第51話「算数が苦手な子」
第51話「算数が苦手な子」
「柳江騒動」から一週間。
まみはののこと二人きりで栂の森スキー場にコソ練に来ていた。
当初、ののこがバイトしている白馬78スキー場に行こうと言う話だったのだが、まみが滑り慣れているゲレンデの方がいいと言う理由から先週に引き続き栂の森スキー場となった。
なお、リフト券代はののこの奢りである。
家から既にウェアを着て来たので、ののこのジムニーから板を下ろし、ブーツに履き替えるてそのままゴンドラ乗り場へと向かう。
まみ「お姉ちゃん、まずどこに行くの?」
ののこ「とりあえず真由美がどのくらい滑れるか見てみなくちゃ判断できねぇから、一度ゴンドラ乗って上にあがろ」
今日は少しゆっくり出て来たので、既にゴンドラの運行が始まっている。
乗車待ちの列に並ぶ二人。
すると、どうやらののこの知り合いらしい人が断続的に声をかけてくる。
「あれ?紀子ちゃん、今日こっちなの?」
「おー!紀子ちゃん久しぶりじゃん!」
「今日は友達と?え?あ、妹さん?」
様々な声にののこは慣れた感じで愛想良く対応を続ける。
まみは当然、ののこの後ろに隠れるようにその場をしのぐ。
ようやくゴンドラに乗り込み、ののことまみは二人きりになる。
まみ「お姉ちゃん、えれぇ知り合い多いね」
ののこ「まぁね〜、あたしと美紅里さんはこの辺のスキー場界隈の有名人だからね」
その返答にまみは興味なさげに「ふ〜ん」と答える。
ののこ「それより、こないだ練習付き合って欲しいって言って来た時、あらかた練習してぇ内容は聞いたけど、何から練習する?」
まみ「……わかんねぇ」
これはまみにやる気が無いが故の返答ではない。
まみは本当にどこから手を付けたらいいのか判らないのだ。
ののこはまみの返答のトーンや雰囲気から全てを察する。
ののこ「オッケ!それならこう言う時は初心に帰るのが一番。イチからやってみて苦手な所とか、出来てねぇ所を探さず」
まみ「うん。でも自分でどこが苦手か、どこが出来てねぇかわかんねぇんだよね……」
ののこは顎に手をあて、「ん〜」と考え込む。
まみ「ってか、どこも出来てねぇんじゃないか……とさえ思ってきて……」
ののこ「そりゃアレじゃん。算数が苦手な子が陥るパターンじゃん」
まみ「どう言う事?」
ののこ「例えばさ……一桁どうしの足し算はできるけど、繰り上がりの足し算になると怪しくなる子がいたとするだらず?その子がテスト受けたら60点な訳よ。……で、そのまま引き算の授業が始まる」
まみは声こそ出さないがふんふんと、ののこの説明を聞いている。
ののこ「で、同じように引き算も何となく60点くらい取って、わからねぇ所をそのままに、かけ算を習う。九九はできても二桁のかけ算になると繰り上がりの足し算が出てくるのでどうしても解けねぇ。テストの点数は40点に……」
ゴンドラが支柱を通過する音でののこの声は一瞬聞きとれなくなるが、まみはそのまま聞き続ける。
ののこ「で、割り算の授業が始まると、もうダメ。いっさら理解できなくなる。でも本人は今まで60点〜40点くらいはテストで取れてたからそれなりにできると勘違いしてるので、何で割り算が理解できねぇかがわからねぇ」
ここでようやくまみが口を開く。
まみ「つまりあたしはどれも60点くらいの積み重ねでスノボして来たから『できる』て思い込んでただけで、できてねぇのに先に進んだから行き詰まったって事かな?」
ののこ「さぁ?」
まさかのいきなり無責任な「さぁ?」にまみは呆気に取られる。
まみ「お姉ちゃん、さぁ?は無ぇよ〜」
ののこ「だって、真由美の今の滑りを見た訳じゃねぇし、真由美自身がどう感じてるか……って話になるから今の段階じゃわかんねぇわよ。あたしが言ってるのは一つの可能性の話」
まみ「ん〜……。でも、さっきのお姉ちゃんの話、当たってるかも……」
ののこ「心当たりあるの?」
まみ「え〜っとね……。これを美紅里ちゃんに言うと怒られるからナイショなんだけど……」
