表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/64

第57話「お洗濯開始!」

第57話「お洗濯開始!」


ゆき達と衣装の撥水加工をする日。

ゆきの家の最寄り駅の改札を出た待合い。

待ち合わせの時間より早めに着いたまみは、ゆきとれぃがまだ来て居ないかを見回す。


まみ「さすがにちょっと早く来すぎたかな」


グループLINEに「駅に着いた」と打ち込むが、ゆきとれぃを慌てさせても悪いと言う気がして削除する。


れぃ「わ」


まみ「あひゃあ!」


いつの間にかそっと後ろから近付いて来ていたれぃが、抑揚のない声でまみを驚かす。


れぃ「……たまげた?」


まみ「たまげねぁ訳ねぇじゃん、もう!」


れぃ「……あはは、わりぃわりぃ……。ゆきは?」


まみ「まだ。待ち合わせの時間よりえれぇ早く着いてしまったから、慌てさせるのも悪りぃと思ってまだ連絡してねぇ」


れぃ「……ん……」


そう言うとれぃはスマホを取り出し、カメラをインカメに切り替える。


れぃはまみの横に並び、スマホを構える。


れぃ「……はいちーず……」


また抑揚の無い小さな声でそう言うとシャッターボタンを押す。


あまりにも唐突だったので、まみは表情も作れず、ピースサインも中途半端な写真になった。


れぃは撮影後何も言わずに無言でスマホを操作し始める。


直後にまみのスマホが着信音を鳴らす。


れぃ『駅到着』


そのメッセージの後にさっき撮ったツーショット写真が貼られている。


ゆきも待っていたのか、既読がすぐに2になり、ゆきからの返信が即座に返ってくる。


ゆき『早かったね。すぐ迎えにいく。ってか、まみ、どしたん?その表情www』


よくよく写真を見てみたら、ピースサインは中途半端。

表情はほぼ真顔で半目開き。


まみ「ちょっ!れぃちゃん!急に写真撮るから!」


こうなるのを予想していたのか、れぃはいたずらが見つかった猫のようにぴゅ〜っと逃げ出す。


無人の駅の待合いでしばし追いかけっこ。


れぃ「……わかったわかった。ちゃんと撮り直すから……」


まみ「そう言う問題じゃねぇって」


そうは言ったが、別にまみの声に怒っている雰囲気は無い。


それを聞いていたのか聞いていなかったのか、はたまた意図的に無視したのか、れぃはまたスマホを取り出しカメラを起動。

インカメに切り替え、またまみの横に。


れぃ「……いいか〜?撮るぞ〜……」


今度はまみもちゃんと笑顔でピースサインもしっかり取っている。


れぃ「えっっぶしっ!」


れぃがわざとらしいクシャミをする。

わざとらしいが、まみを驚かすには十分な効果があった。


声こそ出さなかったが、びっくりしてまみはれぃを見る。


……と、そこにはニヤリと笑い、しっかりピースサインを出しているれぃがいる。


そしてスマホから「パシャ」と言う音が響く。


まみ「え?ちょっ……」


再びスマホに視線を戻した瞬間、またれぃはぴゅ〜っと逃げ出す。


まみ「もうっ!れぃちゃん!」


れぃ「……わはは〜……油断大敵なのだ〜……」


からかうようにそう言いながら逃げるれぃに天罰が下る。


れぃは凍結した地面を足を滑らせ派手に転んだ。


れぃ「……こけたぁ〜……」


まみ「れぃちゃん、大丈夫?」


れぃ「……ん。怪我とかはしてねぇけどズボン濡れてしまった……」


まみ「いたずらばっかするからじゃん」


まみはれぃに怪我が無いのを確認し、少し意地悪そうに言う。


れぃは起き上がり、さっき撮った写真をまみに見せる。


れぃ「……でも良い写真撮れたぜ……」


そう言うとれぃはまたニヤリと笑う。


まみは写真を見ると、れぃをポカポカと叩く。


そこにゆきが到着した。


ゆき「何やってんだ?二人とも……」


れぃもまみもゆきが来た事に気付いて無かったが、れぃは即座に返答する。


れぃ「……宇宙人との交信……」


ゆき「何でそうサラッとバレバレのそらっこと(嘘)が出てくるかな」


そう言われたれぃは満足げにニヤリと笑う。


ゆき「ってか、れぃ、ズボン濡れてるじゃん。どうしただ?」


れぃ「……水の悪魔『アルマナック』の召喚に失敗した時に……」


まみ「そこで足滑らかして転んだんじゃん」


れぃ「あっ!まみ、てめっ!」


ゆき「はいはい、しみるんだからちゃっと行くよ〜」


付き合いきれないとばかりにゆきは話を打ち切り、れぃが持っているカバンの一つをれぃから取り上げる。


ゆき「これに撥水剤入ってんの?」


れぃ「……そう。強い衝撃を与えると爆発するから、取り扱い要注意だ……」


まみ「さっきそれ持って転んでたじゃん」


れぃ「だぁら、まみ!」


ゆき「はいは〜い、行くよ〜」


そう言うとゆきは撥水剤の入ったカバンをぐるぐると振り回しながら歩き出した。


駅から歩くこと数分。


吉田薬局と書かれた看板が見えた。


まみ「ゆきちゃんち、あそこ?」


ゆき「ありゃお店。家は裏手になるからもうちょい先」


「定休日、日曜・祝日」と書かれたシャッターを横目に店の前を通り過ぎ、次の角を曲がる。


お店の裏手。

お店とは建物は繋がっているが、ごく普通の戸建て住宅がある。


ゆき「どうぞ、あがって」


れぃ「……おじゃまします……」


まみ「オジャマシマス」


声を聞きつけ、母親が奥から出てくる。


ゆきの母親「いらっしゃ〜い。よいとしてってね。美由紀、後でお茶持って行くね」


ゆき「ありがと。とりあえずあたしの部屋行かず。こっち」


そう言うとゆきは玄関横の階段を登り始める。

れぃとまみはゆきのお母さんにペコリと頭を下げてゆきに続く。


ゆきの部屋に入り、とりあえず荷物を置く。


ゆき「適当に座って〜」


その言葉にまみは、用意されていた座布団に正座して座る。

友達の家に行くと言う事にも慣れていないので緊張しているのだ。


れぃは立ったまま、まみの方を向く。


れぃ「……まみ、ゆきのお母さんにはあまり人見知り発動してなかったな。何で?……」


れぃの指摘どおり、普段のまみならゆきのお母さんが来た時点でスッとれぃの後ろに隠れるような動きをするはずなのだが、今日はれぃと横並びのまま、特に隠れるような素振りは見せなかった。


