6.決闘の結末
「これで終わりだ」
『激流』で押し流し、終わらせる。
そう思った瞬間、大量の水を何かが貫いた。
「……お!?」
『水の槍』
肩をかすめ、身体が吹っ飛んだ。
「ハハハ、好き勝手言ってくれたな。余の力は貴様より上なのだ!!」
明らかに魔法の威力が増した。
工程を増やしたのか。
『滑水』で距離を詰めた。
接近すればそれだけ魔法発動スピードでおれが勝る。
『水の槍』×5を放つ。
アラスの『水の盾』は一枚。
貫けない。
アラスは水量を変えずに、盾の強度を上げた?
どうやった?
アラスの『水柱』
こちらは『水柱』×3で応戦。
水の塊を噴出させ、ぶつけて相殺する。
だが、水柱の勢いが止められなかった。
「お? うわっ!」
「貴様もよくやったが、ただの水魔法で余は倒せぬぞ!!」
本気でやるか。
『激流』×3
白波と轟音。
おれは大気だけでなく地下から水をくみ上げて攻撃を繰り返すことにした。
倒す方法はいくつかあるが、正統派で勝つ。
正統派とは敵を圧倒する連続攻撃。
アラスの『水の盾』を全方面から攻撃し続ける。
球体状に張った盾は隙間なくアラスを覆い、水圧に耐える。
「水魔法の能力を引き上げる方法か」
『水の盾』は上達すると水の流れで攻撃を受け流せる。しかし、アラスはその許容量を超えて防御し続けている。それに水にはないこの強度。
確かに普通の水魔法で勝つのは難しそうだ。
しかし、魔法とは創意工夫。
「下に参ります」
「うぉ!? ―――がはっ」
アラスが落下した。
陥没した穴に嵌った。
「な、これは土魔法でろう!! 自らの誓いを破ったなグズめ!!」
「水で地面を侵食し、地盤沈下を起こしたんですよ」
地下に水をため、それを引き抜けば空洞になる。地上の重量に耐えられなければ崩落する。
「い、いつから?」
「戦いが始まってからに決まってる。奥の手は最後まで取って置く。魔導士の常識でしょう」
くみ上げた水は全ておれの魔力が籠っている。
念入りに蓄えた武器だ。
そして、当たり前だが、水は低きに流れる。
「『大瀑布』」
巨大な滝がアラスのいる大穴に降り注ぐ。
その圧力は数十万トンだ。耐えられるものなら耐えてみろ。
陥没した穴に水が注ぎこまれ池のようになった。
アラスが上がってくる様子が無い。
水の底で気を失っているな。
『水流』で巻き上げ、飛び出てきたアラスは、すぐに目を覚まし水を吐いた。
「ゴホッ、ゴホッ……」
「アラス様。私の勝ちです」
召使の女たちが駆け寄り介抱する傍らでおれは勝鬨を挙げた。
「……どうやらそのようだな」
「じゃあ謝って下さい」
「……何? 余に頭を垂れろと? 誰にだ?」
「姫に決まってるでしょ!! あんなかわいらしい女の子を『性悪』と罵り、見せしめと蔑み、召使にするために賭けの対象にした!! あんた、男じゃないね!!」
おれの批判にアラスはたじろいでいる。
というより、不可解とでも言いたそうに首をひねる。
「……ん、ん? 何を言っているのだ? 賭けはシスティーナ王女から言い出したのだぞ」
「……言い逃れするとは!! 姫がそんなこと――」
言っちゃいそうですね。
「余が師に取り次ぐのを拒否すると、ミカルディーテがお前との決闘を持ち出した。だが余に受ける義理はない。すると、あの黒髪の陰鬱な女が、貴様の姫に耳打ちしたのだ。その直後、王女は突然『負けたら婚約してあげる』と申したのだぞ!! 帝国皇太子である余との婚約を勝って臨むことならあれど、負けて受けてやるだと!!? 」
「罰ゲームで告白された感じ」
「そうだぁぁ!!! 余が皇位継承三位で無くても無礼であろう!!」
た、確かに。
これは怒って当然。
「なんかすいません」
「いや。ところで、そなた『ローアの怪童』か?」
「え? そうですが」
知らなかったの?
なんで?
「謀られた。あのランハット・ソードに勝った者になら初めから『強化』を使っていた」
『強化』?
水魔法が急に強くなった魔法か。
いや、それよりも……
「ぼくのことご存じなんですか?」
「ハハハ、なんだそなた! 自分がどれだけ話題の人物か知らぬか? その歳で連盟議会から星を授与された者など前代未聞。その上、連盟が派遣した『神士七雄』第五位を破ったともなれば有名だ。まぁ、余は実在を疑っておったがな」
「どういう意味でしょう?」
「ミカルディーテやシティは異端者ゆえ」
「え?」
おれとアラスは水浸しの演習場から引き揚げた。
すると真っ先にシスティーナが駆け寄ってきた。
目を潤ませている。
「ロイド! 信じてましたよ!!」
「姫……まずアラス殿下に謝って下さい」
「ごめんなさい。これで帝国大使の件はチャラということで」
システィーナの乾いた眼に感情は無かった。
「殿下、代わってお詫び申し上げます。ほら、姫もちゃんと頭を下げてぇ!!」
「ごめんなさい」
システィーナが頭を下げた。アラスは許すとも何とも言わず、妙に納得した顔だった。美人の召使たちとヒソヒソと話し、ご機嫌だ。
「よい。今の戦いに比べれば些末なこと。余も言葉が過ぎた」
ホッと二人で胸をなでおろす。
「余はそなたらが気に入った。話は付ける」
「「おお~」」
二人で手を叩いて喜んだ。
「姉上を紹介しようぞ」
「え?」
「我が姉『土星』、フォンティーヌを」
「「ええ?」」
アラスは本当におれたちを気に入ったようだ。
帝国の皇女を呼ぶほどに。




