第61話「ゲロった」
第61話「ゲロった」
まだ心ここにあらずな二人を引きずるようにして、リフト券売所に連れて来たまみ。
ののこ「真由美〜、こっちこっち」
ゆきとれぃがこうなった張本人は何事も無かったかのような様子で大きく手を振り、手招きをする。
まみ「も〜……お姉ちゃん、やり過ぎ!」
ののこ「ん〜?何の事かな?」
わざとしらばっくれるののこ。
まみ「お姉ちゃんがゆきちゃん達に度を越したスキンシップするからゆきちゃん達、壊れてしまったじゃん」
ののこ「そうなの?」
これもわざとだ。
わざとついでに、ののこはさらに悪ノリする。
俯き、まだまともにののこの顔を見れないれぃの顔を少し腰をかがめ、覗き込むののこ。
ののこ「れぃちゃん、大丈夫かな?ちょっと刺激強かった?」
れぃ「は……はひぃ〜!……ってか、ののこさん、顔……顔、近いっす!」
少しましになっていたれぃの顔がまた茹でダコになる。
まみ「お姉ちゃん!」
さすがに姉の暴走にまみは釘を刺すが、悪ノリモードになったののこがその程度で止める訳がない。
屈めていた腰を伸ばし、ゆきの方を向く。
ゆきも恥ずかしさから顔が俯き気味だったが、今度は自分が何かされると察知し、さらに身を強張られる。
それを見たののこは「ふっ」と「お姉様笑い」の表情を作り、ゆきに「顎クイ」をする。
ののこ「腕……痛めたりしてない?」
みるみるゆきの顔が赤くなる。
ゆき「む…むむ……む……無〜理〜〜〜〜」
そう言うとゆきは腰が抜けたようにへたり込んだ。
まみ「だから!お姉ちゃん!」
さっきよりも語気を強めてまみがののこをたしなめる。
やっと元に戻りつつあったゆきとれぃ。
振り出しに戻る。
両者、顔を真っ赤にして手で顔を覆っている。
まみ「お姉ちゃん、やり過ぎ!」
ののこ「なっはっは!ごめ〜ん、二人がリアクションがかわいいからつい……」
まみ「『つい』じゃねぇよ、まったくもう……」
リフト券売所の並びで後がつかえているので、押し出されるようにフラフラのゆきとれぃも窓口まで辿り着く。
売場係員「まんぞくっく参加、ありがとうございます!こちらリフト券です」
四人はそれぞれリフト券を受け取り列を離れる。
後日談だが、リフト券を受け取った時の事をゆきもれぃも覚えていない。
板を置いてあった所まで移動したはいいが、まだゆきとれぃの意識はどこかに行ったままだ。
それを見たののこはさすがに苦笑い。
ののこ「あちゃ〜、ちょっとやり過ぎたか」
まみ「ちょっとじゃねぇって!とりあえず2回目のありゃぁ要らなかったよ」
そう言われてののこはバツ悪そうに頭を搔く。
だが、まみの足元から小さい声が聞こえて来た。
ゆき「……いる……なんならもっと下さい……」
まみ「……ゆきちゃん?……」
れぃ「……今日はもう満足しました……滑らねぇで帰っても良いくらいだ……」
まみ「……れぃちゃん?……」
少し間があり、ののこはまみに謎のドヤ顔。
ののこ「な?」
まみ「『な?』じゃねぇわよ」
そんなやりとりをしていると、まみは後ろから声をかけられた。
男性「あの……裏十二支大戦の巫狐さんですよね?写真撮らせてもらっていいですか?」
ののこのイタズラに完全に人見知りを忘れていたまみ。
急に声をかけられ、一瞬固まるが何とか対応。
まみ「え?あ……はい。お願いしやす……」
男性「ありがとうございます」
まみはぎこちなくポージングする。
ののこ「巫狐〜、お祓い棒忘れてるよ〜」
ののこにそう言われて、慌ててお祓い棒を取りに行き、ポージングをやり直す。