まみ「え〜?人見知りしてたよ」


れぃ「……してたかもだけど、いつもよりはマシだったぞ……」


これはまみも気付いて居なかったが、人見知りする対象には、それぞれ人見知りランキングが存在する。


一番人見知りを発動するのが同年代の男子。

続いて同年代の女子。

そして一番人見知りを発動しないのが、母親くらいの歳のおばさんやおじいさん、おばあさん達だ。


ゆき「それよりれぃはいつまでつっ立ってるんだ?」


れぃ「ズボン濡れてるから座れねぇ」


ゆき「お〜、悪魔召喚失敗した時の……」


れぃ「……転んだ時の……」


自分で言う分にはいいが、人から言われると気恥ずかしさがある。


ゆき「何だよ悪魔召喚で通せや。ドライヤー取ってくる」


そう言うとゆきは部屋を出て行った。


一拍の間の後、れぃはまみに近付き、立ったまま問いかけた。


れぃ「……結局、まみは4枚だけ?……」


まみ「うん。羽織と袴が嵩張るからカバンは大きいけどね」


れぃ「それ、水に濡れた状態で持って帰れるか?」


まみ「わかんねぇけど……ダメだった時はお姉ちゃんを呼……召喚する」


これはさっきの悪魔召喚から繋げて、まみなりにれぃを少しからかったのだが、からかわれた事よりののこに会えるかも知れない事の方がれぃの興味を引いた。


れぃ「ののこさん来るのっ!?」


まみ「重くて持って帰れそうになくて、お姉ちゃんが動ける時間だったら……だけどね」


れぃ「ののこさんが忙しい時間だったら?」


まみ「お母さん召喚」


れぃ「……まみまで召喚とか言うなし……」


まみ「『お姉ちゃん召喚』の時には反応しなかったのに『お母さん召喚』の時は反応するんだ」


れぃ「……ののこさんの時、召喚とか言った?……」


まみ「言ったよ。わざわざ言い直した」


れぃ「……てめっ……」


れぃが袖をたくし上げるゼスチャーをした所でゆきがドライヤーを持って戻って来た。


ゆき「はい、れぃ。コンセントそこね」


れぃ「……あんがと……」


れぃは受け取るとドライヤーのコンセントを挿し、温風を自分のズボンの濡れている所に当てた。


ぶぃぃぃぃぃぃ………


れぃ「あちッ!あちッ!」


ゆき「そりゃそうだろ。脱いでやったら?」


れぃ「……いや、友達んちに来てパンイチは無ぇだらず……」


ゆき「あたしは気にしねぇけど?」


れぃ「あたしが気にするんだよっ!」


ゆき「しゃあねぇなぁ……。ほれ、あたしの制服のスカート貸してやるからこれ履いてズボン脱いで乾かせ」


ゆきはそう言うとハンガーにかけてあった制服のスカートをれぃに渡す。


れぃはズボンの上からスカートを履き、スカートの両裾からスカートをたくし上げるように手を入れて、もぞもぞとズボンを脱ぐ。


ゆき「それならいいだらず?」


れぃ「……ウエスト、ぶっかぶか……」


ゆき「てめぇ、はっ倒すぞ!まみ!何笑ってんだ!」


まみは顔を背け、肩を揺らして笑いをこらえていたが、ゆきに見つかってしまった。


ゆき「そもそもあたしとれぃとじゃ身長が違い過ぎるんだ!ウエストぶかぶかで当たり前だらず!」


れぃ「……必死になんなし……」


ゆき「にゃろぅ!脱げ!今すぐあたしのスカート脱げ!パンイチにしてくれる!」


そう言うとゆきはれぃの履いているスカートをひっつかむ。


れぃ「ごめんなさい!ごめんなさい!もう言いません!」


まみ「あははははははは!」


