第63話「どんな人達なんだらず」
第63話「どんな人達なんだらず」
リフトを下りて3本目。
ののこ「あ〜、ごめん。あたし車の中に小銭入れ忘れて来ちゃった。一度車に戻るけど、みんな滑ってていいよ」
れぃ「……あの……あたしもヒッププロテクターの位置を変えてぇんで、更衣室行きてぇ……」
まみ「あたしも衣装に慣れるまで、お祓い棒を車に置いておきてぇんだけど、一度置いたらもう帰るまで車には戻らねぇ感じかな?」
ののこ「いや、用事があるなら戻ってもいいよ」
ゆき「あ、じゃああたしも剣を一度車に置いて練習してぇ」
ののこ「じゃあ、みんなで行く感じだね」
駐車場への入口はさっき滑ったコースの途中から横に抜ける感じでアクセスする。
柳江「あ、じゃあ小道具持ってる今のうちに集合写真撮りてぇんだけどいいかな?」
ののこ「オッケー!じゃあ、みんな並んで。構図は柳江くん、指示してね」
柳江はスキーを外し、リュックからカメラを取り出して周りを見回す。
光源の位置や背景を選んでいる感じだ。
柳江「じゃあ、そこに居てくんなさい。僕が撮影位置に移動しやすんで」
そう言うと柳江は移動を開始する。
ののこ「柳江く〜ん、何枚か撮ってくれる感じ?」
柳江「はい、言ってもらえたら」
ののこ「じゃあまずは全員の全身写真撮りたいから横一列ね」
まみ「順番は?」
ののこ「とりあえず背の順に並んでみよう。一番高いのが……ゆきちゃんかな?あたしと真由美はほとんど一緒だからどっちでもいいとして……」
あれこれ相談しながら並ぶ。
その結果、ゆき、ののこ、まみ、れぃの順番に並んだ。
柳江「お願いしや〜す」
柳江の掛け声でそれぞれがポーズを決める。
少し吹っ切れたのか、れぃもいつも通りだ。
その後、「四人のうちの二人」総当たりでペア写真を撮る。
最後にののこの提案でゆき、まみ、れぃの三人の写真を撮影する事になった。
ののこ「柳江くん、ありがとう。じゃああたし達は一度車に戻るね」
柳江「はい。また後で撮影お願いしやす」
柳江はカメラをリュックにしまうと、スキーを履いてさっさと滑って行ってしまった。
ゆき「スキーは脱ぎ履き早くていいね〜」
ののこ「スキーも面白いよ」
ゆき「まだスノボまともに滑れねぇのにスキーにまで手を出したら、頭の中こんがらがってどっちも滑れなくなりそうだから当分はスノボに集中しやす」
四人はそれぞれ板を履く。
当然最初に準備が終わったのはののこだ。
ののこ「じゃあ、あたし先に行ってるからそれぞれのタイミングで来てね」
そう言うとののこはポンとひと跳ねして滑って行った。
れぃ「……あたしも時間かかると思うから先に行くね……」
まみ「あたしはお祓い棒置くだけだからゆきちゃんと一緒に行くよ。先行ってて」
れぃ「……うぃ……」
れぃは滑り出したが、明らかに1本目2本目に比べて衣装での滑走に慣れて来ている感じだ。
ゆき「ごめんね〜、まだちょっと手こずってる」
まみ「うん、慌てんでいいよ」
まみは既に板を履き終えて立ち上がっている。
時折吹く風に髪と衣装がなびく。
その姿を見てゆきは初めてまみとののこの顔がよく似ている姉妹だと感じた。
とくにまみはコスプレしている時は人見知りがいくらか軽減される。
本人的には「今ここに居るのは浅野真由美ではなく巫狐だから」と言う感覚があるからだ。
普段は常に伏し目がちで前髪の隙間から様子を伺うような感じである事が多い。
しかし今は滑って行くれぃを見ながら、穏やかな笑顔。
景色に見入っているまみに気付かれないようにゆきはスマホを取り出し、まみの写真を撮る。
パシャ
シャッター音に気付いてまみが反応する。
まみ「え?今撮った?何のポージングもしてねぇのに」
ゆき「いや、なんがえれぇ良い写真になったよ。ほら……」
そう言うとゆきはスマホをまみに渡す。
まみ「ホントだ……って、ちょっとしょうしい(恥ずかしい)……」
