3.王女を狙う帝国皇太子
魔導技研があった寂れた離宮は立派な調度品が持ち込まれ、整備も進んでいた。
魔法省兼魔導連盟支部。
出迎えてくれたのは宮廷魔導師団長ハウゼンとミカルディーテ、それに護衛のランハットだ。
「大商会相手に大立ち回りをしたそうではないか、『陰謀潰し』よ」
「いいえ師団長、尾ひれの付いた噂ですよ。それにあれは内務省の仕事です」
「こんなことになってしまい本当にごめんなさい。私の力が及ばず」
ミカルディーテがぺこぺこと頭を下げる。
「一体何を揉めているんですか?」
「我々の思っていた以上に魔導連盟という組織は一枚岩ではなかったのだ」
「というと?」
部屋に向かい歩いている間説明を受けた。
問題はライセンスの階級だ。
魔導士の位階はこれまで魔力量を示す七段階方式と、最大魔法の効果対象による五段階方式の組み合わせだった。
しかし、これはローアで浸透したもので世界基準ではない。
そこで宮廷魔導士たちの実力を平均化し、それを上級、それ以下を中級とするとなった。
上級=『金帝虎紋』 証は金の指輪
中級=『銀王狼紋』 証は銀のバックル。
下級=『黒士梟紋』 証は黒のローブ
暫定的ではあるが、三階級に住み分けることになった。ちなみに名称は帝国内の魔導士の階級のことで、それぞれ与えられる証の色と配属先、刻印される紋章を示している。ちなみに帝国には上級より上の『宝神龍紋』がいる。
測定も帝国式で、魔導連盟から来た21名による評価が基準になった。
「だが、ほとんどの宮廷魔導士が下級と認定されてしまったのだ」
「え? 今の話の流れだと、上級と中級のすみわけをするための判定を決めるんじゃないんですか?」
「そうだ。だが、連盟員の多くが我が宮廷魔導士師団の魔導士にその資格がないと断言しよった」
「測定はロイド君にもやってもらったコイン飛ばしです。あれをカラクリでランダムに10枚跳ね上げヒットさせる方式です。しかし、ほとんどの方が一枚か二枚、ノーヒットの方も居られました」
約500名から成る王国の精鋭たち。そのほとんどが帝国式になぞらえば下級魔導士。ノーヒットは『下級』以下。不合格。魔導士として認められることすらできなかったのか。
「でも、それは仕方のないことでは?」
「何を言う! コインを当てられるかどうかだけで実力は測れん。あれは早業勝負だ。想定する戦闘が違えば行使する力の系統も変わってくる。特に大規模な対軍級魔法を有し、戦況を覆せる『対軍級魔導士』たちが認められないことは納得できん」
それは確かに。
その基準では魔導士がいなくなってしまう。
「帝国ではどうしているんですか?」
「コイン判定後、実戦形式でさらに判定をします」
「ならそうすれば……」
「魔導連盟員の大半が拒否した。最初のコイン判定に同席し業務を終えたと主張し、すでに自研究でローア各地に散った」
「はぁ?」
魔導連盟員による職務放棄。少なくとも『下級』として認定された者には次に進む権利がある。それなのに宮廷魔導士師団の階級上げに協力しないどころか今後のライセンス試験も同席しないということ。
話が違う。
「ミカルディーテさん、どんな人選を?」
「すいません! すいません! 兄弟弟子の方には残っていただけたんですが、私の師が特殊でして。派閥の違う方を引き留める手段が無いんです」
「それで、どんな対応を?」
「それは彼女から」
部屋に到着すると、陰鬱な雰囲気を纏う女がいた。
「休暇は終わりでいいな、ロイド卿」
「エリン室長」
それと、見慣れないものが一人。
「おや、あなたが『ローアの怪童』ですか」
しゃべる犬がソファーでお茶してた。
「こちら、兄弟弟子のシティ博士です」
「初めまして。ロイド・ギブソニアです」
「シティです。三等級魔導博士。主な研究は『魔法力遺伝』についてでございます」
シティは獣人。犬かと思ったら狐らしい。
全身が青みがかった灰色の長毛で覆われている。
