21.オリハルコン・ケージ・マッチ
カテディウスは明らかにおれを殺そうとした。
使ったのは間違いなく銃。
魔力を使わず、火薬を使った武器。聖銅の弾丸を飛ばしで魔法防御を突破してしまうこの武器は、知っていなければ予見ができない。
銃が無いこの世界で、初遭遇した魔導士は間違いなく命を落とす。
「ぼくを殺してでも帝国に招きたくない理由。聞かせてもらえますか?」
「……認めよう。まだ過小評価していたようだな。だが勘違いするな」
「勘違い? ぼくを殺そうとしたこと?」
「手段としてこの武器を使ったのは、貴様を恐れてのことではない。おれは軍人であって武人ではない。確実に勝つ手段を不測の事態を想定していくつも用意している。そしてこの状況は想定内だ」
カテディウスはにやりと笑った。殺気が部屋に充満した。
だが目の前にいるおれへの敵意は全くない。
「しまった!!」
「ここは人質が多くて戦いやすい」
工房にいる先輩たちや魔法省職員たちが狙われた。
各地で爆発が起き、火柱が舞っている。
工房自体も音を立てて崩れ始めた。
上階にいたおれたちの部屋も崩れ、床は抜けた。
おれとミカルディーテは何とか瓦礫の上に着地した。
カテディウスと共に。
「ロイド君、あれ……」
「ええ、手ごたえが無かったのでわかってます」
爆発の寸前、おれは『流星』でカテディウスを攻撃した。
だが、その軍服を焼いただけで、その肉体に傷をつけることはできなかった。
「ロイド君の『流星』が効かないなんて。ドラゴン並みの魔法防御力……」
「だとしても、無傷ってのは人間とは思えない」
「すでにおれは肉体の強度からして貴様らとは違うのだ」
舞い散る粉塵の隙間から、その胸部に光るものが確認できた。
魔石だ。
「まさか、魔物堕ち」
「これが魔物?」
聞いていた話と違う。
魔物はもっと化け物じみていると聞いていた。
だが、魔石以外、カテディウスは人間と変わらない。
「魔物だと? そんな失敗作と一緒にするな。これは進化の形だ。おれはそこらのならず者ではなく、訓練を積んだ軍人。限られた者のみがこの最適化された強さを得られるのだ」
「教会と軍がつながっているというのは本当らしいですね」
「今更知っても意味はない。今日という日を王国進出の足掛かりとさせてもらう」
爆発が起こった。
ただの爆発じゃない。魔力の塊が込められて殺傷能力が高い。
だが防げないほどではない。
「これを防ぐか。む、まさか!!」
そのまさかだ。
先の爆発も含め王宮、学院、その他施設もろもろ、無事だ。
工房にいる先輩たちもおれの『障壁』でガードしている。
ついでに歩いている人間も個別に対処している。
「これだけ広範囲、しかも離れた場所に正確に……いや、歩いている人間までだと?」
「想定通りにいかないものでしょう?」
宮廷で働く人間の行動と時間は全て記憶している。
どこで何をしているかなんておれには手に取るようにわかる。
「だが、それだけの『障壁』を維持しながらおれと戦えるかな?」
カテディウスが瓦礫を踏み越え向かってくる。
「人質はそこにもいるだろう!!」
狙いはミカルディーテ。
彼女は魔導士だが、魔獣が傍にいなければ戦闘向きではない。
おれは『障壁』の中に土魔法で岩の壁を築いた。
岩壁の『強化』だ。
カテディウスの魔法は爆発を任意の場所に起こす。
特性は多重爆発か。
一度の爆発ではなく、爆発を重ね合わせ、衝撃の威力をはね上げている。
爆発の度に地面ごと壁が吹き飛ぶ。
おれは壁を何層にも立て直し続ける。
「時間稼ぎか!! いい判断だ!! やはり惜しい……どうだ『怪童』、今からでも遅くない!! 帝国軍に加われ!!」
「それはご辞退申し上げます。神殿を打ち壊す不届きものとは相いれません」