男性は何枚か写真を撮るとお礼を言って去って行った。
ホッとしたのも束の間、この男性を皮切りに続々と撮影の申し出が四人に押し寄せる。
子供「グルキャナックちゃんだ!お母さん、グルキャナックちゃんと一緒に写真撮りたい!」
女性「四精霊戦記のシルフィードだ!写真撮りた〜い」
男性「アスカさん、お写真よろしいでしょうか?」
この押し寄せる写真撮影の波に魂が抜けていたゆきとれぃも正気に戻らざるを得ない。
ゆき「ツーショ?オッケー!」
ののこ「はーい、じゃあ次の方どうぞ〜」
まみ「あっ……ありがとう……ございやす……!」
れぃ「お待たせしました。次の方どうぞ」
柳江「あ、じゃあ僕。お願いしやす」
れぃ「!?」
柳江「あ、おはよう。向井さん達も来てたんじゃん」
れぃ「あ……うん……」
柳江「え〜っと、写真……いい?」
れぃ「……ひゃぃ……」
れぃは例えパニクるような状況でも猛スピードで頭を回転させわずかな時間に色々考えるのだが、この時は完全に思考が停止した。
例えるなら「次の交差点を右に左折してくれ」と言われたり「コントローラーの十字キーの右と左同時押し」と言われた時のような感じだ。
少し前の予想もしていなかったののこのイタズラで既に脳がオーバーヒートしていた。
何とか脊髄反射的にコスプレイヤーとしての対応をしていたれぃにとって柳江の登場は完全に脳のキャパシティをオーバーさせるには十分だった。
知らず知らずのうちに、れぃも普段のキャラもグルキャナックのキャラも忘れ……いや、演じる事ができず、そこにはただの女子高生、向井玲奈がいた。
柳江「え〜っと、じゃあ……」
普段どおりに話そうと思っているが、どうにもぎこちない喋りになってしまうのは柳江も同じだった。
もちろん柳江もれぃ達が来ているとは思っても見なかった。
他のコスプレイヤーを撮っていたら、人だかりができていたので、見に来たられぃ達がいたのだ。
柳江なりに話しかける順番について大いに迷った。
その結果、れぃに一番に話しかけないと、何だか変に意識していると思われそうと言う結論に達し、たまたま撮影の順番が回ってきた風を装い、話しかけたのだ。
柳江「じゃあ……まずはキメポーズで……」
キャラクターとしてのグルキャナックは不遜な表情で相手を見下し、冷笑を浮かべ、謎の自信に満ちた雰囲気で胸を張るポーズが多い。
しかし頭が白くなっているれぃは、どんなポージングがキメポーズだったか頭から出て来ない。
スカートの下に何枚も重ね履きしているので、どうやっても下着が見えるような事は無いし、生足でも無いのだが、やたら短いフレアミニスカートを気にするように恥ずかしげな表情でスカートの裾を握りしめている。
れぃ「……えっと……どのキメポーズ……かな……」
妙な間に耐えきれずれぃがボソッっと聞く。
れぃのリアクションに平静を装っていた柳江もペースを乱される。
柳江「えっと……じゃあ……CM入る時のアイキャッチのポーズで……」
ようやく指定のポーズをれぃはしてみたが、これじゃない感が半端ない。
れぃ「……こんな……感じ……かな……」
さっきまでバッチリできていたポーズが出来ない。
胸を張り、体を反らすとどうしてもスカートの丈が上がる。
恥ずかしさに耐えてポージングをするが、何だか勢いが無い。
見下す表情をしようにもどうにも上目遣いになってしまう。
柳江「え〜っと……向井さん、ひょっとして、しみる(寒い)んかな?また後で……でも…良いんだけど……」
そう言われてやっとれぃのスイッチが切り替わる。
れぃ「いや、ちょっと待って。一旦スイッチ入れ直す」