ゆき「笑うなぁ〜!」


そこでとうとう三人とも笑い出してしまった。


あまりにも賑やかだったせいか、ドアのノックの音が聞こえなかった。

ドアがガチャリと開き、ゆきのお母さんがお茶とお茶菓子を持って入って来た。


そして娘が友達のスカートを脱がそうとしているシーンを目撃する。


ゆきの母「……これは、どういう状況?あたし、入って来たらマズかった?」


ゆき「あ……や……これは……違っ……」


そこからカクカクシカジカ。


ゆきの母「そうだったの。あーたまげた!最近の女子高生は凄い遊びをするのかと思ってお母さんヒヤヒヤしたよ」


れぃ「お騒がせしてスミマセン」


まみも小さく頭を下げるのを何度も繰り返す。

まるでそう言うオモチャのようだ。


ゆき「そんな訳でお母さんがしんぺぇするような事してねぇから!はい!お茶、ありがと!」


そう言うとゆきは母親を部屋から追い出した。


ゆき「はぁ〜〜〜〜〜………」


一瞬の沈黙の後、また三人でゲラゲラと笑い出した。


ひとしきり笑った後、何も無かったかのようにれぃはまたドライヤーのスイッチを入れてズボンを乾かし始める。


数分後、乾いたズボンに履き替え、スカートをゆきに返す。


れぃ「……あんがとね……」


ゆき「……おぅ……」


ゆきはスカートをハンガーに掛けながら、改めてれぃに聞く。


ゆき「そもそも何であんな所で転んだんだ?」


れぃ「……まみとツーショ撮ったらまみがキレたので逃げた……」


まみ「あっ!そうだった!れぃちゃんあの写真消しといてよね!」


ゆき「送って来たあの写真か?」


れぃ「……いや、コレ……」


そう言うとれぃはスマホをゆきに差し出す。


ゆき「ぶふぉ!」


本気で吹き出すゆき。


まみ「も〜〜〜〜!」


れぃ「……わーった、わーった。消すよ、消す消す……」


ようやく笑いの波が引いたゆき。


ゆき「はぁはぁ……そう言えば、れぃのスマホってこんなんだっけ?」


れぃ「……お父さんが新しいスマホ買ったから、お下がりもらった……。カメラの性能が格段にアップしたから使いたかったんじゃん……」


ゆき「確かにキレイな写真だったよね。まみの表情はアレだったけど」


そう言うと、またクククと笑う。


れぃ「……写真だけじゃねぇんだぜ。動画もえれぇ良い感じに撮れる……」


そう言うとれぃはスマホを操作し、ある動画を再生する。


そこには駅の待合いでキョロキョロと辺りを見回すまみが写っていた。

そしてまみの背後にカメラが接近し、抑揚の無いれぃの声で「わ」と言う声が聞こえ、直後に「あひゃあ」と言いながら飛び退くまみ。


まみ「ちょっ……あれ撮ってただ!?」


れぃ「……はい、大成功〜……」


まみ「消せ〜〜〜〜!」


ゆき「いや、でもこの動画、えれぇキレイに撮れてるぞ。ほら、待合いの暗い所から表の明るい所に来た時、ちゃんと明るさの調整ができてる」


れぃ「……だらず?ちょっと古い機種だからネットの速度はそこまで早くねぇんだけど、前のスマホよりはいっさら早えぇし、バッテリーも新しいのに替えてもらったからモバイルバッテリー無しで1日保つ……」


ゆき「これでコス滑走の動画撮るの?」


れぃ「……いや、これでも撮れねぇ事はねぇと思うけど、しっかり被写体を追いかけなきゃいけねぇし、手ブレ補正とかねぇから、動画撮るんだらアクティブカメラが欲しいな……」


