第53話「スノボ、えれぇ楽しい!」
第53話「スノボ、えれぇ楽しい!」
ののこからスマホを受け取ったまみは追い撮りしてもらった動画を見る。
見終わったタイミングでののこが声をかける。
ののこ「わかった?」
まみ「いっさらわかんねぇ……」
眉間にシワを寄せ、む〜っと言う表情をしている。
ののこ「説明いる?」
まみ「もっかい見るからまだいい」
やはり少しムキになっているまみ。
その姿をニヤニヤと笑いながらソフトクリームを食べ続けるののこ。
動画再生2回目が終わり、3回目の再生に入ろうとしたタイミングでののこが声をかける。
ののこ「ソフトクリーム溶けるよ」
まみ「わかってる!」
そう言うとののこのスマホを立てて置き、動画を見ながらソフトクリームの続きを食べ始める。
既にいくらか溶けているので急いで食べるも、アイスクリーム頭痛を引き起こし、「くぅ〜〜〜」と唸りながらも食べ続け、また動画を止める事もなかった。
そしてソフトクリームを食べ終え、動画も5回ほど見てまみが吐き出すように言葉をもらす。
まみ「いっさらわかんねぇ」
ののこ「教えずか?」
まみ「ヒント!ヒントでいい!」
動画に写っているのはまみのスピードコントロールの問題点を解決するヒントなので、ヒントのヒントと言う事になる。
ののこ「ん〜……じゃあ、斜滑降に注目して見てみな。特にあたしを引き離そうとした時の斜滑降」
そう言われてまみは動画を少し飛ばし、斜滑降の所を改めて見る。
まみ「たしか、この次のターンを速いターンにしようとしたから……あっ……」
まみは何かに気付いたようだが、ののこはあえてスルーした。
ののこ「じゃあ次はそのターンを立ち上がった後の斜滑降」
まみ「次のターンはたしか、お姉ちゃんをいっさら引き離せねぇから一度ブレーキかけてその後再加速してターンしようとしてたから……」
ののこ「そこっ!」
テーブル越しにスマホを覗きこんでいたののこがスマホ画面を指さす。
まみ「え?わかんねぇ……もっかい見る」
少し戻して再生。
よくよく見るとののこや美紅里の斜滑降と違い、自分の斜滑降はエッジを引きずるような斜滑降をしている。
自分ではエッジだけで斜滑降をしているつもりだったので気付かなかったが、こうして動画を見るとよくわかる。
ののこや美紅里の斜滑降は滑った跡が線になっているのに対して、自分の滑った跡は言うなら面なのだ。
そしてまたののこがさっきと同じタイミングで「そこっ!」と声をかける。
そもそもエッジを引きずるような斜滑降なので、常に雪しぶきや雪煙が上がっているが、ののこに「そこ」と言われた所ではより多くの雪しぶきが上がっていた。
まみ「これ、ブレーキ?」
ののこ「正解」
そう言うとののこはスマホをひょいと取り上げる。
ののこ「……で……、これが、あたしが……っと…どこだ?」
ののこはスマホを何やら操作している。
ののこ「あった。これだ。これ、あたしが斜滑降中に一瞬ブレーキかけて減速したシーンの動画」
ののこが見せたのは、全く別の日、誰かに追い撮りしてもらっている時の動画だ。
その動画にはエッジだけで斜滑降した後、一瞬雪しぶきが上がって減速した後、エッジを切り替えカービングしているののこが写っていた。
ののこ「わかる?もう一回再生するよ」
食い入るようにスマホを見るまみ。
まみ「お姉ちゃんここでブレーキかけて……る?」
ののこ「そう。あと、このシーンも……」
今度はカービングから斜滑降している動画だ。
ののこ「ちょっとわかりにくいかもだけど……これ、カービングの時にスピード上がってるんだよね」
確かに撮影者が少し離されているのか、ののこの姿が小さくなる。
ターン中はその差が縮まらないのに、斜滑降に入ると撮影者がののこに追い付く。
この間、ののこはブレーキをかけて居ない。
まみ「撮ってる人がスピード上げた?」
ののこ「違う。あたしが減速しただ」
まみ「ブレーキかけてねぇじゃん」
ののこ「そ。どうやったと思う?……って、動画じゃ解らねぇか……」
まみ「どうやっただ?」
