第56話「フォーメーションしず!」
第56話「フォーメーションしず!」
ゆきとれぃに技術的に置いて行かれていると言う思い込みが杞憂であった事を認識し、少しまみの気持ちは軽くなった。
午前中の「練習して追い付かなきゃ」と言う焦燥感は消え、練習の最中シンクロ滑走の面白さを知ったまみは昼食後もののこの滑りをシンクロするのに熱中し、純粋にスノーボードを楽しんでいた。
シンクロも100%シンクロしなくてもシンクロに見えると言うのが、頭の固い所があるまみには気分的に楽なチャレンジだ。
まみは性格に極端な所があり、ちゃんとしないといけないと思うと100%を目指し、そうでない所はとことんいい加減なのだ。
まみは人見知りで引っ込み思案な所があるので、周りからアクティブなイメージは無い。
だが運動神経、とくにゲームで鍛えた反射神経は良いので、まみ的に少しいい加減にシンクロ滑走しても大崩れする事は無い。
ののこは少し意地悪くトリッキーな動きも混ぜてみたが、まみは一応シンクロと言える幅での誤差で付いて来る。
ののこ『おっ!これも付いて来たか……真由美、やるなぁ……』
チラとまみを見ながらニヤリと笑う。
一方のまみはシンクロしにくい滑りをののこがわざとしている事を感じ、少しムキになっていた。
まみ『あっ、またお姉ちゃん……もう!』
そうは思いながら十分楽しいと感じている。
言うなればゲームでクリアが難しいステージを攻略している気分だ。
ののこ『よ〜し、じゃあ、こりゃシンクロできるかな?』
ののこは今までにない大きな弧を描くターンを始める。
スムーズかつ一定の速度でターンするののこに対して、まみはまだ細かなエッジコントロールができなかった。
ののこの思惑どおりシンクロが途切れる。
その一本を滑り終えると、予想どおりまみはののこに文句を言って来た。
まみ「お姉ちゃん、わざとシンクロしにくい滑りしてただらず?」
ののこ「してたよ〜。少しずつ難易度上げなくちゃ面白くねぇじゃん」
まみ「そりゃわかるけどさぁ!」
ののこ「シンクロしにくいとか、シンクロができねぇって所は、そこが真由美に足りねぇ技術って事」
まみ「うっ……言い返せねぇ」
ののこ「どこがシンクロしにくかった?」
まみ「一番シンクロ難しかったのは、低速の大きいターン。あとはくにゃくにゃしたやつ」
ののこ「くにゃくにゃ?」
まみ「腰から上は動かねぇのに足だけで小さいターンを連続でやるやつ」
ののこ「あー、スキーで言う所のベンディングターンか……。ごめん、あたし無意識にやってた。ありゃ真由美にはちょっと早かったね」
まみ「難しいの?」
ののこ「できるようになったらどうって事ねぇんだけど、ぶっちゃけあたしの知識じゃ教えれねぇ」
まみ「できるけど教えられねぇの?」
ののこ「そう言う事あるだらず?例えば一度もスノボした事ねぇ人にスケーティングのやり方教えられる?『グイッ!』てか『パッ!』てか擬音使わねぇで」
まみ「え?できるんじゃねぇの?」
ののこ「じゃあ、やってみ?あたしにスケーティングを説明してみて」
まみ「え〜っと、まず左足のバインディングを付けて右足で雪を蹴り出す」
ののこ「右足はどこから蹴り出せばいいの?」
まみ「……この辺?」
まみはざっくりとした場所を指差す。
ののこ「今のまみの説明をそのまま実行するとこうなる」
そう言うとののこは正面を見たまま右足て雪を蹴り出したが、板に乗る事なく板を付けた左足だけが前に進み、ののこは「また裂け」状態でひっくり返る。
ののこ「できねぇよ?」
まみ「お姉ちゃん、わざとじゃん!」
わざとらしくひっくり返ったののこに、まみはからかわれていると感じて文句を言う。
