第55話ちょっと難しいとか……ウソじゃん」
第55話「ちょっと難しいとか……ウソじゃん」
まみとののこは滑り出すタイミングを計っていた。
今からまみとシンクロ滑走にチャレンジするのだ。
シンクロするにあたり、他の滑走者と滑走ラインがクロスするような事があれば、おのずとシンクロは崩れる。
また、ずっと同じスピード、同じターン幅での滑走を目標としている。
まみがビギナーでなければ、多少は状況に応じて臨機応変に対応できるのであろうが、滑りやすい環境でチャレンジさせたいと言う姉の配慮である。
ようやく滑走者が途切れたので、ののこはまみに合図して滑り出した。
つま先側のターンから斜滑降、かかと側のターンから斜滑降になったタイミングでまみもスタート。
まずはリズムを合わせる為に数回ターンを繰り返す。
4回ほどターンを終えた頃、ようやくタイミングが合って来た。
ののこはチラと後ろから付いてきているまみを見る。
ののこ『さて、真由美はシンクロの難しさに、いつ気付くかな……』
ののこは少しほくそ笑む。
一方まみは既にシンクロの難しさを感じ始めていた。
まみ『お姉ちゃんがターンするタイミングに合わせてるつもりなのにどうしても遅れる』
実際、まみのターンはどうしてもののこのターンよりワンテンポ遅れる。
遅れた分を取り戻そうとターンの弧を小さくしたり斜滑降で加速したりして調整しようとするが、スピードが上がった分次のターンで弧が大きくなる。
それを修正する為にブレーキをかけてしまうのでさらにののことのシンクロタイミングがズレる。
いつしかののこはつま先側ターン、まみはかかと側ターンと、全く逆のターンになってしまう。
一方ののこは各ターン3秒、斜滑降3秒。
ターンからターンまでの幅もずっと均等に滑り続けている。
結局この1本はほとんどシンクロする事無く終わってしまった。
ののこ的にはまったり流して滑っているくらいの滑りだったので全く息が切れていない。
対してまみはゼーゼーハァハァと肩で息をしている。
滑り終えたまみにののこが少し意地悪っぽい口調で感想を聞く。
ののこ「シンクロ滑走、どうだった?」
まみは息を整えながら途切れ途切れに答える。
まみ「『ちょっと難しい』とか……ウソじゃん……これ……えれぇ難しいじゃん」
ののこ「どうする?お昼近いけどもう一本行く?」
まみ「……い……行くっ」
同じリフトにまた二人で乗る。
まだまみの息は荒い。
色々と聞きたい事満載だが、声にならない。
リフトで半分くらい登った頃、ようやくまみの息が落ち着いてきた。
まみ「シンクロ、難しいじゃん」
ののこ「だらず?」
まみはさっきの滑りの感想をこと細かにののこに話す。
まみ「ターンのタイミングがどうしても遅れるんだよね。そこで遅れるのがキッカケでどんどんタイミングがズレてしまう」
ののこは予想通りのまみの感想に内心再びほくそ笑むが、表情や態度に出す事は無かった。
ののこ「そうなんじゃん。あたしも美紅里さんと初めてシンクロやった時、そんな感じだった」
まみは自分がどんくさいからできなかった訳ではないと少し安堵する。
ののこ「さっきのあたしの滑りはターン3秒、斜滑降3秒でずっと同じペースで滑ってた。イチニサン、イチニサン、イチニサンって感じ」
ののこは人差し指と中指で滑りのイメージを表現して説明する。
まみ「じゃあある程度先読みしてターン始めるって事かな」
ののこ「そうじゃんね〜。あたしの頭の中のカウントと真由美の頭の中のカウントがシンクロしたら、あとは微調整で良い感じで合ってくるんだけどね〜」
