第58話「正体不明の涙」
第58話「正体不明の涙」
コスプレ滑走イベントで使う衣装の撥水加工をする為にゆきの家に集まった三人。
ここまで専用洗剤での洗濯とすすぎまでは終わった。
このあといよいよ撥水加工を始める。
ゆき「じゃあ……やるよ……」
れぃ「……いや、ちょい待ち……」
ゆき「どした?」
れぃ「……洗剤の時も洗剤液が足りねぇ感じがあったじゃん……。撥水加工も一度計画見直してからやった方がいいんじゃね?……」
ゆき「うん。確かに」
れぃ「……ってか、休憩してぇ……」
ゆき「それが本音かい」
計画の見直しも兼ねて、一度ゆきの部屋に戻って作戦会議を行う事にした。
ゆきは一度キッチンに寄り、コーヒーを新たに淹れて持って来た。
三人はコーヒーとお茶菓子を食べながら相談を開始する。
れぃ「……さて、今回はあたしの撥水剤の見積もりがえれぇ甘かったのはホントごめん……」
ゆき「気にしんでいいよ」
まみ「うん。初めてやるんだし、それにれぃちゃんがこれめっけてくれねぇんだら、衣装がずぶ濡れでやる事になってたんだし」
れぃ「……あんがと。で、撥水加工のマニュアルを読むと『ジャケット1~2着 水量約35Lで300ml』って事になってんじゃん……」
まみ「撥水剤1本の容量って……」
れぃ「……300ml……」
ゆき「あっはっは!全然足んねぇじゃん」
れぃ「……うん。なんかウェアってゴツいイメージあったから、ペラペラの普通の衣装だったらもっとできると思ったんだよね……」
まみ「あたしはそんなこんすら考えてなかった」
ゆき「あたしもれぃと同じで、根拠の無ぇ自信でできると思ってた」
れぃ「……で、どうする?……」
少しの間、三人はそれぞれ考え込む。
まみ「さっきも厳選して優先順位の高い物から洗濯したら何とかなったじゃん。あの方法でやれば何とかなるんじゃねぇのかな?」
ゆき「さっきのは『洗濯』で今からやるのは『撥水加工』だから同じには考えられねぇと思う」
まみ「良くわかんねぇ」
れぃ「……つまり、この撥水剤を衣装の繊維に染み込ませて行く訳だらず?一回やる事に洗濯槽の中の水だけじゃなく、撥水剤も物理的に減るって事……」
まみはよく解っていない愛想笑いの表情。
まみの様子を見たゆきは少し「ん〜」と考えた後に説明を始める。
ゆき「例えばさ、バケツの中にビーズが入ってたとするじゃん?」
そう言いながらメモ用紙に雑なイラストを描く。
ゆき「そこに紙を入れてかき回して引き上げてもビーズは紙にくっつかねぇからビーズは減らねぇじゃん」
まみは無言ではあるがふんふんと首を縦に小さく振りながら聞いている。
れぃは顎に親指と人差し指をあてて考えるような感じで聞いている。
ゆき「これが紙の代わりにガムテープ入れたらどうなる?」
まみ「ビーズがくっつく」
ゆき「そう。んで、そのビーズが撥水効果を持ってる。ガムテープを引き上げたらビーズの残量は減る」
まみ「あ、そっかぁ。じゃあ、マステみたいな粘着面積の小さい物から順に入れて、粘着面積の大きい物を最後にすれば無駄無く使えるんじゃねぇ?」
れぃ「……そうなると、まみの羽織は必然的に一番最後になるし、その時十分な撥水剤が残っているとは限らねぇぞ……」
まみ「あたしはいいよ。ウインドブレーカーさえしっかり撥水してくれたら水は入って来ねぇ訳だし、撥水効果が薄いて言ってもまぁず撥水しねぇ訳じゃねぇんなら、コケた時に一気にびしょ濡れになるって事もねぇだらず」
