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第60話「もう結婚するしかない」

第60話「もう結婚するしかない」


午前5時。

駅の待合い所でゆきとれぃはののことまみを待っていた。


駅まではそれぞれ親に車で送って来てもらった。

れぃはスノーボードの板とブーツの入ったバッグ。

それとキャスター付きのスーツケースにリュックサック。

ゆきはスノーボードの板とブーツバッグ。

それに加えてやたら大きいカバンにリュックサックと言う荷物量。


2人ともまるでこれから数日かけてどこかに合宿にでも行くかのような荷物量だ。


ゆき「ののこさん……」


れぃ「……ん?……」


ゆき「美紅里ちゃんに車貸してって言ったら秒で断られたって言ってたけど大丈夫かな?」


れぃ「……その心配は荷物量の話?それとも運転?……」


ゆき「どっちも」


れぃ「……確かに……。車の手配は何とかなったって言ってたけど、その車にこれだけの荷物量乗るのかな?……」


ゆき「多い……よね?」


れぃ「……あぁ……」


ゆき「そろそろ時間だしない」


ピロン♪


れぃ「……まみからだ。もうすぐ着くって……」


ゆき「よし、荷物を表に出そう」


二人は待合い所と駅のロータリーを二往復して荷物を運ぶ。


ゆき「ののこさんの運転と車の積載量もしんぺぇだけど……しみる(寒い)よね」


れぃ「……よな。巌岳のコス滑走イベントは3月末だから、気温的にはまだ大丈夫だらずけど、この気温でコス滑走やったら凍えるんじゃねぇか……って思うしない……」


この日は特に冷え込んでいる。


まだ日は昇っておらず、辺りは真っ暗。

星が綺麗に見えている。

いわゆる放射冷却だ。


寒さに身を縮こませていると、二人の目の前にハイエースが止まった。


助手席のドアが開き、まみが出てくる。


まみ「おはよ〜お待たせ〜」


ゆき「ハイエースだ」


れぃ「……これなら余裕で荷物載るな……」


ののこ「ゆきちゃん、れぃちゃん、オハヨ!待った?」


ゆき「いえ、さっき来たばっかだ」


れぃ「……今日はお願いしやす……」


ののこ「は〜い、じゃあ、荷物積んで。積み終わったらすぐ出るよ」


四人で手分けして荷物を全て積む。

ハッチバックを閉めて、れぃとゆきは後部座席に乗り込み、言われる前にシートベルトを装着する。


ののこ「いい?じゃあ、しゅっぱ〜っつ!」


ゆきもれぃも捕まる所を探し、しっかりと握る。


ブロロ……


ゆき『あれ?』


思わずれぃの顔を見る。


れぃも同じような表情でゆきの顔を見る。


ゆきは小声でれぃに耳打ちする。


ゆき「なんか……運転、普通だしない……」


れぃ「……それな……。もっとギュギュギュギュってとび出すかと思った……」


不思議そうな表情で助手席のまみを見るが、まみはいたって普通の表情。


ゆき「どう言う事だ?」


れぃ「……わかんねぇ……」


ゆきもれぃも誤解していた。

ののこは自分のジムニーを運転する時だけ爆走モードになるのだ。

ましてや運転しなれていない車で、しかも借り物ならなおのこと。


二人でコソコソ喋っているのをルームミラー越しに気付いたののこが話しかける。


ののこ「どうしただ?二人とも。コソコソ内緒話なんかして、やーらしぃなぁ〜」


気付かれたとばかりに、姿勢を正すゆきとれぃ。


ゆき「あ、いや……このハイエース、どうしたんですか?」


ののこ「知り合いに借りた〜」


れぃ「……なんて言うか……乗り心地良いね……」


れぃなりのギリギリの表現だ。


ののこ「そう?貨物ナンバーのハイエースだから美紅里さんのエクストレイルに比べたらゴツゴツしてねぇ?」


ゆき「いえ、大丈夫です」


その後もののこの運転はいたって普通。


理由はわからないが、ゆきとれぃが当初抱えていた心配はののこの運転、荷物の積載量共に解消された。


まみ「ねぇ、今日ちょっとしみるよね。この気温でコス滑走して凍えねぇかな?」


ゆき「あー、それ、れぃとも話してたんだ」


ののこ「今日の天気予報だと日が昇ったら気温も上がるって言ってたから大丈夫だと思うよ。もしもの時の為に普通のウェアも持って来てくれたんだらず?」


れぃ「……持って来ました……」


ののこ「意外と行けるもんよ」


ゆき「ののこさんはコス滑走の経験あるんですか?」


ののこ「あるよ〜。『世界最小の冒険』のストライトロー・シェリー」


これはゆき達が去年のコミックゲノムのコスプレイベントでののこがしていたコスプレだ。


ゆき「ロー・シェリーって腕も足も出てるしない?寒く無かったんですか?」


ののこ「体は裏起毛のベージュシャツ。足はストッキング2枚履きで何とか凌いだ」


れぃ「……『凌いだ』って事は、やっぱ寒かったんだなぃ……」


まみ「あたしは袴の下はウェアのパンツだし、上はインナーしっかり着てウインドブレーカーに羽織だから大丈夫だと思うんだけど……」


ゆき「あたしは腕と太ももはののこさんのロー・シェリーと同じ感じだな……。いけるかな」


れぃ「……ゆきは小手とか膝から下の甲冑あるからまだいいけど、あたしは腕も足もあらかた出してるから不安……」


ののこ「大丈夫なんじゃねぇ?でも、もし寒くて無理ーってなったら我慢せずにウェアに着替えるか暖かい所で休憩してね」


空が白み始めた頃、乗鞍スキーランドに到着した。


既に何台もの車が駐車場に入っており、コスプレした人も何人かウロウロしている。


ゆき「ホントにコスプレしてる人いるーっ!」


れぃ「……そりゃいるだらず……でも、確かにアガルなっ!」


喋っている途中でテンションを抑えきれずキャラ崩壊。


ののこ「あたし達も準備するよ〜。更衣室、あの建物ね」


四人は荷物を下ろし、更衣室に向かう。


ののこ「着る順番間違えねぇようにね」


まみ「着る順番とかあるの?」


ののこ「今日はコスプレとスノボの融合じゃん?普段のスノボでは身に付けねぇ物着るし、コスイベの時に着ねぇ物も着るじゃん?例えばヒッププロテクターとか。下着の次に履くのか、ストッキング一枚挟むのか……そう言う事」


