第8話「二学期は波乱の予感」
第8話「二学期は波乱の予感」
夏休みが終わり、2学期が始まった。
あいにくの雨模様。
それでも久しぶりに会うクラスメイトに、あちこちで笑顔が咲く。
しかし一人、緊張したおももちで教室に入るタイミングを計る生徒がいた。
もちろんまみの事である。
まみ『教室に入った時に挨拶くらいしないと変だよね……。でもそんな時に限って急に静かになるタイミングだったりするし……』
目立たないように画策するが、教室に入らずキョロキョロとまわりを見回しながら、一歩進んだかと思えばまた戻る。
挙動不審で、普通に教室に入るよりも目立ってしまっている。
ゆき「まみ、何やってんの?」
まみ「あひゃぁ!」
また変な声出た。
まみ「あ、ゆ……ゆきちゃん……」
そこにれぃがふらりと現れる。
相変わらずの無表情だ。
れぃ「……うぃ〜っス……。何してるだ?入るぞ……」
促されるようにれぃとゆきの後ろに付いて教室に入る。
れぃ「……うぃ〜っス……」
ゆき「おっはよ〜」
まみ「……オハヨ-……」
クラスのあちこちで交わされている雑談の音にかき消され、まみの声はほとんど聞こえない。
クラスメイト「あ、吉田さん、オハヨー」
ゆき「おはよ〜、宿題終わった?」
クラスメイト「何とか昨日仕上げたよ」
ゆきはすぐさま他のクラスメイトとの会話に混ざる。
れぃはマイペースを崩さず、自分の机にかばんを無造作に置き、席に座る。
まみはゆきとれぃの後ろに隠れてコソッと教室に入り、目立つ事なく自分の席に着く。
が、次の瞬間まみの席から見て対角に位置する席のゆきが大声でまみに呼びかける。
ゆき「まみ〜!始業式、体育館だよ〜!行こ〜!」
ざわっ
呼ばれたまみは、引きつった笑顔で、呪いの人形のごとく首をギギギと回し、ゆきを見る。
クラス中がまみに注目している。
「え?『まみ』って誰?」
「浅野さんの事?」
「吉田さんと浅野さんって仲良かったっけ?」
ざわざわ……
そこにれぃが追い打ちをかける。
れぃ「おらっ!まみ!行くぞ!」
ざわっ!
「む、向井さん!?」
「向井が喋った!」
「なんかキレてる!」
「向井さんと浅野さんもツルんでるの?」
「どういう組み合わせ?」
まみは自分の顔が赤くなるのを自覚していた。
まみ『どうしよう!?まず返事?何て返せば……』
考える暇さえ与えないところがれぃだ。
れぃ「まみ!返事っ!」
まみ「ひゃ、ひゃいっ!」
変な声とともに、飛び上がるように席を立ち、伏し目がちにゆきとれぃの所に競歩のような速度で歩み寄る。
赤面し、半泣きの表情になりながら小声でまみは、ゆきとれぃに抗議する。
まみ「ちょっと……ゆきちゃんもれぃちゃんもひどいよ!私が人見知りで緊張するの知ってるくせにっ!」
それを聞いてゆきとれぃは顔を見合わせニヤっと笑う。
ゆき「そんだからじゃん」
れぃ「……まみは人見知りなだけで、慣れた人と喋る事には抵抗ねぇんだらず(ないんだろ)?……」
ゆき「そんな訳でれぃと話合って、まみをクラスに溶け込まそう作戦」
まみ「え〜、そんな事急に言われても……」
れぃ「……二学期始まってんのに、急も何もないじゃん……」
ゆき「それより、体育館行こっ」
三人は連れ立って体育館に向かう。
それを不思議な光景を見る目でクラスメイト達が見送る。
体育館。
全生徒が集まり、始業式が始まる。
まだ9月になったばかりで気温は高い。
しかも雨が降っているので湿度が高く、不快極まりない。
出席番号順に並んでいるので、まみは先頭。
れぃとゆきは最後尾に二人並んでいる。
校長先生の長々とした話が続く中、まみの後ろにいたクラスメイトがまみに話かけて来た。
石田「ねぇねぇ浅野さん。吉田さんと向井さんといつ仲良くなっただ(なったの)?」