ゆき「まみがそれでいいならその方法で行く?」
れぃ「……じゃあさっきの撥水優先順位でやって行く感じでやってみずか……」
まみ「一応、マニュアルをもう一度読んどくね」
三人はお茶菓子をポリポリと食べながらそれぞれ撥水剤の使い方を紹介しているサイトを開いて読み込む。
ゆき「撥水剤の方もお湯の方がいいってなってるね」
れぃ「……手洗いの場合は15分ほど浸け置きってなってるから、あわててすすぎしんでも良さそうだな……」
まみ「しっかりすすぎしなくちゃシミになるかも……だって。シミになるのは嫌だなぁ」
お茶菓子が空になったタイミングで再度気合いを入れ直し、洗濯機に向かう。
洗濯機にお湯を規定量入れ、撥水剤を全て投入。
ボトルに残った撥水剤もくまなく使うべく、中にお湯を入れて振り、洗濯槽に投入。
ゆき「よく混ぜてからやるように……だってさ」
れぃ「……何も入れずに少し回せばいいかな……」
準備が整った。
それぞれ、自分の衣装の優先順位の高い物から入れて行く。
れぃ「……この辺が限界かな……」
ゆき「……そうじゃんね。これ以上入れたら回らなささず……」
まみも無言で頷く。
れぃ「……何分回すんだっけ?……」
ゆき「あ……」
まみ「え〜っと……書いてねぇ。二槽式洗濯機でやる事を想定して書いてねぇ」
ゆき「手洗いだと15分浸け置き……って書いてあるけど」
れぃ「……じゃあ15分回す?……」
まみ「さっきの洗濯と同じくらいでいいんじゃねぇ?ようは撥水剤をくまなく全体に染み込ませるのが目的なんだらず?」
ゆき「おぉ、そうじゃん。汚れを落とすとかそう言う話じゃねぇもんな」
れぃ「……じゃあ、5分でやってみず……」
タイマーを5分に合わせ、洗濯機が回り出す。
まるで初めて洗濯機と言う家電を目にした人のようにぐるぐると回る自分達の衣装を固唾を飲んで見守る三人。
やがてブザーが鳴り、洗濯機が止まる。
またそれぞれ自分の衣装を絞りながら引き上げる。
まみ「あっ!凄い!何か手がぎゅもぎゅもする」
れぃ「まみの手、凄い!水、弾いてる!」
れぃも興奮気味なのか、いつものボソボソ喋りのキャラはなりを潜めている。
ゆき「次、あたし!……ホントだ。何か手触りがぎゅもぎゅもする」
れぃ「この撥水剤、ちょっと酸っぱい臭いするな」
まみは先に引き上げた自分のウインドブレーカーをバケツの上でさらに絞り、撥水液を少しでも洗濯機に戻そうと奮闘している。
ゆき「まみ、そこにたらいあるから、絞り終えた服はそっちに入れといて」
まみ「わかった!」
れぃ「……次はあたしだ……」
ようやくキャラを取り戻し、いつものテンションでれぃが自分のウインドブレーカーを引き上げる。
れぃ「にゃはははは!ホントだ!手がぎゅもぎゅもする!」
撥水剤の手触りにまたテンションが上がり、即座にキャラ崩壊。
優先順位の高い衣装の撥水加工が終了し、第二弾。
ゆき「覚悟してたけど、えれぇ水減ったね〜」
れぃ「……第二弾やったら、まみの羽織回す分の水ねぇぞ。どうする?……」
まみ「水足しても撥水剤の濃度が薄くなるだけじゃんね……」
ゆき「そうか。水足せばいいんだ」
れぃ「……いや、それじゃ撥水剤の濃度がよ……」
ゆき「水足して、まみの羽織も第二弾で一緒に回してしまえばいいじゃん。そしたらあらかた撥水剤の残ってねぇ水でまみの羽織やるよりマシにならねぇかな」
れぃ「……お〜、そう言う事か……」