そう言うと、少し話しにくそうな表情になる。
まみ「最初はターンも難しかったんだけど、だんだん滑れるようになって来たらスピード出すの楽しくなってしまって……」
ののこはこの時点で何かを察し、わずかだが「あ……」と言う表情になる。
まみ「その時、えれぇ速くキレイにカービングしてる人を見て、あたしもやりみてぇってなっちゃって……」
ののこの表情はますますバツの悪い表情になる。
まみ「美紅里ちゃんに丁寧に滑るように言われてたんだけど、見よう見まねでカービングの練習とかしてしまって……」
そこまで聞いてののこはげんなりした表情になり、まみの言葉を遮る。
ののこ「オッケ、わかった。みなまで言うな。真由美、ホンっとあたしの妹ね」
まみはキョトンとしてののこを見返す。
まみ「どういう事?」
ののこ「真由美……あたしと同じ事してる……」
そう言うとののこは体をよじるようにして、隣の座席に両手をついてうなだれた。
まみ「そうなの?」
ののこ「あたし、それで美紅里さんにえれぇ怒られた。しかもそのせいで変な癖付いて、未だにその癖に悩まされてる」
まみ「え〜〜〜〜、あたしもヤバいじゃん」
ののこ「でもスピード出すの楽しいんだしなぃ〜」
まみ「そうそう!シャーッて滑って来てターンする時、体に遠心力かかってるのを耐えるとかえれぇスリリングじゃん」
ののこ「わかる〜!あたし今最高速度何キロまで出せるんだらず?ってなる」
まみ「限界に挑戦したくなるって言うか……」
ののこ「それっ!『あたしは今日、昨日までのあたしを超える……』てか思ってしまったりね〜」
まみ「あはは!『スピードの向こう側を目指す』みたいな?」
ののこ「『あたしは風になる』てか自分に酔っちゃったりね」
他所の人が聞いたらドン引きしかねない浅野家姉妹の会話である。
きっとゆきやれぃがこの会話を聞いていたら「浅野家の血」と言ったであろう。
そしてまみは以前に美紅里から「ホント紀子とそっくり」と呆れられた事はすっかり忘れていた。
内向的か外向的かの差はあれど、顔も思考もこの姉妹はそっくりなのだ。
またののこは妹大好きで、まみも本人は自覚していないがお姉ちゃん大好きなのである。
普段はゆきやれぃとの会話でもそこまで口数が多くないまみだが、ののこと喋っている時は、普通の女子高生と何ら変わりない。
突如ののこは「あっ」と声を出す。
ののこ「この先の支柱の所が一番絶景なのよ。そこでツーショ撮ろ!」
まみ「撮る撮る!」
向かいあって座っていたまみはののこの横に移る。
ののこはスマホをインカメに切り替え、タイミングを計る。
ののこ「次の次の支柱の所だからね。次の支柱越えたら何枚か連続で撮るよ」
まみ「わかった!」
まみとののこは顔を寄せ、カメラに視線を向ける。
パシャ、パシャ、パシャ、パシャ……
数回シャッターが切られる。
シャッターが切られる度に、二人は各々表情やポーズを変える。
そして何の打ち合わせもしていないのに、二人のポーズや表情は見事にシンクロする。
最後には二人で同時に変顔までしている。
ずいぶん馴染んで来たゆきやれぃであったとしても、今日のまみを見たらまだ自分は「本当のまみ」を知らない事を実感するだろう。
写真を撮り終え、スマホをジャケットのインナーポケットにしまうののこ。
ののこ「家帰ってWi-Fi繋いだら写真送るね」
まみ「はーい」
やがてゴンドラは山頂駅に近づき、二人は慌てて降りる準備を始める。
まみ「ゴンドラ降りたらどっち行くの?」
ののこ「ひとまず初級コースで滑ってる所を見てぇから、降りて左」
ゴンドラを動かす機械の音が響くなか、二人は駅舎を出る。
ののこ「さすがあたし!良い天気!」
まみ「お姉ちゃんって昔から晴れ女じゃんね」
空は雲ひとつない晴天。
ののこは手を組み、空に向かって手を伸ばし、ぐっと伸びをする。
それを見てまみも真似をする。
まみ「これは準備体操みてぇな感じ?」