石田さんは、賑やかでお喋り。
明るい雰囲気で人懐っこい感じの子だ。
まみ「えっ?あ、あの、夏休みに旅行に行こうとして駅に行ったら偶然ゆきちゃんとれぃちゃんが同じ電車で、電車で喋ってるうちに……」
石田「なるほどね〜。ほら、浅野さんって一学期あらかた(ほとんど)誰とも喋らなかったじゃん?だから人嫌いなのかなってみんなと話してたんじゃん」
まみ「いや、あの、私、人見知りでなかなか喋る機会が無くて……」
石田「そうなんだ。人嫌いじゃなくて安心したwwそういや吉田さんの事『ゆきちゃん』、向井さんの事『れぃちゃん』って呼んでたけど?」
まみ「あ、うん。あの、吉田さんは『美幸』さんだから『ゆきちゃん』で、向井さんは『玲奈』さんだから『れぃちゃん』で……」
石田「ふーん。あだ名で呼び合うくらいの仲なんだ。吉田さんが言ってた『まみ』ってのは?」
まみ「あ、えと、あの、私の名前が『真由美』で、真ん中の『ゆ』を抜いて『まみ』って感じで……」
既にまみはいっぱいいっぱいである。
漫画的表現なら両目が渦巻になっている事だろう。
石田「なるほどっ!よかったら私とも仲良くしてね、まみちゃん!今さらだけど、あたし石田千歌。『ちか』でいいよ!」
まみ「えっ、あっ、はいっ!こちらこそ!浅野真由美だ……です!」
千歌「うん、知ってるww」
「うおっほん!」
あちこちで生徒達がおしゃべりをしているのに苛立った校長先生がわざとらしい咳払いをする。
校長「え〜、ここで、二学期から本校で教育実習にあたる先生方をご紹介します。教育実習の先生は名前を呼ばれたら壇上に上がるように。」
千歌「教育実習の先生だって。遠くてよく見えねぇ(見えない)……」
まみ達は1年1組、体育館の一番左端の列で、教育実習の先生達は右端の壁沿いに整列している。
教育実習の先生が順次紹介される。
その度、千歌は「おっ!イケメン!」とか「無いわ〜」とか「あの先生、綺麗〜」と感想をもらす。
まみもいつもの愛想笑いの表情で相槌をうつ。
校長先生「最後に、一年生の国語を担当される、浅野紀子先生です」
ゆき・まみ・れぃ「「「ええええええええええええっ!!」」」
あきらかに他の生徒とは違うリアクションが一年一組の一部から上がる。
担任「こらっ!そこっ!静かにしろっ!」
千歌「まみちゃん、どうしただ(どうしたの)?」
まみ「おおおおお、お姉ちゃん?」
千歌「あの先生、まみちゃんのお姉さん?マジ?めっちゃ綺麗じゃん」
まみ「き…き……き、聞いてないよぉ」
壇上に上がり、マイクの前に立ったののこは、人気コスプレイヤーのスキルを十二分に発揮する。
全校生徒を前にあがる事なく、落ち着いた笑顔で挨拶を始める。
ののこ「皆さんおはようございます!浅野紀子です。一年生の国語を担当する事になりました。私は本校の卒業生でこのような形で母校に帰ってくるとは思いませんでした。よろしくお願いします!」
まみが列の後ろを振り返ると、ゆきとれぃも何か懸命にゼスチャーでまみに何か言っているがさっぱりわからないが、とりあえずパニくっているのはわかる。
校長先生「なお、浅野先生には一年一組の担任補佐として……」
ゆき・まみ・れぃ「「「ええええええええええええ!!」」」
始業式後、教室に戻ると担任と共にののこが教室に入って来た。
ののこ「あらためまして、浅野紀子です。短い間ですが皆さんよろしくお願いします!」
見事なまでの営業スマイル。
今日はメイクもナチュラルメイク。
これならののこが人気コスプレイヤーの「ののこ」とバレる事は無いだろう。
はっきり言って別人である。
また、先日のワイルドなドライビングテクニックを有しているようには微塵も見えない。