まみ「それなら第一弾をもうちょっと頑張って絞って撥水剤をちょっとでも足さず!」
三人とも女の子なので、握力も腕力もあまり無い。
絞ると言っても限度がある。
れぃ「……ダメだ。これ以上は絞り出せねぇ……」
ゆき「まだ……頑張れば……出そう……なんだけど……ぐぬぬ……」
ゆきは衣装を押し付けたり捻ったりして悪戦苦闘。
まみ「あまり力入れて絞って衣装傷めるのも嫌だもんね。何か『おもし』みたいな物無ぇかな?」
れぃ「……それだ。……ゆき、大きめのビニール袋ある?……」
ゆき「あるけど……ゴミ袋でいいの?」
れぃ「……何でもいい……」
ゆきは言われるがまま、ゴミ袋を持ってきた。
ゆき「何するの?」
れぃ「……これに入って、衣装を踏む……」
ゆき「おおっ!なるほど!」
れぃはたらいの中に入っている撥水処理が終わって、まだ水分を含んだ衣装の上にビニール袋を足に被せた状態で乗り、その場で足踏みをする。
たらいの中に衣装から撥水液が染み出してくる。
お風呂場の洗い場なので、排水口側にごくわずかな傾斜が付いている。
たらいの中の撥水剤の水は低い方に溜まっていく。
何度か衣装を踏んで、衣装をたらいから引き上げる。
ゆき「コップ一杯くらいは出たね」
まみ「次、あたしやる!」
まみもれぃの真似をして足にビニール袋を付けて衣装を踏む。
ゆき「お〜!出てる出てる!コップ一杯ちょいは出た!」
今度はゆきだ。
同じように足にビニールを付けて衣装を踏む。
まみ「すごいすごい!コップ二杯くらいは出た!」
れぃ「……やっぱ体重か……」
今度は容赦なくゆきの張り手がれぃの頭でペシっと音を立てる。
れぃ「……いて〜。でも、これは間違いじゃねぇぞ……」
ゆき「おもしが重いほど絞れるのは解るけど、なんか腹立つじゃん」
れぃはそんなゆきの言葉を意図的に無視してまみの方を向く。
れぃ「……まみ、ゆきにおんぶしてもらってみ?……」
少し照れくさそうにしているまみに、意図を汲んだゆきが少しかがみ「ほれ」と言わんばかりの姿勢だ。
まみは意を決して、小さい声で「じゃあ……」と言うと、ゆきの首に手を回す。
ゆき「いい?行くよ」
ゆきの手が背中に張り付いたまみの太ももの付け根辺りを支える。
ゆき「せーのっ!」
タイミングを合わせてまみはジャンプ。
ゆきはしっかりとまみを支え、再び衣装を踏む。
れぃ「……おお、すげぇぞ。コップ一杯……まではいかねぇけど、けっこう出た……」
ゆき「他の衣装もやる?」
れぃ「……もち。入れ替えるぞ……」
そう言うと、今踏んでいた衣装をバケツに移し、れぃの衣装をたらいに入れる。
ゆきはまみをおぶったまま、再び衣装を踏む。
れぃ「……あ、すげぇ。コップ二杯くらい出た。う〜ん重さは正義だな……」
ゆき「うるせぇ!」
さすがにまみをおぶったままでは、手を出す事はできない。
何度か踏んで、撥水液が出なくなると、また今度はまみの衣装に入れ替える。
まみ「ゆ……ゆきちゃん、重いだらず?大丈夫?」
ゆき「なんのこれしき!」
撥水液の補充が目的だったのが、何だか目的が撥水液をいかに絞り出すかと言う事にすげ変わっている。
絞り出しの作業が終わり、まみはゆきの背中から降りた。
まみを背負って足踏みしていたゆきは少し息を切らし、顔も少し紅潮している。
一方まみはおんぶされていただけなのに、顔が真っ赤である。
れぃ「……まみ、顔赤いぞ。どした?……」
まみ「え?うそ?何でだらず」