ゆき「確かに、あたしの衣装とか甲冑全て付けてからヒッププロテクター履き忘れてたら最悪だわ」


ののこ「真由美、言ってるそばから!先に手袋付けてどうすんの」


まみ「あ、いや、こりゃちょっと付けてみただけだから」


れぃ「……ふふふ……あたしはぬかりねぇ……着る順番になるようにカバンに詰めてきた……」


ゆき「あ、それ発熱するタイツ?」


れぃ「……『ワークウーマン』で売ってた……スポーツメーカーのは高くて買えなかったけど、これならギリ……」


ゆき「あ、じゃあ一緒だ。あたしも『ワークウーマン』の買った」


れぃ「……さてと、発熱タイツ履いて……お尻パッド履いて……こないだ撥水加工した裏起毛タイツ……そして新アイテムぅ〜……」


そう言って取り出したのは黒いタイツ。

ただ、片足分しかない。

正確にはタイツの片足を切り落としたような形状だ。


ゆき「何だそれ?」


れぃはその片足だけのタイツを右足に履く。


グルキャナックの最大の特徴は、右半身が骸骨と言う点。

黒いタイツに白い塗料で大腿骨から脛骨まで描かれている。


コミゲの時も同じような物を着用していたが、それとは違い骨のデザインがリアルだ。


まみ「凄い!どうしただ?それ!」


れぃ「……ふふふ……お父さんの股引きのお下がりに布絵の具で自分で描いた……」


ゆき「えれぇ凄いじゃん!でもお父さんの股引きだったら大きいんじゃねぇ?」


れぃ「……あたしもそう思ったんだが、タイツ2枚履きしてお尻パッドも入れたらちょうど良かった……」


まみ「あの……言いにくいんだけど、それだけ重ね着したらウエストサイズとか変わっちゃわねぇ?」


れぃ「……サイドアジャスターをいっぱいに広げて、ホックもマジックテープに変えた……」


ゆき「れぃってホント女子力高いよな〜」


れぃ「……それより困ったのが、これだけ重ね履きしたらお腹が締め付けられて苦しいってとこ。そんな訳であいさ(間)に履く物のゴムを緩いゴムに替えてきた……」


そんな事を喋りながらそれぞれの衣装に着替える。


一番最初に着替え終わったのはまみだった。


次にののこ、れぃの準備が整い、あとはゆき待ち。


ゆき「ごめ〜ん、色々付ける物多いから時間かかってる」


ののこ「慌てんでいいよ〜」


まみ「……ってか、ちょっとこのカッコ暑いんだけど……」


ののこ「この部屋は暖房効いてるからからね。外に出たらちょうどいいんじゃねぇかな」


れぃ「……あの……ののこさん……」


ののこ「ん?」


れぃ「ステキっす!写真撮っていいっすか?」


ののこの衣装は酔って約束してしまった「ソード・ワールド・オンライン」と言うファンタジー作品のアスカと言う女剣士のコスプレだ。

人気コスプレイヤーの実力を遺憾なく発揮し、高いクオリティである。


ののこ「更衣室ではダメ〜。せっかく雪山来たんだから更衣室より雪山バックで撮らずか」


れぃ「あっはい!それはもちろん!後でお願いしやす!」


ゆき「お待たせしました!準備OKだ!」


まみ「ゆきちゃん、カッコいい!」


れぃ「……ゆきのお父さんの制作技術、エグいな……」


ののこ「え?ゆきちゃんの衣装、お父さんが作ってるの?」


ゆき「はい。お父さん、プラモデルとか日曜大工とか……とにかく物作るのが趣味なんで……」


ののこ「すっごいね〜!ほぇ〜!クオリティ高っ!」


珍しくゆきが照れている。


四人でキャッキャしていたが、他の利用者が更衣室に入って来た事により入れ替わりで更衣室を出る事になった。


どうやら入って来た利用者もコスプレ滑走参加者のようだ。


軽く挨拶して更衣室を出る。

更衣室のある建屋から出た瞬間に辺りがざわつく。


その声の中に「あれ、ののこさんじゃね?」と言う声も聞こえるが、軽くリアクションして車に戻る。