ののこの本性を知らない男子生徒達は盆と正月が一緒に来たようなはしゃぎようである。
女子生徒も若くて綺麗な先生に黄色い声を上げる。
クラス中大騒ぎだ。
もちろんこの中で、ののこが有名なコスプレイヤーである事を知っているのは、ゆき、まみ、れぃの三人だけである。
ゆきとれぃももちろんテンションが上がっているが、他のクラスメイト達とは違う意味合いのテンションの上げ方だ。
唯一呆然としているのはののこの妹であるまみだけ。
呆然とし過ぎて顔がアスキーアートと言うか絵文字みたいな顔になっている。
担任の怒号が飛び交うも、なかなかホームルームは進まず、他のクラスに遅れる事30分後、やっとホームルームが終わり下校となった。
ホームルームで担任が何か色々言ってたみたいだが、全然頭に入って来なかった。
学校を出て、三人はいつものファミレスに集まっていた。
ゆき「まみぃ〜……、ののこさんが教育実習で来るんだら(くるなら)事前に教えといてよ〜」
テーブルに突っ伏したゆきがボヤく。
れぃ「……心臓止まるかて(止まるかと)思った……」
れぃは座席に力なく体を預け、天井を向いている。
まみ「あたしも知らなかったんじゃ〜ん(知らなかったんだよ〜)」
ストローの袋を指でもて遊びながらまみが答える。
ゆき「マジで?」
のろのろと首だけをまみに向けてゆきがつぶやくように聞く。
まみ「お姉ちゃんにいつまでいるの?って聞いたら、当分いるよ……とは言ってたけど、ほら、大学って夏休み長いじゃん……」
れぃ「……まさかまみにまでナイショだったとは……」
そんな事を話しているとファミレスに見覚えのあるジムニーが跳ねるように入って来た。
れぃ「……あの車、まさか……」
数分後
ののこ「やっほ〜」
まみ「お姉ちゃん!」
ゆき・れぃ「ののこさん!」
ののこ「いやぁ参ったわ。もう堅苦しいのなんのってww肩こって肩こって……。あ、アイスコーヒーね。」
まるでそれが当然であるかのように、ののこはまみの横に座る。
まみ「お姉ちゃん、教育実習で来るなら言っといてよ!」
少し奥に詰めながらまみはののこに抗議の声を投げかけるが、ののこは全く悪びれた様子は無い。
ののこ「言ったらあんた緊張して、最悪ぶっ倒れるじゃん」
足を組み、手をひらひらと動かしながら、からかうように妹の抗議を跳ね除ける。
ゆき「確かにww」
れぃ「……あたしがびっくりしてぶっ倒れかけたよ……」
さすがにゆきもれぃも少しはののこに慣れて来た。
ののこ「あはは、ごめんごめん。しかしまさかあんた達のクラスになるとはね〜。あ、そうだ。学校では『ののこ』って言うのと、真由美は『お姉ちゃん』禁止ね。もちろん、私と真由美が姉妹ってのもナイショ。あと、コスプレの事バラしたらコロスよww」
にっこりと笑顔で三人を脅すののこ。
まみ「こわい事をさらっと言わないでよ」
ゆき「えっと、じゃあ浅野先生?」
れぃ「……なんかそんなプレイしてるみたいで萌える……」
ののこ「プレイ言うなww」
まみ「お姉ちゃん、いつまでいるの?」
ののこ「あんた校長の話、聞いて無かったの?2ヶ月。文化祭終わるまで。」
ゆき「ののこさんに授業してもらえるなんて光栄っす!」
ののこ「授業もそうだけど、私、古巣の演劇部も見る事になったから。真由美は帰宅部だろうけど、あんた達クラブは?よかったら演劇部入らない?色んな衣装着れるよ」
れぃ「……すんません。着たい衣装以外は着たくないっす……」
ゆき「わたしも……ってか、私達、冬に向けてバイトしなきゃいけねぇ(いけない)から……」
ののこ「そっかぁ、残念……。それにしてもあんた達、余裕だね。」
まみ「何が?」
ののこ「何がって……、明日から実力テストじゃん」
ゆき・まみ・れぃ「「「ええええええええええええ!!」」」