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第54話「その頃ゆきとれぃは」

第54話「その頃ゆきとれぃは」


ゴンドラに乗り込んだ二人。

まみのテンションは高いままで、さっきの滑りはこんなだったとか、この部分はどうだったか等、普段からは想像できないペースで喋り続けている。

ののこもそんなまみを見るのが嬉しくて、二人でキャッキャと会話を続けていた。

会話とゴンドラが柱を通過する時の音でかき消され、二人は気付かなかったが、まみのスマホにれぃからLINEが届いていた。


時間は少し遡る。


今日はスノボに行く予定の無かったれぃは、休みの朝の惰眠を貪っていた。

確か1時間程前に母親からそろそろ起きるよう声をかけられたような気がするが、きっと夢の中の出来事だったのだろうと自分に言い聞かせ二度寝に入ったのだ。


時計が10時をまわった頃、玄関のチャイムの音がして、何やら宅急便が届いたようなやりとりをまどろみの中で聞いた。

ぼちぼちお腹も空いたし、起きるかそれとも空腹を我慢して根性で寝続けるかを思案していた時、弟がれぃの部屋にノックもせずに入って来た。


聡太「ねぇちゃん、お母さんがそろそろ起きろってさ。あと、ねぇちゃん宛の荷物が何か届いたぞ」


れぃ「ん〜……荷物〜?……ってか、ノックくらいしろ〜」


寝ぼけた声なのでまるで迫力が無い。


聡太「また推しグッズでも買ったんか?」


れぃ「買った覚えねぇ……」


聡太「こないだもそんな事言ってフィギュア買ってたじゃん」


れぃ「あ〜もう、朝からうっさいなぁ!着替えるから出てけ!」


手元にあったぬいぐるみを弟に投げつけ追い払う。


れぃ「……起きるか……」


ボヤくように言うとモソモソと着替え、顔を洗いに洗面所に行く。


リビングに行くと、さっき聡太が言っていた自分宛ての荷物が目に入る。


れぃ『何か買ったっけ?』


宅急便のラベルの品名を見ると撥水剤と書かれている。


ゆき達とお金を出し合い、コスプレ滑走の為に衣装を撥水加工する為の薬剤だ。


れぃ『おぉ〜!入荷待ちになってた撥水剤じゃん。ごはん食べたら開けてみず』


時計は既に10時を回っている。

フライパンをIHヒーターに乗せ、油を少し。

ベーコンに卵を乗せて塩コショウ。

少量の水を入れて蓋をし、火力を弱にする。

ベーコンエッグが焼き上がるまでの間に食パンをトースターに入れ、インスタントコーヒーを淹れる。


フライパンをIHヒーターから下ろして出来上がったベーコンエッグをお皿に移す。


れぃ『色合いがさみしいな……』


冷蔵庫からレタスを取り出し、ベーコンエッグの横に添える。


そのタイミングでトーストが焼き上がる。


れぃは料理やお菓子作りが好きなのだ。

出来上がった朝食を前にニマっと笑うと、いただきますと手を合わせて食べ始める。


れぃ『うん。ほどよい半熟……』


朝食を食べながらスマホを手にする。


LINEを開き、ゆきとまみとのグループLINEにメッセージを送る。


れぃ『撥水剤届いたぞ』


メッセージと一緒にれぃがしているコスプレのキャラクター「グルキャナック」がドクロマークの入った小瓶を持っているスタンプを送る。


朝食を食べ終わる頃ゆきから返信があった。


ゆき『おー、届いたか。撥水加工って時間かかるの?』


れぃ『まだ説明書読んでねぇからわかんねぇ。今から読む』


即座にゆきがコスプレしている「シルフィード」が「了解した」と言っているスタンプが返ってくる。


まだ既読は1件。

どうやらまみはまだLINEに気付いていないようだ。


れぃ『まみはまだ寝てるかな?まみも朝弱そうだもんな……』


使った食器を洗い、リビングに座りなおす。


れぃ『これより開封の儀を執り行う』


そんな事を考えながら段ボールのガムテープを剥がし始める。


そこにまたひょっこりと聡太が顔を出す。


聡太「どんなフィギュア買ったんだ?」


れぃ「フィギュアじゃねぇっつってんだろ、ホレ!」


段ボールに入っていた撥水剤のボトルを聡太に見せる。


聡太「何だそれ?」


れぃ「聡太にゃ関係ねぇ」


つっけんどんに言い放ち、ラベルに書かれた使用方法を読む。


聡太「開けていい?」


れぃ「ダメに決まってんだらず!触るな!」


ボトルは2本入っていた。

れぃが手にしていない方のボトルに手を伸ばそうとした聡太の手をペシっと叩き、その手でシッシと追い払う。


聡太「ケチ!」


そう言うと聡太は引き上げて行った。


聡太と入れ替わりで今度は母親がリビングに入って来た。


母親「玲奈、また無駄遣いしたんじゃねぇだらずね?」


れぃ「してねぇよ!」


母親「あらまたフィギュア買ったのかと思ったわ。何それ?洗剤?」


れぃ「撥水剤」


母親「撥水剤?」


れぃ「コスプレ衣装に使って衣装が撥水するようにするの」


母親「何で?」


れぃ「そのまま衣装着て、スノボしたら濡れて重たくなんじゃん」


母親「あんたあれ着てスノーボードするつもりなの!?」


れぃ「あれ?言って無かったっけ?」


