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第74話「まみとれぃ、それぞれのパフォーマンス」

第74話「まみとれぃ、それぞれのパフォーマンス」


まみは既に板を履き終え、滑り出すスタート地点に立っている。


今から追い撮りをしてもらう都合で、まみだけ少し下からのスタートだ。


まみは滑走方向を見据えている。

その表情は緊張しているようにも見えるし、わずかに微笑んでいるようにも見える。


ましろん「巫狐さん、準備いいですか?」


まみ「はい。……あ、ひとついいか?撮影はこの状態から撮影して欲しいんですけど……」


ましろん「うん。全然大丈夫。じゃあ、撮影開始するよ」


ピッと言うアクティブカメラの操作音がする。

その数秒後、ましろんはゼスチャーでまみにGOサインを出す。


まみはそれを確認すると、大きく深呼吸し、巫狐モードに入る。


両手を前で揃え背筋を伸ばして立つ。

一度瞼を閉じて数秒、ゆっくり目を開く。


前で揃えていた手をほどき、両腕を下から上へ、ゆっくりと大きく弧を描くように動かす。


両腕が水平になった所で一度ピタリと動きを止める。

まるで狙ったかのようにそのタイミングで麓側から吹き上げるように強めの風が吹き、まみ、いや、巫狐の髪と袂が大きくたなびく。


風がおさまると同時にまた大きな動きで胸の前で合掌。


そして流れるように滑り出すと同時にゆっくりとスピンを一回転、ニ回転。


左足が進行方向を向いた瞬間回転を止め、スッと重心を落として滑走開始。


さっきまでのゆっくりとした動きとはうらはらに、直滑降で一気にスピードを上げる。


ましろんも板を蹴り出すようにして加速し、ピッタリとまみに付いて行く。


まみは直滑降しながら腰に挿したお祓い棒を引き抜く。

お祓い棒の紙垂が風でたなびく。


そのお祓い棒を持ったまま両腕を広げ、背筋を伸ばして優雅にターンを繰り返す。


少しフラットになった所で減速し、踵側のターンからターンの勢いを使って板をずらす左回りのスピン。

スピンの際、左手で右腕の袂を押さえて2回回る。

その動きが日本舞踊や神楽を思わせる優雅な動きだ。


そこからまた斜滑降に繋げ、お祓い棒を左手に持ち替え、爪先側のターン。

ターンの勢いのまま、今度は右回りのスピン。

今度は右手で左腕の袂を押さえて2回回る。


そして斜滑降からの直滑降。

直滑降と言ってもかなりフラットな所なのであまりスピードは出ない。

まみはゆっくりと両腕を広げ、そのまま大きく両腕を頭の上にお祓い棒を掲げるような動き。


何かを察知したのか、ましろんは並走していたポジションから一気に加速してまみの前に出る。


まみはお祓い棒を両手で持ち、そのまま直滑降。

斜度が少し急になりスピードが徐々に上がる。

まみは意に介せず、そのまま直滑降。

両手でお祓い棒を使い、横向きの8の字を描くようにお祓い棒を振る。


やがてフィニッシュラインが近付いて来た。

まみは右下にお祓い棒を下げ、左手で指を揃えたチョキのような「印」を結び、そのままカメラを見据えて突っ込んで行く。


少し先行しているましろんがフィニッシュライン直前でブレーキをかけて止まるタイミングに合わせてまみもブレーキ。

緩んだ雪の粒を巻き上げ、ましろんの3m手前で止まり、ゆっくりとお祓い棒を正面で両手持ちし、ゆっくりと、そして深々とお辞儀をした後、背筋を伸ばして穏やかな笑顔。


その直後に少し強い、麓から吹き上げる風がまみの……、いや、巫狐の髪とお祓い棒の紙垂を揺らす。


2秒ほどしてましろんが声を上げる。


ましろん「オッケー!いや〜、巫狐さん良かったよ!何て言うか、ドラマがあった!」


そう言いながらましろんはカメラの撮影終了ボタンを操作する。


まみ「ありがとう!あたし大した事できねぇから、できる範囲で巫狐の神楽をイメージして滑ってみただ」


ましろん「いや、ホント良かった!表情も凄い良かったよ。最初は穏やかな笑顔で、お祓い棒のアクションが始まった頃から、何て言うか凛とした表情になって……うん、キレイだった!」