まみは小学生の時にののこにおんぶしてもらって以来、誰かにおんぶしてもらうと言う事は無かった。
また今まで友達らしい友達もおらず、友達とじゃれ合う事もなかったので、こうしてスキンシップする事に慣れていない。
友達におんぶしてもらうと言う事は、嬉しくもあり照れくさくもある事だった。
顔が赤くなるのも当然である。
もちろん紅潮している理由をまみ自身は理解していたが、それを口にする事ができず、とぼけるのが精一杯だった。
れぃ「……うん。あらかた撥水液は絞り出したと思う……」
それを聞いてようやくゆきはまみを下ろして、ふぅと息をつく。
まみ「ゆきちゃん大丈夫?重くなかった?」
ゆき「へっちゃらへっちゃら!家の手伝いで荷出しやってるから、けっこう筋力あるんだ」
そう言うと力こぶを作るようなポーズを取る。
一方れぃはまみの衣装からも追加で撥水液を絞り出し、貯めた撥水液を洗濯槽に入れる。
じょろ………
れぃ「……たいして補充にならなかったね……」
ゆき「なんか撥水液を絞り出すのが目的になってたよ」
そう言うとゆきは苦笑いする。
まみもどう言う表情をしたらいいのかわからず、何となく愛想笑い。
ゆき「まぁでも撥水液を足さねぇより足した方がいいのは間違いねぇ!」
れぃ「……だな。よし、第二弾を洗濯機に入れてみるか……」
残りの衣装を全て洗濯機に入れる。
予想どおり水量が足りない。
ゆき「……水……足すよ?」
緊張した面持ちでまみとれぃに確認を取る。
まみとれぃもその雰囲気につられ、同じく緊張した面持ちでこくりと頷く。
蛇口を開き、注水が開始される。
ゆき「……この……くらい?」
れぃ「……とりま回してみて回らねんだら、もう少し足す……みたいな?……」
おっかなびっくりタイマーを回すと、洗濯機は容赦なくゴウンと言う音を立てて動き出す。
しかし、衣装が回る気配は無い。
まみ「もうちょっと水入れねぇと回らねぇ感じかな」
ゆき「……だな。水、足すぞ」
また注水が開始される。
また少し水位が上がった所で、洗濯槽の中身が動き出す。
だが、まだ動きが悪い。
れぃ「……もうちょい入れず……」
衣装がスムーズに回り出すか出さないかのギリギリの所でゆきは蛇口をキュッと閉める。
れぃ「……おぉ、神業……」
神業でも何でもない。
ただ三人の感覚が、ただ水道の蛇口をタイミングよく閉めた事を神業と表現してしまうテンションだっただけ。
順調に回りだした洗濯機のタイマーをさっきの倍の10分にセットする。
ゆき「……上手く行くと思う?」
まみ「大丈夫だよ、きっと」
れぃ「……根拠は?……」
まみ「何となく」
ゆき「なんじゃそりゃ」
れぃ「……信じてぇて気持ち……と言うか上手く行ってくれ……て言う気持ちはわかる……」
まみ「撥水って言っても、完全に水を弾かんでもいいじゃんね?」
ゆき「たしかに」
れぃ「……ちょっと水に強い……くらいにはなるって事か?……」
まみ「もともとウェアみたいに水を通さねぇ服ならしっかりと効果出ると思うけど、綿みたいに水吸ったり通したりする生地にそこまで期待するのは難しいと思うんじゃん」
れぃ「……商品のホームページにもウェアの撥水を取り戻す……的な書き方だったしな……」
ゆき「期待しねぇ程度に期待する感じ?」
まみ「そのまま何もしねぇでスキー場で使うより、やっといたおかけでマシだった……くらいでいいんじゃんかな」
れぃ「……そうだな。その考え方が正しい気がする……」
