1.休暇終了
それは穏やかな昼下がりだった。
休暇中、おれとシスティーナは下町をぶらぶらしていた。特に目的もなくぶらぶらしていた。
おれが護衛の任を解かれていた一年、彼女を我慢させていた分いっぱい付き合うことにした。
最初のころは何にでもはしゃいでいた彼女も二年も経てば落ち着いてくる。もう12歳か。
まったく、この年頃の子の成長は早い。
「ある日突然、『ロイドとはもう歩きたくない!』とか言い出さないでくださいね」
「何の心配かしら?」
案外ずっと話してるだけで時間が過ぎる。
しかも内容はくだらない雑談だ。職業当てクイズとか、宝くじ当たったらとか、世界征服する方法とかそんなどうでもいい類の話。
その間、護衛としてきっちり役目は果たしている。
周囲に怪しい動きがないか、おれは魔力の反応で探り安全を確保する。
慣れたもので姫と雑談しながらでも状況は把握している。
「———いやカエルを食べる地域も絶対……あ、姫」
「調理してみようとか言わないでよ」
「……子供たちが追われてます。荒っぽい連中に」
王都の犯罪率は減少傾向にあるとはいえ、ゼロにはできない。
「助けて御上げなさい。あなたならここからでも平気でしょう」
「はい、仰せのままに。……カエルは後程」
「要りません」
魔力感覚を頼りに、荒くれ者たちの動きを風魔法で制圧する。
的確に顎を弾いていく。風のフック! 風のアッパー!! 風のワン・ツー!!
入り組んだ狭い路地裏で男たちの短い悲鳴が聞こえた。
坂の上の尖塔から見下ろすと、四人の大人が倒れていた。
路地の突き当りには14、5歳ぐらいの少年少女たちが3人。
人さらいか?
「あとは憲兵に……ん?」
子どもの一人と目が合った。
距離は離れている。
偶然か?
いや、おれの魔力に反応している。魔力の流れからこちらを警戒しているのが伝わってくる。
「デッカード……」
「ここに」
尖塔の下にデカ男が姿を現す。
内務大臣ベリアムの右腕、デッカード。
おれとシスティーナに尾行がいないかをチェックしているらしい。お前も尾行者だけどな。
降りて事情を説明し、憲兵が到着する前に保護してもらった。悪い予感がしたからだ。
そしてその予感は当たっていた。
追われていたのは魔法力のある子供たちだった。
◇
憲兵隊の詰め所。
聴取に同席させてもらった。
デッカードが捕らえた男たちの身柄を憲兵隊の手柄にする代わりに、内務省権限でおれたち一般人を関係者としてねじ込んだ。
憲兵隊はおれたちの正体に気が付いていない。
「助けてくれたのあんた? ありがとよ」
話してくれたのはおれの魔力に反応した女の子。かなりやせ細っている。歳は15歳ぐらいか?
おそらくおれの魔力の反応を感知して、おれが魔導士だと察知したのだろう。
彼女には魔導士の素質がある。
「ぼくはロイド。こちらは姉のシスです。あなたは?」
「その、……『一番』……」
「そう呼ばれていた、ということでしょうか?」
少しためらいながら彼女は頷いた。
「あんたら学生?」
「まぁ、そんなところです」
魔導学院の制服だから魔法が使える子供でもそれほど意外でもないのだろう。
「あたしらは貴族に働かされてたんだ。魔法ができたから」
「なぜ追われていたんですか?」
「貴族が突然あたしらを商人に売ったんだ。それで、逃げた」
例え魔導士を囲っていても問題はない。本人の意思ならば。しかし無理やり隷属させている場合や劣悪な環境で働かせている場合もある。
今の変革の流れでは摘発の対象だ。
それでも大抵の貴族はただ言い逃れし、誤魔化すだけだ。
正当な雇用だったと。
しかし彼女たちに関してはその言い訳が通用する段階を越えている。
彼女には片腕が無かった。顔の半分は大きな傷をぼろ切れと髪で隠している。他の二人も似たようなものだ。
昨日今日ついた傷ではない。
その貴族は焦ったんだろうな。
自分たちがしてきた非道が裁かれる前に商人に売り渡すとは。
「これは、魔獣に」
「あ、ごめんなさい」
「大変だったわね」
システィーナの吐露した言葉に女の子が一瞬すさまじい形相になった。
『大変』なんてものではなかったのだろう。
だが目をそらさないシスティーナを見て冷静になったのか、何も言わなかった。彼女もまた生きるか死ぬかを経験している。それを察したのかもしれない。
「シスお姉さま、これは」
「ロイド……」
魔法職の待遇改善と地位向上、確かな評価基準の確立を求めて魔法省に協力して魔導連盟を誘致するために研究成果を開示した。
それなのにこれはどうだ?
ここに犠牲者がいる。まだ十代半ばの少年少女たちを魔獣と戦わせ、用済みになったら発覚を恐れて商会に売り捨てる。
これが今の魔導士の実情だ。
これが本当に改善されていくのか?
摘発を恐れてより悪質になってはいないか?