母親「初耳よ。それよりそんな薄着でスノーボードしたら風邪ひくじゃねぇ?」


れぃ「やるの3月だし、防寒対策もするし……」


母親「そもそもスキー場でコスプレとかしていいの?」


れぃ「あーもう!コレ見て!コレ!」


そう言うとれぃはスキー場でのコスプレ滑走イベントの動画を母親に突き付けた。


母親は目を丸くしてその動画を見る。


母親「へぇ〜。スキー場も変わったんだね〜。あたしが若い頃は……」


そこまで聞くとれぃは荷物をまとめてリビングを退散した。


れぃ『ダメだ。リビングじゃ落ち着いて使い方とか読めねぇ』


部屋に戻り、改めて使用方法を読む。


れぃ『まず、ウェアを専用の洗剤で洗って……すすいで……次に撥水剤を入れた液に浸けて、またすすぐ……と。あ、脱水はかけねぇんだ……』


次に使用量を確認する。


れぃ『ウェア3〜4着でこの量使うから……そういやゆきとまみはどのくらいの枚数を撥水加工するんだらず?』


そう思った瞬間に手はスマホに伸びている。


れぃ『ゆきとまみって何枚くらい撥水加工するんだ?』


すぐさまゆきから返信が来る。

未だに既読は1のままで、どうやらまみはまだ見ていない。


ゆき『あたしはドレスアーマーのドレスだけ……って言っても布面積大きいからウェア2着分くらいはあるのかな……』


ゆきはれぃから撥水剤が届いたと知らされた直後に自分でその撥水剤の使い方を調べていたようで、話しが早い。


れぃ『まみから返信ねぇから正確な所はわかんねぇけど、巫女の衣装の羽織と袴だしない』


ゆき『しっぽとかどうするんだらず?』


れぃ『あと、インナーも撥水しとくべきじゃんね?』


ゆき『ウインドブレーカー?それともストッキング?』


れぃ『できればどちらも』


ゆき『そうなると一人あたり1着分くらいは増えるね』


れぃ『やべぇ……見積もり甘かったかも。撥水剤が足りねぇ』


ゆき『マジか』


れぃ『あたしんち洗濯機がドラムの全自動だから一回ごとに排水してしまうから三人分で3回となると足りねぇ計算になる』


ゆき『あたしんち二層式の洗濯機。あたしんちでみんなで集まって一緒にやればいいんじゃねぇ?』


れぃ『いいの?』


ゆき『お母さんに聞いてみるけどいいと思うよ』


れぃ『そういやゆきは鎧の部分、新しく作ってもらうって話だったけどどうなった?』


ゆき『あらかた完成してる。あとは調整とお父さんのこだわり詰め込んだら完成』


れぃ『お父さんのこだわり?』


ゆき『塗装が気に入らねぇんだって。鎧をもっと金属っぽい色にしてぇから追加で塗装するんだって』


れぃ『マジか!ゆきとお父さんガチじゃん』


ゆき『あと、頼んでねぇ物まで作ってた』


れぃ『頼んでねぇ物?』


ゆき『シルフィードのウインドソード』


れぃ『前使ってたやつじゃダメなの?』


ゆき『前のはカラーボードで作ってるから強い衝撃与えると折れたり割れたりするんだ』


れぃ『なるほどな。しかしゆきのお父さん、ホントすげぇな』


即座にシルフィードが苦笑いしているスタンプが飛んでくる。


ゆき『まだまみからの既読付かねぇね。何やってんだらず?』


れぃ『寝てんじゃね?』


ゆき『もう11時じゃん』


れぃ『あたしも10時まで寝てたし、弟に起こされ無かったらまだ寝てた』


返信の直後にスヤスヤと眠るグルキャナックのスタンプ。


だが、そのスタンプに既読が付かない。


れぃ『ゆき、トイレにでも行ったかな……』


れぃはYouTubeを開き、撥水剤の使い方を紹介する動画を見始める。


半分ほど見た所でゆきから返信が来た。


ゆき『お母さんが洗濯機使っていいって』


れぃは動画を一時停止し、即座に返信する。


れぃ『ありがてぇ』


動画が途中だったので、さしあたり動画をラストまで見る事にした。


れぃ『使い方は解ったけど、脱水かけねぇんだな……。さすがにゆきンちで乾くまで干すって訳にもいかねぇし……どうしず』


同じ事をゆきも考えていた。


ゆき『洗濯機使う許可もらったけど、干すのどうする?脱水しねぇみたいだから、ビタビタの状態で持って帰って干す?』


れぃ『あたしも今それ考えてた』


ゆき『脱水してねぇから干した時に雫落ちるだらずから、雫落ちても大丈夫なお風呂とかに干す事になると思うけどあたしんちのお風呂で全員分干すのはちょっと無理っぽい』


れぃ『それはそうだらずな。ビニール袋とかに入れて持って帰って家で干すしかねぇな』


ゆき『まぁまぁ重くなりそうだけどいける?』


れぃ『最悪、お父さん召喚』


そしてグルキャナックが魔法陣から悪魔を召喚しているスタンプを送る。


ゆき『お父さんを悪魔扱いしちゃマズいだらずw』


れぃ『まぁそこは後から考えず。ところで新しいコスは試着した?』


既読は付いたが返信は来ない。


返信が来る間にれぃはグルキャナックの衣装をクローゼットから出し、撥水をかける衣装の正確な枚数のチェックを始めた。


れぃ『ワンピースとローブ、翼も撥水加工しといた方がいいな……リボンは……まぁいいか。あとはストッキングとナイロンベストとベージュのシャツ……。けっこうあるな……』