ののこ「いや、そう言うんじゃねぇ。ただ気持ち良かったから何となく。そういや準備体操してねぇね」
まみ「お姉ちゃんも準備体操してから滑るの?」
ののこ「するよ。美紅里さんに言われなかった?」
まみ「言われたけど……」
ののこ「あ〜、さては美紅里さんが一緒じゃねぇ時はサボってたな〜」
まみ「サボってたって言うか、忘れてたって言うか……」
少しバツの悪そうな表情でまみは視線を逸らす。
ののこ「ん〜……。気持ちはわかるけど、ありゃマジでやっといた方がいいよ。そもそも準備運動って誰かに見せる為にやる訳じゃねぇし」
まみは無言であたりを見回す。
誰かに見られてないか警戒しているのだ。
そんなまみをののこはチラと見やり、一人でラジオ体操を始める。
ののこ「ほら、真由美もやるよっ」
まみは他の人と目が合わない方向を向き、ののこについてラジオ体操を始める。
ののこに比べると動きの小さいラジオ体操だが、一通りラジオ体操を終える。
ラジオ体操を終えたまみは恐る恐る視界の隅に他の人が見えるか見えないか……と言う角度に首を回して辺りの様子を伺う。
人はいるが、誰もまみ達を見ている人は居ない。
まみは「ふぅ」と少し安堵のため息をつく。
ののこ「ラジオ体操も一通りやると、少し息が切れるだらず?それかちゃんと体がアイドリングできた証拠」
まみの「ふぅ」は安堵のため息であり、ラジオ体操で息が切れたからではない。
そもそもまみは息が切れるほどしっかりとラジオ体操をした訳ではないのだ。
しかしそれをわざわざ言う事もないのでまみは「そうじゃん〜」と相づちをうつように答える。
ラジオ体操を終えたののこだが、まだ体を回したり、屈伸運動を続けている。
まみもそれに倣った方がいいのか、迷っているとアップを終えたののこは体のあちこちをパンパンと叩き、少し気合いを入れるような動きを見せた。
ののこ「さ、じゃあぼちぼち行かずか!」
東京の大学に行っているののこは、普段は長野弁が抜けているが、地元に戻り家族や友達としゃべるとやはり長野弁が知らず知らずのうちに戻ってしまうようだ。
ののことまみは板を持ち、少し斜度のある所まで歩いて行く。
二人は並んで板を履きながらこの後の練習について相談を始めた。
ののこ「じゃあ、とりあえず真由美はいつも通り滑ってみて。あたしは後ろから真由美の滑り見てるから」
まみ「下まで?」
ののこ「ある程度滑りを見たら声かけるから、そこまでは滑っていいよ」
まみ「わかった。じゃあ、行くね」
まみは最初こそののこに「見られている」と言う意識が強くはたらき、ぎこちない滑りをしていたが、次第にスピードが上がり楽しくなったせいか、「いつも通り」の滑りになる。
まみが滑りに夢中になり、ののこが後ろから見ている事を忘れた頃、ののこはスッとまみを追い越し、ゲレンデの脇に座り真由美を手招きした。
ザザザと雪を削る音を立ててまみがののこの横で止まる。
まみ「どうだった?」
ののこ「ん〜〜〜〜」
ののこはまみの滑りを思い出しながら、頭の中でののこが感じているまみの滑りに欠けている所を探す。
まみ「お姉ちゃん?」
ののこ「ちょい待ち。今、頭ん中で整理してる……」
まみはののこの横に座り、キツネのリュックをゴソゴソしている。
まみ「お姉ちゃん、食べる?」
そう言いながら、まみはののこにグミキャンディを差し出す。
ののこ「食べる」
二人は横に座ったまま、口の中でグミをぐにゃぐにゃと味わう。
口の中からグミが無くなる頃、ようやくののこの考えがまとまる。
ののこ「ん〜〜〜〜。あたしは美紅里さんほどの腕は無ぇし、教えるのも美紅里さんみたいに上手じゃねぇから合ってるかどうかわからねぇけど……」
ののこにしては歯切れの悪い言い方だ。
ののこ「真由美の滑りって、ずっと頑張ってる感じがするのよね〜」
まみ「頑張ってるよ」
ののこ「いや、頑張ってるんだらずけど、何ていうか頑張らんでいい所とか頑張ってはいけねぇ所でも頑張ってるって感じなのよ」