そう言うとれぃはくるりと後を向き、両手で頬をパンと叩き気合いを入れる。
れぃ『待て待て待て待て!何だ今のあたしのリアクションはっ!そうじゃん!何でもねぇんじゃん!ただ、コスプレイヤーのれぃの時に向井って本名言われたからたまげてしまっただけ!それにあたしは今コスプレイヤーのれぃで、グルキャナック!グルキャナックはこんなリアクションしねぇ!ヨシっ!』
気合いを入れ直し、振り向く。
そして今までのリアクションがおかしかった事の理由を言い訳のように柳江に言う。
れぃ「や……柳江くん!あの……コスプレしてる時に本名で呼ばれると……ちょっとアレなので、呼ぶ時はレイヤーネームの『れぃ』で呼んでくんな……さい……」
柳江「あ、ごめん!そりゃ気が付かなかった。ホント申し訳ねぇ」
れぃ「おっけ!じゃあ、写真お願いしやす!」
柳江「じゃあ、『れぃさん』改めてお願いしやす」
自分で「れぃ」と呼べと言ったにも関わらず、実際に柳江に「れぃ」と言われて、またふにゃふにゃになりそうになったが、気合いで「コスプレイヤーれぃ」を呼び戻す。
そしてさっきとは打って変わってバシっとポージングを決める。
柳江は一眼レフカメラで何枚も写真を撮る。
どうやら撮りながらも露出等の調整もしているようで、カメラやレンズを忙しく調整してはどんどん写真を撮っていく。
柳江「次はCM明けのアイキャッチのポーズで」
CM明けのアイキャッチはドジッて涙目になっている情けないグルキャナックだ。
れぃはそれを完璧にこなす。
ポージングしながら以前の栂の森スキー場での言葉が頭を過ぎる。
『向井さんは魅力的……魅力的……魅力的……』
また照れそうになるが、グッと堪える。
柳江「次はコミック1巻の表紙で!」
『向井さんは魅力的……魅力的……魅力的……』
れぃ『こうなったらヤケだ!そうじゃん!見ろや!あたしの魅力を存分に!』
そして撮影が終わった。
柳江「いや〜むか……じゃなくて、れぃさん、えれぇ良い写真いっぱい撮れました。また後日データ渡しやす」
変なテンションになってしまっていたれぃはその言葉にグルキャナックとして返事をする。
れぃ「あぁ楽しみにしておるぞ。ただし、つまらぬ写真を持って来たら……解っておるじゃろうな?お仕置きじゃぞ!」
これも「ドジまぬ」の中の名場面のオマージュだ。
そしてこのシーンは何人ものファンを沼に引き込んだシーンでもある。
最後にれぃは親指を突き立て「ぐー」をしながらウインクをする。
その表情とポーズに柳江の心臓がドクンと大きく脈打つ。
柳江「あっ……ちょっと……それ、写真撮りてぇ」
下ろしていたカメラを再び構えなおし、シャッターを切る。
柳江「れぃさん、今のえれぇ良かった!」
そこまで言って柳江は少し言葉を止める。
そしてれぃに一本近付き、小声で聞く。
柳江「吉田さんと浅野さんのコスネームって何だっけ?」
そこでれぃはさっきののこに顔を寄せられた記憶が過ぎる。
もちろん柳江との距離は十分にあるが、それでもれぃは反射的に一歩後ずさる。
れぃ「吉田が『ゆき』で浅野が『まみ』……んで浅野先生が『ののこ』」
柳江「あぁ、そうだそうだ、思い出した。ありがとう」
そう言うと柳江は軽く手を上げてゆきの撮影待ちの列に移動する。
れぃは柳江が手を上げたのに連られるように思わず手を上げ、あたかも「バイバイ」をしてるような絵面になる。
思わずハッとして、ゆきに見られて無かったかを確認。
するとバッチリゆきと目が合う。
ゆきは最初撮影の為に表情を作っていたが、れぃと目があった瞬間、にま〜っといやらしい笑顔を見せる。