それととても大きい。大顎族のガンドール先生と同じぐらいか。
「当初の計画案は師団長が【将星】という称号を獲得。その過程で『大魔導』系列の派閥へ。称号と派閥を重んじる連盟ならこれで下の者を制御できる」
「当初ということは」
「ハウゼン殿は火系統の魔法を得意とされている。しかし火系統は『火星』という『大魔導』とは異なる派閥の魔導士と親和性が高いのだよ。『大魔導』なら『水星』か『土星』ですぞ」
ふむふむ。
魔導士としての力を表す称号と、その格。魔導博士としての等級。それとは別に派閥の系統や能力表す異名や字名があるのか。
『大魔導』は一等級魔導博士と【神星】の称号を兼ねる者。最高の魔導士の異名。
『水星』は水系魔法の最高の魔導士である証。一等【勇星】の称号持ち。
『土星』は土系最高の魔導士。称号は一等【天星】
これが同じ系列会社みたいなもので――
『火星』は火系統で独立派閥。二等【天星】の称号持ち。
『風星』は風系統。でも空席。
『光星』は光系統。これも空席。
「それに、【将星】の称号はまず星を獲得し、それを対価にまず【士星】に勝なければなりません」
「ちょっと待ってください。それっておかしくありませんか?」
魔導連盟が称号で従うかどうかを判断しているというなら話が早い。
ミカルディーテは自分を五等【将星】だと言っていた。
「ミカルディーテさんに従わないのはなぜ?」
「招集した者の中に【将星】がいたんです。彼女は今回ローアでの研究調査を条件に最も多くの人員を派遣してくれた大派閥の方です。一番当てにしていたんですが」
「では【将星】になっても意味がないのでは」
「大事なのは『大魔導』系列の弟子になること。あの『三面白蛇』のシャロンを御しきるにはそれしかありません。『大魔導』の弟子である『水星』か『土星』に認めさせれば増員も望めるでしょう。そして、『水星』の弟子が都合よく来ているんです」
実力主義の魔導連盟員を動かすには大派閥の力が要る。
鍵は『水星』の弟子か。
「その『水星』の弟子と戦うことになった」
「誰がやるんですか?」
「『水星』の弟子、帝国皇太子、アラス・ガドルス・ビブデクス対……君だ」
「いや……何を勝手に」
「姫殿下の承認済みだ」
「え? 姫が」
「そもそも、アラスとの決闘は姫殿下が言い出したこと」
話がおかしな方向に進み始めた。
システィーナが先に来ていたのか。
しかも『水星』の弟子との決闘?
なぜそんな大事なことをおれ抜きで決めたんだ?
「はじめはアラスも乗り気ではなかった。メリットがないからな。こちらの意図にも気付いていたから余計だろう。帝国皇子としては王国が魔法力を増強するのはおもしろくない。彼はその実態を知るための監視を担っている」
「そうしたら王女様が――」
ミカルディーテが言いかけてエリンが遮った。
「姫が説得した。それはそれはうまい挑発までされた。想像できるだろう」
頷いた。
確かに、システィーナの得意分野だ。
「アラスが折れてとうとう首を縦に振った。だがロイドの星7つだけでは足りない。『水星』に弟子入りしたいのなら王女自身を賭けろとなった」
「なんだって?」
「つまり、勝ったらシスティーナ王女を帝国皇室に迎えるということだ。婚約だな」
「まさか、そんな申し出……」
「姫殿下はお受けになった」
システィーナは子供たちの一件を見て思ところがあるようだった。
しかしここまでするとは……
なぜ誰も止めなかった。
「へ、陛下はなんと?」
「大層お怒りになってな。しかし帝国皇太子との約束を反故にすればそれはそれで禍根を残す。顛末だけ言うが、ロイドが勝てば問題ないということになった」
「そんな!」
システィーナを賭けの対象のように扱うだと?
おのれ、帝国皇子め。
下手に出ていれば調子に乗りやがって。まだ12歳だぞ。どんなロリコンだ?
許さん。
「やってくれるな、ロイド卿?」
「ええ、そのアラスとかいう身の程知らずを帝国まで吹っ飛ばして見せましょう」