ゆき「そんな高価な物、金欠女子高生が買える訳ねぇよなぁ……」


みんなでわいわいとお茶を飲んだ後、ようやく今日集まった本題を思い出す。


れぃ「……グダグダやってる間にもう1時間も経ってんじゃん……」


ゆき「そろそろやらずか」


まみ「順番にやる?」


れぃ「……撥水加工する総量を見たいな……」


ゆき「とりあえずここで一度全部出してみるか」


ゆきは事前に撥水加工する衣装を洗濯カゴに入れていたので、それをドンと皆の前に置く。


まみとれぃもそれぞれ持って来たバッグから衣装を取り出す。


まみ達が衣装を出している間にゆきは部屋を出たかと思うと体重計を持って戻って来た。


れぃ「……やっぱ体重気にしてるんか?……」


ゆきは即座に「グー」を作りれぃに振りかぶる。


れぃ「ごめんなさい!ごめんなさい!」


ゆき「ちっ!」


舌打ちしながら拳を引っ込める。


ゆきは体重計を置き、カゴごと自分の衣装を体重計に乗せる。


重さをメモに控え、今度はカゴをひっくり返して中の衣装を出し、カゴだけの重さを測る。


またカゴの重さをメモる。


ゆき「はい、まみ、衣装入れて」


言われるがまま、まみは自分の衣装を体重計の上のカゴに入れる。


ゆきはまたまみの衣装の重さをメモに書き留める。


ゆき「はい、次、れぃ」


まみはカゴから自分の衣装を取り出し、入れ替えるようにれぃが自分の衣装をカゴに入れる。


ゆき「れぃの衣装が……っと……」


れぃはカゴから衣装を取り出しながらゆきのメモを覗き込む。


れぃ「……どうだ?……」


ゆき「ん〜……上手いこと組み合わせたら2回でいけそう」


まみ「洗剤の量、足りそう?」


れぃ「……それが良くわからんのだ……」


ゆき「だね〜。マニュアルにはジャケット1~2着で水量20Lの時、専用洗剤150mlって書いてある」


まみ「ジャケット1〜2着って重さ?布面積?」


れぃ「……そこがわからんのよな……」


ゆき「一応、ウェアの上下の重さ測ってみず。取ってくる」


ゆきはまた部屋から出て行き、ゆきのスリッパのパタパタと言う足音がフェードアウトして行く。


れぃ「……これって、洗濯液の使い回しって……していいと思う?……」


まみ「普通の洗剤で洗濯する時は、最初白い生地の衣類を洗ってその洗剤液で色物洗ったりするしない?」


れぃ「……その方法なら洗剤足りるな……」


まみ「じゃあ色別に、白、薄い色、濃い色、黒に分ける?」


れぃ「……白って巫狐の羽織りとウインドブレーカーだな……。羽織に色移りしたらマズいしな……」


まみ「うん。そりゃちょっと困るかも」


れぃ「……じゃあ、第一弾は羽織とウインドブレーカーだな……」


まみ「次に色が薄いのは?」


れぃ「……ん〜……この肌色のインナーとかかな……」


まみ「それだけだと量が少ねぇね」


れぃ「……ゆきのスカートも薄い色に入るかな……」


まみ「若草色って感じだから薄め……だよね」


れぃ「……あとは赤と紫と黒……」


まみ「赤と紫は一緒でも良さそうだね」


れぃ「……と、なると4回洗濯機回す事になるな……」


そこにゆきがウェアを抱えて戻って来る。

おもむろにカゴにウェアを入れて重さを測る。


ゆき「ん〜……思いの外軽いな……」


れぃ「……今、まみと話してたんだけど、色移りするとマズいから、色別で洗濯して、洗濯液の使い回しをすればどうか……って話になった……」


ゆき「それなら足りそう?」


まみ「洗剤液が少なくなったら水と洗剤を足して行く感じでやればいけるんじゃんかな」


ゆき「なるほど。それで分けてたのか」


