第71話「コスプレ滑走イベント開始」
第71話「コスプレ滑走イベント開始」
厳岳スキー場コスプレ滑走イベント当日。
ののこのジムニーがスキー場の駐車場に来た時点で既にゆきとれぃは来ていた。
まみ「おはよー!早いね〜」
ゆき「お父さんに送ってもらったんだけど、お父さんの仕事の都合でちょっと早めに着いた」
れぃ「……あたしも……」
ののこ「みんなおはよー!」
ゆき・れぃ「おはようございます!」
ののこ「今日はちょっとしみるね〜」
ゆき「一枚多めに着込んだ方がいいかな?」
れぃ「……滑り出したら暑くなるんじゃね?……」
全員、インナーは既に家で着て来ていた。
あとは装備品を付けるだけだ。
防寒対策として上から長めのベンチコートを着ている。
ののこ「衣装着たら暑くなるかもだし、このあと気温も上がって行くだらずから前回のまんぞくっくの時と同じでいいと思うよ。実際、まんぞくっくの時より気温は高いんだし」
まみ「もう着替える?」
ののこ「そうだね。あたしは駐車場で外装品を付けるだけだけど、誰か更衣室行く?」
ゆき「あたしも上に付けるだけ」
れぃ「……あたしも……」
ののこ「じゃあ駐車場でいっか」
ゆき「ただ、荷物をコインロッカーに預けなきゃいけねぇから」
れぃ「……あたしも……」
ののこ「荷物、それだけだらず?じゃあジムニーに全員分入るでしょ」
ゆき「いいんか?助かりやす!」
れぃ「……あざーっす……」
四人はそれぞれ最終準備に入る。
まみはコートを脱いで袖を付ける。
れぃに至っては背中の羽を付けるだけだ。
ののことゆきは鎧を付けるので少し時間がかかる。
その間にまみとれぃはブーツを履き終え、自分とゆき、ののこの板のソールカバーを外してたたむ。
テキパキとそれぞれがやるべき事をこなし、準備が整う。
ののこ「あとは荷物をジムニーに押し込むだけ……っと……。忘れ物無いかもう一度確認して。奥に入れた荷物出すの一苦労だよ」
持ち物の最終チェックをしていると、ちーと健太郎がやって来た。
ちー「おっひさーっ!うほーっ!巫狐、めっちゃええやん!」
まみ「久しぶり〜!うわ〜!実物の美卦、写真で見るよりいいっ!」
ちー「せやろ〜、以前のバージョンで気に入らんかったとこ、総とっかえしたからな!ゆきちゃんもクオリティ高ぇ!れぃちゃんのグルキャナックも……尊い……」
ゆき「いやいや、あたしなんてまだまだ着ただけじゃん」
れぃ「ふん!当然だ!」
れぃは既にグルキャナックになりきっている。
そこにタイミング良く、いや、タイミング悪く、柳江が合流する。
柳江「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
れぃ「はわっ!……や……柳江くん……」
柳江「れぃちゃん、おはよー。寒くねぇ?」
れぃ「あ……うん。大丈夫……」
柳江「俺、リュックに一枚予備のジャケット入れてるから寒かったら言ってね」
れぃ「……あ……うん……ありがと……」
そのやり取りを見てちーは即座に二人の関係性を見抜く。
ちー「えっと……れぃちゃんの彼氏?」
ど直球である。
反射的に否定しそうになるれぃだったが、それより早く柳江が反応した。
柳江「そうです。よろしくお願いしやす」
全肯定されてしまったのでれぃは何も言えず、ただ顔を赤くして視線を逸らす。
ちー「お〜っ!れぃちゃん彼氏持ちやったんや!ええやん、ええやん!彼氏さんはカメラマン?」
柳江「はい。皆さんのお写真も撮らせて頂きやす」
ちー「あ〜、うちに敬語はいらんで。あ、あたし『ちー』です。よろしくっ」
柳江「柳江だ」
ちー、れぃ、柳江のやり取りを少し離れた所でまみとゆきはそれを観察していた。
そして小声で喋る。
ゆき『まみ、聞いたか?』
まみ『聞いた』
ゆき『柳江くん、れぃの事、「れぃちゃん」って言ってたな』
まみ『それも、もう呼び慣れた感じだった』
ゆき『しかも彼氏って聞かれて即答してたよ』
まみ『れぃちゃんは反射的に否定しそうな顔してたけどね』
また別の所では別のドラマが進行中だ。
ののこ「健太郎くん、おはよ〜」
健太郎「おはようございます。あの、ののこさん、衣装、素敵です」
軽くキョドる健太郎。