実はののこ自身、シンクロ滑走についての明確なアドバイスができないでいた。
もちろんののこは合わせる相手との技術差が無ければシンクロ滑走できる。
だが、「できる」のと「教える」のは違うのだ。
まだ自分のやっている事を明確に言葉にして教える相手に「伝わる」ように教える事ができる所まで技術的に来ていないのだ。
リフトを降り、二人は再びスタート地点まで移動し、タイミングを計ってののこがスタートする。
ののこがつま先側からかかと側のターンを終えたタイミングでまみもスタート。
シンクロ滑走の難しさを前の一本で実感したまみは、いきなりシンクロを目指すのではなく、冷静にののこの滑りを観察する事から始めた。
まみ『イチニサン、イチニサン、イチニサン……本当だ。お姉ちゃん、ずっと同じペースで滑ってる……イチニサン、イチニサン……よしっ!』
かかと側のターンから斜滑降、つま先側のターンを終えたタイミングでまみはシンクロ滑走に移行する。
まみ『イチニサン、イチニサン、イチニサン……』
まだ少しタイミングが合わないが徐々に合ってくる。
しかし、完全には合わない。
これがののこが考えたスピードコントロールの練習方法だ。
シンクロ滑走をするには斜滑降やターンの速度を前方滑走者に合わせなくてはならない。
さっき滑った時みたいに、遅れたから追い付く為に加速したり、加速し過ぎたからブレーキをかけたりしたらズレる一方なのだ。
前方滑走者のタイミングを見つつ、微妙な速度調整。
加速し過ぎず、減速し過ぎず。
そして同じコースを滑っていると言えど、ゲレンデの起伏や斜度、雪面の荒れ具合は違ってくる。
その中で前方滑走者と同じペースで同じ弧を描くターンをタイミングを合わせて行うと言うのはかなり難易度が高い。
ののこはシンクロをするように言うだけではなく、先にまみにシンクロ滑走ができた時のカッコ良さを想像させる事により、まみにそれをしたいと思わせる事に成功した。
現に、何も言わなかったらスピードを出す事に楽しさを感じているまみが、普通より少し遅いくらいのスピードでの滑走に夢中になっている。
「ゆっくり滑るのも楽しい」を感じさせる。
これがののこの狙いだ。
そしてその狙いは見事に当たる。
二本目を滑り終えたまみは、また肩で息をしているがののこが聞くより先に、息を切らしながらもののこに楽しそうに話しかける。
まみ「難しい〜!……でも何回かシンクロっぽい感じで滑れたんじゃん!……たしか……4回ターンするくらいはシンクロしてたと……思う……でも……かかと側のターンでちょっとコケかけてしまってリズム狂ってしまって……」
よほど楽しかったのか、ずっと喋り続けている。
ののこはまみの話しに「おぉ〜」「凄いじゃん」「でしょ〜」「あ〜残念」など相づちをうちながら聞く。
ようやくまみのテンションが落ち着いて来た。
ののこ「ぼちぼちお昼行く?」
まみ「ん〜……もう一本滑りたいけど、お腹空いたし……」
ののこ「じゃあ、お昼にしず。何食べる?」
まみ「バーガーエンペラー」
ののこ「オッケ。途中混んでる所もあるかもだから、無理しねぇようにできる範囲でシンクロやりながら行かずか」
まみ「うん」
ののこ「とは言うものの、コース的に同じ幅で同じスピードでずっと行くのは難しいと思うからさっきみたいにタイミングを計って……ってのは無理かもね」
まみ「じゃあどうしたらいいの?」
ののこ「ターン入る前って予備動作あるじゃん。それを見てターンに備える感じかな」
まみ「ん〜〜〜。わかったやってみる」
二人はさっき乗ったリフトの下をくぐり、朝滑っていたコースに合流する。