ゆき「何もしねぇよりマシ……か。たしかにそのくらいの効果は出てくれる気がする」
まみ「うん。だからきっと大丈夫じゃん」
やがてブザーが鳴り、洗濯機が止まる。
れぃ「……洗濯機回し始めた時より、撥水液が透明感出たような気がするような……」
ゆき「たしかに、そう言われてみれば……」
まみ「撥水剤の薬液が衣装に染み込んだから、水は透明感出たって事かな」
れぃ「……もしそうなら、もっと回せば、もっと水が透明に近くなって衣装に撥水剤が染み込むって事かな……」
ゆき「やってみる?」
まみ「でもあまり回し過ぎて衣装傷めたら元も子もねぇよ」
話し合いの結果、これ以上洗濯機を回すのは危険が伴うと言う結果になり、このまま次の工程に進む事になった。
まみ「次は……すすぎ?」
ゆき「とりあえず洗濯機の撥水液はぶちゃるよ」
れぃ「……水が透明になるまでしっかりすすぐんだって……」
ゆき「こりゃわかりやすくていいね。何分回す……とかじゃなく、大量の水で透明になるまでひたすら回せばいいんだから」
ゆきは洗濯機の水位設定を「高」に切り替え、水を投入。
たっぷり溜まった所で洗濯機のタイマーを最大の15分に設定する。
低くモーター音が唸り、洗濯機が回り出す。
れぃ「……さっきより水の量が多いから勢いよく回るな……」
ゆき「果報は寝て待て。休憩しよ!あたしコーヒー淹れなおしてくるから部屋で待ってて」
ゆきはキッチンに、まみとれぃはゆきの部屋へと向かった。
れぃ「……なぁ、まみ……」
まみ「ん?」
れぃ「……ちゃんと撥水できると思う?……」
いつになく言葉に力が無い。
いつもボソボソ喋るが、その言葉にはれぃの意思の強さが感じられる。
だが、今のれぃの声には不安や後悔のような物が感じられる。
まみ「うん。大丈夫だと思うよ」
れぃ「……みんなに無駄なお金使わせてしまったかも知れねぇから……」
まみはれぃを元気付けようとした訳ではなく、本心で答えた。
まみ「え〜っとね、あたしはさっきも言ったけど、衣装の撥水効果はやらねぇよりやった方がマシ……くらいで考えてて、それよりあたしは今日こうしてみんなとわいわいできただけで価値あったと思う」
れぃは少し間があり、下から見上げるようにまみに視線を向ける。
れぃ「……ホントに?……」
まみ「えっと……」
少し躊躇したがまみは口を開く。
まみ「あたし、ほら……人見知りで小中学校で友達居んでさ……。友達と遊んだ事も友達の家に行った事とかもなくって……。そだから今日、えれぇ楽しみだったし、楽しいんじゃん。こんな楽しい事できたんなら、撥水が上手く行ったとかもうどうでも良くてさ、失敗してたらしてたで、またみんなでダメじゃんって笑えるんだらずな……って思ったら……」
れぃ「……まみ?……おぃ、どした!?まみ!」
まみも気付いて無かったが、まみの目から一筋の涙が頬を伝っていた。
まみ「え?あれ?なんだらず?」
れぃ「あの……えっと、なんか変な事聞いて悪かった」
まみ「え?そんな……別にあたしが勝手に喋っただけじゃん」
れぃも珍しくわたわたしているが、まみもれぃのわたわたを見て、同じようにわたわたしてしまう。
れぃ「あっ、あたしもさっ!こんな性格だから友達って呼べる友達とかあらかた居んで、そんな自分を納得させる為にキャラ作って、それが定着してしまってて……」
まみ「あ、やっぱキャラだったんだ」