さっきまで答えをそのまま聞いてなるものかと、少しツッパっていたまみだが、既にその気持ちはなりを潜め、貪欲な知識欲がまみを支配している。
ののこ「わかりやすく言うんだらターンの後、少し上っただ」
まみ「上った?」
ののこ「ターン終えて、真横に進んだらどうなる?」
まみ「そのままシャーって滑って行く」
ののこ「それを続けたら?」
まみ「いつか止まる」
ののこ「正解。じゃあ、ターンの後、少し坂を登る角度で斜滑降したら?」
まみ「そんなのできる訳ねぇじゃん」
ののこ「できるわよ。ブランコだって振り子の原理で上るだらず?下り方向や真横に比べたら抵抗あるから減速はするけど少しの距離なら上れる」
まみ「でも上ったあと、エッジ切り替えなんでそのまま同じ方向に斜滑降続けてるしない?」
ののこ「そう。今の動画覚えた?……で、これが……」
そう言うとののこはまたスマホを操作し、まみを追い撮りした動画の、まみが加速したシーンに合わせる。
ののこ「これがさっきまみが加速したシーン」
動画の中のまみは斜滑降の途中で下る角度を変えて加速している。
この時、エッジは切り替えていない。
まみ「あたしもエッジ切り替えずに向き変えてるじゃん」
ののこ「そう。少し向きを変えるだけなら重心位置を変えたり、足にかけてる力を抜いたりするだけでできるのよ」
まみ「あたしこれどうやっただ?」
ののこ「そりゃ知らねぇわよ。ってか、もうできる事なんだけど、『あえてそれをしねぇ滑り』がクセとして染み付いてしまったって感じかな」
そこにマスターがコーヒーを2つ運んで来た。
マスター「何やら盛り上がってるね〜。これ、おごり。飲んでって」
ののこ「きゃ〜!おとーさんありがとう!ごちそうになりやす!」
まみ「ア……アリガトウゴザイマス……」
不意に声をかけられたまみは緊張するより先にお礼の言葉が出た。
もちろん声は大きく無かったが、ちゃんとマスターが聞き取れるくらいの声ではあった。
マスターは食べ終わったソフトクリームをトレーに乗せて、そのままカウンターへと戻る。
マスターの登場で少し会話に水を差されたことは事実だが、良いクールダウンとも言えた。
何故ならまみはもうスピードをコントロールした滑りを実践したくて、かなり前のめりになっていたのだ。
ののこにはこのクールダウンがありがたかった。
何故ならののこはまだまみに話したい事があったからだ。
ののこはクールダウンの時間をさらに有効に使うべく、わざと話の続きをせず、コーヒーにシュガーとミルクを入れ、もったいつけるようにスプーンをくるくると回す。
ののこ「真由美、ミルクは?」
まみ「あ、欲しい」
差し出されたミルクポーションを受け取り、ののこより少し多い量のミルクを入れ、ののこと同じようにスプーンを回す。
店内には音量を抑えたBGMとカップとスプーンが当たるカチャカチャと言う音が響く。
ののこはコーヒーを一口飲み、ようやく話の続きを始める。
ののこ「実はスピードコントロールって斜滑降での調整だけだったら、まだ50点なのよね〜」
まみ「まだあるの?」
まみは既に滑りに行きたい気持ちになっていたが、それが思わぬコーヒーと言う足止めをくらい、「早く飲んで滑りに行こう」とまで考えていた矢先のののこの言葉だ。
ののこ「滑るのって斜滑降とターンの構成だしない?今、真由美が理解したのは斜滑降のスピードコントロール」
まみ「ターンでもスピードコントロールできるの?」
ののこ「真由美もさっきしてたじゃん」
まみ「覚えてねぇ」
ののこ「だらずね」
ここでののこはまたコーヒーを口に運び、間を作る。
つられてまみもコーヒーカップに手を伸ばす。
ののこ「真由美、弧の小さいターンと弧の大きいターン。スピードが出るのはどっち?」
まみ「大きいターン」
ののこ「何で?」
まみ「え〜っと……、直滑降してる距離が長い……から?」
ののこ「半分正解。大きいターンは小さいターンに比べて抵抗が少ねぇの」
まみ「それ。言葉で上手く説明できなかった」