ののこ「ホント?ありがと〜!健太郎くんのキルオも似合ってるよ〜。うん、イケメン、イケメン!」
健太郎「いや、コスプレって初めてで、これでいいのか……何かおかしい所ありませんかね?」
ののこ「ん〜〜〜、あえて言うならキャラの性格の再現率かな?ソードワールドオンラインではキルオがアスカをリードするのが常だから、もっとこう、堂々としたら雰囲気でるよ」
健太郎「いや〜、ののこさん相手にリードとか、畏れ多くて……」
ののこ「なーに言ってんの!演技演技!」
ののこは健太郎の気持ちを知ってか知らずか、事もなげにカラカラと笑う。
そしてこの中で唯一マイペースだったのも、ののこ一人である。
ののこ「忘れ物の最終確認終わったら行くよ〜」
我に戻るまみ達。
まみ「大丈夫」
ゆき「忘れ物ねぇです」
れぃ「おっけーです」
ジムニーの鍵を閉め、一同は歩き出す。
総勢7名なのでそこそこ大所帯だ。
ぞろぞろとセンターハウスに向かいながらそれぞれおしゃべり。
ゆき「ちーちゃん、例のフィルマーの……ましろちゃん?は来てるだ?」
ちー「ましろんな。来るって言うてたで。そのうち会えるやろ」
まみ「あ、合流して一緒に行く訳じゃねぇんだ」
ちー「ましろん、バリバリの飛ばし屋やから朝イチの締まったバーンを諦めるとは思えんし、諦めさせるのも悪いし……。ましろんの機動力なあたしら見つけたら秒で合流するやろから大丈夫や思うで」
センターハウスに着き、リフト券購入の列に並ぶ。
あちこちにコスプレした人がいる。
ゆき「うわ〜!いっぱいいる!まみ!見て!『銀座英雄伝説』の晴人様!」
まみ「ごめん、あたしその作品知らねぇや」
ゆき「マジで?名作だよ?」
ちー「わかる!」
れぃ「あたしも知らない。どんな作品?」
ゆき「銀座の潰れかけのホストクラブを新人ホストの晴人様とその幼なじみが旧経営陣をぶっ潰して銀座イチのホストクラブにして、さらに銀座の全てのホストクラブのクオリティを上げて……」
れぃ「あ、もういいです」
ちー「え〜!まだ対抗勢力のユアンの説明もできてへんのに」
まみ「あはは……、ゆきちゃんあのキャラは?」
ゆき「あれは……」
ゆきはマンガ、アニメ、ゲーム等の知識が非常に広い。
本人いわく「広く浅く、時折やたら深く」らしい。
また、まみはゲーム系の知識が豊富で、その他のジャンルはそこそこ。
れぃはゆきと真逆で「狭く深く」と言うタイプ。
ちーはタイプとしてはゆきに近い。
ただ、好きなジャンルが男性向けコンテンツに偏っている。
そんな女子高生四人がキャッキャとあちこちにいるコスプレイヤーを見ながらリフト券購入待ちの列も楽しむ。
ののこと健太郎も何やら「ソードワールドオンライン」の話をしているようだ。
一人誰とも喋っていない柳江だが、特にそれについては何も感じていなさそうだった。
柳江は一人でいても苦痛じゃないタイプのようだ。
それどころか目の前で彼女が楽しそうに喋っているのを見ているだけで満足そうだった。
リフト券を買い終え、ゴンドラ乗り場に向かう。
途中で何度か前回のまんぞくっくで見かけた人とすれ違い、お互い会釈で通り過ぎる。
以前のまみなら影に隠れそうなものだが、普通にゆき達と同じように会釈してすれ違う。
順番を待ってゴンドラに乗り込む。
厳岳スキー場のゴンドラは定員10人乗りなので、全員がひとつのゴンドラに乗り込めた。
岩岳スキー場のゴンドラは360度アラウンドビュー。
ゴンドラからどの方角の景色も楽しめる。
出番とばかりに柳江がリュックからカメラを取り出す。
柳江「せっかくなんで撮っときやすね」
広角レンズで全員が入る画角の写真を撮ったり、様々なペア写真、グループ写真を次々に撮って行く。
ゆき「柳江くん、撮るばっかで写ってねぇじゃん。撮らずか?あたしのスマホで……だけど」
柳江「いや、俺はいい」
ちー「え〜、撮ろうよ」
柳江「撮るのは好きなんだが、撮られるのは苦手なんだ」
ちー「れぃちゃんとのツーショでも?」
その言葉にゆき達が凍りつく。
ゆき『ちーちゃん、ぶっこみ過ぎ!』
まみ『はわわわわわ……』
意外にもこの空気を変えたのはれぃだった。
れぃ「……いいじゃん。撮ってもらわずか……。あたしもツーショの写真欲しいし……」
