ジェレミアの意味深な発言をみんなが忘れた頃だった。
いつもと同じ、穏やかな茶会。
「民から搾取する暴君政治を打倒すべし!!!」
白昼堂々、賊が襲って来た。
「きゃああ!」
「何事!?」
賊は軍務局の兵士の恰好をしていた。
成りすましというレベルではない。確かに正規の兵の正式採用されている鎧や槍や剣を持っていた。
もちろん宮殿の庭園の防備は万全。
紅月隊に加え、各令嬢の護衛たちが控えていた。
「皆さん落ち着いて下さいな。これは訓練ですわ。年に数回、抜き打ちで実践訓練があるのです」
「なるほど」
「はは、兵士殿。こちらはダメだ。訓練とは言え、姫殿下たちに近づくのは―――」
令嬢の護衛がそう話しかけた瞬間、護衛が切り伏せられた。
「きゃあああ!!」
訓練に見せかけた本当の襲撃だった。
しかも賊は戦略的に襲って来た。
「斬ったぞ! コイツらを捕らえよ!!」
「パラノーツ王族、システィーナ第一王女だ。殺せ!!!」
兵士たちの怒号に反応した瞬間、先に潜入していた賊の魔導士が護衛の騎士たちに魔法を放ったのだ。
この不意打ちと破壊行為による混乱に乗じて、賊軍の本隊が庭園にいる姫の下に押し寄せた。
近くに居るのは令嬢と世話係の侍女たち。
数人の護衛。
それとおれだけだった。
「おのれ、貴様らこの方々がどなたか知ってのことか!!」
「問答無用!! 殺せ!!」
護衛たちはすぐに賊に飲み込まれ、排除された。
敵の数は数十人の隊だ。
数人の護衛がいたところで成す術が無かった。
令嬢たちの悲鳴も賊軍の怒号にかき消された。
ショックで固まる令嬢や護衛に駆け寄ろうとパニックになる人もいた。
おれは彼女たちを必死に後退させた。
「姫、皆さん、おれの後ろへ!!!」
庭園の池の水を『水流』で操作し、水圧を上げて『放水』にした。
広範囲へ放たれた毎秒数十リットルもの水。
まずは時間稼ぎだ。
手前に居た数人を吹き飛ばすことに成功したが、後ろにいた兵士が剣を振るうと、水は制御を失った。
「何!?」
敵の中の手練れが聖銅製の剣で武装していたのだ。
「王権におもねるは弱者の敵!!」
迫る手練れ。王宮騎士と遜色の無い動きだった。
「ロイド!!」
姫から不安そうな声が漏れ出た。
想定外の事態。
後ろには姫たち。
逃げることができない。
だが魔法が効かない。
この状況に対する策をおれは考えていなかった。
オリヴィアに戦えと言われたがおれは逃げた。
おれの身体は殺意の籠った敵の剣に硬直した。
「くそぉ‥‥‥」
敵の聖銅の剣はあっさりおれの身体を貫いた。
■ちょこっとメモ
チャルカは帝国で生まれた、敵を侵略するゲームだったが、国々によって性格が異なるゲームに変化していった。