ののこ「じゃあ、大きいターンの途中でスピード落としたかったらどうする?」
まみ「ブレーキかける」
ののこ「そりゃそうなんだけど……」
「いやそうじゃない」と言いたかったがそれはあえて飲み込む。
ののこ「そもそも真由美がやってるターンってブレーキなんだよね。直滑降で下る力にブレーキかけて横方向に力を逃がす事によりターンする。ぞだからブレーキかける力をコントロールすればおのずとターンの弧も変わる。逆に言えばターンの途中でターンの弧を変えりゃあ加減速ができるって訳」
ののこは説明しながら自分が上手く説明できていないと実感していた。
だからテーブルに指でターンの弧を描き、視覚と聴覚を使って懸命に説明する。
まみからすれば、ののこの説明が上手くないかどうかすら判断できず、ただふんふんと真剣に話を聞く。
まみ「あたし……斜滑降の時はまっすぐ、ターンの時は同じ弧になるようにターンしなきゃいけなくちゃばっかと思ってた」
この言葉でののこはそれまでのまみの滑りに感じていた違和感の全てを悟った。
まみは真面目というより融通が利かない所がある。
美紅里のレクチャーで斜滑降の時に目標に向かって「真っすぐ」と言われていたので真っすぐ以外は間違いだと思っていたのだ。
また、ターンの時もターンの弧が一定になるようなターンの方が難易度が高いと感じ、難易度が高いターンこそより完成されたターンだと錯覚していたのだ。
加えて一時、禁じられていたにもかかわらず興味本位でカービングの練習を見よう見まねでやっていた為に変なクセが付き、それがクセと気付かずここまで来てしまっていたのだ。
二人がコーヒーを飲み終えた頃、他のお客さんがお店に入って来た。
それを合図に「そろそろ行かずか」とののこが声をかける。
まみはそそくさと荷物をまとめ、ののこはマスターと談笑しながら会計を済ます。
ワイヤーロックを外し、二人は板を持ってゴンドラ乗り場に向かった。
ゴンドラに待ちはなく、すんなり乗れる。
まみ「お姉ちゃん、もう一回動画見せて」
ののこ「いいけどちょっとバッテリーが心もと無ぇんだよね〜」
ののこのスマホのバッテリーは30%を切っている。
さっき動画再生をずっとしていたせいだ。
ののこ「あとで追い撮りして欲しいなら動画見るのは止めといた方がいいよ」
まみ「ん〜……じゃあ我慢する」
ののこ「どこを見たかっただ?」
まみ「どこって訳じゃねぇんだけど、なんかもう一度おさらいしとかなくちゃ不安で……」
ののこ「さっきあらかたスピードコントロールの問題点を洗い出して、頭では理解できたと思うけど、いきなり全部できるもんじゃねぇよ。ひとつひとつクリアして行かなきゃ」
まみ「なんか色々ありすぎてどこから手を付けたらいいかわからんで……」
ののこ「楽しんで滑ればいいんじゃねぇ?」
まみ「何それ?」
ののこ「リラックスして滑って、余裕ができた時にアレやってみようって感じでやって行けばいいと思うよ」
まみ「そんなんでいいの?」
ののこ「真由美はえれぇ『正解』にこだわる所あるけど、滑りなんて100点じゃなくてもいいのよ」
まみ「それでいいの?」
ののこ「さっき真由美、『斜滑降は真っすぐ滑らなきゃいけねぇ』みたいな事言ってたけど、それって美紅里さんに『目標物に向かって真っすぐ』って言われたからだらず?」
まみ「何でわかるの?」
ののこ「あたしも美紅里さんにスノボ教わったんだもん、美紅里さんの教え方が変わってねぇなら真由美にも同じずか言ってるんだと思ってね」
まみ「でも、美紅里ちゃんの斜滑降って真っすぐだったよ」
ののこ「言うんだら美紅里さんの斜滑降は100点。それを目指すのは間違いじゃねぇけど100点じゃなきゃダメって訳じゃねぇ」
まみ「何点ならいいの?」
ののこ「点数は例えだから何点ならクリアって話じゃねぇから何とも言えねぇけど……美紅里さんは斜滑降のコツとして真っすぐ滑るって表現を使っただけだらずし」
ののこは少し考えこんで、続けた。
ののこ「この斜滑降は真っすぐってアドバイスをした時って、まだ斜滑降もままならねぇ時だったんじゃねぇ?」