ののこ「そうじゃん。あたし、スケーティングできるもん。でも、やった事ないビギナーは重心を置く位置とか蹴り出す力加減とか、全く知識が無ぇのよ。真由美だって美紅里さんに教えてもらった時、いきなり上手にできた?」
まみ「……バタバタしてた」
ののこ「だらず?美紅里さんみたいに教える事に慣れてる人が教えても、初めてスノボする人は一発ではできねぇ。明確な説明ができなくちゃ、より難易度は上がる」
まみ「そっかぁ……。できると教えれるってそれだけ違うんじゃん〜」
ののこ「特に高難易度の技術になればめたね(なおさらね)」
このあともまみとののこはシンクロ滑走の練習をして遊ぶ。
次の一本を滑ったら帰ろうかと言うタイミングでののこは今までとは違うコースに進んだ。
まみ『あれ?ゴンドラ乗り場まで下りて帰るんじゃねぇの?』
そう思いながらもののこの後ろをシンクロ滑走で付いて行く。
ののこが向かったのはまみがスノボデビューした初心者向けの幅が広くなだらかなコースだ。
まみ「あ、ここ…」
ののこ「真由美のデビューってここだらず?」
まみ「そう。でも、あれ〜〜〜?こんなになだらかだったっけ?」
ののこ「斜度とか、そうそう変わらねぇわよ」
まみ「いや、そりゃわかるけど」
ののこ「デビューの時はターンもできねぇし、スノボって難しいって思っただらず?それを今の真由美がこのコースを滑ったらどう思うかな……と思ってね」
まみ「わかった。あたしどう滑ればいい?」
ののこ「さっきと同じでいいよ。じゃあ、行くよ!」
ののこはまみの滑り出しを待つように最初はゆっくり滑り出す。
今日もスノボを始めたばかりの立つことさえおぼつかないボーダーや、小学校低学年くらいの子供を連れたファミリーがまばらに点在している。
まみはコース的に難易度が下がったので難なくののこの滑りに付いて来る。
ののこはビギナーがいるエリアを避け、リフト付近を滑るライン取りをする。
ゆったり、まったり。
シンクロしながらでも周りを見る余裕すらある。
まみ『やっぱり全然スピード出ねぇ……』
少し物足りなさを感じていた時、まみの頭上から声が聞こえて来た。
「すご〜い!」
「カッコい〜〜〜!」
「めっちゃ上手い人いる!」
何事かと声の方を見上げると、リフトに乗っているボーダー達が自分を見ている。
まみ『え?あたし、今、見られてる!?』
気持ち的に緊張したが、滑りには影響しなかった。
体が動きを覚えている感じだ。
そして、この難易度の低いコースで、難易度の低い滑りであったとしても、昨日今日スノボを始めた人から見れば、シンクロ滑走をしている自分は「凄い」「カッコいい」「上手い」と写るのだと知る。
そして、人見知りのまみとて、褒められたり羨望の眼差しを受ける事に悪い気はしない。
むしろ、ちょっと気分が良い。
照れと誇らしさとが入り混じった感情を抱えた状態でリフト乗り場に到着。
すぐにリフトに2人で乗る。
ののこ「どうだった?」
まみ「う……うん。デビューした時より簡単に感じたよ」
返答に一瞬の戸惑いを見せたまみ。
だが、ののこはその理由をちゃんと予測していた。
ののこ「そうじゃなくて、リフトの上から歓声が上がってただらず?」
まみ「え?そうなの?気付かなかった」
そう答えたが、まみはいつもの嘘をつく時の癖が出ている。
ののこはあえてそれには言及せず、話を進める。
ののこ「そうなんだ。あたし達のシンクロ見て歓声上げてた人が居たのよ。まだターンする事もできねぇ人から見たら、こうやって普通に滑るだけでも凄ぇって感じるし、100%じゃねぇシンクロだってカッコ良く見えるのよ」
