19.美しきドラゴンの使役者は金がない
苦節10年と半年。
このパニックアドベンチャーな世界で充実した生活のための安全な人生設計を模索してきた。
自己防衛力として身に着けた力は今や、世界で七番目の実力となった。
過去、ローア人が『神士七雄』に列せられたことはない。
これは歴史的快挙。
すごいことだ。
最初は認知されていなかった、『流星』の正体もじわじわ浸透していっている。
真実は覆い隠せないものだ。
え? おれが自称しているからだって?
違うね。おれは奥ゆかしいタイプ。そんな自己顕示欲丸出しなことするわけないよ。
そりゃ、妄想の中で、『我こそはローア人最強の男!!』ババン!!と登場してみたことはある。
だが、実際はできないものだ。おれの中の日本人の魂がおれを止めるのだ。
『自分で言うものじゃない。誰からに気付かれた方がオシャレやん?』
おれの中の日本人がそう言ってる。
本名は明かされていないが『流星』が人族のローア民族であることは公表されている。
ローア人で『流星』から連想されるのは『流星剣』でランハットに勝ったおれだろう。
そう、考えればわかる人にはわかるの。言う必要ないの。
さすが商人は耳が早いらしく、おれに謁見を求めた。
商人ギルドはベルグリッド迂回路の件からドラゴンの利権の件までおれと敵対してきた。
この騒動終局に向け、大臣たち官僚と王族が商人ギルドの見解を聞くこととなり、玉座の間に集った。
おれは王族と共に壇の上から見下ろしていた。
代表の男は長々とした謝罪と、ギルド運営が大幅に刷新され方針を改めることを告げた。
「随分と殊勝なことだ。以前とは違うようだが?」
おれも思った。
国王の問いに代表はたじろぎ、平伏しっぱなしだった。
王族の顧問たちがヒソヒソと情報を交換している。
「どうやら経営が相当に行き詰っているようだ」
「各商会はベルグリッドを通り、王都や迷宮都市、工房都市と交易してきた。しかし迂回路に失敗し、莫大な借金と仲卸業者の仲介料で赤字続きと聞く」
「その補填をロイド様への賠償金や利権を奪うことで解決しようとしたわけだ」
「愚かな。ロイド様に敵対することは今や、反ローア的ですらあるというのに」
「不買運動にも発展しているようで、壊滅的な打撃を受けたというぞ」
「それで、大幅に商会ギルドの顔ぶれが変わったのか」
おお、なんだかおれのロビー活動とメジャーデビューがとどめになったみたいだな。
すごい名誉が仕事してる。おれの名誉が役立つって珍しいぞ。
「この国で商売をする者としてローアの栄光たる『流星』のロイド卿に反目する気は毛頭ございません」
視線が集まった。
玉座の間に集うものたちがおれの御沙汰を待っているようだった。
なんだか偉そうに上からものをいうのは慣れないな。
壇を降り、顔を合わせる距離まで近づいた。
「冷凍冷蔵庫は『流星』の……あ、ぼくが考えたんですが」
「はっ! あの画期的な魔道具の考案者『怪童』がロイド卿であることは存じ上げております」
「ああいう、発明を今後は国内の商会が主導で開発していってほしいと思ってます。『流星』の……あ、ぼくとしては」
人々の生活を便利にするための画期的な商品。
今の商会は商品開発という分野が弱い。国に頼っているだけでは生まれないものがある。
「ベルグリッド商団だけでは競争は生まれません。お互いフェアプレーでいきましょう。と、『流星』……あ、ぼくは思います」
水に流すことにした。
いい子ちゃんだからではない。
面倒な噂を流したやり方は気に入らない。
だが、商会で真面目に働く市民を苦しめても意味はない。
あとこれは言えないが、儲かってしょうがないのだ。
ベルグリッド商団が一人勝ちし、さらにおれが『流星』になってからは破竹勢いだ。
魔法省、紅月隊の給料、魔導連盟の研究費、ベルグリッドの税収、冷凍冷蔵庫の儲け……これ以上収入源いらない。別に使わないし。
「ありがとうございます! ありがとうございます! ロイド卿の御慈悲は決して忘れません!!」
「ロイド?」
「……ああ、『流星』のロイド卿の御慈悲は決して忘れません!!」
「そうですか!!」
「必ずや『流星』のロイド卿のご期待に副える商品を生み出してみせます」
「はい。楽しみにしてます」
◇