まみ「うん。たしかにそんな頃だったと思う」
ののこ「その頃って、滑るの怖くて足元見てしまう人が多いから『目標物を見て』真っすぐ……ってアドバイスになるんだと思う」
まみ「『目標物を見て滑る』だけじゃダメなの?」
ののこ「リフトから降りる時も同じアドバイスだったと思うけど、リフト降車でやった事と同じってイメージになればハードル下がるだらず?」
まみ「そんなもんかなぁ……」
ののこ「それに真っすぐってイメージで滑れば、多少蛇行してても遠目から見たら真っすぐなのよ。斜滑降もままならねぇ時は何もかもわからねぇから、どう滑ったらいいかわからねぇ。『とりあえず真っすぐ』って言えばひとつ考える事が減る」
まみ「あたしは『真っすぐ』って言葉が逆に難易度上げてると思う」
少し腑に落ちないような言い方をするまみ。
ののこ「あと、最初の頃はエッジの使い方もままならねぇから目標に真っすぐ行こうと思っても谷側にちょっとずつ落ちて行くから目標物に辿りつく頃には目標物があらかた真横なんだよね」
まみ「あたしもそれで目標物に届かなくなって苦労したよ」
ののこ「それ!今の真由美の技術で目標物に斜滑降で真っすぐ向かったらかなりスピード乗った状態で辿り着いてしまうだらず?」
まみ「うん……たぶん」
ののこ「エッジをまともに使えねぇビギナーがそうなると止まれねぇ。そだから自然に止まる……もしくは目標物に届かねぇくらいが恐怖心を与える事無く斜滑降を練習するにはこれが一番なのよ」
まみは「ふ〜ん」と答えたがまだ納得いってない様子。
だがこれ以上議論を続けようにもゴンドラは山頂駅に到着し、強制的に終了を余儀なくされた。
どのみちまみ的にはそんな議論より、とにかく滑りたかったので今後この話題が上る事は無かった。
二人は駅舎を出て、スタート地点まで移動し、特に会話をかわす事なく板を履き終えた。
まみ「どうするの?」
ののこ「真由美が先行してあたしが付いて行く。後ろから加減速の指示を出すからその通りに滑る……っての、どう?」
まみ「わかった!行っていい?」
ののこ「ちょい待ち。スマホで追い撮りするから……オッケ、いいよ」
まみ「じゃあ行くね」
滑り出すと同時にののこから指示が飛ぶ。
ののこ「じゃあまず加速!」
その言葉に即座に反応し、斜滑降の角度を深くしてまみは加速する。
しかしほんの数秒後に次の指示が飛ぶ。
ののこ「はい、少し減速〜」
「少し」と言う表現がいかにも曖昧だが、まみは「少し」ブレーキをかけて減速する。
ののこ「そのスピード維持したままターン!」
まみは器用にブレーキの強さを徐々に強くしてスピードを維持。
ののこ「いいよ〜!はい、加速!」
まみはさっきよりスムーズに加速に入り、どんどん加速する。
しかしののこはピッタリと後ろを付いて来る。
ののこ「さっきターンした速度までよいと減速〜〜」
雪煙を少し多めに上げながら減速。
ののこ「さっきの速度まで落ちたらターン!」
今までに無いくらいスムーズなターン。
まみ『何これ!気持ちいい!』
快感に浸る間もなく次の指示が飛ぶ。
ののこ「徐々にスピード落としてみず!」
まみはターン後に見ていた目標物の少し山側に視点を変える。
斜滑降の角度が少し緩やかになりスピードがスムーズに落ちる。
随分スピードが落ちた所で次の指示。
ののこ「ターン行くよ!ターンの半分過ぎた所から加速!」
十分速度が落ちていたのでジリジリと角度を変えて直滑降。
スピードが上がる前にブレーキをかけ、一定のスピードをキープした後、徐々に踏ん張っている足の力を抜いて深めの斜滑降に繋げる。
遠心力から解放され、一気にスピードが乗る。
まみ『今、スピードぐんって上がった!楽しい!楽しい!』
ののこ「はい!すぐに次のターンからの減速〜!」
今度は直滑降を終えた後に踏ん張る力を増してゆっくりめの斜滑降に繋げる。
その後もののこの指示はトリッキーな滑りを要求。
しかしまみはその都度慌てる事なくクリアして行く。