思わぬ絶賛にまみは恐縮しきりで、何度もペコペコと頭を下げる。


やがてゆき達も合流した。


ゆき「まみ、凄いじゃん!えれぇ綺麗だったよ!」


れぃ「うん。優雅だった。……って、次あたしじゃん。プレッシャーかかるなぁ……」


ちー「ホント良かったわ〜。巫狐の雰囲気、めっちゃ出てた!」


わいのわいの。


賞賛の言葉にまみは照れながら、どんな表情をすればいいかわからない表情だ。


また一呼吸遅れて柳江が合流する。


柳江は動画の撮影が始まる前にスタートし、滑走ラインから少し離れた所で待ち構えて望遠レンズでまみの写真を撮ると言うのを繰り返していた。


柳江「浅……えっと……まみさん。写真もいいの撮れたよ」


抑揚の無い声で柳江が一眼レフカメラのモニターをまみに見せてきた。


そこにはスタート前の偶然麓からの風が吹き、髪と袂がたなびいている写真が写っていた。


まみ「え!凄い!」


柳江「まだあるよ」


そう言うとカメラを操作し、別の写真を見せる。


今度は袂を手で押さえながらスピンしている時の写真だ。


顔や体にはピントが合っているが、腕やお祓い棒の紙垂がいい感じにブレて動きを感じさせる写真だ。


まみ「凄い凄い凄い!柳江くん、ありがとう!」


柳江は少し笑顔になりながらも一眼レフカメラの操作を続ける。


柳江「最後にこれ」


柳江が最後に見せて来た写真は最後のフィニッシュの写真だ。


手で印を組み、その指先がちょうど眉間に来る位置。

目はキッと正面を見据え、後ろ手に伸ばしたお祓い棒が風でたなびきブレて写っている。

着物や袂も風圧で後方になびき、止まってポージングした状態では絶対に撮れない写真であった。


柳江「ちょっと小さめになってしまったけど、浅……まみさんがフレームから外れるよりはいいかなと思ったし、高画質で撮ってるからなんならトリミングしてもらえばいいと思う」


