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幕間 システィナ



 ついにこの時が来た。

 私がただの美人メイドではないと世に知らしめる時だ。

 全世界システィナ信者の皆さんお待たせしたね。

 英雄システィナ伝説第二部の始まりといこうじゃないか!



 ロイドに言われてベルグリッドの神殿で待機しながら、数週間。

 神殿の掃除をしたり洗濯をしたり子どもたちの相手をして何しに来ているのか忘れかけたときだった。

 その時が来た。


 王都の方角から空を伝って轟音が響いた。


 それを合図にベルグリッドに不穏な気配が満ちた。その一つは神殿にあった。

 神殿の中に避難する人々の中に紛れ込んだそれは、扉に細工をして人々を閉じ込めた。

 人質のつもりか。

 そうはいかない。



「その尋常ならざる気配、隠れているつもりか? 入るところを間違えたようだぞ。この剣神システィナが成敗してくれる」

「おや、奇遇ですな」



 よっ、と軽く挨拶をされた。

『黒獅子』のリースだった。



「入ってはいけませんでしたか?」

「くっ、ま、紛らわしいんだよ!!」



 神にも羞恥心はあるのだ。なにせ私の声は神殿の中で良く響いた。



「どうしてここに? 君は西の担当だったはずだろう?」

「勘です。私の勘は良く当たるもので」

「知ってる」



 勘働きの良さで言えば、この男のそれは人に許された領域をはるかに超えている。

 魔法的、神秘的力ではない、才能。いや、もはや権能というべきか。


 魔族の中で劣等種とされてきた獣魔族でありながら、一度は『神士七雄(セブンズ)』一位になった男。今の一位は特殊だから実質的、人の到達点と言える。

 リースの恵まれていたのは生まれ持った莫大な魔力だけだった。しかも獣魔族が使える魔法は唯一『獣化』のみ。獣化しても、獣人に劣る身体能力しか得られない。

 それがリースには当てはまらなかった。勘働きの良さで『獣化』の隠された力を獲得した。



「狩人が二人。獲物は一匹。早い者勝ちでよろしいですな?」

「え?」


『獣化』により、黒いケダモノの姿になったリースに悲鳴が上がる。

 リースは神殿内にごった返した人ごみの中に分け入り、一人を掴み、締め上げた。



「勘はいい方ですが、鼻はもっといいんです。上手く気配を誤魔化してますが、においは消せない」



 帝国人の顔をしたおかっぱの若い男。

 おそらくは軍人。

 男は不敵な笑みを浮かべた。



「ゲームが台無しだ」



 リースが男をぶん投げた。そのまま扉に激突し、神殿の外に飛んで行った。



「ちょっと、神殿の中の方が神聖術が使えたのに」

「その瞬間、神殿内の人々は死んでいたでしょう」



 リースの腕の皮膚がボロボロに崩れ、骨まで見えていた。



「うえっえっえっ!!……ぼくに気安くふれるからさ。痛い? 痛い?」

「触れたものを粉々にする力、か?」

「君は下がっていたまえ。相性が悪いだろう」


 剣を抜いた。

 その直後何か光るものが飛んできた。

 剣がバラバラになった。



「あ~!!」

「ふむ。物体を破壊する力を生成する魔法でしたか」



 ロイド君に買ってもらった剣が……



「このぉ!! 職人さんの業に敬意を払え!!!」



 気門法・外気応用技、気弾『気合斬り』

 集中した力の塊を斬撃にして飛ばす技だ。




 だが斬撃はおかっぱ野郎の手前で二つに分かれ、後方にあった木を両断した。



「まさか、私の斬撃も破壊した?」

「魔力を含めた万物を分解すると言ったところですか」

「うえっえっえっ!! ぼくには誰も触れることはできず、攻撃もすべて風化させる。すべての力はぼくには到達できな―――」



 リースが真正面から突っ込んだ。



「ちょっと!!」

「ばーか!! チリになれ!! うえっえっえっ!!」



 分解の光にさらされたリースは『獣化』よって生まれた頑強な肉体を破壊されて、いやーーー



 破壊されながらおかっぱにまで到達し、直接そのこぶしをお見舞いした。


「っぐぎゃ!!」


 おかっぱはばらばらの肉片になって辺りに散乱した。



「おや、魔石があるということは魔物だったようですな。これは主へのお土産にしましょう」

「ちょ、ちょっとリース君大丈夫なのかい?」



 振り返ったとき、すでに完治していた。

 こいつの方が魔物っぽくなーい?