まみはさっきのリフト上からの歓声を思い出し、思わず頬が緩むがフェイスマスクとゴーグル越しではそのわずかな変化はののこに伝わる事は無い。
と、まみは思っていたが、これにも癖があった。
まみは嬉しい時や照れくさい時に、首でも凝っている時に頭を動かして首の凝りを取るような仕草をするのだ。
もちろん本人はそんな癖がある事は自覚していない。
ののこはそれを見て、『あ、やっぱり嬉しいんだ』とほくそ笑む。
ののこがこのコースにまみを連れて来たのは、まさにこれが狙い。
去年の夏のコミックゲノム、通称コミゲのコスプレイベントの時も、話を持ちかけた時は散々嫌がり、ののこのプレゼンで徐々に興味を持ち始め、「その場にいるのは真由美ではなく巫狐だ」と暗示をかけ、さらに初コスプレがそうそう注目される事なんて無いと嘘までついてまみをコスプレに引きずり込んだののこ。
そしてコミゲで沢山の人から写真を撮られ、注目され、賞賛され、さらに友達までできた。
人見知りで人前に出るとか目立つとかは、とんでもないと思っていた中学生の頃のまみと比べれば、まるで別人のような変化だ。
このコミゲの時の経験がまみを成長させたのだとすれば、スノボでも見ず知らずの人から褒められたり賞賛されたりすれば、妹はもっと積極的になれるのではないかとののこは考えたのだ。
ののことまみはリフトを降り、ゴンドラ乗り場まで滑って下りる。
その間もまみは口角が上がってしまうのを我慢しながらご機嫌で滑り下りた。
麓に着いた二人は板を外し、駐車場で体に付いた雪を払う。
ののことまみはウェアのままののこのジムニーに乗り込み帰途についた。
玄関前でウェアに付いている雪が無いか、もう一度二人でチェックし合っていると、家の中から「紀子〜、真由美〜、お風呂沸いてるよ〜」と母親の声が聞こえた。
ののことジャンケンをしてまみが先に入る事になった。
脱衣場でウェアを脱いでいる時に、ようやく筋肉痛があちこちにきている事に気付く。
まみ「いて……いてて……。一息ついたら急に筋肉痛が来るの何でなんだらず……いてて……」
筋肉痛になった所をさすりながら浴室に入り、湯船に浸かる。
まみ「はぁ〜〜〜〜〜」
今日一日の疲れを癒すような声が漏れる。
そしてまたリフト上からの歓声を思い出してニマニマする。
『すごーい!』
まみ「えへ〜」
『カッコい〜!』
まみ「えへへ〜〜〜」
『上手い人いる』
まみ「にゃはははは」
思わずまみは水面をバシャバシャ叩き、何もと言えない感覚に浸る。
目立たないように生きてきたまみは、人から褒められる事もあまり無かった。
もちろん親、姉、学校の先生等から褒められる事はあった。
しかし、クラスメイトや見ず知らずの人から褒められる事なんて皆無だ。
オンラインのゲームの大会等では、それなりに賞賛のコメントや応援コメントももらっていたが、画面の中の文字はどこか現実感が無い。
またコミゲや体育祭、文化祭の時も「可愛い」とか「クオリティ高い」等の声を掛けられたが、その時のまみの精神状態的にまみの耳に届いても、頭には届いて居なかった。
届いていたとしても、それは巫狐が可愛いのであり、自分では無いと言う意識があった。
だが、今日のリフト上からの歓声はコスプレもしていない普通のウェアで、ただシンクロ滑走の練習をしていただけ。
あの言葉は全て浅野真由美と、浅野真由美の技術に対して向けられていた言葉だった。
嬉しさと高揚感は波のように押し寄せては引き、引いてはまた押し寄せる。
おかけで少し長湯してしまったまみは、のぼせた顔でお風呂から出て来た。
ののこ「あ、真由美出た?じゃああたしも入って来よ……って、真由美、顔真っ赤じゃん!大丈夫?」