れぃ「違うからなっ!」
ゆき「何が?……ほら、次の人待ってるよ」
その後柳江を含め、何人かのカメラマンとの撮影を終えた三人。
ののこも最後の一人と写真を撮り終えたようだ。
ののこ「ふ〜、お待たせ〜。ようやく撮影途切れたね。じゃあ、一本行こうか」
四人は板を持ってゲレンデへ。
ののこ「みんなはコス滑走初めてだから、まずはこのリフト乗り場まで、ゆっくりね」
それぞれ座って板を履く。
ゆき「家でちょっとやってみたけど、板履くのが、なかなかえらい(大変)んだよな。鎧が胸の辺りでつっかえるから」
まみも袴の裾を少したくし上げて板を履く。
そうしないとブーツとバインディングの間に袴の裾が挟まってしまうのだ。
れぃはさほどいつもと変わらない様子で板を履き、最初に立ち上がる。
ゆき「あ、凄い。れぃのお尻、いっさら濡れてねぇ……ってか、ちゃんと撥水してる」
まみ「ホントだ。あたしは……どう?」
そう言うとまみも立ち上がり、後を振り返るが、自分で、しかも板を履いた状態でお尻が見えるはずもない。
しかも腰の辺りから生えている狐の尻尾が完全にお尻を隠している。
ゆきは手を伸ばして、まみの尻尾を横にずらしてお尻の濡れ具合を確認する。
ゆき「大丈夫。まみのお尻も濡れてねぇ。袴は防水スプレーだっけ?」
まみ「ホント?良かった。防水スプレー、1缶半使って全体くまなくやって来て良かった」
ゆき「凄いね〜、ちゃんと効果あるじゃん」
まみ「ゆきちゃんも見ずか?」
ゆき「ん。お願い……あれ?……んしょ!……あれ?……立てねぇ」
甲冑が邪魔していつものように立てないのだ。
まみ「ひっくり返って山向きになってから立ったら?」
ゆき「それしか無さそうだ」
ゆきは一度寝転び、寝返りをうった後、膝をついて立ち上がる。
ゆき「立てた〜。あたし、これ毎回これやらなくちゃダメなの?」
まみ「慣れたらコツとか解ってくるんじゃねぇかな?」
そう言うとまみは苦笑いをする。
その後、まみはゆきの衣装をチェック。
ゆきの衣装もしっかり撥水されているのを確認した。
ののこ「みんないい?ゆっくりでいいからね」
そう言うとののこはゆっくり滑り出した。
ののこでさえ慎重になる。
この視界情報はまみ達三人には十分な効果があったが、これはののこが三人に注意喚起する為の演技だ。
まるでスノボ初体験の時のように、お互いに「お先にどうぞ」と言う雰囲気である。
一番最初に意を決したのはまみだった。
まみ「ヨシ!行かず!あたしはこれがやりたくてスノボ始めたんだもん!」
その言葉にゆきとれぃも奮い立つ。
ゆき「そうだよね!とうとうシルフィードになれるんだもんね!」
れぃ「……グルキャナックちゃんがコケるのはデフォだから、何も躊躇する事なんかねぇ……」
三人、顔を見合わせ無言で頷く。
そしてまみが滑り出す。
いつものようにいきなり直滑降でスピードを乗せたりしない。
緩やかな斜滑降で様子を見る。
まみ『うわわわわ……予想以上に袖と袴が風に煽られる!尻尾も風、えれぇ受ける!』
続いてれぃ。
れぃ「コケてナンボじゃ〜い!」
威勢のいい言葉とは裏腹に滑りは慎重だ。
れぃ『ちょっ……背中の翼が風圧で勝手に曲がって行ってしまう!』
二人が滑り出したのを見てゆきも腹をくくる。
ゆき『シルフィード……シルフィード……シルフィード……シルフィード……』
ゆき「シルフィード!」
久しぶりのゆきの「シルフィード」である。
だが、やはり滑りは慎重。