バーガーエンペラーに着くまで、まみはののこの言った「ターンの予備動作」を観察しながらシンクロに挑むが、やはり上手くいかない。
ターンのタイミングが合っても、イメージしたターンの弧に差があるので、そこで失速したり追い付きそうになったり。
また斜滑降でも離されたり追いついたり。
まみ『シンクロってえれぇ難しい……』
四苦八苦しながらもまみはののこの滑りとシンクロすべく、ののこを観察しながら滑る。
そしてふと気付く。
まみ『お姉ちゃんの滑りのクセ、ちょっとわかったかも……』
そこからシンクロ率が徐々に上がる。
シンクロ率が上がって来た事は、自分の後ろを滑っているまみの滑走音を聞きながら滑っていたののこも気付く。
ののこ『へ〜。真由美、もう気付いたんだ。あの子、こう言う所で勘がいいのよね』
バーガーエンペラーの建物が見える頃、完璧とまでは行かないまでも、シンクロと呼べるくらいの滑りになっていた。
そしてバーガーエンペラーに到着し、二人は同時にブレーキをかけて止まる。
まみ「お姉ちゃん、できたよ!」
ののこ「みたいね。音聞いてたら何となくわかった。話しは食べながらしやしょ」
まみはやはり少し息が切れているが、さっきほどではない。
板を脱ぎ、ワイヤーロックで二人の板を繋ぎ、店に入る。
ののこ「混んでるね……どうする?並ぶ?」
まみ「他に何があったっけ?」
ののこ「下に行ったらピザがあるよ」
まみ「ピザもいいかも!」
ののこ「じゃあ、そうしず」
二人は一つ下の階に降りて空席を探す。
ちょうど食べ終わったグループがテーブルを開けたので、入れ替わるようにその席に着く。
テーブルにヘルメットとグローブを置き、ピザの注文列に並ぶ。
ののこ「真由美、何にする?」
まみ「あたしマルゲリータとウーロン茶」
二人はピザを注文し、番号の札を受け取りテーブルに戻る。
ののこ「さっきも後半はシンクロできてたっぽいね」
まみ「うん。ターンの幅とかスピードが一定じゃなかったから難しかったけど、後半お姉ちゃんがターンに入る直前のクセって言うのかな……予備動作みたいなのがあるのに気付いたからシンクロっぽい事できた」
ののこ「クセ?」
まみ「お姉ちゃん、ターン入る前に一瞬重心下げたあと、軽く伸び上がってからターン入るじゃん」
ののこ「あたしそんな事やってた?」
まみ「やってたよ」
ののこ「うそ……いっさら気付かなかった」
まみは極度の人見知りであるが故に、身に付いた能力。
それは人の挙動の観察能力。
わずかな動きで、自分の方に来るのかを見抜き、スッと気配を消す。
その動きは非常に自然で、流れるように人の影に隠れる。
もちろん本人は意図的に隠れている訳ではない。
既にそれはまみの中では当たり前の行動なのだ。
条件反射と言ってもいい。
そして隠れている間も相手に気付かれないように観察し、必要ならばさらに距離を取る。
ののこのターンに入る前の動作も、それを意識して観察しなければ気付かないレベルの動き。
ましてや、まだまだビギナー枠から出ないボーダーが見抜けるものではない。
ののこ「たまげた」
まみ「だってそう言うの見なきゃターンに入るタイミングとかわかんねぇじゃん。お姉ちゃんがターン始めてから反応してたらターンに入るタイミング遅れるし」
ののこ「あたしがシンクロ挑戦してた時は前方滑走者のエッジ見てたのよ。まさかあたしのクセを見てたとはね」
まみ「あ、そっか。エッジの切り替え見れば良かったんだ」
ののこは内心ズッコケそうになったが、平常心を演じる。
