2.ティタニス王
幼女は食べ終わると駆けて行ってしまった。
「師匠? どこに行くんですか!?」
それをミカルディーテが追ったのでおれたちも続いた。
石でできた樹海のように、方向感覚が鈍くなる。どこもかしこも同じような建物ばかり。空は見えるが太陽や星は見えない。通りに出ると遠くまで見渡せたが、山も見えない。白い雲のようものが覆っている。
幼女は途中できょろきょろして立ち止まる。
「あぁ。また迷ってしまわれて」
「ミカルディーテさんや、楽しんでません?」
「ああ、かわいい。師匠~」
たどたどしい足取りについて進む。
かなり巨大な都市が丸ごと廃墟になっているらしい。
古い建物だが、高度な建築技術だ。地下道には複雑に張り巡らされた水道もあり、建物とつながっている。
しばらく廃墟を歩くと生活感のある場所が出てきた。畑があり、家畜化された牛や馬の魔獣の小屋が見える。
小屋の近くで男が洗濯物を干している。
「遅かったな」
若い男だ。青い眼に金髪。帝国人。
「師匠? こちらは新しい弟子ですか?」
幼女はミカルディーテを無視し、男に話しかけた。
「連れてきたぞ」
「手土産が無いようだが?」
「知らない」
幼女が知らない振りをすると男はため息をつきながら洗濯物を干した。
「『土星』、『獣星』、それと、お前が『ローアの怪童』か?」
「はい。あの、あなたは?」
「余は『ティタニスの王』である」
男は洗濯物の中で王を名乗った。
何者だ? 家事の王様か? 聞いてみよう。
おれは幼女にアイスをあげてみた。
「冷たっ! 甘ーい! うまーいう! 甘ーい!」
「お嬢ちゃん。この人はだーれ?」
「んー? こいつはお前たちが『知識の魔物』と呼んでいるやつだ」
「えぇ?」
ミカルディーテが驚く。
「し、師匠は? 私に『同調』のやり方や使い方を教えて下さったではありませんか!」
「あー? 私はあいつの言う通り、やり方が書かれた本とか渡しただけ」
驚愕の真実。
ミカルディーテが『知識の魔物』と思っていた幼女は案内役兼代弁者だったらしい。
なぜ彼女はこの幼女を『知識の魔物』と勘違いしたのか。
どう見てもただの幼女だろ。気づけよ。
多くの疑問を抱きながらおれたちは話を聞くことにした。
廃墟の中の古城。
その地下はまともな居住空間になっていた。
中には古い家具。
その中でも立派な中央の椅子を幼女が占拠し、男はしぶしぶ横の椅子に座った。
「どういうことなの? 『知識の魔物』には見えないわ」
フォンティーヌが訊ねた。
「余がそう名乗ったことは無い。ところで手ぶらで何しに来た?」
手土産はそこのお嬢ちゃんに全部あげたのだけれど。
おれは別の贈り物を『転送』で出した。
「ほう。その域に達する魔導士になったか」
自称ティタニス王は驚いた顔をした。いや、感心している。
「ティタニスといえば古いゼブル人の国ですね」
「歴史を学んだか。関心だな」
「あなたが何者でも構いません。教会について知っていることを教えていただけますか?」
「ふむ……」
ティタニス王はこちらを値踏みするようにじっと眺めた。
「教会の目的は『大迷宮』だ」
「『大迷宮』? パラノーツの『地下迷宮』のことですか?」
「そうだ。他にもあるがな。七大迷宮を攻略し、失われた太古の力を得る、その力で世界を支配すること。それが教会の最終目標であろう」
あまりにも突飛な話に誰もが沈黙した。
驚愕の新事実その2。
王国の迷宮を攻略するとすごい力が手に入るらしい。しかも迷宮は他にも6か所もあるらしい。
「ほう、これは美味いな」
「ズルいぞ。わたしも! わたしも!」
「お前は十分食べたであろう」
順を追って説明してもらった。
まず、迷宮はパラノーツ北部に一つ。それと帝国に一つ。
他に5つもあるのか?
どこにあるの? 場所全部知ってるの?
そもそもなぜそんなことを知っている?
「もしかして教会が狙っているのは大書庫ではなく、あなたですか?」
教会の目的は世界征服。
そのために迷宮攻略が必須。
迷宮の情報を得る→情報源が要る。
元々教会は大書庫を狙っているという触れ込みだったけど、情報源はこの『知識の魔物』と呼ばれるぐらい情報に精通している謎の男なのでは?
一同の眼が男に注がれる。
「前回は17年前だ。奴はここまで来た」
「え? 奴って」
「奴はすでに北限の『白闇迷宮』を攻略しており、次にここへ来た」
ちょっと待て。
「つまり、太古の失われた力を手に入れている?」
歴史を学んだものなら分かる。
十七年前、大戦があった。
そして、その首謀者たる『錆の魔王』が禁忌の力で異界から力を得ようとした。
おれはその魔王のことをシスティナから聞いたことがある。おれの転生の際に出てきた名だ。
ポワンポワン~
『錆の魔王が異界の門を開いてしまった。その時紛れ込んだ魂をエリアス様がうっかりで―――』
つまり、おれがこの世界にいる原因を作ったのが錆の魔王。
そして、その力の源こそ、迷宮で得た何か。
「錆の魔王はもういない。それは確かだ。だが。奴は元々古代の魔道具を扱う専門家だった。そして白闇迷宮で得た魔道具を駆使した。問題はその魔道具。奴は死んだが『指輪』は異界へと逃れた。だが戻ってきた」
「指輪? それが『白闇迷宮』で手に入れた魔道具なんですか?」
教祖の力の源は『指輪』
異界への転移。教祖の力とも合致する。
「教祖はおそらく異界の叡智を持つ者だ」
ん?
異界の叡智? 科学のことか。
線と線がつながってきた。
「奴は指輪の力を使い、別の迷宮攻略のため、再びここに来る。だが、前回と同じ方法ではたどり着けないようにした。そのため教祖はしらみつぶしにこの中央大陸の遺跡を破壊しているのだ」
納得した。
それなら教会が中央大陸で活動した後、王国にちょっかいを出し始めたことに説明が付く。
狙いはパラノーツ地下迷宮。あそこは大々的に冒険者を集めるためマーケティングしている。中央大陸のあらさがしで他の迷宮が見つからなかったからこちらに手を伸ばしたって感じだな。
そしてここは……
「何か気付いたんですか?」
「一人だけ理解してないで説明しなさいよ」
両隣から肩を揺らされる。
ああ、まとまった考えが抜けちゃう。
「錆の魔王は倒された。なのに、誰かが迷宮攻略を引き継いでいる。これは大戦の続きということなのかもしれません」
錆の魔王との戦いはまだ続いていた。
誰かが引き継いでいる。
ここでクイズ! その人物とは一体だれか?
ヒントは異界人。
タイミング的におれと同時期にこの世界にやってきた人物。
そして『知識の魔物』―――いや、この『ティタニスの王』はおれなら教祖を判別できると確信し、ここまでおれを導いた。
おれが知っている人物。
自然と浮かぶ奴がいる。




