第9話 復讐劇
敵視するユリハ、作り笑みを見せるシャロ。
片方は誘惑を拒み、もう片方はそれを鬱陶しいと感じるが表に出さない。
殺伐な空気が流れ、二人はいがみ合っていた。
あれから数分たったのだが、一向に終わる気配がない。
どうしたものかと、一人、落とし所を探っていた。
その時だった。
タイミングよく第三者が現れる。
「おい、シャロ。ここに居たのか、探したんだぞ! ……って、どうして、てめえもいるんだよ」
と、攻撃的な態度を取るアラン。
俺がいると都合が悪いかのように。
こっちのセリフだと、心の中で愚痴る。
だが、考えてみればシャロがいるのだから、お相手のアランがいても何ら不思議ではない。
こんな事なら、無理矢理にでも帰っておくべきだったと後悔する。
アランと会えばろくな事はない。
言ってしまえば、アランとは一生関わりたくないと、つくづく思う。
ため息を吐いていると、シャロがありもしない事を話し出す。
「アラン、申し訳ないけど。私、ミクズとやり直す事にしたの。本当にごめんね、こんなつもりは無かったの」
何をありもしない事をと驚く俺とユリハ。
捨てられた事に対するショックを隠しきれないアラン。
アランは苦笑いをするが、目はそうではない。
「は? な、何言ってんだよ。冗談だろ、やめろよ、笑えないぞ」
「信じられないかもしれないけど、嘘じゃないの」
キッパリと言われ、アランは口を閉ざす。
諦めた訳ではなく、シャロを奪われた怒りで。
自分で言うのもなんだが、哀れだと思った。
まさか、自分もされるとは思いもしなかっただろう。
すると、アランと目が合い、怒りの矛先を向けられる。
「……っ、てめぇ! 負け犬の分際で、人の女に手を出しやがって。絶対に許さねぇぞ」
「待て。誤解だ」
そう言うものの、アランは微塵たりとも聞こうとしない。
いや、通じないのだ。
「黙れ! 俺に口答えするな!」
町中だと言うのに、ところ構わず怒声を上げる。
端から見ればただの迷惑か、いい見せ物だろう。
怒り狂ったアランは、俺の襟を掴もうと手を伸ばす。
「ミクズ様には指一本触れさせません」
ユリハは俺を庇うように前に出て、アランの手をはね除ける。
俺に手出しはさせないと。
アランは脅すように、持ち歩いている剣へ手を添える。
「どけ、邪魔だ! 女だからって容赦しねぇぞ」
「いい加減、人の話を聞いたらどうだ。お前の相手をする暇はない」
俺は前に出て言った。
いつもなら反論などしない、“いつもなら”。
ここに来て、色んな事を見て聞いて、もっとたくさんの事を知りたいと思った。
そのため、村に戻るつもりはない。必然的にアランと顔を合わせることもなくなる。
なら、もう我慢する必要はない。
俺の初めてになる反抗に、アランは拍子抜けしていた。
言い返すとは思いもしなかったのだろう。
だが、直ぐに我に返り俺を力強く睨み付ける。
「てめぇ、今なんつった? 調子に乗ってんじゃねぇぞ、負け犬が!」
ただ怒鳴り散らしているだけのアランなんぞ、少しも怖いと思わない。
一触即発の状況で、互いに目を離さない。
俺はある事を企み、アランに持ち掛ける。
「なら、この際だ。白黒付けようじゃないか。どっちが上で、どっちが下か」
「へっ、いいじゃねぇか。後悔しても遅せぇからな。今にも、お前が吠え面かかせて命乞いする様が目に浮かんでくるぜ」
アランはニィっと口角を上げる。
俺に命乞いさせることを楽しみにしているのだろうか。
俺はいつものように無抵抗でいるつもりもなければ、手加減するつもりもない。
そっくりそのまま返してやると高を括る。
ユリハが俺に声を掛ける。
「ミクズ様」
「何だ。まさか、俺が負けるとでも思っているのか?」
「いえ。頑張ってください!」
ユリハの力一杯の声援。
思いっきりやっちゃってくださいと言わんばかりに。
ここまで応援されたら、完全勝利しかないだろう。
「また私のために争うの? やっぱり、私って罪な女だね……」
シャロは相変わらずシャロのままだ。
隙あれば自分語りをする。
これは俺にとって、今までの、それとシャロを寝取られた復讐になるのだろう。
あの時はどうでもいいと思っていたが、根に持っていないと言えば嘘になる。
今まで我慢してきた分、容赦なく負かせてやる。
そう俺は意気込んだ。
ルールは魔法アリの真剣勝負。
己の実力が勝敗を決める。
「では、私、ユリハが審判をさせてもらいます。……始め!」
ユリハが手を下ろしたのを合図に、戦端が切り開かれる。
それぞれ、刀と剣を構える。
先手を打ったのはアランだ。
「フレイムクロード!」
剣を炎が包む。アランお得意の付与魔法だ。
剣に炎を纏わせ、突撃してくる。
「喰らいやがれ、負け犬が!」
「単純だな。やっぱ、お前馬鹿だろ」
俺は刀で戦うと見せかけ、力強くアランの腹を蹴る。
アランは体勢を崩し、ぐはぁっと声を出して尻餅を付く。
「てめぇ、卑怯だぞ!」
「卑怯もクソもあるか」
俺は歩みより、アランを見下ろす。
地べたに手を付けているアランは実に惨めで、晴れ晴れした。
先程まで炎を纏っていた剣は、付与が切れ、地面に転がっていた。
急いで剣を掴もうとするアランの手を、ためらいなく踏みつける。
そこに情けという言葉はなかった。
「クソッ、クソッ、クソッぉぉぉ!」
アランは気が動転して暴れることしか出来ない。
俺に追い詰められた事による焦りによって。
魔法を使えば何とでもなっただろうに。
アランへの復讐に対する気も済み、無抵抗の奴をいたぶる趣味もないので、幕を閉じることにした。
「さすがに馬鹿なお前でも分かっただろ。俺が上でお前が下だ。これからは身の程を弁える事だな」
そうアランの首に刀を向ける。
勝敗は決した。紛れもない俺の勝ちだ。
目の前まで迫る刀を前に、冷汗を垂らして黙り込むアラン。
このまま殺されるとでも思っているのだろうか。
刀を退けると、ほっと安堵した表情を浮かべる。
「えっ? あっ、ミ、ミクズ! シャロはミクズが勝つって信じていたよ!」
とシャロはきょどりながら言った。
俺が勝つのは想定外だと。
この驚きよう、絶対嘘だなと確信する。
あれ程、見栄を張っておいて一蹴りで終わり。
魔法を使うまでもなかった。
倒したこっちまで拍子抜けだ。
「お疲れ様です。ミクズ様」
ユリハはそう微笑んだ。
無事やりきった事に。
無駄に褒めることなく、お疲れ様と。
その一言に、嬉しさを感じた。