商人ギルドの件以降、『流星』としてさらに名が知られるようになった。
ロイド工房『流星工房』にしようかな。
とか考えているとロイド工房にミカルディーテが訪ねてきた。
そろそろか。
教会の黒幕とおれのつながりについて。
彼女が知っていることをまだ聞いていない。
他にもおれの知らないおれの秘密を知っているのか。
なぜ、それをおれに話さないのか。交渉が始まろうとしている。
「ホムラの食費なんですけど」
違った。
「半分出していただけないでしょうか?」
「あー予定を思い出した。じゃ、失礼」
席を立ち、扉に向かう。
ミカルディーテが前に立ちふさがった。
「ドラゴンは魔石が無いって知ってました?」
「へぇー。知らなかった」
「なんと! 私たち人と同じように頭で考えて魔法を使っているらしいんです」
「ほう。それは興味深い」
おれは席に座りなおした。
向き合うように座った彼女は手帳のようなメモを見て知りえたことを話し始めた。
大した情報は無かった。
「――ということで、ドラゴンは一度に大量の食事を必要とします。その量、なんと荷馬車10台分!」
「それで?」
「……もう、お金がありません」
ミカルディーテは招かれてここにいるので滞在費や食費、その他必要経費は魔法省負担だ。しかしドラゴンの食費は経費で落ちなかったようだ。彼女は他にも魔獣を飼っている。
「自分の経済力で面倒を見られないなら飼うべきではありませんよね?」
「はい。すいません」
「帝国内の問題で被害を出したドラゴンを帝国に戻すまでの間養うためにぼくがお金を出す、と? 責任についてどう教わったのか知りたいものですね」
閥の悪そうな顔をするミカルディーテ。
「ですが、あの子の名付け親はロイド君ですし、多少の責任は君にもあると思います」
「ふぅん? おもしろい」
おっと、このお姉さん泣きそうだ。
「あの子もロイド君のことを慕ってます。会ってあげてください」
うるうると目を潤ませ、おれの手を握る懇願してきた。
ちょっと待て、まるで修羅場だよ。
おれに認知してない子供はいないし、生活に苦しむ元妻もいない。
おれは急いで手を振り払った。
「ああ!」
「ちょっと今『同調』しようとか思ってません?」
「……まさか」
なんだ今の間は?
恐ろしい女だ。
なんせ顔はいいんだ。おっとりした感じだから油断を誘うし、いい匂いもする。おまけにこの子供っぽい声と真面目そう話し方が庇護欲を駆り立てる。
これは並みの男なら簡単に隙を見せて操られてしまうぞ。
まぁ、おれには効かないんだけどね。
「『同調』のやり方を教えてくれたらいいですよ」
「そんな!! 商人ギルドにはあんなあっさり交易路を明け渡したのに!!」
「別にお金に困ってはいませんけど、あなたはぼくに秘密が多いから。タダとはいきませんよ」
「~……! 人の足元を見るなんて、性格がゆがんでますよ」
まったく迫力のない顔で睨むミカルディーテ。
だが思い直してにっこりと笑顔をつくった。
「私のおかげで王女様と婚約できたじゃないですか」
「あれは『おかげ』と表現していいことなんですかね? 姫とエリンを煽ったんでしょう? それも、皇室との縁を造るためにぼくをアラス殿下にけしかけた」
「それはエリンさんの案ですよ。皇室とのつながりを持ってもらいたかったのはその通りですが。今、教会の脅威は帝国内の問題。王国があなたの力を貸してくれる理由がありませんでしたから」
不器用だな。
『同調』という便利な魔法、『将星』という立場、それらを使わずに、なぜここまで回りくどく動く?
まるで何かに縛られているかのようだ。
「魔導連盟支部の設立から、そろそろ2年です。そろそろぼくを信用して話してくれませんか?」
「ロイド君のことを疑ってはいません」
「疑っていないことと、信じることは違うでしょ?」
「……確かに私は『同調』していない人を信用できません。でも、私は一度あなたを疑ったからこそ信用しています。そうですね」
ミカルディーテは少し迷って口を開きかけた。
「ではお話します。実は――」
「そこまでだ!!」
扉を乱暴に開け放ち、男たちが入ってきた。
『火星』の弟子。帝国軍人のカテディウスだ。
「教会に関する情報を漏洩する権限は貴様にはない。この反逆者が」