れぃは撥水加工する衣装やインナーの枚数を指折り数える。


れぃ『あ……パニエも撥水加工しといた方がいいかな……ってパニエって素材的に水吸わなさそうだし……いいか』


ピロン♪


スマホからLINEの着信を知らせる音が聞こえる。


ゆき『じゃ〜ん!』


そう文字だけが送られて来た。

何が「じゃ〜ん」なのか解らないまま次のメッセージを待つ。


すると自宅でシルフィードの衣装を身に着け、剣を持った姿のゆきの写真が送られて来た。

以前見た衣装と少し違うので、どうやらこれが新しいゆきの衣装らしい。


意図的に普段から眠そうな目をしている訳では無いが、その写真を見た直後にれぃの目が大きく見開かれる。


れぃ「おお〜〜〜!いいじゃんいいじゃん!」


感嘆の声を上げるれぃに畳み掛けるように、今度は後ろ姿の写真が送られてくる。


れぃ「かっけぇ!」


一人で部屋で大騒ぎするれぃ。


まだゆきの連投は止まらない。


今度は剣を持ち、兜を被った写真が送られてくる。


れぃ「最終決戦仕様じゃん!」


そんな声を聞き付けたのか、聡太がまたれぃの部屋に入ろうとドアのノブを回す。

しかし、れぃの反応は早かった。

聡太は「姉ちゃん!」と声をかけながら少し開けたが、その扉にれぃは蹴りを入れて強引に閉め、ガチャリと鍵をかける。


部屋の外から聡太の抗議の声が聞こえるが、れぃはいつも通りそれを無視する。


興奮し、鼻息を荒くしながらスマホに高速で返信メッセージを打つ。


れぃ『最終決戦仕様じゃん!兜も新しく作ってもらったんだ!いいじゃんいいじゃん!』


この返信を予想していたのか、ゆきから即座に返信が来る。


ゆき『実はそれだけじゃねぇんだよね』


そこから少し次の返信まで間があく。


れぃは「それだけじゃねぇ」の内容をスマホを両手で持ち、今か今かと待ちわびる。


数分後送られて来た写真はシルフィードの剣だ。

シルフィードの剣は幅広の長剣。

持ち手も少し長めで片手でも両手でも使えるバスタードソード。


れぃ「シルフィードの剣……まさか……」


思わず溢れた独り言の直後に次の写真が送られて来た。


シルフィードの剣が縦に半分に分離し、2本のフェンシングで使うような細身剣「レイピア」になっている写真だ。


れぃ「マジかぁ〜〜〜〜!すっげぇ〜〜〜〜!ゆきの父ちゃんガチかじゃん!」


テンション爆上がりのれぃにゆきはさらに畳み掛ける。


この2本のレイピアを装備したシルフィードのコスプレ写真が送られて来た。


れぃは「あー」なのか「きゃー」なのか、はたまた「ぎゃー」なのか。

おおよそ人の発する声では無い歓声を上げる。

そこに普段は無表情、無感情キャラのれぃはおらず、ただ「好き」に純粋な女子高生向井玲奈がいた。


そしてものすごい勢いで賞賛のメッセージを返信する。


れぃ『マジかマジかマジかマジか!え?それどうなってんの?バスタードソードバージョンとレイピアバージョンがあるって事!?』


その返答にゆきは『しばし待て』と返し、また少し時間が空く。


次の返信が来るまでれぃは思いのほか長い時間を待たされる事になった。

今か今かと待ちわびていたから尚の事長く感じる。


待つ事約10分。

今度送られて来たのは動画だ。


ゆき『え〜っとシルフィードの剣なんだけど、持ち手のマジックテープを剥がして、持ち手を……こう引っ張ると……2本のレイピアに分離する。刀身もマジックテープでくっついてるだけだから、現地で簡単に分離合体できる作りになってるのよ』