だが、まみの耳にはその説明は届いていなかった。

何故ならそこにはまみが撮りたいと思っていた巫狐の動きを感じさせるまみの理想の写真であり、言葉を失うくらいに感動していたからだ。


まみ「柳江くん……ありがと〜〜〜」


声がすでに涙声になっている。

柳江は自分が撮った写真をずっと見ていたので気付かなかったが、まみの涙声に、まみが涙を流している事にようやく気付いた。


柳江「え?……えっ?浅野さん、どうした?大丈夫?」


オロオロとする柳江。


二人の異様な雰囲気にれぃが気付く。


れぃ「あっ!トシ!何、まみ泣かしてんだよ!」


柳江「いや、俺は何も……。写真見せてたら浅野さんが急に……」


まみ「れぃちゃん、ごめん。あたしのイメージどおりの写真撮ってもらえたから感動してしまって……。柳江くんはいっさら悪くねぇって言うか、感謝しかねぇ」


まみはこれまでずっと一人。

友達が欲しいと言う欲求より、人との交流を避ける事に重きをおいてきた。

ののこに半ば騙されるようにコスプレを始め、偶然ゆきやれぃと友達になり、美紅里にスノーボードを教えてもらい、ちーや柳江と知り合い、そして今日がある。

一人でいたなら、今日この日もまみはきっと家でこたつに入って一人でゲームをしていたであろう。


あの日、コミゲに行く日まではまったく想像できなかった未来に、今まみは居た。


まみ「ありがとう……、ホント、ありがとう!」


れぃ「あぁ……、ほら、まみ……泣やめ。メイク落ちてしまうぞ……」


今度はれぃがオロオロしている。


ゆき「おーい、どうしたどうした?って……何事?」


柳江とれぃとまみの説明で、ゆきはようやく事態を把握。


ゆき「あっはっは!そりゃ、まみ、良かったじゃん!でも感動するのは動画見てからでもいいんじゃね?」


まみ「ほんっと、ゴメン。なんかもう感動してしまって感情がバグってしまった」


ゆき「いいよ、いいよ。さ、次はれぃの撮影の番だろ?」


れぃ「あ、そうだ。まぁでもおかげで撮影の緊張がどっか行ったわ」


ちー「れぃちゃん、そろそろ行ける?」


れぃ「あ、ごめ!すぐ準備する」


そう言うとれぃはグルキャナックがたすき掛けにかけている小さなポシェットからBluetoothイヤホンを取り出し、スマホを接続。


その作業をちーは横で見ていた。


ちー「おっ、れぃちゃんはBGM意識しながら滑るんや。やるやん」


れぃ「いや〜、思い通りにできるかわかんねぇけどね」


ちー「そういやれぃちゃん、さっき彼氏さんの事『トシ』って呼んでたけど、朝は苗字呼びやったよね?何で?」


れぃ「ほひぇっ!?いいい……いや……いやいやいやいや、そんな呼び方してねぇし!」


ちー「してたよ。じゃなきゃあたしが彼氏さんの名前なんて知るわけないやん」


その瞬間、れぃはガバっとちーの両肩を掴む。

そして小声でつぶやくように喋る。


れぃ「こ……この事は誰にも言わんでくんなさい……」


ちー「あー、思わず出ちゃった的なやつ?んで、まみちゃん達には名前呼びしてる事はナイショにしてる……と」


れぃは真っ赤になりながらコクコクと小刻みに頷く。


ちー「わーった、わーった。ナイショな。キシシシシ……」


意地の悪い笑い方だ。


それはともかく、ちーはれぃと柳江、そして二人とまみ、ゆきの関係の全てを察した。

これが地元の友達なら、いじり倒してただろうが、さすがにそれは自重した。


れぃはあまりのバツの悪さにそそくさと準備を進める。

イヤホンを片方だけ耳に入れ、イヤホンに付いたボタンを操作して音楽が聞こえるか最終テスト。


それが終わると、これまたそそくさと板を履く。


れぃ「すみません、お待たせしやした」


ましろん「いいよ〜。えっと、すぐに撮影開始していいのかな?」


れぃ「撮影開始と同時に音楽再生するんで、あたしが動き出すまでちょっと動かない時間があるけどいいっすか?」


ましろん「いいよ〜。じゃあ、撮影スタート!」


スタートコールと共にれぃはイヤホンのボタンを押す。


れぃのイヤホンから音楽が流れているようだが、他の人はどんな曲が流れているのか全然わからない。


すでに撮影は始まっているが、れぃはまだ動かない。


そして急に動き出す。

顔の横でタンバリンを叩くような動きで手をパンと叩くと、機敏な動きで上半身だけでダンスを始めた。


両腕、首、肩、胸、腰の動きだけでダンスをしている。


れぃが何をしているのか、いち早く気付いたのはゆきだった。


ゆき「あ、これ、どじマヌのエンディングでグルキャナックが踊ってるダンス、通称グルキャナックダンスだ」


まみ「言われてみたら……ホントだ!れぃちゃんダンスしながら滑るの!?」


次の瞬間、れぃはスッと板を動かし滑り始めた。


その動きに反応してましろんも滑り出す。


どじマヌは小中学生に人気のアニメ。

エンディングのグルキャナックダンスも小中学生でも真似できる単純で難易度の低いダンス。

コミカルで可愛い振り付けは、高校生にも波及し、ショート動画を投稿するSNSでも再現動画が数えきれないくらい投稿されている。


しかし、いくら単純で難易度の低いダンスと言えど、スノボで滑りながらとなるとその難易度は飛躍的に上がる。


れぃには「滑りながらグルキャナックダンス」をすると言う構想はスノボを始めると決めた時から既にあった。

だから今までスノボの練習の時もそれをイメージしてグルキャナックダンスをしながら滑る練習をこっそりしていたのだ。


まみもゆきも、れぃの滑りを見ている時、時折見せる滑走中のれぃの不思議な腕の動きには気付いていた。

だが、れぃはグルキャナックダンスをしながら滑る練習もダンスは断片的に練習していたので、まみもゆきもそれがグルキャナックダンスだとは気付かなかった。


ちー「れぃちゃん凄いやん!グルキャナックダンス、完コピしてる!」


ちーは学校で友達とグルキャナックダンスのショート動画を撮り、SNSでアップした事がある。

故にその再現度の高さがわかるのだ。


れぃの滑りはスピードはあまり出ていないし、技術的にも高い滑りは何もしていない。

だが、ダンスしながらスノーボードで滑ると言う、普通のボーダーなら絶対にしない事を目標に練習してきていたのだ。


れぃのダンスに合わせて、ちーが滑りながらドジまぬのエンディングテーマを口ずさむ。


ちー「だから、あったっしっに任せなさいっ!♪ぐるぐるキャナック、グルキャナック♪あたしにかかればチョチョイのチョイ!♪これは失敗じゃない、あえてだから♪あるあるマナック、アルマナック♪あとはよろしくポポイのポイ♪」


