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第50話「ののこの恋愛相談室」

第50話「ののこの恋愛相談室」


目の前に鏡を置かれたガマガエルのような表情で、スマホを持ったまま微動だにしないゆき。


ののこに「夜にでもまた連絡して」と言われたものの、いったい何時だったらいいのか。

判断が付かないまま、既に小一時間過ぎていた。

時計はもうすぐ9時になろうとしている。


既に何度か「今いいですか?」の一文を送ろうと送信ボタンをタップする直前まで行っているが、どうにも決心が付かない。


壁掛け時計が9時を知らせるオルゴールを鳴らす……と、同時にののこから着信があった。


ゆき「うわっ!来た!」


ののこ『お待たせ〜。いつでもいいよ。れぃちゃんも相談あるって言ってたから同時進行になるからちょっと返信遅くなるかも知れないけどゴメンね』


相談の内容を知らされていないののこは、まさか恋愛相談だとは思っておらず、スノボの相談か何かと思い込んでいた。


ゆきは既にスマホに打ち込んでいた「今いいですか?」の文章を消し、新たに「よろしくお願いします」と返信した。


即座に既読が付き、またたく間に返信が来る。


ののこ『はいは〜い。なんでもののこ姉さんに相談なさい』


メッセージと共に親指を立て、ウインクしているアスカのスタンプが送られてくる。


「ののこ姉さん」と言う言葉に思わず尊死しそうになるゆき。

ゆきは頭の中でかわいいパジャマを着て、オシャレなインテリアが飾られている机と椅子、そこに座ったののこが足を組んでウインクしている姿を思い浮かべていた。


だが、ふと我に返り意を決して内容を書き始める。


ゆき『実は先日スノボに行った時、柳江くんと偶然会って、その時こんな事を聞かされたんです』


ゆきは言葉を選びながら、内容を書き送信する。


ゆき『柳江くんの話によると、あたしに好意(?)を寄せてる男子がたんといるらしくて困ってるんです』


既読はすぐに付いたが、さすがに返信には時間がかかる。


とは言うものの、実際は1分くらいしか経ってないのだが、その時間がゆきにはとても長く感じる。

そして返信が来る。


ののこ『ゆきちゃん美人さんだから、そりゃ男の子も放っておかないよね〜』


ののこ『で、何でそれが嫌なの?』


そこでゆきは自分の相談が上手く伝わっていない事に気付く。


ゆき『今あたしは好きな人いないし、まみやれぃ達と遊んでる方が断然楽しいから、彼氏とか作る気無いんですよ』


ののこ『なるほどね。でも実際告白された訳じゃないんでしょ?』


ゆき『そうなんですが、そうなった時がめんどくさいって言うか、断るのもしんどいじゃないですか』


ののこ『でもまだゆきちゃんを好きな人が誰か確定してないんでしょ?』


ゆき『確定する前に手を打っておきたいんですよ』


ここまではののこの質問にゆきが答える展開だが、今度はゆきが質問する流れに変わる。


ゆき『ののこさんってモテそうですけど、どうしてるんですか?』


ののこ『モテないよ』


ゆき『は?』


ののこ『え?』


ゆき『いや、めっちゃモテますよね?』


ののこ『全然』


ゆき『え?』


ののこ『全然。告られた事すら無い』


ゆき『嘘だぁ〜』


ののこ『マジマジ。大マジ』


続いて何故かアルマジロのスタンプが送られてくる。

最初何故アルマジロかわからなかったゆきだが、少し経ってアル「マジ」ロ

だと気付く。