まみ「頑張らねぇと上手くなれねぇから頑張ってるんだけど、何か違うの?」
ののこ「え〜っとね、例えば斜滑降してる時、ターンから立ち上がってエッジが噛んだらそのまま力抜いて次のターンのタイミング計るだらず?」
ののこは身振り手振りを使って説明する。
まみは無言ではあるがふんふんと、聞き入っている。
ののこ「そのタイミングを計るあいさは、力抜いてそのままスーっと滑るだけなんだけど、真由美はそのスーが無ぇって言うか、スーのタイミングでもスピード調整したり少し方向変えたりして何だかずっと慌ただしいのよ」
そう言われてまみは自分が滑っている時の事を思い返す。
確かに斜滑降中、エッジをずらさないようにとか、ターンに入る為のスピード調整とか、とにかく何かずっとやっている。
まみ「え〜っと、でもあたしみてぇな初心者だったらみんなそうなるんじゃねぇの?」
ののこ「美紅里さんに最初教えてもらった時、斜滑降で端まで行って座って方向転換ってやらなかった?」
まみ「やったよ」
ののこ「あれってターンの事とか何も考えず、ただ目標に向かって滑ってただけだったじゃん?」
まみ「あれはできたよ」
ののこ「たぶん簡単に『できた』から、頑張って斜滑降を体得した人に比べて精度が低いんだらずね」
まみ「『できた』らそれでいいんじゃねぇの?」
ののこ「そうね〜。『できて』すぐ次のステップに進んだから、斜滑降ができた時の嬉しさとか楽しさをホントの意味で体験してねぇのかもね。楽しかったらもっとそれをやりたくなるのに、斜滑降の楽しい所をあらかた味わってねぇような滑りだったもん」
まみ「え〜?今でも斜滑降楽しいけどな〜」
ののこ「オッケー。じゃあ、斜滑降やってみず!真由美、あたしの後ろ付いて来て。あたしがターンするまでターンしちゃダメだからね。あと、抜けるんだら抜いていいよ。『抜けるだら』ね」
ののこはわざとまみを煽るような言い方をして、即座に滑り出した。
ののこはそう言うだけあって、速い。
不意を突かれ、スタートが遅れたまみがののこを追いかける。
ののこはゲレンデの端まで行くと軽くターンして向きを変えて止まる。
少し遅れてまみが追い付く。
まみ「お姉ちゃん、こす〜い!」
ののこ「あはは!じゃあ次行くよ!」
そう言うとののこはまた斜滑降で滑り出す。
既にターンを終えているので即座に滑り出せるののこに対して、ターンせずに止まったまみはまたスタートが遅れる。
まみ「ちょっ!待ってよお姉ちゃん!」
ののこと二人でスノボに来るのは初めてで、しかも同じペースでののこの後ろ姿を見ながら滑るのも初めて。
なのにデジャビュのような感じがするまみ。
それはまみがまだ小学生の頃、ののこにくっついてまわっていた頃と何ら変わりはなかった。
ののこが少し先を行き、まみがそれを追う。
決してまみを置いてけぼりにする事は無いが、いつも少し前を行き、離れれば必ずまみを待っていた。
今度もののこは端まで行くと、スッとターンしてまみを待つ。
さっき程では無いが少し遅れてまみが追い付く。
ののこ「真由美、いい感じじゃん」
そう言うとののこはまみのシュプールを指さす。
そこには真っ直ぐな一本のシュプールが描かれていた。
ののこ「今、真由美はあたしを追いかけるのに夢中で、足元とかターンのタイミングとか気にせず滑ってただらず?それが『頑張らねぇ』で斜滑降をするって事」
まみ「……あっ……」
ののこに言われて改めて気付くまみ。
ののこを頑張って追いかけてはいたが、滑る事自体には確かに頑張ってはいなかった。
ののこ「で?どう?今の斜滑降、楽しかった?」
まみ「ん〜……、よくわかんねぇ。ちょっと別の事考えてたから」
ののこ「そ。じゃあもう一本行くよ!」
ののこはまた斜滑降を始めるが、今度はまみもののこの動きを読んでいたのか、すぐに追いかけ始める。
だが、ののこも速い。
追いつきそうで追い付かない。
ゲレンデの端まで来た所で今度は止まらずののこは板をズラすようにしてターン。