ゆき「でも、良い写真だしない?」
そう言うとゆきはニカっと笑う。
まみ「ってか、スマホどこに入ってただ?」
ゆき「ああ、鎧の胸あての内側にポケット付けてもらったんだ。鎧が柔らかい素材で断熱性あるし、あたしの胸もクッションになるから転んでもスマホが割れたりしねぇ。まみは持ってねぇの?」
まみ「あたしは普段は狐子(狐型リュック)の中で、この衣装じゃ狐子背負えねぇし……。あたしもどっかにスマホ入れれるようにしてぇなぁ……」
ゆき「巫狐の衣装だと難しいよね〜……ってか、お待たせ。行かずか」
ゆきはまた正面向いて起き上がる事にチャレンジ。
やはり立てない。
ゆき「ここがつっかえるんだよね〜」
そう言うとみぞおちの辺りを触る。
まみ「そこって動かねぇの?」
ゆき「一応動く……あ、そうか」
ゆきの衣装である鎧は動きに合わせて動けるように各パーツがゴム紐で繋がれている。
ゆき「みぞおちからお腹にかけてのパーツを胸の下に押し込むようにしてから……よいしょ!……立てた〜!」
立った状態になれと自然に押し込んだみぞおちから下のパーツも元の位置に戻る。
どうやらゆきの父はそれも考慮してゆきの衣装を制作していたようだ。
ゆき「おとーさん、グッジョブ!」
まみ「良かったね〜。これで楽に立ち上がれるねっ」
まみはパチパチと拍手する。
ゆき「楽では無ぇけどね」
そう言うとゆきはちょっと苦笑い。
当然、普段のウェアの方が立ち上がりやすい。
まみ「じゃあ行かずか。ゆきちゃん先に行ってみてくれねぇ?」
ゆき「いいけど何かあるの?」
まみ「ゆきちゃんの滑りにシンクロできるかやってみる。ゆきちゃんは自分のペースで滑っていいから」
ゆき「そう言う事ね。了解!でもあたし遅いよ」
まみ「あたしもまだいつものスピード出せるほど慣れてねぇから大丈夫」
二人は「じゃあ」と軽くタイミングを合わせて滑り出す。
相変わらず衣装が風になびいて二人とも滑りが安定しない。
しかし、2回ほどターンした所からまみはゆきの滑りにシンクロすべくチャレンジを開始する。
ゆきの動きを観察。
まみ『斜滑降から……今!』
ゆきの体の伸縮からターンのタイミングを読み、それに自分も合わせる。
先日のののことのシンクロに比べれば、まだシンクロとは言えないが、何となく同じスピード、同じターン半径で滑り続ける。
そっちに気を取られていたせいか、はたまた巫狐の衣装に慣れたのか、あまり風圧が気にならなくなって来ていた。
しかしその事にまみはまだ気付いていない。
今はシンクロさせる事に集中していた。
完璧では無いものの、はたから見れば十分シンクロっぽい。
リフトの上から「おぉ〜」と言う声が上がる。
短い距離を滑り。ゆきとまみは駐車場で待つののこと合流した。
ののこはスポーツドリンクを飲んでいる。
さすがにビールではない。
どうやられぃはまだ戻って来ていないようだ。
ののこ「二人とも水分補給しておきなさい」
持って来た飲み物も車に入れたままで、ゲレンデに持ち込む収納スペースは二人の衣装には無い。
ののこに促されるように水分補給をする。
まみ「気付かなかったけど、けっこう喉乾いてた」
ゆき「ホント!スポドリが美味ぇ〜」
まみ「そう言えばお姉ちゃん、スマホって持って行ってる?」
ののこ「持ってるよ」
まみ「どこにしまってるだ?」
ののこ「ストラップ付けて首から下げてる……ほら」
そう言うとののこはスマホを引っ張り出す。
まみ「その手があったかぁ〜。あたしも首から下げるストラップ買って来よ〜」
ののこ「予備あるよ。あげようか?」
まみ「いいの?」
ののこ「百均のストラップだからいいよ。あげる。長さは自分で調整してね。スマホが胸の辺りに来るのが使いやすいよ」
まみ「でもその長さだったら使いにくくねぇ?」
ののこ「これ、バックル付いてるから使う時はバックル外して……ほら、こんな感じ」