れぃはその動画を見て絶句する。


れぃ「ゆきの父ちゃん、化け物かよ」


これはれぃなりの最上級の褒め言葉だ。


ただ、この表現が一般的では無い事を認識しているので、ゆきには言わずにいた。


れぃ『ゆきの父ちゃん、マジすげぇな……。あたしも何か作りたくなって来た』


ゆき『いいじゃん!何作る?』


れぃ『あたしの作れそうな物となるとけっこう限られるんだよな〜』


ゆき『そういや気になってたんだけど、れぃのグルキャナックの衣装って誰が作っただ?』


れぃ『あたし』


ゆき『マジで?イチから?』


れぃ『うん。布から』


ゆき『十分すげぇじゃん』


れぃ『コスプレ衣装の作り方の本見ながらだもん。ちょっと練習したら作れるよ』


ゆき『あたしは無理だなぁ』


れぃ『やった事あるの?』


ゆき『いや、根気が続かないのが分かってる。昔、フェルトでマスコット作ろうとした事あったけど、それも完成しなかった』


れぃはゆきに「コツコツ作業するの得意そうに見えるんだけどな」と返信しようとしたが、送信前に全てを消して別のメッセージを送った。

れぃの本能が、このメッセージがゆきの地雷な気がしたからだ。


れぃの読みは正しかった。

ゆきはあまり女子力が高くない。

三人の中で一番低いと言っても過言ではない。

だが、一番女子力が高そうに見られる事が多く、それがゆきのコンプレックスになっているのだ。

そして一番女子力が無さそうなれぃが三人の中ではずば抜けて高い。


れぃ『まみはあの巫女の衣装どうしたんだらず?』


ゆき『どうだらず?まみに聞きてぇけど……そういや未だに既読付かねぇな』


れぃ『まみ、いつまで寝るんだ?www』


二人の間ではまみが未だに寝コケていると想像し、勝手に確信していたが実際はののこと特訓中である。


滑っている時はもちろん、ゴンドラの中は高いテンションで喋りまくっているのに加えてゴンドラが柱を通過する時の騒音。

何よりあまり防水性能が高くないスマホなのでタオルでくるんでビニールパウチに入れているのでほとんど着信音が聞こえないのだ。


また、テンション的にスマホの事なんて頭から飛んでいた。


ゴンドラを降りたまみ。

ののこに誘導されてさっきとは違うコースに向かう。

ゴンドラ駅舎から少し下った所にあるペアリフトだ。

以前、ゆき達と来た時に他のボーダーが転倒して気を失ったのを見たコースだ。


まみ「お姉ちゃん、ここちょっと急じゃねぇ?」


ののこ「だから来たんじゃん」


まみ「どう言う事?」


ののこ「斜度があるからスピードが上がりやすい。そだから余計にスピードコントロールが重要だし、練習にもなる。ほら、リフト乗るよ」


リフトに乗っている間、まみはののこに以前見かけた転倒して気を失ったボーダーの話をしている。


まみ「ちょうどあの辺り……だったと思う。ホント、たまげたんだから」


ののこ「そりゃたまげるだろうね。ってか、怖かっただらず?」


まみ「うん。もし、死んでしまったりしたら……とか思うと膝に力入らなかった」


ののこ「ここのコースはスピード出るからカービングする人には気持ち良いコースなんだけど、たまに制御しきれねぇスピードで滑ってる人もいるのよね」


まみ「確かにみんな速いね。あ、ほら、あのスキーヤーさん、凄い速い!」


ののこ「スキボ……だね。確かに速いし、上手いわ……って……あれ?」


まみ「どうしただ?」


ののこ「いや、何でもねぇ」


まみ「気になるじゃん」


ののこ「ん〜……、以前、美紅里さんから聞いたスキボダに特徴が似てるな……と」


まみ「どんな風に?」


ののこ「上下白のウェア来た爆速のスキボダ」


まみ「有名な人なの?」