れぃ「……一応、色分けした衣装の重さを測って、ウェア2着分以内か確認しとこ……」


方針が決まったので、三人はあーだこーだ言いながら衣装を色分けする。


ゆき「よし!じゃあ、お洗濯開始!」


まみ「おーッ!」


れぃ「……おー……」


三人はぞろぞろとゆきの家の洗濯機に向かう。


専用洗剤の取り扱い説明書を見ながら、洗濯機に水を張っていく。


れぃ「……水20リットルってどのくらいだ?……」


ゆき「わからん。洗濯機のマニュアル取ってくる。おかーさーん、洗濯機の取説どこにある?」


マニュアルを探しに行ったゆきだったが、マニュアルではなくバケツを持ってすぐに戻って来た。


ゆき「このバケツで計れってさ」


れぃ「……なるほど。この目盛りが10リットルか。じゃあ、バケツ2杯で20リットル……」


そう言いながらバケツに水を貯め始めた。


れぃ「……10リットル……」


バケツ1杯分の水を洗濯機に入れる。


れぃ「……20リットル……」


2杯目も注ぐ。


れぃ「……え?……」


まみ「20……リットル……だよね?」


ゆき「どした?」


れぃ「20リットルって、えれぇ少ねぇ」


ゆき「ホントだ。これで洗えるの?」


まみ「手洗いだと水7.5リットルって書いてある」


れぃ「……7.5リットルってこのバケツより水すくねぇじゃん……」


ゆき「手洗いならそんなもんじゃねぇの?」


まみ「あと、水よりお湯の方がいいって書いてある」


ゆき「ホントだ。この水、一度捨ててお湯でやる?」


れぃ「……それより水の量の話が先だろ……」


まみ「あ、どうせこのあと、トータルで4回洗濯すんだから、先に多めのお湯で洗剤も多めでやるのはどう?」


れぃ「……この洗剤、300mlしかねぇから、それやると後半で洗剤追加できなくなるぞ……」


ゆき「ジャケット2~3着なら水35リットルで洗剤250mlになってるから、最初これで行って、後半水が減って来たら水と洗剤の残りを足す感じでやる?」


れぃ「……なんにせよ水20リットルで洗うのはちょっと心もとねぇな……」


まみ「あたしはゆきちゃんの案でいいと思う」


れぃ「……うん。折衷案だな。それで行かず……」


ゆき「じゃあ、一度水ぶちゃって、お湯を35リットル入れずか」


れぃ「……お湯って何℃?……」


まみ「そこまでは書いてねぇ」


ゆき「ちょい待ち、ググる……。あった!40℃〜50℃だって」


れぃ「……予想より高かった……。ちょっとぬくいくらいかと思ってた……」


ゆき「じゃあ間をとって45℃で……」


そう言うとゆきは浴室にバケツを持って入る。

給湯器の温度設定を45℃に合わせてバケツにお湯を貯め始め、浴室に湯気が立ち込める。


浴室と洗濯機を4往復し、35リットルのお湯が洗濯槽に用意された。


れぃ「……よし……次、洗剤入れるぞ……」


付属のキャップでピッタリ250mlを測り、洗濯槽に入れる。


ゆき「よし、じゃあ巫狐の羽織とウインドブレーカー入れて」


まみは真剣な面持ちで、無言でうなづき、羽織とウインドブレーカーを洗濯槽に投入する。

巫狐の羽織が洗剤液を吸いながらゆっくりと沈んでいく。


ゆき「何分洗濯機回せばいいんだ?」


そう聞かれてれぃとまみは、またスマホで調べ始める。


まみ「洗濯機の標準コース脱水無しでやるんだって」


ゆき「二槽式洗濯機に標準コースもへったくれもねぇよ」


れぃ「……この上に付いてる『標準』と『ソフト』の切り替えレバーは?……」


ゆき「確かおしゃれ着とかの洗濯する時はソフトを選ぶんだと思う。けど、時間は関係ねぇと思う」