まみ「便利〜!じゃあ、あたしも使ってみる」
既にののこは自分のバックから予備のストラップを出す為に車からバックを取り出している。
中から赤いストラップが出てきた。
ゆき「赤のストラップは巫狐のイメージ壊さねぇからいいね」
ののこ「偶然だけど、あたしのアスカの衣装も白と赤が多いからね」
まみがののこから受け取ったストラップをスマホに付ける作業をしているとヒッププロテクターを履き替えたれぃが戻って来た。
れぃ「……お待たせしました……」
ののこ「どう?違和感とか無い?」
れぃ「……大丈夫です……」
ゆき「ん?どう言う事?」
れぃはスカートの横の縁を少し上げてヒッププロテクターをチラと見せる。
れぃ「……パンチラ対策でレギンスの代わりにヒッププロテクターをこの位置に履きかえた……」
ゆき「おぉ〜!なるほど!じゃあ、れぃのスカート、めくり放題じゃん」
ゆきはニヤニヤしながられぃのスカートに手を伸ばす。
れぃはスカートを両手で押さえ、ゆきを睨みつける。
れぃ「……殺すぞ……」
ゆき「あっはっは、冗談冗談!」
ののこ「れぃちゃんも水分補給しておきなさい」
れぃ「……あ、はい……」
ゆきとまみは手持ちの小道具を車になおし、再び四人はゲレンデへ。
ののこ「次、リフト乗ったら、もう少し長く滑れるコースに移動しようか」
ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い」」」
四人は板を履き、準備完了。
れぃ「……あれ?ゆき、正面で立てるようになってんじゃん……」
ゆき「うん。この部分の鎧を内側に押し込んだら立てるようになった」
れぃ「……その構造で作れるゆきの父ちゃん、ホント、マジすげぇな……」
ののこ「いい?じゃあ行くよ」
まみ「あ、れぃちゃん、先滑ってもらっていい?れぃちゃんにシンクロしてみる」
れぃ「……まみ、もうそれができるくらい衣装に慣れたんだ。すげぇな……」
まみ「いや、まだ……って……あれ?さっきゆきちゃんとシンクロした時、あまり衣装の風圧とか感じなかったな……」
れぃ「……逆にすげぇ……」
無表情ながら、れぃは少し笑う。
ののこ「じゃあ、行くよ〜」
ゆき「あたし、ののこさんの滑り見てぇから後ろついて行っていいか?」
ののこ「いいよ〜。じゃあ、スピード控えめで滑るね」
まずはののこが滑り出し、その後をゆきが続く。
ののこ『ゆきちゃんのペースならこれくらいかな……』
チラとゆきを見ながらののこはスピードをコントロールする。
ゆきは自分の滑りに精一杯だが、精一杯なりにののこの滑りを観察しながら滑る。
ゆき『はぁ〜〜〜〜……ののこさんカッコいい〜〜〜!』
ののこはただゆったり滑るだけではなく、途中でスピン等のアクションや剣を振るパフォーマンスも入れながら滑っている。
ゆき『凄いっ!剣持って、何であんな滑りできんの!?』
ののこなりに、同じ「剣を持つキャラクターのコスプレ」をしているゆきの参考になれば……と思って滑っていた。
ゆき『あ……剣を立ててずっとそのポーズで滑ってる事って、逆に無ぇんだ』
ののこは進行方向に剣先を構えて滑るポーズと、剣先を後方に向けるさっきゆきが意識してやっていたポーズの2つを組みわせて滑っている。
剣先を前と後の2つのパターンを使い分け、また前から後、後から前に剣の向きを変える途中の動きをアクションとして取り入れていた。
ゆき『なるほど!後に剣先向けたら刀身に風が当たらねぇのと同じで風が当たる方向に剣先を向けたら、これも刀身に風が当たらねぇから安定するんだ!さすがののこさん!』
ののこはリフトのラインに近づくコースを取る。
かかと側のターンをしながら、右後方に剣先を向けていた剣を振り、まるで敵に斬りかかるような動きをしながら剣先を進行方向に向けて斜滑降に繋げる。