この時れぃの頭の中では、また高速で思考がフル回転していた。
朝イチで柳江がれぃと交際している関係である事を隠す事なくちーに話した事で、諦めと言うか、今さらと言うか。
それにやはりゆきとまみの表情から、気を使わせたくないと言う心情も働いた。
そして何よりちーの提案したツーショット写真が欲しいと言う本心もあった事は否めない。
れぃにそう言われて柳江も少し戸惑いながらも承諾した。
ゆきは柳江を交えた全員の写真を撮る事を提案したつもりだったのだが、まさかのれぃと柳江のツーショットを撮る事になり、緊張しながらスマホで写真を撮る。
やがてゴンドラは山頂駅に到着し、みんなぞろぞろとゴンドラを降りる。
れぃ「……ところでコスプレ滑走イベントって何時から始まるの?……」
ののこ「ここのコスプレ滑走イベントって何時からって言うのは無いんだ」
ちー「せやで。この日はみんなでコスプレ滑走して楽しもう!ってイベントやから、開始時間も終了時間もあらへんねん。ただ、正午に記念撮影会があるからその時間になったらみんなぞろぞろ集まって来るだけ」
ののこ「そんな訳で、とにかく滑らず!まずは真由美達が先行して。ちーちゃん達に真由美達のペースを知ってもらわなきゃいけねぇから」
ゆき「確かに。ちーちゃんと健太郎さんが先行したら、あたし達あって言うあいさに置いてけぼりになってしまう」
ちー「そんな事せぇへんって」
以前、ちーはまみ達と一緒に滑った事がある。
その時よりは技術もスピードも上がっているが、それでもちーや健太郎の本気には到底及ばないし、まして今日はコスプレでの滑走なのでさらにスピードは遅い。
まみ「ごめんね〜、まだコス滑走にも慣れてねぇから、ちーちゃんのスピードに付いて行けねぇ」
ちー「スピード出すだけが楽しさとちゃうからね。ゆっくりならゆっくりで、周りにめっちゃアピれる楽しさあるし」
そう言うと、ちーはニャハハと笑う。
これは美卦のコスプレをしているからではなく、もともとこう言う笑い方なのだ。
ののこ「それより、まずはラジオ体操だね」
れぃ「……あ、今日もやるんだ……」
ののこ「当然よ。さ、準備準備」
ちー「え?何?ラジオ体操すんの?めっちゃオモロイやん」
板や小道具を邪魔にならない所に固めて置いて、他の人の動線の邪魔にならない所に移動。
よく通るののこの掛け声でラジオ体操を始める。
少し外れた場所でやっていたにも関わらず、どんどん人が集まって来る。
写真を撮る人、動画を撮る人。
中には一緒にラジオ体操をする人まで出て来る。
堂々とラジオ体操しているののことゆき。
恥ずかしいけど、頑張ってやっているまみと健太郎。
ノリノリで、何なら独自の振り付けまでやっているれぃとちー。
ののこ「深呼吸ーっ!いっち、にぃ、さん、し、ごー、ろく、しち、はち!にぃ、にっ、さん、し、ごー、ろく、しーち、はち!……ありがとうございましたー!」
直後にワッと歓声と拍手が沸き上がる。
ののこからはギャラリーが見えていたが、ゆき達からは横目でしか見えて居なかった。
歓声と拍手にゆき達もつられて回れ右した後、お辞儀をする。
この様子を柳江はスマホで動画撮影していた。
スマホをしまうと、すぐに一眼レフカメラを取り出す。
柳江「先生、集合写真撮っておきやす?」
ののこ「あはは、今は『先生』は止めて。ののこでいいよ」
柳江「あ、すみません。じゃあ、ののこさん、集合写真撮りやす?」
ののこはチラっと周りを見る。
ののこ「そうだね。じゃあ、お願いね……はーい、集合写真撮るよー!準備して集まってー!」
ののこの号令にゆき達は置いてきた小道具を取りに行く。
ののこも剣を携えて元の位置に戻ってくる。
ののこ「柳江くん、位置はここでいいの?」
柳江「はい。いけやす。ののこさんとキルオさんセンターで、浅……まみさんと美卦さんペアでののこさん達の横、反対側にれぃちゃんと……えーっと……」
ゆき「ゆきだよ」
柳江「ゆきさんが、ペアで並んでくんなさい……えーっと……もうちょっと全体的にセンターに寄ってもらって……」
柳江からテキパキと指示が飛び、その指示に従いののこ達は横一列に並ぶ。
柳江「はーい、お願いしやす。何枚か撮りやす。3、2、1」