歌詞とれぃの動きが見事にマッチしている。


ゆき『凄い!バッチリじゃん!……あ、でもそうなると最後の最後でグルキャナックがズッコケるんだけど……』


歌詞が終わり後奏の部分も、ちーは口ずさみ続ける。


ちー「ちゃっちゃっちゃーら、ちゃーらちゃちゃちゃん♪」


最後の「ちゃん♪」のタイミングで、少しわざとらしさはあったが、れぃは踵側のターンでわざとエッジを抜き、尻もちをつくようにズッコケた。


撮影フィニッシュ予定の半分にも満たない距離だが、ここでれぃの撮影は終了した。


まみ「れぃちゃん凄い!完璧だったじゃん!」


れぃ「いや、一か所フリを間違えた」


ゆき「それでも凄い!ってか、今まで練習で滑ってた時のれぃの腕の動きってこれの練習だよな?」


れぃ「家でなら、足の動きを含め完コピできるんだけど、滑りながらやるのは予想以上に難しかった」


ちー「いや〜、フィギュアスケートのスノボ版見てるみたいやったわ。れぃちゃん、やるなぁ〜」


ましろん「これはずっと正面から撮ってて正解だった」


これはましろんの撮影センスと言うのだろうか。

最初の止まった状態でのダンスを見て、これは常に正面から撮るべきと判断したましろんの凄さである。


ましろんはターンしながらダンスするれぃを常に正面から撮影する為、れぃと並走するように滑っていた。

並走するにはれぃの速度に合わせ、れぃのターンのタイミングを計りながら滑らなくてはならない。


れぃのダンスしながら滑走と言う高難易度のパフォーマンスに目が行くが、そのれぃを常に正面から撮影したましろんの技術も驚くべき技術なのだ。


それに気付いているのは、ののこと健太郎。


ののこ「ましろんちゃんの撮影技術、凄いね……」


健太郎「あれはスノボでは真似できないっす」


ひとしきり盛り上がり、とりあえず麓まで行こうと言う事になった。


ましろん「あまり距離ないですけど、せっかくなんで全員でトレイン滑走の動画とか撮っときます?」


ましろんの提案に全員が賛成。

滑走速度の都合、先頭はゆき。

次にれぃ、まみと続き、ののこ、健太郎。

シンガリはちーが務める事になった。


ゆき「あたし、どう滑ったらいいの?」


ましろん「シルフィードさんは自分のペースで滑ってくれたら大丈夫です。後続の人は自分の前の人のシュプールと同じラインで一定感覚で滑ってもらえばいいです」


ゆき「あたし遅いよ」


ましろん「トレイン滑走の時はゆっくりの方がバえます。できれば大きくターンしてもらってゲレンデの幅を大きく使うようにお願いします」


少し不安を感じながらゆきはゆっくり滑り出す。

言われたとおりゆっくりと、そしてゲレンデの幅を使い大きくターン。


ゆきの後ろをれぃが一定の間隔で付いてくる。

その後ろをまみ、ののこ、健太郎、ちーと続く。


先頭を滑っているゆきは後ろがどうなっているか見えない。

少し気になり、爪先側のターンをする時にチラっと後方を見る。

するとれぃ達が自分の後について、一列になって滑ってくる。


ゆき『何これ!?凄い!』


ただ、ゆっくり大きく滑っているだけなのに、迫力を感じる。

自分を先頭としてゲレンデをうねるように滑る集団は、まるで一匹の大蛇のようだ。


ゆき『ゆっくり滑ってるだけなのに、これだけ凄い事ができるんだ。スノボで魅せる方法って技とかスピードだけじゃないんだ……』


次のゴンドラに乗ったら、ゆきの動画撮影が控えていた。

まみのパフォーマンスと、れぃのダンスしながらの滑走。

どちらもゆきは真似できない。

自分はただ滑るだけ。

無理して何か背伸びしてやろうものなら確実に転ぶ。

動画撮影を控えて、ゆきはプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

しかし、このトレイン滑走でコスプレ滑走でバえる方法が技術やスピードだけではないと知り、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。


ゆき『あたしでもシルフィードの魅力を表現できるかもしれない』


麓に近付き、ギャラリーも増えて来た。

皆、ゆき達のトレイン滑走を見て歓声を上げたり、拍手したり、手を振ってきたり、また何のリアクションもしていないがこちらに魅入っているのを感じ取れた。


ゆき『よ〜っし、それなら!』


ゆきはトレイン滑走を続けながら腰の剣を引き抜き、剣を高々と掲げる。

まるでシルフィードに率いられているように写る。


そのアクションでさらにギャラリーからの手応えを感じる。


ゆき『これだ!あたしにはまだシルフィードの高速戦闘の再現はできない。でも、騎士団を率いる時のシルフィードや戦っている時以外のシルフィードのカッコ良さはできる!』


ゲレンデの傾斜が無くなり、ブレーキをかけなくてもゆきのボードは自然に止まる。


ゆきは✕を描くように剣を振り、ゆっくりと鞘に剣を収める。


すると周りから「カッコいい!」「すげぇ!」「シルフィード様!」と言う声が上がった。


バインディングを外し、板を脱ぎ始めると手にスマホを持った人達が集まってきた。


「すみません、写真いいですか?」


そこからゆきは数分間、写真撮影対応に追われる事になった。

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