12.すべては姫の望むままに
弁解の機会が必要だ。
客観的に見て、おれはマズいことをしていることになる。
何せ、王女の縁談の相手がおれ。
普通に考えて、おれが何かしたと周囲は考える。
成り上がろうとしていると勘繰られる。
下手な野心で王女をたぶらかしていると思われてはたまらない。
国王陛下に誤解されたら一発アウトの可能性もある。
ドラマとかでよくある。
『貴様には目をかけてやっておったのに、娘をたぶらかすとは恩知らずな!!』
というやつ。
これを回避する。
それは何にも優先されるミッション。
そう思っておれはシスティーナより先に王宮で国王に謁見した。
献上品を持って。
「ほ、ほご、本日はご挨拶に伺いました」
「うむ」
普通に部屋に通された。
うわぁ、二人きりだぁ……
「ふむ、これは?」
「魔獣探知機です。これがあればなんと! 魔獣の接近をあらかじめ知ることができるのでございます!!」
「ほう! そのような魔道具が……?」
「大気属性の応用でして、広範囲の魔力反応を探知しましてですね、音で報せまるという仕組みを採用しております。まず陛下にお見せしようと思いましてお持ちいたしましたでございます、はい」
「そうか……これがあれば、さらに魔獣の被害を減らすことができよう。素晴らしい功績だ。……縁談の前に、自らの功績を見せるとはな」
陛下が笑った。
どっち?
どっち?
「え? ち、違います! 今回の縁談を画策したのはエリン室長でして」
「そなたの継母であろう?」
ああ、マズい。
言い訳は、しない方が、いい……
「ああ、はい……いえ、決して私には王女殿下をたぶらかして成り上がろうという野心は無クテデスネ」
「安心せよロイド侯。そなたとシスティーナの縁談は形だけのものだ」
ああ、なんだ……よかった。
陛下はこれがシスティーナの一存だと分かっていたんだ。
そうだよ、王様だ。
ご存じないはずがない。
「そなたが十歳になるのを待ち、二人の婚約を宣言する」
むしろグルだった。
「陛下!? お待ちください!! これは、仕組まれているのですよ!?」
「わかっておる。仕組んだのはシスティーナであろう? それにエリンが乗った。国のためだ」
「え? 国……?」
「気づいていないわけではあるまい」
システィーナの若気の至りじゃないの?
「……申し訳ございません。まだ九歳なもので」
すいません。中身は大人なんですけどわかんないです。
「う、うむ……そなたにも察し難い分野はあるのか。では、王女や宮廷魔導師団戦略室長がこれほど性急に事を動かしたのは何故か、心当たりはないのか?」
このタイミングなのは理由があるのか?
確かに急な話だったし、エリンとヒースクリフは婚約後たったの三か月で結婚した。その三か月は嫁入りの準備期間だ。
「エリン室長が孤独な人生に耐えられなかったんでしょうか」
「そなたを帝国に取られないためだ」
「あ、ぼくですか」
陛下がため息をついた。
「アラス殿下は『土星』を連れてくると言った。なぜ『水星』ではなく、姉なのか。ロイド侯、少しは自分
への厚意を察することだ」
「あ、ええっと、つまり、アラス殿下はぼくを気に入って、自分のお姉さんとぼくを結婚させようとしている? そんなこと言ってませんでしたよ?」
「だから、察するのだ。なぜ敵の動きには敏いそなたが、ここまで鈍いのだ」
もしかして、みんなそれを警戒してこんなバタバタと動いていたのか?
「は、はは、しかしですね……帝国皇室が王国の元平民を入れるとは……」
「お主の功績を自覚せよ。システィーナの身を救い、心を救い、この国の魔法職を救い、今、人々を救っている。己の力を他者のために使ってきた。反目していた者もいつの間にかそなたのために動いている。お主には人を惹き付ける力がある」
「私は普段縁談とは無縁なのですが」
「……うむ」
陛下が黙り込んだ。
「縁談が無く、紅月隊でも従士がしばらく就いていなかったな。娘がすまぬ」
姫の仕業だったのかーい!!