まみ「でも細かなエッジの切り替えとか見えねぇんじゃね?」
ののこ「エッジ立ててる角度で上がる雪煙とか雪しぶきの量って変わるでだらず?」
まみ「たしかに」
ののこ「しっかりエッジ立ててる時は雪しぶきの量が多い。エッジ切り替える為には徐々にフラットにしなきゃいけねぇからエッジの角度は緩くなる。そうなると雪しぶきの量も段階的に少なくなる」
まみ「と、言う事はターンの時も同じだしない?」
ののこ「そうじゃん。雪の抵抗が大きけりゃ大きいほど雪しぶきの量は増えるから」
まみ「でもつま先側のターンしてる時の後半って角度的に見にくいから難しい」
ののこ「真由美の背中側にあたしが居る事になるもんね」
まみ「どうやったらいい?」
ののこ「勘」
まみ「勘?」
ののこ「そう、勘。このペースでこのターン幅でターンしてるんだからそろそろターン終わるしなぃ〜……みたいな?」
まみ「何それ、わかんねぇ」
ののこ「あはは、半分冗談だけどね」
まみ「あと半分は?」
ののこ「見にくいだけでいっさら見えてねぇ訳じゃねぇって事。さっき真由美が言ったみたいに、エッジの動きとか細かな所は見えねぇ……って言うか観察までできねぇけど、前方滑走者の体の動きとかは見えるだらず?それを見てタイミングを計る感じかな」
まみ「でもそれだとタイミング遅れるじゃん」
ののこ「だから『勘』もいるの」
まみ「いっさらわかんねぇ」
ののこ「頭で理解できてなくても、さっき真由美はシンクロできてたじゃん。100分の何秒単位までシンクロするのは素人じゃ無理だからね。タイミングがズレたのをターンや斜滑降で如何に『シンクロの範囲内』で誤魔化すか……って話よ」
まみ「それでいいの?」
ののこ「ん〜……ちょっと待って」
ののこはそう言うとスマホを取り出し、何かを探しているようだ。
ののこ「あった。これでいいや」
ののこが差し出したのはダンスのクオリティが高くて有名な某アイドルグループのPV動画だ。
アイドルの子達が皆同じ動きでダンスしている。
ののこ「……で、適当な所で一時停止する……」
そう言いながらスマホの画面をタップする。
ののこ「え〜っと、この子見て。動画で見ると見事にシンクロしてるけど、静止画で見たら腕の角度が他の子と合ってねぇ。この子だけじゃなく……」
そう言うと、また再生して適当な所でまた一時停止。
ののこ「このシーンだと……センターの子だけ膝を曲げるタイミングがちょっとズレてる。でも動画で見たらバッチリなシンクロなのよ」
今度は少し動画を戻して、動いているシーンを見せる。
ののこ「ね?さっき、ちょっとズレてるって言ったシーンなんかも動画で見るといっさら気にならねぇ……ってか、完全にシンクロしてる感じに見えるだらず?」
まみ「ホントだ……。何で?」
ののこ「それだけ人間の目はいい加減だって事。静止画だと細かな差を見比べてズレてるか判断できるけど、動いてる映像だと同時に二つ以上の所にピントを合わせられねぇ。また、このグループの凄い所は各ダンスの動きを止める所に関してはピッタリ合わせて止めてるのよね。そだからそこで誤差が修正される」
まみ「じゃあ、シンクロ滑走もピッタリ合わんでもシンクロになってるって事?」
ののこ「ありていに言うんだらそう。ターンに入るタイミングがちょっとズレてもターンを終えるタイミングがちょっと遅れても、斜滑降て言う滑走ベクトルが変わらねぇ『静止』のタイミングで修正すればいっさらシンクロに見える」
そこまで喋ったタイミングでカウンターからののこ達が持っている番号札の番号が呼ばれたので、二人は席を立つ。