ゆき『体のあちこちに風圧を感じる……特にローブの裾がえれぇ後に引っ張ってくる!ムズいっ』
モタモタ……と言うより、ヨタヨタ。
とにかく三人とも転ばないように滑っているのが解る。
その姿を既に滑り終えているののこがスマホで撮影。
ほどなく三人がののこの元まで辿り着く。
まみ「ウェアじゃねぇだけで、スノボえれぇ難しい!」
れぃ「それな!この翼が風受けるから勝手に曲がってしまう」
ゆき「風の影響ってこんなにあるんだ……でも……」
ゆき・まみ・れぃ「「「楽しいっ!」」」
三人、申し合わせた訳でもないのにハモる。
そして満面の笑みである。
その表情と「楽しい」を聞いてののこも満足げな笑顔。
ののこ「でしょ〜〜〜。コス滑走は普段のスノボとは別の楽しさがあるのよ」
ののこは同じ楽しさをまみ達と共感できた事を素直に喜んでいた。
ののこ「2〜3本滑ったら感覚は掴めると思うよ。もしホントにダメなら1本目から滑れないはずだし。さ、じゃあ2本目行ってみよう!あ、リフト乗る時もいつもと違って小道具とか衣装があるから気を付けて乗ってね」
そう言うとののこはリフト乗り場にスケーティングで移動を始める。
まみ達もその後を追う。
リフトはペアリフトなので、先にリフト乗り場に着いたののことまみ、少し遅れたゆきとれぃが一緒に乗る事になった。
ののこ達が乗ったリフトから3つほど間隔が空いて、ゆきとれぃがリフトに乗る。
リフト係員のお爺さんから「カッコいいね!」と声をかけられ、思わず二人で照れ笑い。
衣装に気を付けながらリフトに乗る。
ゆき「セーフティバー下ろすぞ」
れぃ「……あいよ……」
2本目の柱を過ぎるあたりまでお互い無言。
れぃは話しかけるタイミングを計っていた。
一方ゆきは話かけられるタイミングを計っていた。
れぃはゆきとは反対側に少し顔を背けて話し出す。
れぃ「……ゆき……えっと……違うからな!」
ゆきにしてみれば予想どおりの喋り出し。
当然受け答えもシミュレーション済み。
ゆき「何が?」
れぃ「……さっきのアレ……違うからな……」
ゆき「アレって?」
れぃ「……写真撮影してる時、目が合って……ゆき、ニヤーって笑ったじゃん……」
ゆき「そうだっけ?」
あくまですっとぼけるゆき。
れぃ「ニヤーって笑ったじゃん!」
のらりくらりと焦れったいゆきの返答にキレモードに移行するれぃ。
ゆき「大声出すとののこさん達に聞こえるよ」
そう言われて、3つ前のリフトに乗っているののこ達を見る。
ののことまみはお互いの会話に集中していて今の会話は聞かれていないようだ。
だが、確かに感情的になって大声を出してののこやまみに気付かれるのは得策ではない。
再び、いつものキャラに戻し、話を続ける。
れぃ「……ゆき、勘違いしてるだらず……」
ゆき「だから何を?」
冷静さを装いながらも実はギリギリのれぃと、この状況を楽しんでいるゆきとでは役者が違う。
れぃ「てめ!わざとだな!」
ゆき「わざとも何も、主語を使わねぇで違うとか勘違いとか言われてもねぇ……」
少し沈黙があり、またれぃがボソッと喋り出す。
れぃ「……ホント、そう言うんじゃねぇんだって……」
ゆき「ならいいじゃん」
れぃ「さっきのは急に柳江君が現れて、本名で呼ばれたからたまげてどうしたらいいかわかんなくなっただけで……」
ゆき「やっとゲロったな」
そう言われてれぃは「しまった」と言う顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻す。
ゆき「で?柳江君がどうしたって?」