そのまま斜滑降で滑って行く。
端で止まると思っていたまみは不意を突かれ、また少し離される。
まるで子供の頃に戻ったかのような追いかけっこ。
ただ姉の後ろを走って追いかけるだけで楽しかった幼少の記憶。
まみ『……楽しい……。なんか楽しい!』
ゲレンデの端まで斜滑降して大きくターンして、また反対側の端まで延々と斜滑降するだけの遊び。
追い付きそうになるとののこは少し下る角度を急にして速度を上げて引き離す。
負けじとまみもそれに続く。
そろそろ麓が見えるかと言う頃、とうとうまみはののこを追い抜いた。
ののこ「あーっ!抜かれた〜!」
まみ「やったぁ〜〜〜〜!」
子供の頃からそうだった。
5歳年上の姉はいつも最後はわざと捕まってまみを喜ばせていた。
そしていつもこう言うのだ。
「真由美ちゃん、速いね〜。お姉ちゃん負けてしまった〜」と。
そして今日も言う。
ののこ「真由美速いね〜。まさか追い付かれるとは思わなかったよ」
さすがにもう子供ではないので、まみはののこが最後に花を持たせてくれた事は解っているが、「手を抜かないで」とムキになる事も無かった。
これがこの姉妹なりのノリなのだ。
あとはまったりとゴンドラ乗り場まで下りた二人。
少しゴンドラ待ちの列にならんだが、すんなりゴンドラに乗れた。
ゴンドラに乗り込み、先に口を開いたのはまみの方だった。
まみ「斜滑降の面白さ、わかったよ」
ののこ「楽しいだらず?」
ののこは少しドヤった顔で答えるが、そこに高慢な雰囲気は無い。
まみ「あたしの滑り、ちょっとは良くなったかな?」
ののこ「さぁ?だってあらかたあたしが前滑ってたから滑り見れてねぇし」
まみ「あたしはちょっと良くなった気がするんじゃん」
ののこ「ほぉ〜ぅ。じゃあ、次の一本で見せてもらわずかね」
山頂駅に着くと、再び二人は同じコースに向かった。
ののこ「じゃあ、さっき止まった所までまた後ろから見せてもらうわ」
まみ「オッケー!じゃあ行くね」
今度は気負う事もなくまみは滑り出す。
決してスピードを抑えている訳では無いが、ののこはピッタリ後ろを付いて来る。
この速度で何の苦も無くまみの後ろに付いてこれる実力があるののこが、先ほどの追いかけっこで負けるはずが無い。
ののこはもう4シーズン目で、しかもワンシーズンにかなりの回数滑りに行くスノージャンキーだ。
まみはいつまでも自分を子供扱いする姉に、「お姉ちゃんめ……」と思わなくもないがそれでも思わず笑みがこぼれる。
まみの斜滑降は余計な力が抜けて、とてもスムーズな斜滑降になっていた。
長い斜滑降と大きなターンを繰り返し、さっき止まった所でまみは止まる。
離れず付いて来たののこがその横で止まって、また二人は並んで座る。
そして今度は考える事なく、ののこは話し始めた。
ののこ「わかったわかった。真由美、ターンの時の足の動かし方が一定じゃねぇんだね」
まみは「どう言う事?」と聞こうとしたが、それより先にののこの説明が
先に続いた。
ののこ「真由美、ターンの時『ブレーキ』を一定の強さでかけながら曲がってねぇのよ。真由美は最初にザッと強いブレーキかけてターンを始めて、その後弱いブレーキを複数回かけながら曲がってる感じなの。そだからターンがキレイな弧を描かず、ヨレた感じの弧になるみたいね」
ののこは右手で「チョキ」を作り、人差し指と中指をそれぞれ足に見立てて説明する。
まみ「え〜?あたしそんな曲がり方してた?」
ののこ「してたしてた。見る?」
そう言うとののこはスマホを差し出した。
いつの間に撮ったのか、まみが滑る姿が写っている。
まみ「お姉ちゃん、いつ撮ってただ?」
ののこ「最初からじゃん。それより、ほらココ!」
そこにはののこが指摘したとおり、強弱のブレーキを複数回使い、お世辞にもキレイとは言い難いふらふらと危なっかしいターンをしているまみが写っていた。
まみ「ホントだ……いっさら気が付かなかったよ。これ、どうやって直せばいいの?」
