4.【剣神】明かされる転生の謎
もしおれが映画監督だったら、この感動的なシーンを撮影するのにすごい力を入れると思う。
突然異世界に転生して、右も左もわからずもがき、両親に売られ、命を狙われ、まだ7歳にもなっていないのに望まない職に就けられた。
そんな中、望んだ夢。
もう一度、あの人に会いたい✴
一度だけ会った、女神のような女性。
名前も言わず、おれを助け、多くの謎を残して去ってしまった麗しの君。
その彼女が目の前にいた。
細やかな願いが叶った瞬間だった。
クライマックスだ。
バックでは繊細な伴奏が心に染みる歌詞と共に流れて、ちょうどサビに差し掛かってることだろう。
この時のおれの心情は歌が、おれの胸の高鳴りを演奏が表現してくれるだろう。
何も言葉はいらない。
おれは彼女を見て全てを悟った。
おれたちは再び出会う運命だったのだと。
そしてそれを彼女も望んでいたことを。
おれたちは互いに歩み寄り、この再会を篤い抱擁で確かめ合った。
――完
みんなここまでお付き合いいただきありがとう。
おれはこの女神と幸せに暮らしましたとさ。
とはいかなかった。
思ったより控え目な感触が返ってきた。
「あれ?」
「ふぅ、間に合った」
聞き覚えのある声。でも女神のものではない。
ワシワシと雑に頭を撫でられた。
これもあの女神のお手前ではない。
ついでに匂いも嗅いでみた。
匂いが違う!
「偽者!?」
「開口一番ひどいな」
見上げると全然違う人がいた。
「……あなたは、システィナ様ですね」
「あからさまにがっかりしないでもらえるかな?」
「拝謁に適い、光栄にございまする~!!!」
「今さら取り繕っても遅いよ。あと、聞いてたから。君私のこと知らなかっただろ?」
ギクゥっ!!!
(神殿での会話は神に筒抜けなのか!?)
「しかもこんなところで神を降ろすとはね」
「ははー申し訳ございません!!!」
勝手に現れたのはそっちだろ、と突っ込まない空気の読めるおれ。
「まぁ、私を美人だと言っていたから許してあげよう」
それより、さっきの女神の話を聞きたい。
でも、教えてもらえるだろうか? さっきの女神みたいなお姉さん。なぜか『神域』から現れた―――
「――――あれ?」
「君は頭はいいのに察しが悪いね」
おれはようやく発作的感情の高ぶりから回復して事態を飲み込んだ。
「あの……」
「む、そうだね。まずはどこか店にでも入ろうか」
「神殿に行くのでは?」
「ダメだよ。せっかく受肉できたのに」
不良だなぁ。
いや、身バレしたら神官たちが発狂しそうだ。
道行く人も、まさかこのお姉さんが神様とは思うまい。おれも横を歩きながら半信半疑だ。
「おお、ねぇちゃん!! カワイイねぇ!! おれたちと遊ばないか?」
雑木林に続く裏通りには、テンプレに準じて生きているような輩が多い。子供と若い女。さっそく絡まれた。
すると、ガシっと肩を掴まれて、前に押し出された。
「魔法は使うなよ」
なんで?
ぼく試されてるの?
「なんだガキ!!」
野郎共はまだ子供のおれにも容赦なく殴り掛かって来た。
おれは腰の剣を抜いて、訓練通りに動いた。
颯爽と敵の攻撃を躱し、敵をなぎ倒していく。
「安心しろ、峰打ちだ!」
パラノーツ式軍隊剣術は一対多数においても非常に有効な――
「――うぐぅ……あれ?」
気が付くと地面に横たわっていた。
「あ、痛っ痛っ!! 全身が痛い! 余すところなく痛い!」
「大丈夫かい?」
おれをのぞき込む金髪の女性。
心配をしているというより呆れていた。
「あれ? おれ確か悪漢を倒して……」
「いや、一人目だけね。すぐに囲まれてその後は袋叩きにされていた」
「えぇ!?」
どうやら痛みで都合のいい記憶が捏造されたらしい。恥ずかしっ!!