ののこ「スピード維持したままターン!次の斜滑降も同じ速度!」
ザーっと言う雪面を削る音を立てきれいな弧を描くターン。
斜滑降に入る直後に次の指示。
ののこ「そのまま斜滑降でブレーキかけねぇでに勝手に止まるまで坂を上って端で止まる!」
この指示が一番難しかった。
最初、少し上り気味のラインで滑っていたが、思いのほかスピードが落ち始める。
まみは慌てて目標を下方修正。
ほぼ真横の斜滑降になるが、最初の減速のせいで端までたどり着けそうにない。
その横をののこがスーっと通り過ぎ、ゲレンデの端でブレーキをかける事なくピタと止まった。
まみは止むなく少し下る感じの斜滑降でののこのいる場所まで移動して止まった。
ののこ「どうだった?」
ののこの予想では最後で上手くいかなかった事に対してまみが不満を漏らすと思っていたが、この予想は外れた。
まみ「スノボ、えれぇ楽しい!」
フェイスマスクを下ろし、ハァハァと息を切らしながら満面の笑みでそう答えた。
そして興奮ぎみに続ける。
まみ「スピード出すの好きだけど、スピードコントロールするのがこんなに面白いって思わなかった!」
今度は身ぶり手ぶりを交えて喋り続ける。
まみ「こう……よいとターン始めてターンの途中からスピード上げて斜滑降になる時ギュンってなる感じとかえれぇ好き!あとあと、逆にターンの途中で減速するアレ!遠心力が体にグ〜〜ってかかって、斜滑降になったとたん体がフッて軽くなるのも何かいい!」
クラスメイト、いや、ゆきやれぃ、美紅里でさえ今のまみの喋りを聞いたら「どうした?」「何があった?」「ひょっとして別人?」となるくらいの勢いで喋る。
喋る量もそうだが、喋るスピードもいつもより数段早口になっている。
ののこもまみがここまで興奮して喋るのを聞くのは、まみが中学生の頃ゲームの裏ボスを227回のリトライの後に倒した時以来だ。
まみ「ちょっと!お姉ちゃん、聞いてる!?」
ののこはハッと我に帰る。
ただ、「聞いてなかった」とは言えない雰囲気なので誤魔化す。
ののこ「もちろん聞いてる。うん。真由美、あらかたスピードコントロールの事、わかったみたいね。じゃあ今度は自分のペースでスピードコントロールしながら滑ってごらん?もちろんちゃんと加減速しながらね」
まみ「わかった!」
そう言うとフェイスマスクをぐいと引き上げ、立ち上がったかと思ったらもう滑り出した。
いきなり直滑降で滑り出したのにはののこも驚いたが、まみの性格からすれば十分ありえる行動だ。
短い距離ではあるが、直滑降で勢いをつけ、そこからターン。
まみの言う「遠心力が体にグーっとかかる」ターンから余裕の斜滑降。
途中でチョンチョン軽くブレーキを、かけた後に、それなりのスピードでターン。
さらにターン出口で加速。
ののこ『真由美、飛ばすなぁ……』
ののこも普段からスピードを出す方だが、そのののこが「飛ばす」と表現する滑りだ。
しかしまみは暴走している訳ではなかった。
今度は少し上る斜滑降でスピードを少し落とし、ターンの途中でさらに減速。
後ろ側の足を突っ張り、雪しぶきを上げるのを楽しんでいる。
これに味をしめたのか、今度は直滑降からフルブレーキをかけるようなターン。
激しい雪しぶきを上げるが、ターンの遠心力にまみの筋力が勝てずにまみは派手に転倒。
ののこがまみの所に滑り寄ると、照れくさそうに「ちょ〜っと今のは無理があったね」と言い残すと、また滑り出す。
ののこが止めるタイミングさえつかませないテンポで、まみは麓まで滑りきってしまった。
ののこ的にはこの一本の間に他にアドバイスと言うか、まみにひとつ課題を出したかった。
さっき止まった所から麓までの距離はそこそこある。
ののこは特に自分が声をかけなくてもまみが勝手にどこかで止まるだろうとたかをくくっていた。
しかし、スピードコントロールをしたスノボの滑りの楽しさに陶酔しきっているまみが止まるはずがない。
ののこは心の中で「まぁいいか」とつぶやき、二人は再びゴンドラ乗り場へと向かった。