ののこ「ここのドリンクってドリンクバーになってるからおかわりできるよ」
まみ「ラッキー!」
二人はピザと飲み物を入れて席に戻る。
ピザ生地の縁がカリカリでまみが好きなタイプのピザだ。
まみはピザの写真を撮ろうとキツネのリュックからスマホを取り出す。
まみ「あれ?」
ののこ「どした?」
まみ「なんかえれぇLINE来てる」
ののこ「ゆきちゃん達?」
まみ「うん。なんだらず?」
ここでやっとまみはゆき達からのLINEに気付いて状況を把握し、一連のメッセージを読む。
グループLINEにやっと「既読2」が付く。
れぃ「お?まみ、やっと起きたか?」
れぃの中では、まみは昼過ぎまで朝寝坊している前提だ。
ピザを食べながらグループLINEを読み進める。
ののこ「真由美、食べながらスマホ見ねぇの」
ののこの窘めにも「ん〜」と生返事で返すもスマホを置こうとはしない。
ひとしきり読み終えたまみはさしあたり読んだ旨のメッセージを返信する。
まみ『LINE、今気付いた。撥水加工する衣装の枚数は後で連絡する感じでいいかな?』
すぐに既読がつき、返信がくる。
れぃ『まみ、やっと起きたか』
まみ『寝てないよ。今日はお姉ちゃんとスノボの練習しに栂の森スキー場に来てる』
即座に既読が2になると同時に二人から返信が飛んでくる。
れぃ『何っ!』
ゆき『まみ、こすいぞ!』
思わず声に出るまみ。
まみ「え!?何?」
ののこ「どした?」
まみ「ゆきちゃんとれぃちゃんに、お姉ちゃんとスノボ来てるって言ったらこすいって責められた」
ののこ「あっはっは、そうだらずね」
まみ「え?何で?」
ののこ「ゆきちゃん達だって滑りに行きてぇだらずからさ」
まみ「うん、まぁそりゃそうかも……だけど……」
ののこ「一人で抜け駆けして上手くなろうとしてるって思われたんじゃねぇ?」
まみ「抜け駆けって言うか、あたし的にはゆきちゃんとれぃちゃんに追い付く為の補習みたいな感じなんだけど」
ののこ「真由美的にはそうかも知れねぇけど、実際、真由美はゆきちゃんやれぃちゃんと実力はどっこいどっこいだったんだらず?」
まみ「ううん。あたしゆきちゃんみたいに丁寧なターンできねぇし、れぃちゃんみたいにスピードコントロールもできねぇ。美紅里ちゃんにも雑って言われてしまったし……」
ののこ「でも、ゆきちゃんよりはスピードコントロールできてて、れぃちゃんより丁寧なターン出来てたんじゃねぇの?」
まみ「それは……わかんない……。でも美紅里ちゃんに雑って……」
ののこ「それってアレじゃん。ゆきちゃん国語の成績が5で数学が3、れぃちゃんは国語が3で数学が5。真由美は国語も数学も4って事なんじゃねぇの?平均したらみんな4だらず?」
まみ「そうなの?」
ののこ「いや、わかんねぇよ。でも、同じ日に始めて同じ回数行って、同じくらい本数滑ってたんなら、よほどずば抜けたセンスあったり、目も当てられないくらいセンス無かったりしねぇ限りは、そんなに技術に差なんて出ねぇよ」
まみは少し考え込むように黙り込む。
ののこ「で、ゆきちゃん達的には出し抜いて上手くなろうとしてる……って思ったから『こすい』って言ったんじゃねぇ?」
まみ「あたし、みんなに遅れないように……って思って、お姉ちゃんにスノボ教えてもらって追いつこうとしたんだけど、間違いだったのかな?」
ののこ「全然」
まみ「全然?」
ののこ「スノボが上手くなる人は他人より多く滑り込んだ人!つまり努力したもん勝ち。ゆきちゃんやれぃちゃんも上手くなりてぇなら、何らかの方法で練習すればいいだけよ」