「そうか……だが、いいのか? おれに時間をかけて!!」
「時間はこちらの味方です。ここは王都で最大の軍事力が終結する王宮の中だ」
「貴様が護衛騎士として、倒すのに時間がかかることは想定済みだ!! よって保険をかけておいた!!先ほどの爆発の音はベルグリッドまで伝わったはず!!」
「何が言いたい?」
「王国に来たのがおれだけだと思うか!?『障壁』を解かなければ、ベルグリッドは地図から消える!!」
仲間がいたか。こいつが魔物なら、他もそうでないとは思えない。
軍人が聞いてあきれる。
ただ人質を取っているだけじゃないか。
おれは『障壁』を解いて、姿をさらした。
「やはり情に流されるその甘さは貴様の弱点だったな。死ね」
瓦礫の山もろとも吹き飛ばす多重爆発。
「跡形もなく吹き飛んだか。呆気ない」
立ち上る煙に背を向け、カテディウスはその場を去ろうとした。その足が散乱した瓦礫の外に出た瞬間、刻印魔法を発動させた。
「何? これは『転移』か!!」
締め切られた10メートル四方の箱。
転移先はその中に設置された3メートル四方の聖銅の檻。
「ここは……二重の檻か!?」
「そう、この場は密閉されていて魔力はほぼ皆無。魔力が尽きれば魔法は使えなくなる」
「なぜ生きている!? 確実に爆破したはず」
こいつは最初の爆破で無差別に辺り一帯を吹き飛ばしていた。誰もいないところも。つまり魔力感知は弱い。
だから光魔法で、おれとミカルディーテの姿を手前に映し出し、そっちに『障壁』を張っていた。
爆発の煙で気づけなかったようだな。
聖銅の檻は魔力を分散させるため、爆破で壊せない。
『転移』先として魔力を流すための極銀製ケーブルを檻の外に蹴りだした。
これで脱出は不可能。
「安易だな。魔力量への自信と人質をおれから遠ざける作戦だろうが、二流。これでは貴様も『転移』できない。ベルグリッドは切り捨てたか」
「ぼくも用心深い性格なんでね。ぼくを倒す方法としてベルグリッドを狙うのは想定内です」
「フン。強がりだな」
檻のそばに用意してある聖銅の剣を取った。
「おれと近接戦をする気か。血迷ったな!!」
爆発の前に、聖銅の剣で魔力を分散する。
「ぐっ」
この狭い空間で魔法を発動すれば魔法の発生場所は限定される。
そのまま斬りつけた。
「ええい、こざかしい!!」
カテディウスは魔導士。どれだけ身体が頑丈でも近接戦は不慣れだ。それは執拗に遠隔攻撃である爆発を使い続けたことで証明されている。
身体能力に任せた散漫な動きなら魔力の流れを読むまでもなく、力の方向まで読める。
殴りかかってきた腕を掴み、投げた。
虚門法・『虚空』
倒してからすかさず、『吸収』で魔力を吸い取る。
「お、おれの魔力を……!!」
抵抗し振り回した腕を避け、起き上がろうと付いた手を払って再び倒す。
そして『吸収』。
爆発の兆候を魔力感知で読み、聖銅で防ぐ。
斬りつけて隙を作り、崩して動きを止め、『吸収』
これを繰り返した。
怯まずに起き上がってくる。
さすがに慣れてきたか。
「わー」
おれはひょいと格子の外に出た。
「な!?」
「ちょっと休憩」
子どものおれの身体は自由に出入りできる幅なのだ。
「あなたは魔力を消耗していくが、こちらは逆に回復した。あと何ラウンドかで、魔力が尽きる。そうなれば、ただの頑丈な人だ」
「……狙いはおれの情報……ミカルディーテに『同調』させる気か!! コケにしやがって!! この檻ごと吹き飛ばしてくれる!!!」
やけくその多重爆発が複数。
聖銅の剣で打ち消される前提だろうが、おれは何もしない。
「いや、バカですねー」
「何?」
檻の外にある極銀製ケーブル付き魔法陣の上に立ち魔力を流す。魔力はケーブルを伝い聖銅のハコの外へとつながる。
おれは『転移』でその場を離れた。