ゆき『凄い凄い!剣先を向ける方向を変える動きがそのままパフォーマンスになってるんだ!』
ののこはまたチラとゆきが付いて来ているか確認し、今度はつま先側のターンを始める。
今度は剣を少し進行方向に突き出したかと思うと、剣を両手で持ち、左上から袈裟斬りをするようなアクション。
そして剣先を右下に向けて斜滑降。
ゆき『動画っ!動画撮りてぇ!でも今は無理!ってか、誰か動画撮って!』
斜滑降の間もののこのパフォーマンスは止まらない。
今度は斜滑降の間、雪面に剣先をあえて触れるように構え、剣先から雪煙が上がる。
そして次のターンは圧雪がかかっていない新雪に剣先が当たる所まで進む。
ターンと同時に雪を掻き上げるように剣を振る。
すると細かい雪が跳ね上げられ、日の光に雪の結晶がキラキラと輝き、その輝きの中をののこは滑っていく。
この光景を見たゆきは、まるでスローモーションを見ているかのような錯覚を覚えた。
見惚れるとはこう言う事だろう。
そのせいか、自分の滑りへの意識が薄らいだ。
バランスを崩して尻もちをつく。
それに気付いたののこは即座に止まる。
ののこ「ゆきちゃん、大丈夫?」
ゆき「はい。ちょっと見惚れてしまいました」
ののこ「やだ〜、ゆきちゃん嬉しい事言ってくれるじゃん!ん、もぅ、可愛いんだから!」
ゆきはそう言われて、また照れる。
ののこ「真由美は全然カッコ良いとか言ってくれねぇもんな〜」
そこは妹とファンの違いである。
ゆき「あ、でもまみ『お姉ちゃん凄い』ってさっき言ってましたよ」
ののこ「マジ!?や〜ん、嬉し〜!」
少し演技がかったリアクションを取るののこ。
演技がかってはいるが、実はホントに喜んでいる。
まみは妹であるが故に姉を褒めるなんて事はまずない。
まみの根底に「お姉ちゃんは凄い」が既に培われているので、わざわざ口にする事は無いのだ。
凄くて当然。
凄いのが普通。
ゆきやれぃと違い、まみの中には「お姉ちゃんみたいになりたい」と言う願望が常にある。
だらしない所や、酒癖が悪い所や、悪ノリしすぎる所は除外されるが……。
ののことゆきは再び滑り出し、リフト乗り場でまみ達を待つ事にした。
その頃まみは先行するれぃとシンクロするべく、れぃの後を滑っていた。
まみ『れぃちゃんが気にするのもわかる……スカートが風でめくれ上がってお尻が丸見えじゃん』
れぃはスカートの前にしか意識が向いて居なかったが、まみが見たとおり、お尻の方が派手にめくれ上がり、常にお尻が見えていると言う感じになっている。
だが、ヒッププロテクターをパニエの下に履く事により、見えているのは黒いレギンスのようにも見えるプロテクター。
れぃもスカートの事を気にしないで滑れるようになったので、滑りにのみ意識を集中している。
れぃ『よ〜し、だいぶコツを掴んだぞ。慣れちまえばどって事ねぇな』
まだウェアのようには滑れないが、それでもまみやゆきに比べれば衣装の空気抵抗も少ない分、慣れるのが早い。
れぃとシンクロしようとしていたまみの方が衣装の空気抵抗により思い通りの滑りができず、なかなかれぃとシンクロする事ができない。
まみも衣装に慣れてきてはいるが、シンクロしようとしているのにシンクロに持ち込めない。
タイミングがズレるたびに衣装の空気抵抗が気になる。
まみ『空気抵抗でスピード出せねぇなら、いつもよりスピード出る滑りをして空気抵抗で減速すればプラスマイナス0になったりしねぇかな……』
さっきより深い角度での斜滑降に切り替える。
思ったとおり、衣装にかかる空気抵抗がより一層増す。
まみ『衣装が……重い!……でもっ!』
まみはさらに重心を下げて加速する。
まみ『空気抵抗はあるけど、これ、いつもと同じくらいのスピードだ』
バサっ……バタバタバタバタ……バサっ
まみ『後に引っ張られるなら、より前足側に荷重して……』
バッ……ビビビビビビビビ……バッ!