れぃ「……いや、そだからさ……今あたしはコスプレイヤーのれぃじゃん。そこで本名で呼ぶのは何て言うか、ダメじゃん?……」
ゆき「うんうん。それは柳江君も迂闊だったね」
れぃ「……そだから『ここでは本名で呼ぶな』って釘刺しただけなんじゃん……」
ゆき「それ話で、何についてどこがどう『違う』の?」
れぃ「……いや、そだから……あたしのリアクションが変になったのは本名を呼ばれたからであって、別に柳江君が……とかそう言うんじゃなくって、これが仮にクラスの男子の小森とか高橋とかであったとしても同じだった……って事で……」
ゆき「なるほどなるほど。そう言う事だったのか」
何とかゆきの「誤解」を解いたと安堵したれぃ。
しかし、ゆきの次の言葉に自分ですら気付いてない事に気付かされる。
ゆき「一つ質問なんだが……小森君と高橋君は『小森、高橋』って呼び捨てなのに、柳江君は何で君付けなの?」
れぃ「はぇ!?いや、柳江に君付けとかしてねぇし!あたしは柳江って呼び捨てで喋ってるし!」
ゆき「君付けしてたよ」
れぃ「してねぇって!」
ゆき「ふ〜ん。まぁいいや。でも意識してるしない?」
れぃ「してねぇ!それじゃん!やっぱり誤解してんじゃん!それが違うって言ってんじゃん!」
ゆき「そだからののこさんに聞こえるぞ。こないだあたしんち来た時もまみが柳江君の事話し出した時に、ひっくり返ってたじゃん」
れぃ「……あれは、ズッコケただけで……」
ゆき「めんどくせぇなぁ。いいじゃん。そこまで否定するような事?そもそもホントに何も気にしてねぇなら……、れぃ、あたしに『違う』てか『誤解』てか言い出さねぇって」
まさにぐうの音も出ない。
それでも反論を試みるが、言葉が出て来ない。
れぃは口をパクパク動かすだけであった。
詰みである。
言い逃れは無駄だと悟ったれぃは、またボソリと喋り出す。
れぃ「……ホントに違うんだって。ただ、栂の森でナンパヤローにひでぇ事言われた時に、柳江の奴がトチ狂ってあたしの事を『魅力的』てか言うから、なんかペース狂ってしまって……」
ゆき「ありゃ衝撃的だったね〜」
れぃ「……そんな事言われたの初めてだから、どう反応したらいいかわからんで……」
ゆき『おいおい、れぃ、予想以上にマジじゃん』
れぃ「……そだから、意識してるとかじゃなくて、ただ単にどうリアクションしたらいいかわかんなくなったって言うか……」
ゆき『それを意識してるって言うんだろ』
れぃ「……もちろん意識してすらねぇんだから……スキ……とか、いっさらそう言うんじゃねぇし、柳江もそう言うつもりで言ったんじゃねぇだらずし……」
ゆき「柳江君、朴念仁っぽいもんね〜」
れぃ「そうじゃん!朴念仁のくせに……ミリョクテキ……とか似合わねぇ事言うから、こっちもたまげるって言うか……」
ゆき「でも悪りぃ気はしなかったんだらす?」
れぃ「そりゃ………でも、あたしはほら……、オシャレとか気にしねぇし、愛嬌もねぇから可愛いとかは縁遠いし……」
ゆき「れぃ、あんた可愛いよ」
れぃ「てめ!この期に及んでまだからかうか!?」
ゆき「マジだっての。確かにれぃには流行りの女子的な可愛さの要素は皆無だ」
れぃ「……面と向かって言われると腹立つな……」
ゆき「うっせぇ、黙って聞け!」
思いがけないゆきの迫力にれぃは小さく「ハイ」と答えたが、それがゆきの耳に届いたかは判らない。
ゆき「……でもね。れぃは柳江君の言うとおり、ちゃんとれぃにしか無ぇ魅力を発揮してんじゃん」
れぃ「……そんな漠然とした事言われても納得できるかよ……」