れぃ「あーっ!いや、キャラであってキャラじゃなく、キャラとあたしが既に融合してる状態で、向井玲奈neoとしてこの世界に存在してるみたいな感じで」
まみ「向井玲奈neo……」
れぃ「声に出して言うなぁ〜」
自分で言うにはいいが、人に言われると恥ずかしいらしく、耳まで真っ赤になるれぃ。
まみ「だってれぃちゃんが自分で言ったんじゃん」
思わず笑顔になるまみだが、まだ正体不明の涙は流れ続けている。
れぃ「もとかくアレだ!まみが……損したって思って無ぇなら……良かったって言うか……」
まみ「うん。全然思ってねぇよ」
れぃ「あと、ほら、もう泣き止め。こんな所にゆきが戻って来たら、あたしが泣かしたと誤解され……」
ゆき「おまちーっ!……え?何?どう言う状況……?」
れぃ「あ……いや、違う」
ゆき「れぃ、お前、何まみ泣かせてんじゃん」
まみ「ゆきちゃん違うのあたしが勝手に涙流しただけで」
ゆき「いや、勝手に涙流れねぇだろ」
れぃ「いや、マジで普通に喋ってただけで……」
ゆき「普通にキツい事言った?」
れぃ「だぁらちげぇよ!」
まみ「そうだよ、ゆきちゃん!れぃちゃん何も言ってな…………あ…」
ゆき「『あ…』って何じゃん」
れぃ「いや、だから!」
ゆきは実のところ、本気でれぃがまみを泣かせたとは思っていない。
れぃは軽口叩いたり、からかうような事は言うが、傷つけるような事は言わない。
ゆきは根拠の無い確信があった。
また、まみは涙を流しているが、まみの表情がれぃに何かひどい事を言われたりされたりした訳では無い事を物語っていた。
ゆきが居ない間の経緯をれぃとまみそれぞれが話す。
ゆき「ふ〜ん」
まみ「あたしも何で涙出たのかわからんで……」
ゆき「嬉し涙じゃん?それ」
まみ「そうなの?」
ゆき「いや……嬉し涙て言うより『感極まる』が近いかな」
れぃ「ほらっ!あたし悪い事してねぇじゃん!」
ゆき「わーったわーった」
れぃが面倒くさいモードになりそうだったので、ゆきはサラッとあしらう。
ゆき「しかし、あたしらと一緒に遊ぶのに感極まって涙してくれるとは、かわいいヤツめ」
ゆきなりの照れかくしなのだろう。
ニカッと笑いながら、ゆきはまみの頭をガシガシと撫でる。
ゆきは自分がうざ絡みしている事を自覚していたので、まみがちょっと嫌そうなリアクションをするだろうと予想していた。
が、まみにしてみれば、それすら嬉しいのである。
髪をぐしゃぐしゃにされても、満面の笑みでされるがままである。
まみはののこにも母親にも、本人は自覚していないが、けっこうベタベタに甘やかされている。
しかし、「甘やかし」の方向性がスキンシップ系の甘やかしはあまり無かった。
それ故、頭を撫でられると言う事もまみにとっては憧れのコミュニケーションなのだ。
そんな事はつゆ知らず、予想していなかったまみの反応に、何となく止めるタイミングを逸するゆき。
れぃ「……ゆき、やってる事はあたしより酷いぞ。まみの髪、ぐしゃぐしゃじゃん……」
ゆき「あ〜っ!ごめん!つい……」
まみ「大丈夫、ブラシ持って来てるから」
れぃ「……ブラシ、いつも持ち歩いてんの?……」
ゆき「いや、女子高生なら持ってるだらず」
れぃ「……あたし持ってねぇ。ってか、手ぐしでいいじゃん……」
ゆき「寝癖とか気にならねぇ?」
れぃ「……その日のあたしのアクセントみたいなもんじゃん……変化があって楽しいし……」
さすがにこれにはゆきとまみはお互いやれやれと言った表情で顔を見合わせた。