衣装のはためく音が変わる。
まみ『力いるけど、こっちの方がコントロールできる!』
明らかにまみの滑りが変わった。
まみ『ターンのタイミングで袖に空気が入ってブレーキかかるから、腕の力で負けねぇくらいに前に引っ張る!』
ようやく思い通りの滑り方ができるようになった所でリフト乗り場に着いてしまった。
まみは肩で息をしている。
ゆき「まみ、大丈夫?えれぇ息切れてるじゃん」
まみ「うん……風圧かかってるのと同じだけ……逆方向に力入れてみた……そしたら……なんか……ちょっと……良い感じで滑れた……」
ゆき「いや、待て。意味がわからん」
まみ「そだから……いつもよりスピード落ちるんだら……いつもよりスピード出す滑りをして……それにブレーキかかれば……いつもと同じかな……って……」
ゆき「言ってる事はわかるが、その発想に辿り着いたまみの思考がわからん」
ののこ「こう言う子なのよ」
ののこは半ば呆れた様子だが、どこか妹を自慢するような口ぶり。
あまりこの点に関して興味が無いのか、れぃは会話の区切りを見てまみに話しかける。
れぃ「……まみ……あたしは自分の滑りで精一杯だったけど、シンクロはできたんか?……」
まみ「いや……シンクロまでは出来なかった……でも、コツは掴んだ」
ののこ「じゃあ、別のコース行ってみようか」
ゆき「ののこさん!剣の構え方、リフトの上で教えてくんなさい!」
ののこ「いいよ〜。じゃあ、今度はあたしとゆきちゃんで乗ろう」
ののことゆき、まみとれぃの組み合わせでリフトに乗り込む。
リフトに乗ったゆきは早速ののこに質問を開始する。
ゆき「ののこさん!さっき見せてもらったんだけど、ののこさんって剣先を前に構えるのと後に流す構え、2つのパターンだよね?」
ののこ「お〜、よく見てたね〜。腕が疲れたら左手に剣を持ち替えるから、そうなるともうちょっとバリエーション増えるかな」
ゆき「なるほど、左手で持つって方法もあるか……。その時はどんな持ち方なんか?」
ののこ「え〜っと、左腕が体の前に来るようにして剣先を後に流す感じ。その時、刀身に右手を添えるとそれっぽい」
ゆきはリフトの上で言われた持ち方を何も持っていないが、やってみる。
ゆき「あ〜、なるほど。こうだなぃ」
ののこ「もしくは、野球のバットを持つような感じで剣を両手持ちして剣先を後に流す」
ゆき「ふむふむ。持ち替えるのはどのタイミングで?」
ののこ「腕が疲れたら」
そう言ってののこは少し笑った。
ゆきの目には滑りながら余裕で剣を扱っていたように見えたが、ののこも剣にかかる風圧で腕がダルくなっていたのだ。
ののこ「同じ姿勢で持つより、別の持ち方にした方が筋肉の疲労が、まだマシなんだよね〜。朝礼でずっと立ってるだけより、同じ時間歩いてる方が楽でしょ?」
ゆき「そう言われてみれば……」
ののこ「あと、腕が疲れたと思う前に持ち方を変える。だからターンの度に持ち方とか変えてたのよ」
ゆき「その持ち替える動きをアクションとして見せてたんだなぃ!」
ののこ「正確〜。コス滑走に慣れてる人だったら、もっと大型の武器とか剣とかアクションしながら滑ってるよ。あっ!ほら、あの人達!」
ののこが指差した先には、朝には見かけなかった月軌道戦線ガンデムーンのロボット達が滑っていた。
ゆき「あ!ホームページで前回のまんぞくっくの日の写真に上がってた人達だ」
ののこ「あ、知ってるんだ。あの人達、有名なパフォーマンスチームだからね〜。見せ方を知ってるって言うかパフォーマンスの練度が違うよね〜。あっ!ほら!」
ゆきが見ると先頭を滑っているロボットが小脇に抱えた大砲をクルリと回し、肩に大砲を乗せ、あたかも大砲を撃っているようなアクションをしている。