数回シャッター音が鳴る。
柳江「次、ポーズ変えてくんなさい。撮りやす。3、2、1」
またシャッター音が鳴る。
その後も、ののこと健太郎のツーショット、まみとちーのツーショット、ゆき、まみ、れぃ三人のショット等が続く。
柳江「はーい、おっけーです」
撮影が終わると、人だかりが出来ていた。
ギャラリーの一人が「すみません、撮らせてもらっていいですか?」と声をかけたのを皮切りに、今度は一般の利用者やコス滑走参加者の撮影会が始まる。
10分ほど写真撮影対応した頃、ののこが口を開く。
ののこ「はーい、あと1分で一旦撮影打ち切りまーす」
その声に慌ててスマホを取り出す人や、中には「待って〜!」と言う撮影者までいる。
柳江もコスプレイベントの撮影の経験があるので勝手が解っている。
時計を見ながらタイミングを計る。
柳江「あと30秒です」
わいのわいの。
柳江「カウント入りやーす。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、終了でーす。ありがとうございやしたー」
また拍手が湧き上がる。
柳江の仕切りを見て、ゆきがれぃにボソっと耳打ちする。
ゆき「柳江くん、やるなぁ……。えれぇ有能じゃん」
自分が褒められ訳でもないのだが、れぃは少し照れながら、ボソっと「……そだね……」と返す。
実はこの中で一番緊張していたのは健太郎だ。
コス滑走も初めてだし、そもそもコスプレ自体が初めて。
どんな表情をしたらいいのかわからない様子だ。
それを見てののこが声をかける。
ののこ「健太郎くん、どう?楽しい?」
健太郎「あ、はい。でもどうやったらいいかわかんなくって……」
ののこ「楽しんでやればいいのよ。余裕出てきたらキルオのキャラをイメージすれば自ずとポージングとかも自然にできるから」
そう言うとののこは健太郎にウインクをする。
まみが見ていたら「お姉ちゃん、そう言うとこだよ」と、ののこの天然モテ女子力にツッコミを入れていただろう。
そのまみは緊張で固くなっているかと思いきや、いつの間にか完全にスイッチが入っていた。
ちーと二人で思い思いのポージングでゲームシーンの再現を楽しんでいる。
カメラマンである柳江がそれを見逃す訳もなく、即座に二人のショットを撮っている。
ののこ「じゃあ、ぼちぼち行くよ〜」
ののこの号令でまみ達は板を持ち、滑走スタート位置に移動を始める。
ちーの読みどおり、何人かアクティブカメラを持った人達が付いて来ている。
ちーは小声でゆきにその事を伝える。
それを聞いたゆきがチラっと後を見る。
ゆき「ホントだ……。どうするの?撮影頼むの?」
ちー「いや、まだ1本目で様子見やん?ちゃんとパフォーマンスできるようになってから頼んだ方がええやろ」
ゆき「それもそうか」
ちー「それに心配せんでも、ましろんが言うてる間に合流するって」
ゆき「何でわかるの?」
ちー「さっき滑走ログアプリ見たら、ましろんチェックインしてたし、あたしが作ったグループにましろん入ってたから、もうトレース始めてると思うわ。ちなみに今……」
そう言いながらちーはスマホでましろんの位置を確認する。
ちー「あ、今ちょうど麓に下りきった所みたいやね。ゴンドラ乗ったらすぐ追いかけてくると思うわ」
ゆき「それだと入れ違いにならない?」
ちー「あー、それは無いわ。ましろん、あたしも全然追い付けんくらいの爆速やから、ゴンドラ乗ってる時間考えても、この一本滑ってる間に追い付くで」
ゆき「ゴンドラ、10分くらいは乗ってたと思うし、待ち時間も考えたらそれなりに時間かかると思うんだけど……」
ちー「あー、大丈夫大丈夫。まだバーンも緩んでないし、コスプレで滑走速度落ちてるあたしらに追い付くなんて、ましろんからしたら屁みたいなもんやし」
そしてまたちーはニャハハと笑う。
喋りながらも、ちーは既に板を履き終えている。
まみはまだ板を履くのに手間取っているが、ののの、健太郎、れぃは既に板を履き終えている。
ゆきも慌てて板を履き、立ち上がる。
言葉では表現できない、期待と緊張感。
全員の準備が整う。
そしていよいよ、コスプレ滑走が始まる。