ののこ「それなんだよね〜。こう言う時の矯正方法ってどうやればいいんだらずね……」
やはり美紅里に比べれば「教える」と言うスキルが低いののこ。
「できる」のと「教えれる」は違うのだ。
また、やり方は教える事ができても直す方法を教えるのはさらに難しい。
既に「出来ている」事に対して、「出来ていない」所を教える。
ののこにはそこまでのスキルは無い。
まみ「お姉ちゃんもわからねぇの?」
ののこ「あたしは美紅里さんの弟子だし、まだ見習いの身だからね〜」
まみ「やっぱり最初美紅里ちゃんに教えてもらった中にヒントがあるのかな?」
ののこ「ターンの最初ってどんなだった?」
まみ「え〜っと……斜滑降から慎重に直滑降にして、板をスライドさせてそのまま斜滑降……みたいな……」
ののこ「それ自体は……まぁできてるしなぃ?他に美紅里さんから言われてる事無かった?」
まみ「事ある毎に『丁寧に』『ゆっくりと……』って言われてた気がする」
ののこ「『ゆっくりと丁寧に』……か」
まみ「何かわかった?」
ののこ「いっさら」
そう言うと、ののこはもう一度まみを追い撮りした動画を見直す。
ののこ「ふむ……」
まみ「あたし何でこんなに何段階にも分けてブレーキかけてんだらず?」
ののこ「あっ!そっか。わかったかも」
まみ「え?何なに?」
ののこ「まだちょっと確信持てねぇから、真由美、ちょっと滑ってみて」
そう促されまみは滑り出し、ののこが後を追う。
何度かターンした所でののこが前に出てまみに止まるようにゼスチャーする。
再びコースの脇に座る二人。
ののこ「わかったわかった!真由美、あんたターンの時の最初のブレーキが強すぎるんだ」
まみはそれがどう言う意味かわからない様子。
ののこ「最初のブレーキが強すぎて、スピードを殺し過ぎてしまうから途中でブレーキ緩めてスピードを戻そうとしてる。こりゃ実践した方がわかるかも」
ののこの説明に少し熱が入る。
ののこ「例えば斜滑降の時のスピードが5とするじゃん?……で、直滑降にした時にスピードが上がって6。……で、ブレーキをかけて4までスピードを落としてぇんだけどブレーキが強すぎてスピードが3まで落ちてしまう。そこでスピードを4にしようとしてブレーキを弱める……こんな感じなのよ」
そう指摘されたがまみはピンと来ていない。
ののこ「そだから斜滑降のスピード5から直滑降でスピードが6。この時のブレーキを今より少し弱めに長くかけて徐々にスピードを4に持って行く……って意識でやってみて?」
まだよくわかってない感じのまみだが、とりあえずやってみる事になった。
まみ「じゃあ、行くね」
まみは斜滑降から直滑降に入る。
ののこ「そこで緩いブレーキを長く!」
言われるがままいつもより少し弱めのブレーキをかける。
だが、「緩めのブレーキ」を意識したせいか、板に角度が付かずまみは派手に逆エッジでひっくり返った。
ののこ「真由美、大丈夫?」
まみ「逆エッジになった〜。いったぁ〜〜〜」
ののこ「怪我とかしてねぇ?」
まみ「そりゃ大丈夫だけど、何がダメだっのかな」
ののこ「緩いブレーキの時、板の角度がいっさら立って無かったから、反対側のエッジが引っかかったんじゃん。板の角度はそのままで、踏ん張る足の力を弱める感じ」
まみ「難しい事言うじゃん」
ののこ「普段は無意識にブレーキのコントロールしてるんだと思うけど……」
まみ「ん〜……。もう一回やってみる」
そう言うとまみはまた滑り出した。
まみ『斜滑降……で、直滑降!足で踏ん張る力をいつもより少し抜いて……そのまま耐える!』
エッジが雪面を削る音がしてまみは大きなターンをして斜滑降につなげる。
まみ「!?なんかえれぇスムーズに曲がれた気がする」
ののこ「さっきよりだいぶいい感じには見えたけど、まだどこか違和感あるんだよね〜……どこだらず?」
まみ「あれ?まだおかしい?」
ののこはまみのターンの違和感がどこなのか、再度ゲレンデの端に座り込んで動画を検証し始めた。