ののこ「じゃあ、ブーツ履く前に板と小道具下ろすよ」


そう言われてそれぞれ自分の板や小道具を下ろす。


まみ「……お姉ちゃん……」


ののこ「どした?」


まみ「……なんか周りから見られてる気がするんだけど……」


ののこ「そりゃ見るだらず」


まみ「あたし、変じゃねぇよね?」


ののこ「真由美だって他のレイヤーさん見てぇだらず?それと同じだって」


板と小道具を下ろし、ブーツを履いていると、他の女性レイヤーが話しかけてきた。


レイヤー「あの……ののこさんですか?」


ののこ「は〜い、ののこで〜す」


レイヤー「うわ〜!ファンです!後でお写真良いですか!?」


ののこ「もちろん!もうちょっとで支度終わりますんで、後で撮りましょう!」


コスプレイヤーモードに切り替わったののこは言葉も標準語モードに切り替わる。


レイヤー「ありがとうございます!」


その会話を少し離れた所でゆき達はそのやりとりを見ていた。


ゆき「さすがののこさん。場慣れしてるて言うか……」


れぃ「……だな。ってか、あたしも早くののこさんの写真撮りてぇ……」


ゆき「ん?まみは何やってるんだ?」


まみは用事も無いのに、車に上半身を突っ込んでいる。

どうやら気配を消そうとしているようだ。


ゆき『やれやれ……そうだ』


ゆき「れぃ、まみ、とりあえずあたし達だけで写真撮らず!」


れぃ「……ここで?……」


ゆき「記念写真的なのもあるけど、更衣室に鏡無かったから自分の背中側って確認できねぇんよね。あたしのスマホで前後左右の写真撮ってくれねぇ?」


れぃ「……そう言う事か。確かに後ろ姿とか気になる。あたしも撮って……」


そう言うとゆきとれぃはお互いのスマホを取り替えっこして前後左右の写真を撮り合う。


ゆき「まみは確認しんでいいの?」


まみ「あ……うん……じゃあ、お願い……」


まみは車からようやく出て来た。

まるで天の岩戸に引きこもった天照大御神のようだ。


ゆき「じゃあ、スマホ貸して」


まみはスマホをゆきに渡す。


ゆき「じゃあ、正面……次は腕広げて……そうそう。」


まみ「そこまでしんでいいよ」


ゆき「巫狐の衣装って袖があるから腕広げなくちゃちゃんと詳細部分まで確認できねぇじゃん」


まみ「そりゃそうだけど……」


ゆき「はいはい、今度は後ろ!腕広げて……」


まみは言われるがまま指定されたポーズを取る。


ゆき「今度はあたし撮って!ウインドレイピア持ってる所の写真が欲しい」


まみ「わかった」


三人交互に写真を撮りあい、撮った写真を確認する。


れぃ「……あ、ちょっと羽根が傾いてるな……」


そう言うとれぃはもぞもぞと羽根を固定しているベルトを調整する。


ゆき「やだ!背中側のインナー見えてんじゃん!」


ゆきも写真を確認し、いそいそと衣装を直す。


まみも写真を見て後ろ側の袴の裾がひっくり返っている事に気付いて慌てて直す。


ののこ「準備できた?車の鍵閉めるよ」


ゆき・まみ・れぃ「「「は〜い」」」



四人はそれぞれ板と小道具を持ち、ゲレンデに向かう。


まだリフト券の販売は始まっていないが、購入待ちの列ができている。


ののこ「慌ててリフト券の列に並ぶ必要ないし、リフト券売場開くまで写真撮っておこうか」


れぃ「おなしゃす!」


ののこ「じゃああっちの後ろ抜けてる所で……板はここにまとめて置いておこう」


そう言うとののこは少し小高くなった所に向かう。


ゆき達三人もそれに続き、さらにギャラリーがそれに続く。


何やら大移動である。


ののこ「この辺……かな。は〜い!撮って良いですよ〜」


ののこのよく通る声が響く。


れぃ「やたっ!」