他のロボット達も、銃を撃つアクションや、剣、槍等様々な武器を持ち、それぞれのアクションをしている。
ゆき「すっげぇ〜〜〜!」
そのチームはスノボもスキーも混在のチームで、ちーが履いているスキボを使っている人もいる。
そしてアクションしながらくるくる回ったり、バック走をしたり、まみがやろうとしているシンクロやフォーメーション滑走もしている。
ゆき「どうやったらあんな事できるんだらず?」
ののこ「あの人達も最初はできた訳じゃないだろうね。先頭滑ってるのが、あのチームのリーダーなんだけど、なんでもこのパフォーマンス滑走を20年以上続けてるらしいよ」
ゆき「20年!?あたし産まれてねぇじゃん!」
ののこ「まぁ『石の上にも三年』なんて諺があるくらいだし、20年もやってたら、パフォーマンスのレベルも段違いになるんだろうね」
ゆき「あたし達みたいに今シーズンスノボ始めました……今シーズンコス滑走始めました……ってボーダーは場違い……じゃねぇかね?」
いつになく弱気になるゆき。
ののこ「あー、それがね……、あっ、ほら……」
そう言ってまたののこは指差す。
さっき先頭を滑っていたロボットが転んでいる。
ゆき「あんな人でも転ぶんだ」
ののこ「あの人と喋った事あるけど当たり前に転ぶらしいよ。で、転ぶのもパフォーマンスのうちの一つにしてるんだって」
ゆき「転ぶのがパフォーマンスなんか?じゃあ、わざと転んでる?」
ののこ「わざと転んでる訳じゃないけど、『月軌道戦線ガンデムーン』の作品の中で、戦闘中に敵の攻撃であのロボットが転ぶシーンとかあるんだけど、それの再現パフォーマンスって事にしちゃってるんだって」
ゆき「なるほど〜。ってか、ののこさん詳しいね」
ののこ「以前、話しかけた事あってね。すごい気さくなおじさんで、えれぇ喋る人だったよ」
ゆき「あ、おじさんなんだ」
ののこ「そりゃ20年もやってたらおじさんにはなるよね」
そう言ってののこは笑う。
ののこ「後でタイミングあったら話しかけてみたら?」
ゆき「あたしみてぇなド素人が話しかけていいんだかね?」
ののこ「あたしも以前話しかけた時、『話しかけていいのかな』って思ったけど、あのチームの人達のファンサ、凄いのよ。写真撮影絶対断らないし、おしゃべりにも付き合ってくれるし、頼んだら一緒に滑ってもくれる」
ゆき「プロですね」
ののこ「やってる事はプロのエンターテイナー並みなんだけど、一切無償でやってて、あと、あのチームのフォロワーさんにはオリジナルのステッカーまで無料で配布してるみたい」
ゆき「ステッカー?」
ののこ「見る?あたし以前もらったの、スマホケースに入れてる」
そう言うとののこはスマホを取り出し、ケースに入れたステッカーを見せる。
ゆき「かわいい!」
ののこ「チームの中には女の人もいるみたいで、その人がデザインしてるんだって」
ゆき「あたしも欲しいなぁ〜……ってか、女の人もいるの!?」
ののこ「SNSフォローしてるって言えばもらえるよ」
ゆき「フォローしよっ!アカウント名わかりやす?」
ののこ「え〜っと、この人」
ののこはSNSの画面を見せる。
ゆきは早速自身のスマホを開き、フォローボタンを押す。
ののこ「あの人達、滑るのえれぇ速いから追いかけて追い付ける訳じゃない。このコースは滑ったらこのリフト乗らなくちゃいけないから降りた所で待ってたら話しかけれるよ」
ゆき「待ちてぇ!」
ののこ「じゃあ、降り場で『出待ち』だね」
このパフォーマンスチームに反応していたのはゆきだけでは無かった。