しかし、それにツッコミを入れる余裕はゆきにはない。


ゆき『あんなにフォロワーいるのに?』


ののこ『フォロワーはフォロワーじゃん。フォロワーはコスプレイヤーのののこが好きなんであって、浅野紀子を好きな訳じゃない』


ゆき『それでも、ののこさんコスプレしてねぇ時でもえれぇ綺麗で魅力的なのに告られた事ないんですか?』


ののこ『あたし今告られてる?www』


そう返されて思わず赤面するゆき。


ののこ『まぁそう言ってくれるのは嬉しいけど、マジで無いんだよね〜』


ゆき『勝手にえれぇモテるって思ってました』


ののこ『そう言う感じの目を向けて来たり、匂わせる男の子とかは居たけどね』


ゆき『もしその人達に告られたらどうします?』


ののこ『さぁ?相手によるんじゃない?』


ゆき『告られる前にののこさんがいっさら意識してなかった人だったら』


ののこ『相手によるんじゃない?』


ゆき『好きじゃないのに付き合う可能性あるって事ですか?』


ののこ『可能性無くは無いわね〜。好きって言われて嫌な気はしないしね』


ゆき『じゃあ、ののこさんの好みと真逆の人だったらどうします?』


ののこ『それは断るでしょ。それは立場が逆になってもそうだと思うし、それに対して罪悪感を感じる必要は無いと思う』


そしてここでまた攻守交代。


ののこ『そもそも何でそんなに嫌がるの?』


ゆき『だってめんどくさいじゃないですか』


ののこ『?』


ゆき『みんなあたしの事を絶対勘違いして見てるし』


ののこ『勘違いって?』


ゆき『あたしは普通に接してるだけなのに、優しいとか話しやすいとか、うわべの部分だけ見てる感じがするんですよ』


ののこ『実際、ゆきちゃんは優しいと思うし、話しやすいと思うよ』


ゆき『あたしは変にツンケンしたりして波風立てたくないからそうしてるだけで、別に優しくないですよ』


ののこ『そうかなぁ……。あたしもまだゆきちゃんの事そこまでわかってないけど、ゆきちゃんが真由美に対して気づかいしてくれる所とか、人見知りの真由美があれだけ喋れるようになって、しかもゆきちゃんにだいぶ真由美は甘えてると思うのよ。それってゆきちゃんの優しさや話しやすさがあってこそじゃない?』


ゆき『それはまみは友達だから』


ののこ『男子には違うの?』


ゆき『あたしは女子だから……とか、男子だから……とかで態度を変えるのが嫌で誰とでも普通に接しているだけなんじゃん』


ののこ『それを男子が勘違いした……と』


ゆき『そうです』


ののこ『それはあながち勘違いとは言えないと思うけどね』


ゆき『勘違いですよ。さっきも書いたけど、あたしは波風立てたくないから……悪い言い方したら八方美人やってるだけです』


ののこ『八方美人は悪い事じゃないよ。ゆきちゃんの言うとおり周りの人との関係を円滑にするって言うのは自分の為でもあるかもしれないけど、周りの人に対してでもある。それは優しさだと思うけどね』


ゆきはそう言われて八方美人をしてきた自分に対しての罪悪感が少し薄れる感じがした。


ゆき『それでもその時のあたしって仮面を付けて着飾っているあたしじゃないですか。それを見て好きって言われても、それはあたしじゃないって思うんですよ』


ののこ『あー、それはわかる。でもゆきちゃんに限らず人ってそう言うもんなんじゃん?みんな自分の本性とか内面を見られるのが怖いからそれを隠して見せたい自分を見せる。でも接しているうちに内面や本性が見えて来たりする。友達付き合いでも恋愛でも、そこからが本番でしょ』