れぃはスマホを急いで取り出す。


れぃ「うおっ!?」


れぃより早く既にカメラの準備をしていた人達が一斉に写真を撮り始める。


ゆき「何だこれ!?」


れぃ「これがののこさんの実力か!パねぇ〜〜〜!」


ゆきとれぃはののこのすぐ後ろを付いて来ていたので、ののこの正面。

写真を取るベストポジションを確保している。

他のギャラリーに負けじと写真を撮る。


一人だけ温度差があるのがまみだ。

数枚は姉の写真を撮ろうとは思っていたが、ゆきやれぃほど熱心に撮ろうとは思ってなかった。


ののこはカメラを向けている人達の様子を見ながらポージングを変えて行く。

その度にシャッター音があちこちから鳴り響く。


そうこうしているうちにリフト券売場が開いたようだ。

それを見たののこがまたギャラリーに声をかける。


ののこ「はーい、リフト券販売始まったみたいなんで、一旦打ち切りまーす。また後でお願いしまーす」


ののこの呼びかけでリフト券販売が始まった事に気付いたギャラリーは一斉にぞろぞろとリフト券売場に移動を始める。


ののこは今いる所から、ゆきとれぃを手招きする。


ののこ「ツーショ、今のうちに撮っておこう。真由美、撮ってあげて」


れぃ「いいんすかっ!まみ、頼む!」


れぃはまみにスマホを押し付け、少し高くなっているののこのいる場所に駆け上がる。


まみは撮影場所に二人が移動したのを確認し、スマホを構える。


ののこ「じゃあ、2〜3ポーズ撮っておこう」


打ち合わせがあった訳ではないが、そこはののこのコスプレイヤーとしての経験値。


ののこ「はい、じゃあ最初はお互いの基本ポージング」


誘導されるようにれぃもののこの横でポーズを取る。


ののこ「次は後ろ向きからの振り返り〜」


まみは同じポージングの写真をそれぞれ2〜3枚撮る。

まばたき等で目を瞑ってしまっている写真があった時の為だ。


ののこ「はい、次は二人でハートマーク」


パシャ、パシャ、パシャ……


ののこ「最後に〜……れぃちゃんちょっとジッとしてて……」


れぃは既に夢見心地なので、言われるがまま、なすがままである。


ののこ「グルキャナックちゃんがドジって落ち込んでる所をよしよしされるシーン」


そう言うとののこはれぃの頭を胸に抱き寄せ、れぃの頭を撫でながられぃの頭に頬を寄せる。


これまで我慢して来たれぃであったが、これには限界突破。


れぃ「きゃ〜〜〜〜〜〜!」


黄色い声と共に、あっと言う間に茹でダコのように顔が真っ赤になる。


そしてこのシーンをまみは連写で撮影していた。


実はののことまみの間で仕組まれていた事だった。


時間はののことまみが家を出た時間まで遡る。


ののこ「そうだ、真由美」


まみ「何?」


ののこ「ゆきちゃんとれぃちゃんにサプライズ仕掛けようと思ってんだよね」


まみ「ま〜たお姉ちゃん、イタズラしようと考えてんだらず」


ののこ「人聞きの悪りぃ事言わんでよ。あの二人、どうにもあたしに変な遠慮してる所あるじゃん」


まみ「あるね〜。何でだらず?」


本気で解っていない所がまみのまみたる所以だ。


ののこ「そだからあの二人、本当に撮りてぇ写真って撮れて無ぇんじゃんかと思ってね」


まみ「確かに〜。いつもは自分のやりてぇ事ハッキリ言う二人なのに、お姉ちゃんの前だと変に硬くなってるって言うか……」


ののこ「そだからツーショ撮る時は、あたしがポージングとかリードしようと思ってんだよね」


まみ「そりゃいいんじゃねぇ?……でもそれがサプライズなの?」


ののこ「サプライズは最後。あたしが『最後に』って頭に付けたら、ポージングを取るまでのあいさも全て連写で撮って欲しいの」


まみ「それがサプライズになるの?」