まみ「あはは……ちょっと考え事してたらのぼせてしまった」
少し照れくさそうな表情をすると頭にタオルを巻いたままキッチンに消え、冷蔵庫を開ける音がした。
ののこはのぼせた理由もだいたい予想しており、その予想はほぼ的中していた。
何故ならののこ自身が美紅里に教えてもらっている時に同じ経験をしたからだ。
まみはご機嫌なままドライヤーで髪を乾かし一息ついた後、巫狐の衣装をクローゼットから取り出す。
まみ「え〜っと、撥水加工しなきゃいけねぇのが……これと、これと……あと、これもしといた方がいいよね」
羽織、袴、インナーシャツ、ウインドブレーカー……。
選びながらも、またさっきの事を思い出す。
今度の想像は巫狐のコスプレで滑っている時に歓声が上がる想像だ。
その想像にはゆきやれぃ、ちーも一緒にいる。
まみ『ちーちゃんとシンクロ滑走したらカッコいいかな……。あ、でもちーちゃんスキボだし……シンクロになるのかな……』
この想像は不安ではなく、スキボとスノボのシンクロと言う、まみの中では新しい表現に対する期待感だ。
まみ『同じスノボでゆきちゃんとれぃちゃんも一緒にシンクロしたら……。って、三人でシンクロってどうやるのかな?縦一列?それとも先頭一人でその後ろに二人横並びで三角になる感じのフォーメーションで……フォーメーションっ!それ、絶対カッコいいじゃん!』
まみは飛び付くようにスマホを掴み、ゆき達のグループLINEにメッセージを打ち込む。
まみ『フォーメーションしず!』
たまたまゆきもれぃもスマホを触っていたので、即座に既読が付く。
しかし、返信にはいささか時間がかかった。
理由は2つ。
一つは何の脈絡もなく、いきなり「フォーメーションしず!」と言われ、何が何やら理解が追い付かない。
そもそもそれがスノボの話なのかさえわからないし、スノボの話だとしてもフォーメーションと言う物がどういう物かゆきもれぃもわからないのだ。
もう一つの理由は、まみから何かを提案されると言う事が今まで無かったから。
いつもはゆきかれぃが「〜しよう」とか「〜しない?」と提案されて、あとの二人がその話に乗っかるスタイル。
ゆき達からしてみれば、「まみ、いったい何があった?」と言う感覚なのだ。
そんな中、わずかに反応が早かったのはれぃだ。
れぃは弟がいる分、唐突な提案とか、主語を言わずに目的だけを言われると言う事にゆきよりは慣れていたからかも知れない。
れぃ『まみ、とりま落ち着け。そもそもフォーメーションって何だ?』
鼻息を荒くして返信を待ちわびていたまみは即座に返信する。
まみ『フォーメーション滑走じゃん!』
メッセージの後ろに大きく口を開けてテンションが上がっている表情の顔文字が付いている。
れぃとまみのやり取りが始まり、ようやくゆきが会話に参加する。
ゆき『フォーメーション滑走ってどんなの?それ、あたし達でもできるの?』
ようやく言葉が足りなかった事に気付いたまみはフォーメーション滑走について説明を始める。
れぃ『なるほど。あらかたわかった。でもあたしもゆきも、まだシンクロ滑走すらやった事ねぇんだぞ』
ゆき『そうじゃんね〜。日にち的にも予算的にも栂の森のコスプレ滑走イベントまであと1回行けるだけじゃん?』
れぃ『まみでもシンクロ滑走できるようになるのに一日かけたんだらず?そこからその次のステップのフォーメーションとなると時間的に間に合わねぇんじゃん?』
れぃの言う「まみ『でも』」がれぃの心情を表現していた。
まみはゆきやれぃより自分が劣っていると感じていたが、れぃ的にはスノボにおいて自分より先に技術を習得するまみの方が上だと認識しているのだ。