まみ「あった!『時間の目安は3~7分ですが、汚れがひどい場合は8~10分、長くても15分程度にセットしましょう。』だって!」


れぃ「……前、この羽織洗った時は何分だった?……」


まみ「あたしんちの洗濯機、全自動のドラム式だから『標準コース』ポチっで終わりだったからわかんねぇ」


ゆき「前回洗濯してから着てねぇんだし、ウインドブレーカーも新品だしない?なら、汚れはねぇはずだから短くていいんじゃね?」


れぃ「……一理ある。じゃあ、3分?……」


まみ「たった3分でいいの?なんか不安……」


ゆき「じゃあ5分くらいやっとく?」


やいのやいの……


結局、5分で洗う事にした。

タイマーをセットし、洗濯機が回り始める。


れぃ「……お〜……思った以上に泡立つな……」


ゆき「これで……合ってんじゃん……ね?」


まみ「初めてやるから不安だしない〜」


三人とも不安な表情で洗濯機の中の水がぐるぐる回るのを見つめる。


5分後、洗濯終了を告げるブザーが鳴る。


ゆき「よし、洗剤液の減少を少しでも減らす為にここであらかた絞っておかず」


れぃ「……やり過ぎて衣装傷めたりするなよ……」


そう言われてゆきの動きがピタリと止まる。


ゆき「確かに……。ここはそれぞれの衣装は自己責任って事で自分でやらず」


その呼びかけに一同無言で頷く。


まみ「まずはウインドブレーカー、引き上げるね」


ナイロン製のウインドブレーカーは綿に比べれば水が透過しにくい。

洗剤液をたっぷり含んだウインドブレーカーはずっしりと重い。

そのウインドブレーカーを捻じるのではなく、巻くように絞って行く。

最後に丸まったウインドブレーカーを何度も握り、洗剤液を洗濯槽に戻す。


同じ方法で羽織も引き上げる。

羽織は布面積が大きい分、洗剤液の減少も多い。


ゆき「予想以上に減ったね〜。どうする?」


まみ「ごめん!もうちょっと頑張って絞る!ぐぬぬ……」


羽織を傷めない程度に今度は捻って洗剤液を絞り出す。


しかし、洗剤液の量は三分の二くらいまで減っている。


ゆき「マズいな……」


れぃ「……あぁ……」


まみ「これに衣装入れたらひたひたになってしまうね……」


ゆき「お湯と洗剤……足す?」


れぃ「……いや、まだ全体の1/4しか終わってねぇ。せめて半分洗ってから追加しないと、後半足りなくなる……」


まみ「あっ!見てみて!羽織とウインドブレーカーを入れたバケツに洗剤液が溜まって来てる!」


れぃ「……おぉっ!それを足せば!……」


チョロ……


ゆき「焼け石に水……だな」


れぃ「……作戦変更しないといけねぇな、これは……」


まみ「どうするの?」


れぃ「……撥水加工するべく持って来た衣装の中で優先順位の低い物は諦める……」


ゆき「逆に優先順位が高い物ってどれになるの?」


れぃ「……例えばウインドブレーカー。あれがしっかり撥水してくれたらインナーはしんで良くね?……」


ゆき「あぁ、確かに……」


まみ「じゃあ、あたし袴の撥水加工止めるね」


れぃ「……いいのか?……」


まみ「下にウェアのパンツ履くから水は染みて来ねぇし、袴だけなら撥水スプレー使えばいいかな……って思って」


ゆき「あたしもスカートだけ撥水加工してローブの部分は撥水スプレーにしずかな……。あ、その代わりにスカートの下に履くレギンス撥水かけてぇ」


れぃ「……あたしもマント止めるか……」


まみ「それぞれ1枚止めただけなのに、えれぇ減ったね」


ゆき「これならいけんじゃね?」


れぃ「……よし、1枚ずつ洗剤液の残量見ながら入れてみず……」


薄い色の衣装を慎重に入れていく。


ゆき「結局、ひたひたになってしまったね」