まみ「そりゃそうだけど、あたしにはスノボ教えてくれるお姉ちゃんがいるし、今日のリフト代もお姉ちゃんが出してくれたし……。でもゆきちゃんとれぃちゃんにはお姉ちゃんが居ねぇ訳だし……」
ののこ「真由美には弟居ねぇし、一人っ子でもねぇじゃん。育った環境に対して『こすい』って言われても、『そう言われてもなぁ』って感じじゃん?」
まみ「ん〜……。でも謝った方が良いのかな?」
ののこ「誰に何の事についてゴメンな訳?」
まみ「え〜っと…みんなを出し抜いて練習行ってゴメン……かな」
ののこ「それ悪い事じゃねぇし、出し抜こうとした訳じゃねぇじゃん」
まみ「でも……」
ののこ「謝るかどうかは別にして、経緯だけ説明したら?ゆきちゃんとれぃちゃんに追い付きたくて、あたしに特訓頼んだんだ……ってさ」
まみ「そうじゃん。言わなきゃ伝わらねぇもんね」
これは自分に言い聞かせる言葉だったのかも知れない。
まみはグループLINEに返事を打ち始めた。
まみ『こないだのスノボで美紅里ちゃんに雑って言わてしまったし、美紅里ちゃんの言うとおりゆきちゃんみたいな丁寧なターンできないし、れぃちゃんみたいなスピードコントロールもできないからお姉ちゃんに頼んで特訓してもらってるんだ。みんなを出し抜いて上手くなろうとか、そう言うのじゃないから』
打ち終わった後も、何度か読み返し、ようやく意を決したように送信ボタンを押す。
すぐに既読2が付く。
既読が付いたと確認したと同時に、れぃから返信が来る。
れぃ『そこじゃねぇ!』
続けてゆきからも返信が来る。
ゆき『あたしもののこさんと滑りたかった!』
れぃ『それなっ!』
ゆき『まみだけののこさんと滑ってこすい!』
れぃ『それなっ!』
ゆき『上手くなるとか出し抜くとかどーでもいい』
れぃ『それな!』
ゆき『まみが上手くなったら教えてもらうだけだもん』
れぃ『それな!』
ゆき『何なら『あら、ゆきさん、そんな事もできないのかしら?ふふ……お可愛い事』とか言ってくれてもいい』
れぃ『いや、それはちょっと悔しい』
ゆき『ってな訳で、次はあたし達も誘うように!』
れぃ『それなっ!』
一通りゆきとれぃの連投が終わり、まみはキョトンとした表情でグループLINEの画面をののこに見せる。
まみ「……だって……」
ののこも一通り目を通し、少し呆れた口調で口を開く。
ののこ「……そっちかよ……」
ののことまみは思わず顔を見合わせる。
と、同時に笑いがこみ上げて来た。
ののこ「あの子達、どれだけあたしの事好きなのよwww」
まみ「お姉ちゃんと滑りに行くのがこすいって言われてもwww」
二人でなんだかよくわからないツボに入ってしまい、ゲラゲラと笑い続ける。
ようやく落ち着き、ののこがまみに手を伸ばす。
ののこ「真由美、ちょっとスマホ貸して」
まみ「ん。何するの?」
ののこ「ゆきちゃん達にああ言われたら、ののこ姉さんとしては応えねぇ訳には行かんだらず」
そう言いながら、まみのスマホに何やらメッセージを打ち込み、送信した後、まみにスマホを返した。
ののこが何を書いたのか確認するよりも早く、ゆきとれぃからスタンプが返信された。
ゆきからはシルフィードが手に持った剣を高く掲げ、感動の涙を流し、「この上ない喜び」と書かれたスタンプ。
れぃからはグルキャナックが感動の涙を流し、その涙でできた水たまりにへたり込み「嬉゛し゛い゛よ゛〜」と言っているスタンプだ。
何事かとののこが送ったメッセージを読んで見ると……
『よしよし、今度はゆきちゃんとれぃちゃんも連れてってあげるから、それまでいい子で待ってるんだよ by.ののこ』
と書かれていた。