「ねぇあんた、あたしらどうなんの?」
乾いた低くくぐもった声はとても十代半ばの少女のものとは思えなかった。
責められている気がする。
「あ、ええと。ご希望なら村に送ります。ただその前にあなた方を売った貴族とあなた方を買った商会について教えてください」
「そこまでだ」
憲兵隊の詰め所に身なりのいい恰好の男たちが入って来た。
制止する憲兵たちを押しのけ無理やり。
「おれたちはそこの従業員を引き取りに来た」
「従業員?」
「これがその証明の書類だ。誓約の神メディアに誓い正式な手続きを経て契約している。不当に拘束、聴取するのは越権行為だぞ。即刻返還しろ」
憲兵の一人が書類を検める。
「ほ、本物です」
「嘘だ! そいつらがあたしらに無理やり書かせたんだ!!」
「フン、田舎者が栄えあるトーブ商会に所属できるんだ。ありがたく思え」
トーブ商会の名を聞いて腰が引ける憲兵たち。
石材と木材で王国随一の販路を持つ大商会。
その資本力は地方貴族の次男三男には遠く及ばない。
トーブ商会から契約を破棄されれば経営が成り立たず没落する貴族も多い。
「さぁ、来い!」
「いやだ、やめろ、放せ!」
チンピラ同然で無理やり掴み連れ去ろうとする。
「乱暴はおよしなさい。トーブ商会の財力は暴力と略奪で手にしたの? 本物の商売人に腕力は必要ないはずよ」
システィーナの言葉に息をのむチンピラ共。
商売人という言葉に反射的につかんだ手を放していた。
「なんだ? ガキは三人のはずだが……」
「デッカード、こいつらを拘束して尋問しろ」
「いいんですかい? トーブ商会ですぜ?」
こいつ、知っていて大商会だからスルーしてたな。
クズめ。
「そうだ。おれたちは天下のトーブ商会だぞ!! 逆らえばここにいる全員の首を飛ばすぐらいわけない。いいからそこのガキを引き渡――!!」
急に息ができずもだえ苦しみごろりと転がる者たち。
大気魔法の『拡散』でチンピラの口元だけ酸素濃度を低くした。
何が起きたかわからず慌てふためく憲兵たち。ため息をつくデッカード。呆然とする少年少女たち。
「あらあら、怖いですね。薬かしら?」
システィーナがそれらしいことを言うと憲兵たちがそうか、とやや疑念を抱きながらも動き出した。
「これはトーブ商会に報告するべきでしょう」
「そ、そうだな。えっと」
「薬物は合法かしら?」
「そ、そうだ。非合法な薬物を取り扱っている疑いがある」
システィーナが言うとまた憲兵たちは動き出した。
おれは契約の書類に目を通した。
「みんなも来てください。この契約の書式は当事者同士が立ち合いの下、破棄を宣言すれば無効にできます」
「え? でも」
「もう、もう戻りたくない……」
「大丈夫。……ここにいるデッカードは内務省ですから」
「おれかよ」
「わかった。行くよ。あたしはあんたを信じる」
「どうもありがとう」
三人とも付いてきてくれた。
おれたちはそのままトーブ商会に向かった。
王都でも有数の大店だ。
店に入り、事情を伝えた。
「倒れていたそちらの従業員を連れて来ました」
「なんだお前は?」
悪態をついたガラの悪そうな不良店員が失神した。
「うわぁ! どうした? なんだなんだ!!」
「倒れていたそちらの従業員を連れて来ました」
「お前、何をした!!」
声を荒げる素行の悪そうなダメ店員が失神した。
「ど、どうしろと? 何が望みだ?」
両手を上げ、黙る店員。
おれはデッカードに顎で指示した。というかお前が動け、内務省。
「……っ、顎で使うなよ。あぁ、内務省だ。不当な人身売買について……ああ、いや非合法薬物の使用と所持で嫌疑がかかっている。商会長に会わせろ。言い訳を聞いてやる」
通された部屋にすぐにやって来たトーブ商会の大店でトーブ商会長であり、商業組合議長のシルへスド・トーブ。
「内務省? 建設庁にどれだけおれが貢献して――」
シルへスドは部屋にいるおれに気が付いた。
貴族と違って客商売だからな。人の顔を覚えるのは得意だと思った。
「どうして、あ、いや……真に申し訳ございませんでした!!」
デッカードではなく、おれの前に跪いたシルヘスドに憲兵たちが動揺する。
「何ですか? ぼく、子供だからよくわかりません」
「全てお話し致します。その代わり、取引相手から私の生命、財産を保障下さいますか? ロイド卿」
貴族からの保護か。
そんな義理は無いな。
「ぼく子供なんでよくわかりません」
「そ、そんな……!!」
「トーブ商会の存続は検討しますわ。貴族の方も対処はします」
「あ、あなた様は……」
シルヘスドはすぐに観念した。
隠し通せないと察し、貴族からの保護とトーブ商会の存続を条件に残りの子供たちを無抵抗で解放した。
「あんた……ロイド卿って」
「誓約を破棄すると宣言を。それで自由です」
契約書はその一言で美しい青い光と共に焼失した。