これはゆきも同じで、未だにスピードに対する恐怖感を克服できないでいるゆきにとって、まみの滑りは「凄い」のである。
まみ『大丈夫だと思うよ。シンクロも100%バッチリシンクロしんでも、あらかた合わせてたらシンクロっぽく見えるから』
れぃ『そうは言うけど、前を滑ってる人のマネって言うか、前の人に合わした滑りはまぁいいとして、もう一人とはどうやって合わすの?』
ゆき『そりゃ先頭行く人に後ろの二人がそれぞれ合わせれば、100%じゃねぇだらずけどあらかた合うんじゃね?』
れぃ『あ、そうか。先頭行く人は後ろと合わせる必要ねぇもんな。んで、先頭に後ろの二人が合わせりゃ結果的に三人がシンクロするって事か』
ゆき『それよりもあたしができるかなって思ってるのがスピードの事じゃん。あたしはれぃやまみほどスピード出せねぇから結果的に遅れてしまうだらず?そしたらシンクロできねぇじゃん』
れぃ『それこそ問題ねぇだらず。ゆきが先頭滑ってあたしとまみがゆきに合わせりゃいいんだから』
ゆき『あ、そっか。それならいけるかも』
まみ『シンクロする時は斜滑降とターンを予め何秒間隔って決めてた方がやりやすかったし、それをやろうと思ったらよいと滑った方がやりやすい。だからシンクロとかフォーメーションやるときは必然的によいと滑る事になると思うよ』
ゆき『お〜。それならできるかも』
れぃ『しかし何でまた急にフォーメーションやりてぇとか思ったんだ?』
まみは今日の事をまた詳しく説明した。
れぃ『いいじゃん、いいじゃん、それ!』
ゆき『あたしもカッコいいって言われてぇ!』
まみ『だらず!?あたし達みたいな今年始めたばかりのボーダーでもカッコ良く見せる方法があるってわかったんじゃん!』
ゆき『ぶっちゃけ、あたしシルフィードのコスしてるのに、シルフィードみたいなカッコいい動きできねぇからどうしようって思ってたんだよね』
れぃ『個人でのカッコよさが無理なら、チームでのカッコよさか。有り寄りの有りだな』
まみ『でね、最初はゆきちゃん先頭でシンクロして、途中で先頭入れ替わって、先頭をローテーションしたらそれもカッコいいかなって思うんじゃん』
れぃ『お〜!いいな、それ!』
ゆき『最初の先頭があたしなら、あたしのペースもれぃとまみにわかってもらえるだらずし、できそうな気がする』
れぃ『なぁ、これってちーちゃんも一緒にできるのかな』
まみ『あたしもそれ考えてたんだけど、先頭一人で三人が横並びか、先頭一人で2列目二人で3列目一人とかのフォーメーションもいけるかなって考えてる』
ゆき『ちーちゃん上手いから合わせてくれそうだしね』
れぃ『これにののこさんとけんたろーさんも加われば、先頭一人、2列目二人、3列目三人とかもできんじゃね?』
ゆき『それ熱いな!』
まみ『あとでお姉ちゃんに聞いてみる』
れぃ『その時の滑り、動画で撮りてぇな』
ゆき『見てぇ見てぇ!』
まみ『先頭のさらに前から後ろ向きに撮る感じの動画が見てぇ!』
れぃ『撮影の技術が相当高くないと難しいな。前向いて滑ってカメラは後ろ向きだらず?』
ゆき『写真も欲しいね!』
まみ『写真撮ってくれそうな人いるかなぁ』
そこで少しの間ができる。
「少しの間」と言っても1〜2分の間ではあるが、さっきまでポンポンとお互い返信して来たリズムからすれば、十分な間だ。
ゆき『柳江君は?』
れぃ『は?何で柳江が出て来んだ?』
ゆき『柳江君、雪山の写真撮りに来てたし、去年のコミゲにも写真撮りに来てたじゃん』
また間が空く。
れぃ『そうだけど……』
ゆき『嫌なの?』