れぃ「……水と洗剤足すしかねぇのか〜……」


そこにゆきの母親が様子を見に来た。


ゆきの母「何難しい顔してるの?」


ゆきは母親に事情を話す。


ゆきの母「なんだ、そんな事で悩んでるんだ」


ゆき「そうは言うけど、専用洗剤の残量はあと50mlしかねぇんだし」


ゆきの言葉を無視して母親は浴室にバケツを持って入り、無造作にお湯を貯め、洗濯機にぶち込んだ。


ゆき「あ゛〜〜〜〜!」


ゆきの母「いいのよ、これで」


ゆき「でも洗剤の濃度が下がってしまったじゃん!」


母親「その分タイマー長めにかければいいじゃない」


ゆき「え?そんなもんなの?」


母親「あんたねぇ、料理する時塩10gってレシピに書かれてて、それをキッチンスケールで測る?」


ゆき「……料理しないからわかんねぇ」


母親「あ、そういやそうね。ようは目分量で塩入れて、味見して足りなかったら塩を足す。洗濯も汚れが落ちて無かったら追加でタイマー回す。これでいいのよ」


そう言うと母親は無造作にタイマーを回し、洗濯機が動き出す。


タイマーは10分を少し超えたくらいまで回されている。


母親「家事なんてマニュアルどおりやるもんじゃないわよ」


呆れたようにそう言うと母親はリビングに消えて行った。


ゆき「……そう言う事らしい……」


れぃ「……主婦の言葉の重みだな……」


まみ「さすがじゃん〜」


10分後、さっきと同じように絞りながら洗濯物を上げる。


れぃ「……さっきより泡は少ねぇけど、ちゃんと泡立ったな……」


まみ「でも、この洗剤液の量はえれぇ少ねぇよ。どうする?」


ゆき「よし、濃い色と黒、一緒に洗おう!洗剤も残り全部投入!総力戦だ!」


またお湯を追加し、最後の洗濯ができるまで水位を上げる。

そこに残っていた専用洗剤を全て入れる。


ゆき「よし、行くぞ」


れぃ「……あ、ちょい待ち……」


れぃはまみの羽織から染み出たごく少量の洗剤液と、薄い色物から染み出た洗剤液を洗濯槽に戻し、また専用洗剤が入っていたボトルにお湯を少量入れてボトルを振る。

ボトルに付着していた洗剤も残らず使う為だ。

ボトルの中の洗剤液も洗濯槽に入れてGOサインを出す。


ゆき「何分設定で行く?」


れぃ「……泡立ち見て、さっきと同じくらいなら10分、泡が少ねぇなら10分よりちょい長め。しっかり泡立つんなら5分でいいんじゃね?……」


とりあえず洗濯槽を回し、泡立ちを観察する。


まみ「さっきより泡少ねぇじゃん」


れぃ「……じゃあ、2〜3分延長するか……」


やがてブザーが鳴り、洗濯機が止まる。


ゆき「どう思う?」


まみ「わかんねぇ」


れぃ「……いいんじゃね?……」


ゆき「れぃ、めんどくさくなって来てね?」


れぃ「……ぶっちゃけ、ちょっとめんどくなって来てる……」


まみ「あ、でも洗剤液がだいぶ汚れてきてるね。これって汚れが落った証拠じゃね?」


ゆき「半分は色落ちだらずけどね」


れぃ「……悩んでてもしかたねぇ。次の工程に進もう……」


まみ「次、何やるんだっけ?」


ゆき「すすぎ」


れぃ「……すすぎは普通にやって良さそう……」


ゆきは洗濯槽の洗剤液を排出し、新しい水を入れる。


れぃ「……マニュアルにしっかりすすぎをしろって書いてある……。しっかりすすぐのって何分?……」


ゆき「とりあえず洗濯した時間プラス3分でどうだ?」


すすぎの工程は特にトラブルもなく、全ての衣装のすすぎを終えた。


いよいよ撥水加工の工程。

撥水剤のボトルを手に、三人は顔を見合わせ、無言で頷き合う。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