まみとれぃも彼らのパフォーマンスにテンション爆上げしていた。
れぃ「すっげぇ!手を振ってる人全員に何らかのリアクション絶対返してる!」
まみ「見て見てれぃちゃん!あれ!アレがシンクロ滑走!」
れぃ「おおおおおお!増産型のメカが全く同じ動きしてる!」
まみ「ね!あれ、やりてぇんだよ!」
れぃ「いいなっ!おい、見ろ!後から来た敵のメカ集団!」
まみ「凄いっ!4機のメカの滑ってる位置がずっと同じで動きも揃ってる!アレがフォーメーション滑走か〜。あたしもフォーメーション滑走見るのは初めて!すっごいね〜!」
れぃ「先頭の人、バック走しながら大砲撃ってる!」
まみ「敵メカが倒されていく!凄いっ!映画見てるみてぇ!」
れぃ「あたしガンデムーンって見た事ねぇんだけど、ちょっと見たくなったぞ」
まみ「あたしも……。先頭滑ってるのがガンデムーンって事しかわかんねぇ」
れぃ「あれだけ重装備で、しかも先頭の人、でっかい盾持ってんじゃん!風圧とかエグいだらず。どうやって滑ってんだ?」
まみ「やっぱり筋肉ムキムキだったりするのかな?」
れぃ「筋肉どころか、年齢も性別もわかんねぇな」
まみ「女の人って事はねぇと思うけど……」
れぃ「作品自体は女性ファンもかなりいる作品だけど、十中八九、男の人だらずな」
まみ「……どんな人達なんだらず……」
超が付くくらいの人見知りであるまみが、他人に興味を抱くと言うのは異例を通り越して異常事態だ。
普段のまみなら「ふーん」とか「そうだらずね〜」と相づちを打つだけで、見ず知らずの人に興味を示す事は無い。
もしこの会話の相手がれぃではなく、ののこだったら目が飛び出るくらいに驚いたであろう。
しかし、れぃもテンションが爆上がりしていたので、まみの発言の異常さに気付かず、ただ同意の意見を口にしただけだった。
興奮冷めやらぬままリフトを降りる。
ののこ「あ、真由美〜、れぃちゃ〜ん!こっちこっち!今からさっき滑ってったガンデムーンさんのチーム来るの待つよ〜」
ののこの思いがけない発言。
まみ・れぃ「「え?」」
まみ「待つ?……何かあるの?」
ののこ「ゆきちゃんが喋ってみたいんだって」
れぃ「写真とか撮っていいのかな?」
ののこ「ポーズも取ってくれるし、ツーショも撮ってくれるよ」
ゆき「SNSフォローしたらステッカーもらえるんだって!」
れぃ「マジか!SNSのアカ教えろ!」
即座にゆきはスマホをれぃに見せる。
ゆき「これこれ!」
れぃは腰に着けたドクロのポーチからスマホを慌てて取り出し、SNSを開く。
れぃ「ちょっと待て。おっけ、フォローした!」
テンションの高いゆきとれぃはキャッキャとスマホを片手に騒いでいる。
それに対してまみは、やはり一人で静かな反応。
だが、口にした言葉は、
まみ「……あ……あたしも、どんな人か……ちょっと……気に……なる」
ののこ「え゛?」
目を見開き、普段は出さないような声がののこの口から漏れる。
まるでカエルを踏み潰した時のような声だ。
あまりにも変な声が出たので、ののこは慌てて体裁を取り繕う。
ののこ「あ、うん。気さくな人達だから、どんどん話しかけていいと思うよ」
これはののこらしからぬ発言だった。
ののこはゆき達が話している間も、まみは気配を消して、呼ばなければ来ないと思っていた。
まみの予想外の反応があったとは言うものの、「どんどん話しかける」なんて事がまみにできるはずはない。
それに気付かないののこでは無いのだが、あまりにもまみの意外なリアクションに、ゆきやれぃにするような返答になってしまったのだ。
板を外して、いつでも声をかけれるようにして待つ。
四人それぞれの思いを胸に。