さっきの迫力の効果がまだ残っているのか、れぃの反論もいつになく、おずおずとした言い方になる。
ゆき「じゃあ明確に言わずか?まずギャップ!普段のれぃと体育祭や文化祭の時のれぃとのギャップ!」
れぃ「……うっ……」
これは確かにいつもの自分のキャラが崩壊していたと、自認する所の話である。
ゆき「普段はジト目の無口無表情のれぃが、体育祭で全力出して悔し涙流したり、文化祭でグルキャナックやってグルキャナックのキャラを演じて見した。あのギャップはたまんねぇぞ」
れぃ「……そりゃただ単にゆきの性癖じゃん……」
ゆき「あたしの性癖がどうあれ、あたしと同じ性癖持つ人間には刺さるって事じゃん。あと、あたし達とツルんでいる事!」
れぃ「……何それ?……」
ゆき「れぃって基本的に一匹狼キャラじゃん?なのにあたし達とツルんでる。その姿を意外とみんな見てんのよ。で、れぃは自分では気付いてねぇと思うけど、あたし達といる時は、けっこう表情出てんじゃん。スキー場でも学校でもね」
れぃ「……いや、表情変えてねぇし……」
バツが悪いのか、顔を背けるれぃ。
ゆき「そして何より!」
れぃ「……?」
ゆき「柳江君は最初かられぃがコスプレイヤーだって事を知ってた!」
れぃ「……あっ……」
ゆき「そう。あたし達は気付かなかったけど、柳江君はコミゲに来て、あたし達の写真撮ってたんじゃん。あたしやれぃが、吉田、向井と知っててね」
れぃ「……そういやそうだった……」
ゆき「つまり、柳江君から見たれぃのイメージは、入口がコスプレイヤー。そのイメージでいたら、学校ではジト目の無表情。かと思えば体育祭や文化祭でまたキャラ変する。見る度に表情やキャラが変わる『面白い子』なんだ!そこが魅力的!」
れぃ「待て待て待て待て!じゃあ、アレか?柳江はあたしを女子として魅力的って言ったんじゃなく、『面白い子』枠で魅力的って言ったんか?」
ゆき「知らねぇわよ。それを知りたかったら柳江君に直接聞きな」
れぃ「聞ける訳ねぇじゃ〜ん」
とどのつまり、れぃのここ最近の胸につかえた原因が、この「聞ける訳無い」なのだ。
それをれぃは口に出す事により、ようやく自覚する。
ゆき「つまりアレじゃん。まだれぃ、柳江君、どちらも相手に対して『かも知れねぇ』ってレベルって事だらず」
れぃ「……何が『かも知れねぇ』?……」
ゆき「自分のこの気持ちが『好き』かも知れねぇ、『興味があるだけ』かも知れねぇ……ってね。それすらも確定してねぇ状況って事」
れぃ「少なくとも!……あたしは……そう言うんじゃ……ねぇ……から……」
ゆき「いっそ柳江君がれぃに告白でもすりゃ状況は一気に変わるんだらずけどね〜」
れぃ「冗談は止めろ……」
ゆき「冗談じゃねぇよ。少なくとも、れぃは柳江君の事を好きじゃねぇにせよ、嫌いって訳でもねぇんだらず?」
れぃ「……そりゃぁ……まぁ……」
ゆき「だったら時間がその気持ちの正体を教えてくれるさ。さ、ぼちぼち降りるぞ」
ここでこの話はうやむやになった。
最後の最後までゆきは口にしなかったが、れぃの最大の魅力は、「ふてぶてしく、時により人懐っこく、言うなればツンデレ。何事にも興味無さそうにしてるが、興味ある事には目をまん丸にして飛びついてくる。まるで猫のような人格。演じていない、作ったキャラじゃない、れぃの本質的な性格こそがれぃの魅力」と、ゆきは感じていた。
ゆき『もしれぃに言っても、今のれぃは素直に聞きそうにねぇしな』
れぃにとって非常に濃い、怒涛の時間が流れているが、まだ1本しか滑っていない。
今日と言う日は、まだ始まったばかりなのだ。