ののこ「なるなる。言わば一枚の写真を撮るメイキング……みたいな感じかな」


まみ「ん。わかった」


ののこ「あと、あの二人だったら絶対にあたしにリクエストできんであろう写真考えてるから」


こんな仕込みがあったので、まみはののこが何かやるんだろうな……とは思っていたが、その予想はまみの予想を遥かに超えた。


ののこ「はーい、良い写真撮れました〜。れぃちゃん、とりあえずOK?」


れぃ「は……はひ……」


茹でダコになったグルキャナックちゃんは足元おぼつかず、まみの所に戻ってくるやいなや、まみに無言でしがみ付き、まみの衣装で顔を覆う。


まみ「ちょっ……れぃちゃん?」


れぃは一度大きく息を吐き出し、ボソッと呟く。


れぃ「……し……死ぬかて思った……」


もしこれでれぃが絶命していたのなら、死因は尊死になるだろう。


ののこ「はーい、じゃあ次、ゆきちゃんおいで〜」


顔が赤くなっていたのはれぃだけでは無かった。

素晴らしく尊い物を突如見せつけられたゆきの顔も赤い。


ののこ「真由美、カメラ準備OK?」


まみ「あ、待って……れぃちゃん、ゆきちゃんの写真撮るから……とりあえずスマホ返しとくね」


まみはれぃに預かっていたスマホを返してゆきのスマホを起動する。


れぃはスマホを受け取り、ふらふらと数歩離れて力が抜けたように座り込む。


まみ「はーい、準備OK!」


ののこ「はい、じゃあ最初は基本ポージング」


さっきと同じようにののこがテキパキとポージングの指示を出す。


写真撮影に入り、ゆきも気が引き締まったのか顔色も元に戻る。


いくつかポージングを変えて撮影。


ののこ「はーい、じゃあ最後に……」


来た!

例のキーワードだ。


まみはカメラを連写モードに切り替える。


ののこ「ゆきちゃん、カメラに向かって正面に立って……足を肩幅に開く」


ゆきは何だかわからないまま、指示どおりに立つ。


ののこ「あたしの右手首を左手握って……右手をあたしの背中側の腰に添える……いい?しっかり支えてよ!」


そう言うとののこはゆきの右腕にもたれるかかるように体を反らす。


風の騎士シルフィードが、精霊の女神を救い出した時のシーンだ。


ゆき「きゃあぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!」


ゆきも余裕で限界突破。

絶叫がゲレンデに響く。


パシャシャシャシャシャシャシャ!


ののこがゆきの右腕に体重をかけ始めたタイミングでシャッターを長押し。


ののこ「は〜い、オッケー!真由美。どう?良い写真撮れた?」


まみ「うん。たぶん良い感じ」


ゆきは口から魂が抜けたような表情で呆然と立ち尽くしている。


一方、れぃは撮ってもらった写真を見返して、また茹でダコになっていた。


ののこ「さ、リフト券売場も空いて来たし、そろそろあたし達もリフト券もらいに行こー」


そう言うとののこはリフト券売場に向かって歩き出した。


まみ「ゆきちゃん?リフト券売場行くよ〜。大丈夫?」


まみの呼びかけに心ここにあらずと言った表情でゆきがボソリと呟く。


ゆき「ののこさんを……抱いてしまった。もう結婚するしかねぇ……」


まみ「え゛?ゆきちゃん……何……言ってるだ?」


スマホを握りしめてしゃがみ込んだまま茹でダコになっているれぃ。


放心状態で焦点の合わない目で宙を見つめ、立ち尽くすゆき。


そしてゆきの発言に、さすがにドン引きするまみ。


そんな姿をののこは振り返って自分のスマホで撮影し、イタズラっぽく「きしし……」と笑う。


乗鞍スキーランドの一日はまだ始まったばかりだ。

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