れぃ『いや、別に嫌って訳じゃねぇけど、あたし達の事撮る為だけにその日スキー場に来てくれって頼むのも、なんかわりぃじゃん?』
ゆき『もちろん柳江君を誘って、柳江君が撮りてぇって思ってくれたらの話だけどね。でもこの話持ちかけなきゃその日スキー場に柳江君が来る可能性ってえれぇ少なくなるじゃん』
れぃ『そりゃそうだけど……。誰が頼むんだよ』
柳江の名前が出た時点でまみは沈黙している。
ゆき『それならあたしが声かけてもいいけど、れぃとまみにもOKもっらっとかなきゃ、勝手に呼ぶ訳にいかねぇし』
れぃ『あたしは別にかまわねぇけど』
そう返信したものの、れぃの心情は複雑だ。
もちろんこないだの事をまだ引きずっているからだ。
れぃ『まみはいいのか?』
そう聞かれてまみも返信せざるを得なくなった。
実際、まみ的には他の男子に比べれば柳江に少し慣れた感じはある。
だが、ゆきやれぃに比べればまだ人見知りしている。
できれば自分とゆき、れぃ、ちー、ののこの5人が理想だ。
健太郎はちーの兄で、ののこが酔っぱらって誘ってしまい、来るのはわかっていたが、ちーまたはののこと言うワンクッションあるので直接喋る事も無いと踏んでいたのでそこまでは気にしていなかった。
しかし、柳江となると話は違う。
自分にも話しかけられる可能性はあるし、少なからずコミュニケーションを取る必要にかられる。
だが、フォーメーション滑走をしている時の写真は欲しい。
人見知りと欲しい写真を天秤にかけて葛藤していた。
そして迷った挙句、出した答えが
まみ『大丈夫』
この返信が来るまでの「間」と、さっきまでのテンションとは裏腹に「大丈夫」とだけ返信してきたまみの心情をゆきとれぃは即座に察知した。
ゆきはそろそろまみが柳江に対して慣れて来ているのではないかと思っていたが、その認識はまだ甘かったと再認識した。
れぃはれぃで自分の気持ちもあるが、まみが悩んだあげく「大丈夫」と言った事で、人見知りよりフォーメーション滑走やその他の写真を残す事に重きを置いた事を理解した。
そこには既に自分の柳江に対する何だかよくわからないモヤモヤした気持ちを差し挟む余地は無かった。
ゆき『じゃあ、今度柳江君に会ったら、それとなく聞いてみるね』
ここはあまり深刻な雰囲気で話を進めるべきでは無いと感じたゆきは事も無げに話を進めた。
れぃ『おぅ!頼んだ』
れぃも自分のモヤモヤした気持ちをゆきやまみに察知されるのを警戒し、ポーカーフェイスを気取り、いつも通りを意識して返信。
まみはまみで、自分の人見知りを二人に気遣わせているのを感じ、せめて返信でこれ以上気遣わせないようにする。
まみ『お願いしまーす』
一刻も早くこの話題から遠ざかりたかったのはれぃである。
れぃ『そう言えばまみは撥水加工する枚数確定した?』
まみ『あ、そうだった!ごめん、忘れてた』
そう言うとディフォルメされた巫狐が「テヘペロ」しているスタンプを送る。
まみ『羽織、袴、ウインドブレーカーとインナーの4枚かな』
れぃ『それだけでいいのか?』
まみ『下はウェアのパンツ使うし、いけると思う』
ゆき『撥水加工いつやる?』
れぃ『次の土曜か日曜でいいんじゃね?』
まみ『あたしはどっちでも大丈夫』
ゆき『お店が定休日の日曜がありがてぇかな』
れぃ『じゃあ日曜だ』
まみ『はーい』
ゆき『詳しい打ち合わせは明日学校でしず』
ちょうどこのタイミングで、キッチンから母親がごはんできたとの声が聞こえた。
まみ『あ、ごはんできたみたいだから食べてくる』
れぃ『おう。しっかり食べてしっかり寝ろ〜』
ゆき『また明日ね〜』
まみは巫狐が手を振るスタンプを送り、母親の呼びかけに「は〜い」と答え、ダイニングに向かった。