『獣化』による肉体変化の操作。

 それを肉体の活性や回復、さらには治癒にまで応用させた。

『獣化』は獣人並みの戦闘力を得ることが最終目的だった。今やリースに限界はない。生身でもとっくに獣人の力は超えている。成長への応用で肉体を根本的に強化した。感覚強化への応用で魔力濃度を自在にコントロールし始め各種体技獲得へ。

 つまり、『獣化』を完全に使いこなすこの男に限界はない。



 ◇



 その日現れたのはおかっぱを含め三体。


 報告の会議とやらに私が呼ばれた。

 なぜなら、リースを前にすると御貴族さまやお役人様たちの心臓が危ないからだ。


「全て見ていたのは師匠なので、報告をお願いします」



 神殿の他にギブソニア邸と駐屯魔導士団の要塞が狙われた。



 神殿に現れた『風化の魔物』を倒したリースはギブソニア邸に飛んでいき(本当に跳躍して数秒で到着)、重力を操る魔物と交戦となっていたエリンとマイヤ、ローレルたち騎士たちに助太刀。

 重力をものともせず、力押しで『重力の魔物』をあっさり倒してしまった。ちなみに私の『気合斬り』はまたもや重力の壁に遮られ到達せず。

 エリンの転移で駐屯魔導士団の要塞に到着すると、ヒースクリフやエルゴン、スパロウたちと魔導士団が一体の魔物を足止めしていた。すでに備蓄していた霊薬を使い切ったところだった。

 その魔物は武術で要塞にいる者たちを圧倒。

 今度こそは役に立たねば。そう意気込んでみたものの……



「結局三体目もリースが倒したと」

「だって、その辺にあった剣じゃ私の力に耐えられないし、エルゴンもスパロウも剣貸してくれないし」

「師匠の力を受け止められる気門外気が使えるのは極銀か神鉄だけですからね」



 手合わせしてみて、良くないと感じた。

 相手は時間稼ぎをしている感じだった。

 そして私には決め手がなかった。




「それでリースはその『武の魔物』をどうやって倒したんですか?」

「正面から力技で」



 圧倒的に『武の魔物』が優勢だった。

 獣人の達人が魔物になったんだろう。的確な技の数々だった。獣人特有の柔らかい身のこなしから繰り出される近距離での蹴り『旋脚』に、数々の武術を組み合わせていた。

 衝撃のコントロールを神髄とするバルト武術『瞬回』の奥義『八卦』、タックルから馬乗りになり殴る技術の集大成、岩宿族(ドワーフ)の喧嘩殺法『ドラルグ』、身体の軸に逆らった捉えどころのない不規則な回避行動、長耳族(エルフ)の舞い『葉の舞い』など、それぞれを極めていた。


『旋脚』はリースの不意をつき、『八卦』がその身に深刻なダメージを与えた。そのまま組み倒され、馬乗りに殴られ続け、反撃はヒラヒラと躱された。


 そこでリースは――



「脚だけ部分的に『獣化』を重ね掛けすることで、『武の魔物』の予測を超えた」

「部分的に『獣化』を? そういうことできる魔法なんですか?」

「できない魔法。本来はね」



 鬼門法は肉体の限界の力を引き出す体技。

 当然、『獣化』で肉体の限界値が上がれば鬼門法の上限も変わる。



「その後はリースの拳を避けられず逸らすこともできず、受け続けて、人類の武の集大成は化け物に敗れ去ったのでした」

「ちょっと待って。人類負けたみたいになってる。リースは人類側の味方でしょ」

「あれを人と呼んでいいものか」



 リースの魔力は底をついていた。

 最後の重ね掛け『部分獣化』で倒せなければ死んでいただろう。


 それでも一切の迷いなく死地に踏み込む狂気。

 一切の自己保身を捨てた戦い。


 あの男はそれを楽しんでいた。

 戦いを楽しむこと。それがあの男の原動力。

 私とは違う。

 ゆえに、迷いが一切ない。

 狂っていることを強みにしている。

 あの三体の魔物、私に倒せたかどうか……



「師匠、剣は造りますんで待っていてください」

「いや、いいよ」

「え?」



 確信したことがある。

 リースは私より強い。

 全盛期の私が刺し違えた緑の魔王『緑龍列島の獣王』にもあれほどの力は無かった。



 そんな男に眼をつけられたんだ。

 ロイド君、君は魔王を超えるあの化け物といつか勝負しなければならない。

 その時、負けて殺されるか、その力を超えるかしない。



 つまり、将来魔王を超える存在になる宿命を背負ったんだ。

 リースの勘は当たる。

 なら、ロイド君にはリースを超える何かがあるのかもしれない。

 さらなる変化が起きるのかもしれない。

 私はそれを傍で見守ろう。魔導を極めつつある君に授ける剣術はないけれど、せめてメイドとして。


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