ののこ「有名かどうかは知らねぇけど……。その人がリフト降りた直後、アクティブカメラのレンズカバーを落としたんだって。美紅里さんが拾って、届けてあげようとその人を追いかけたらしいんだけど……」


ここでののこは少し口ごもる。


ののこ「美紅里さんが本気で追い掛けて追い付けず見失ったんだって」


まみはそれを聞いても特に大きなリアクションをする事もなく「ふ〜ん」とだけ言った。


しかし、その反応に大きく反応したのはののこだ。


ののこ「真由美、『ふ〜ん』って大した事ねぇようなリアクションだけど、これってえれぇエグい話なのよ!」


ののこのリアクションにまみが逆にびっくりする。


まみ「え?どう言う事?」


ののこはため息まじりの「はぁ〜」と言う声を漏らし、説明を始める。


ののこ「真由美、美紅里さんの最高速度って何キロか知ってる?」


まみ「知らない」


ののこ「あたしも正確な数字は覚えてないけど、美紅里さんが本気出したら100キロ近い速度で滑れるのよ」


まみ「100キロ!?車じゃん!」


ののこ「たまげる所はそこじゃねぇ。その美紅里さんが本気で追い掛けたにもかかわらず追い付けず、あげく見失ったのよ」


まみ「その人いったい何キロ出してただ?」


ののこ「そこよ。ちょっと速いくらいだったら離されるだけで見失いやしねぇんだよね」


まみ「120キロとか?」


ののこ「正確にはわからねぇけど……ただ、その人がスキーじゃなくスキボだったってのがまたたまげる所で……」


まみ「違うの?」


ののこ「長い板の方が断然安定性あるから、単純にスピード出すだけならスキボよりスキーの方が向いてる……と思う」


まみ「『と思う』?」


ののこ「あたしもスキーはちょっとやっただけだし、スキボもちょっと借りてやっただけだから、そこまで詳しくねぇんだよね」


まみ「スピード出すのに特化したスキボがあるのかな」


ののこ「ん〜……その可能性もあるけど、あたしもそこまでスキボに詳しくねぇんだよね……あ、そろそろ降りるよ」


リフトから降りるのをキッカケに、その日再びこの話題が二人の間に上る事は無かった。


まみ「ここ、やっぱり前のイメージあるから緊張する」


「怖い」と言わない辺りがスピードに対してあまり恐怖感を感じていない現れだろう。


ののこ「ちゃんとスピードコントロールできていたら大丈夫よ」


二人は最初のなだらかな斜面をゆっくりと滑り、斜度が変わる所で一度止まる。


ののこ「さて、この一本だけど……」


ののこはグローブを付けた手でポンと手を叩き、まみの意識を切り替えさせる。


ののこ「ちょ〜っと難易度高い事やるよ」


まみ「何?」


ののこ「一定の速度で、一定の幅でターンを繰り返す」


まみ「それ、難しいの?」


ののこ「まぁやってみたら難しさが解るよ。とりあえず今乗って来たリフト乗り場まで行かずか。あたしが先行するからあたしがつま先側と踵側のターン1回ずつ終わったタイミングでスタートして」


まみ「?」


まみは何故そのタイミングでスタートするのがわからない様子。


ののこ「で、あたしを見ながらあたしと同じタイミングでターンするの。そうしたら、あたしとシンクロしたような滑りになるから」


まみは頭の中でその姿を想像する。


姉と自分が全く同じスピードで同じタイミングで、同じ弧を描いてシンクロして滑る。


まみ「それできたら、えれぇカッコいいじゃん!」


ののこ「でしょ?やる?」


まみ「やる!」


この時まみはシンクロ滑走の難しさをかなり甘く見ていた。

それをほんの数分後に実感する事になる。

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