16.死闘の果てに 酒場に集う
夜が更け、月が雲で陰っている。
一雨きそうだ。
それでも道は明るい。
辺りを照らす灯があっちにも、こっちにも。
森の木々が燃えて、その残り火がまだ燻っている。
「いらっしゃい。あ、いえ。お疲れ様です!!」
ドラゴンの猛威で閑散とした街の酒屋には補給物資を運ぶ軍部と領主の補給部隊が待機していた。
敬礼する兵士たちがおれに気が付く。
「坊や、逃げ遅れたのか?」
「ダメじゃないか!! 避難命令を聞いてなかったのか?」
「幸運な子だ。さぁ、こちらに」
兵士がおれの手を引き、みんなから遠ざけようとする。
あ、泥だらけで徽章が見えないのか。
「じゃあね。坊や。気を付けて帰るんだよー」
真っ先にマスが悪乗りをした。
「うはは、じゃあな、ガキー」
「お母さんの元にお帰り」
そこにタンクとフォンティーヌが乗じた。
「うわー、大人がいじめるよー」
おれはメイジーに駆け寄った。
「あ、こら!」
「王宮騎士様になんという態度だ!!」
「……ロイド卿、みなさん。私は報告に戻ります。あと、おふざけは程々に。沽券に関わりますゆえ」
怒られた。
メイジーがおれの服の泥を落とす。
徽章と勲章が顔を出す。それを見た兵士たちが慌てふためていた。
ごめんね。
「彼はロイド。此度のドラゴン撃退の大手柄をあげた!! ロイド・バリリス侯だ! 酒を用意しろ!!」
リトナリアの檄に歓声が沸いた。
あ~はいはいはい。
「ぼくたちはドラゴンより強い!!」
「「「うぉぉぉ!!」」」
「人類はドラゴンに、勝てるっ!!」
「「「うぉぉぉ!!」」」
「王国は最高!!」
「「「うぉぉぉ!!」」」
「酒を配れ!!」
「「「うぉぉぉ!!」」」
「あ、なんだ貴様は!!」
「あ、怪しい奴!!」
兵士たちが後ずさり、道を開ける。
リースとランハット、ミカルディーテが到着した。
「あ~!! 『首領』だ!! なんでここにいんの~!?」
酒屋からシャロンが現れた。
すでに酔っぱらっている。
いたなら手伝いに来いよ。
「シャロン・イクリプス。ガーテとシガー……あなたの弟子は成長しましたか?」
「ああ、やべ……あ、あの二人はお星さまになったなり~」
嘘つくなよ。一緒にローア来てるだろ。
「ふぅむ。それは残念、お悔やみを」
二人はなにか因縁があるようだ。
おれたちはドラゴンの脅威を乗り越えたことを祝い、着の身着のまま酒屋に集った。
腹が減った。
「ふぅー、リースが来てくれたから楽勝だと思ったのに、大変でしたね」
「ミカルちゃんがドラゴンを飼育したいなんて言い出すからだよ」
「だから最初、お断り申し上げた。ドラゴンは正面から戦うより逃げるのを追うのに骨が折れる」
「だ、だって」
おれたちはいいパーティだったが、空を飛び、魔法を阻害してくるドラゴンが脅威だったことに変わりはない。
優勢だったのを見て、ミカルディーテがその難易度をさらに上げた。
おかげでみんな泥だらけでクタクタだ。
「まぁ、いいじゃない。今日は私が奢るわよ、みんな!」
「姉上、王国の金をお持ちなのですか?」
「……帝国金貨しか……」
「ぼくが出しますからいいですよ」
な、なに、睨んでんだよ。
「その代わり、帰りは送ってください。魔法で」
「この帝国皇女たる私を脚に使う気? いいわ」
「いいんかーい」
「その代わり、ミカルを十段階評価しろよ」
「7.5?」
「わ、わーい。何の話ですか?」
「『赤い手』は!?」
「9.5」
「わかった。みんなは連れていく。お前はここに残れ。永遠にだ!!」
「皇女様ご乱心!! ご乱心!!」