いや、なんとなく、そんな気はしてたけども……
「でも、今は……あ」
従士が付いたのは決闘の後。
この縁談がもう決まっていたからか。
「システィーナ以外に相手がいるわけでもあるまい?」
「ぐっ……ぼくにはエリアス様という心に決めた方が……」
「神と比べるでない。従士たちはどうだ? ブルボン家、ロー家、レディントン家の器量よしと聞いている」
器量よし?
わがままなお嬢様たちをオリヴィアに押し付けられただけだ。
「ただの子供ですけど」
陛下の眼が厳しくなった。
握り込んだ手の中が汗でぐっしょりだよ。
「うぅむ……気がかりだ。そなたにはシスティーナがどう見えている?」
「それは大変麗しくあらせられると思います」
「うむ」
今じゃ同年代の異性は彼女の前ではガチガチに緊張して会話にならないほどだ。
「エリアス様に迫る勢いかと」
「神と比較するでない。娘の気持ちには気づいておるだろう」
そう。
おれは気付いている。これでも中身は大人だ。年の功というやつだ。
『記憶の神殿』で距離感は正確に把握している。その距離の比較、日々更新される最短距離。それらから導き出されるのは、彼女がおれに好意を抱いているか、視力が低下しているかのどちらかだ。
何度か視力検査はしたので、後者の可能性が高いことには気付いていたのである。
女の子で瞳の中の自分が見えるぐらい接近するのはシスティーナだけだ。
でも、まだ12歳。
「この年ごろの恋は友情との勘違いといいますし」
「そなた、本当はいくつだ?」
「すいません、恋愛は初めてでパニックです」
「そうか。安心した。では王としてではなく、システィーナの父として話そう」
ここから!!?
今までのは違ったの!?
◇
長い長い、娘を想う父親からのお願いという名の脅しを受けて、数か月が経った。
おれは十歳になり婚約は事務的に進んだ。
恐ろしいほどに淡々と……親同士同席の元、よろしく的な話を交わして握手しておしまい。
その後は普段通り、システィーナと共にロイド工房へ。
「これまで通りよろしくね、ロイド!」
「あ、はい……」
おれはこれまで様々な相手と戦ってきた。
厄介な相手ばかりだった。
だが、ここまで手も足も出なかったことがあろうか。
相手の一手、それにここまで感嘆を覚えたことがあろうか?
おれの元平民という生まれからして、王女と婚約となれば、確かにギブソニアの家名を上げるしかない。しかし、それには高い確率で四大貴族が絡み、一家を立てれば三家への不義理となる。
かといって他の公爵家はヒースクリフの婿入りを要求していただろう。その場合、ギブソニア家の力は公爵家に吸収されむしろ立場は微妙になる。
エリンを嫁がせるというのは、まさにこれしかないという一手。
おれはシスティーナの望み通りでいい。
そんな気さえする。
それほどに見事な作戦だった。
「いっそ清々しいぜ」
「王女と婚約した感想がそれ?」
「姫、婚約したからには『やっぱり一時の迷いだからなし』とか言い出さないでくださいね」
「ロイドの中で私は気まぐれでいい加減なひとなの? 不本意だわ」
「不本意なのはこちらですよ。姫の掌の上だったということですからね」
「仕方ないわ。帝国にロイドを取られないため。これは仕方のない措置なのよ?」
それは、アラスが『土星』を連れてくると言ってから、つまり、決闘の後だよな。
システィーナの距離がまた小さくなった。
ぴったりとおれにくっついている。
決闘の後だからええっと、ええっと……
「ああ、姫。ぼくはいまパニックです。それでも、今の気持ちを聞きますか?」
「いい。アラス殿下との決闘で確かめたから」
「……そうなんですか」
なんだろう。
男としての価値かな?
工房に着くと、先輩たちと先生たち、それと紅月隊の面々が待っていた。
おれたちはひっそりと婚約を祝ってもらった。