おれをボコった悪漢たちはシスティナに叩きのめされたようだった。
「うわ言で『フン、安心しろ~、峰打ちだから~』とか言ってたよ」
「ぐぅ!! 言わなくてもいいじゃないですか! 殴られて意識が朦朧としてたんだから!!!」
ああ、イジワル。
いたわりの心が無い。
こんな幼気な子供に向かって‥‥‥ああ、おれの本当の歳知ってるからか。
おれは痛みに耐えながら起き上がった。
「君、剣の才能ないね」
「がくぅ!! 知っていたけど!! そうハッキリ言わなくても……」
「まず、良いところが一つも無かった。囲まれてからはあたふたしていてすごく無様だった」
「もう、いいです……わかりましたから……」
いけない。いつものクールメンに戻ろう。
傷を神聖級魔法『治癒』で治し、剣神と共に食堂に入った。
茶を飲みながらおれはこの世に転生した経緯とか、あの女神が誰かとかを聞いた。
おれはここでようやくあの女神のような女性が女神エリアスであると知った。
それとさらに重要な事も。
「ぼくの魂は偶然こっちに来てしまって、何となくこのロイドの身体に転生したと?」
「まぁ、細部を省くとそうなるかな」
「……え? あの、つまりぼくには世界を救うとか、何か重要な役割とか、そういうのは無いんですか? システィナ様がぼくに稽古をつけて、一緒に魔王を倒すみたいな……」
「……魔王?」
システィナはパクパクと軽食を食べていた手を止めた。
君にできるはずないでしょ、と言いたげな呆れた顔をされた。
「じゃ、じゃあなんでぼくには特別な力が、神気があるんですか!?」
「それはね‥‥‥エリアス様がうっかりで」
時が止まった気がした。
システィナがカチャカチャとナイフとフォークを動かす音がおれの脳内で意味も無く木霊した。
「すいません、これおかわり。あと、追加で注文いいかな?」
「あ、どうぞ」
「さっすがお金持ちー。じゃあ、これも」
しばらくして料理が運ばれて来た。
おれはしばらく神様の食事シーンをぼーっと眺めていた。
その視線に気づいたのか、システィナは少し頬を赤らめて、口元を拭い、真っ直ぐこちらを見た。
「ロイド君、この身体は君の神気で受肉した、いわば仮初の肉体なんだ。だから、永く下界に居るためには極力体力を温存して、食事でエネルギーを摂取するのが望ましいんだよ」
「いえ、別に食べすぎだろとか思ってませんから」
「思ってるじゃないか」
いや本当に今はそれどころじゃない。
システィナは一人だけ食べているのが気になるのかおれに皿を差し出した。
おれはフォークとナイフを握って、皿を茫然と眺めた。
「‥‥‥え? エリアス様のうっかりって何ですか!!」
「ぉお‥‥‥突然どうしたの」
「つまり、ぼくには特別な使命とか運命とかを背負っているという設定は無いんですか!?」
「設定って‥‥‥まぁそうだね。自由に生きなよ」
「恥ずかしぃ―!!!」
最悪だ。
精神年齢30歳過ぎで新たな黒歴史を開拓してしまった。
おれが神殿内で、「一体おれの使命ってなんだろ?」とか真剣に考えこんでたの見られてたし。
世界とか救うのかと思って真剣に悩んでたし。
「大丈夫。見てたのは私とエリアス様だけだから」
「良くない!」
おれはこれからどんな顔をして神殿に行けばいいのだろうか。
「今更何を恥ずかしがってるんだ? 屋敷ではしょっちゅうメイドの女の子に抱きついたりしてるだろ?」
「ちょっと待って下さい‥‥‥まさか、神殿の外の出来事も筒抜け?」
「子供のフリして、好き放題してるな。変態め」
プライバシーは無いの?
コンプライアスに違反してる!!
「ハラスメントで訴えますよ!!」
「君が訴えられろ」
ちなみにヴィオラに抱き着いたと言っても、ほんの軽いスキンシップだから。
子どもらしい演技の延長線上。
決して嫌らしいことでないからやましくはないし、ヴィオラだって嫌がってなかったし、あれ? なんかセクハラ親父の言い訳みたいだぞ。
違う。
違うんだー!!
「でも良かったよ。エリアス様に心を奪われて、君は女性への興味を失ったのかと思ったからね」
「は? どうしてですか?」
「あの人は魔性なんだ。思い出すなぁ。3百年ぐらい前にもうっかり下界に降りたら――」
どうやらおれの美的感覚がかなりシビアなのはエリアス様を見たせいらしいとこの時わかった。
「システィナ様を見ても何も感じませんが、これもその影響ですか?」
「ああ、重傷だよ。もう一度抱き着いてたら、廃人だっただろうね」
「そうだったのか。ありがとうございます。心の中で『呼ばれてないのになんでこの人が出て来たんだ? チェンジ!!』とか思ってごめんなさい」
「君はバカなのか、大物なのかよくわからないな」
システィナが食事を終え、おれも聞きたいことは聞けた。
気持ちの整理は必要だが、それはこれからいくらでも時間を掛けよう。
そう思って、店の外に出た。
「では、お疲れさまでしたー」
「ちょっと待て」
「え?」
グイっと腕を掴まれた。
「剣神だぞ、私は。もっとないのか?」
「え?」
「なぜ心当たりがないんだ!? 剣の才能が無いと言われて周囲を見返してやるって思っただろう?」
「え?」
「騎士になったからには剣で成り上がりたい。そう思ったはずだ。そのキョトンとした顔をやめろ」
つまり何が言いたいんだ?
おれに自由に生きろって言ってくせに。
「ロイド。君は騎士になった。そして才能は無いが、成り行きでこの剣神を顕現させた。ならば、私が君に剣術を指南しよう! 我が剣の一端をものにしてみせろ!!」
「いえ、ぼくは魔導士なので、結構です」
史上最強の剣士は固まっていた。
通りを歩く人々が振り返り、剣を掲げて大声を上げた女性を不思議そうに見ていた。
■ちょこっとメモ
『治癒』消費神気が少なく、神官も神殿なら使える、ポピュラーな神聖級魔法。
裂傷や骨折を治すことができる。ただし毒や病には効果が無い。