その後マスがフォンティーヌに告白して振られ、シャロンには飲み比べで負かされて潰れた。リトナリアがランハットと話していたらタンクと腕相撲対決になり、そこにリースが加わって、二人共吹っ飛んでいた。
武器自慢に、武勇自慢、お国自慢。
休憩のつもりが宴会になったころ、酒屋に男が現れた。
◇
「ドラゴンの死骸はどこだ? あれは我々商人ギルドに所有権がある。シシシ!」
「は?」
突然来た小太りの商人が意味わからないことを言い始めた。
「当然だろう!! 貴様ら貴族の怠慢で我々が被った損害を補填しろというんだ!! すでに領主には所有権を手放す確約書を書かせた!! さぁ、早く案内しろ!! シシシ!!」
「ちょっと待てよ? おれたちは冒険者だぜ? 冒険者の手柄を商人ギルドが横取りすんのかよ」
タンクが立ち上がった。
「シシシ、そんな態度をとっていいのか?」
「あ?」
「今や駐屯魔導士団が魔獣討伐の最前線にいる。冒険者たちの仕事は今後みるみるうちに減っていくだろう。その時冒険者が生きる道は素材集めや護衛、どちらも商人ギルドとのつながりがなければ成り立たんのだぞ。我々が冒険者ギルドへの依頼をしなければ、貴様らならず者に職は無いも同然だ」
タンクが「こいつ何言ってんだ?」というポーズをする。
「わかりましたよ。そこまで言うなら差し上げます」
「ようやくわかったようだな。金の力の前に、お前たちの力など無力も同然なのだ」
男は言われるがまま召使たちをぞろぞろと連れて付いてきた。
おれは文句を聞きながら山の中を歩いた。
親切で『発光』で道を照らしながら。
「貴様、私に手出しをするなどと思うなよ。私に何かあれば真っ先に疑われるのはがめつい貴様ら貴族だからな。シシシ」
「がめついのはお前だろ」
「なに、何だその口の利き方は!! ベルグリッドを経済的に潰す方法などいくらでもあるぞ、シシシ!! だが、ドラゴンを寄こせば大目に見てやるいってるんだ」
「はいはい、じゃあどうぞ」
光の向きを変えた。
そこには赤い鱗のドラゴンが爛々とする目でこちらを見ていた。
「え?」
「どうぞお収め下さい。ただし生きてますけどね」
ドラゴンの放つ咆哮に、召使たちが狂乱して四方八方に散っていった。
「う、うわぁぁ、置いていくな……」
「どうしたんですか? 欲しいんでしょ? 飼ってみれば?」
「ああ、ああぁぁ!!」
「金の力でどうにかしてみろ」
夜が明け、おれたちは王都に戻ることにした。
ちなみに商人たちは帰ったらしい。
「う~ん、お名前どうしましょう」
ミカルディーテはずっとご機嫌だ。
何せ、彼女の『同調』で史上初、ドラゴンの使役に成功したのだ。
「ロイドちゃんを動かして、一番得をしてるってことは、ここまで計算ってことかな? ミカルちゃん?」
「ち、違いますよ! これは私欲ではないんです。真面目な話、ドラゴンが一匹いなくなった帝国の生態系が怖いんです。それに、彼は教会の魔物のことを知っています」
そう、このドラゴンは教会の魔物に追われた。
ドラゴンを追い払うほどの魔物。
何の情報もなく遭遇はしたくない。
「あ、はいはい。そうですか」
え? なに、ミカルディーテ、『同調』した生物と会話できるの?
「ロイド君に名前を決めてほしいそうです」
「なんでおれ?」
「一番お金を持ってるからだそうです」
「何で知ってるんの? 金か? 金の力が大事か?」
まぁいいや。
「うーん……リザードうーん……ホムラはどう」
ホムラは呼ばれるとコクコクと首を縦に振った。
ほう、こっちの言葉を理解している。頭いいな。
《良しなに頼むのじゃ》
「しゃべれるのかよ!!」