ゆきは自分だけが本性を隠して人と接して来たと勘違いしていた。

まみもれぃも言われて見れば教室でのキャラと部活でのキャラは違っている。

教室ではそれぞれ本性を隠しているのだ。


ゆきの、「本当の自分じゃない自分に対しての好意」への嫌悪感は和らいだが、それとこれとは話が別。

やはり今は男子に好意を寄せられる事自体が煩わしいのだ。


ゆき『ののこさんの言ってる事はわかりますけど……』


ここで一度話を切って送信。

さらに続ける。


ゆき『でもやっぱり今は男子に好意を寄せられて……とかってやっぱりめんどくさいんですよ』


ののこ『うん。じゃあもう彼氏作っちゃえ』


予想もしてなかったののこからの返信に目を疑う。


どう返せばいいか迷っている間にののこから続きが送られてくる。


ののこ『と、言ってもエア彼氏ね。ようはもう彼氏がいる事にするのよ』


ゆき『そんなのすぐに裏取られて、ウソだってバレちゃう』


ののこ『だからエア彼氏は他校とか、何なら遠距離恋愛とか、いっそ彼氏が大学生って事にしちゃえばいいのよ』


ゆき『それにしたって、あたしがまわりに彼氏がいますってアピらなきゃいけないですよね?』


ののこ『そこは事情を説明して友達に協力してもらえばいいじゃん』


ゆき『え……っと、どうやって?』


ののこ『例えば男子に話が聞かれる状況で、友達に最近彼氏と合ってるの?とか聞いてもらう……とか』


ゆき『そう言う話する友達、いないんですよね〜』


メッセージと共にトホホ顔のスタンプを貼る。


ののこ『じゃあ、れぃちゃんに今度のスノボに彼氏さん来るの?って聞いてもらうとか』


それを見てゆきは目を見開く。


ゆき『あたしの彼氏設定、スノーボーダーなんですか?』


ののこ『知らないわよ。でもそう言う設定にしておいたら裏取られる事もないんじゃない?』


ゆきの頭にふと健太郎の顔が浮かんだが、「そうじゃない」と自分の想像を否定するように頭を振り、イメージをかき消す。


ゆき『仮にそんなエア彼氏設定作ったとして上手くいきますかね?』


ののこ『大丈夫、何とかなるって』


軽くデジャビュを感じるゆき。

実はデジャビュでも何でもなく、放課後まみと話した時ののこなら何と返すかと言う質問に対してまみが答えた言葉そのままなのだ。


このエア彼氏作戦が上手くいくかどうかは別として、ののこが誰からも告白されたりした事が無い事実もコレのような気がしてきた。


ののこほど明るく気さくでしかも美人なら「彼氏がいるだろうな」と考えるのは当然だろう。

故にまわりの男子はののこ程の女性と付き合っている男子に自分が勝てるはず無いと思い込み、結果ののこにアタックできずにいるとしたら、ののこが誰からも告白された事が無いと言う事にも合点がいく。


つまり「既に彼氏がいる」と言う情報は、フリーの男子にとってはハードルが上がるのだ。

そうなればおのずと男子がゆきに告白してくる可能性は減る。

そう考えれば、ののこの言う「エア彼氏作戦」は悪くない作戦に思えてきた。


ゆき『わかりました。ちょっと考えてみます』


すぐに既読が付いたが、返信が来るまで少し時間が空いた。


数分後、ののこからの返信にはこう書いてあった。


ののこ『今はエア彼氏作戦でいいと思うけど、もしいい人がいたらその時はちゃんとその人の事も考えてあげてね。ゆきちゃんが本性を見せてないのと同じで男の子も本性は見せて無いと思うんだよ。見せている外側から垣間見える内側を見なきゃ相手もゆきちゃんの内側を見てくれないよ』


このメッセージにゆきは衝撃を受けた。


さしあたりののこには『わかりました。ありがとうございました』と返信し、スタンプも貼って会話を終えたが、ゆきはその後少し考え込む事になった。


当たり障りなく過ごす為に都合の良いキャラクタを演じている自分に対してズルいと感じていた。

そして周りの人はそんな事をしていないと思っていた。

だが、そうでは無かった。

皆、多かれ少なかれそう言う自分を演じていたのだ。

そして自分の内面を見せないようにしているにもかかわらず、外面だけで好意を寄せる人に対して「何もわかってないのに」と感じていた。

それはとても自分勝手で都合のいい話だった。


ゆきはののことの話でそれに気付いたが、やはり今の段階で男子に好意を寄せられても困ると言う気持ちもある。


さしあたりゆきはののこの言っていた「エア彼氏作戦」を進める方向で考え始めた。

それと同時に、自分に好意を寄せる男子に対しての嫌悪感が少し薄れた気がした。


時間は少し遡る。


ゆきがののこに相談を始めると同時に、れぃもののこに相談を始めていた。

つまりののこは二人の相談を同時進行で受けていたのだ。


れぃ『よろしくお願いします』


ののこ『はーい。で?どうしたの?』


れぃ『えっと……何から話せばいいのか、未だ頭の中でまとまってなくて……』


ののこ『まとめなくていいよ。れぃちゃんが相談したい事の発端になった出来事から順に教えて』


そう諭され、れぃはナンパ大学生に暴言を吐かれた事から説明し、その後偶然通りがかった柳江に「魅力的だ」と言われた事を詳細に伝えた。


ののこ『まずその大学生は殴れ』


れぃ『やっぱ殴って良かったんですか?』


ののこ『やっぱ……って事はマジで殴ろうと思ってたの?』


ののこから苦笑いしたキャラクタのスタンプが貼られる。


れぃ『えれぇ殴りたかったけど大学生相手に勝てる訳ないし、殴ったら殴ったでやり返されてたかも知れないし……』


ののこは半分冗談で「殴れ」と言ったものの、本当にれぃが殴る事を考えていたとは思わなかった。

ののこはれぃに対してのイメージを一部修正する。


ののこ『うん。あたしも殴れとは言ったけど、れぃの判断は間違ってない』


れぃ『でも、えれぇ悔しくて、頑張って怒りを抑えてる所に柳江が来てそんな事言いやがったんです』


ののこ『経緯はわかった。それでれぃちゃんの相談は?』


そうののこに聞かれて改めて何をどう相談したらいいか困るれぃ。


れぃ『えっと……あたし今まで魅力的とか言われた事無くて、たまげちゃって』


そこでれぃからのメッセージが少し止まる。


ののこはれぃの続きを待つ間にゆきへの返答を終える。


しかしまだれぃからは続きが来ない。

どうやられぃは自分でも何に困っているか理解できていないようだ。


そこでののこは少しれぃをつつく事にした。


ののこ『それをキッカケに柳江君を意識するようになっちゃった?』


れぃ『ちがう!』


さっきまでメッセージが停滞していたとは思えない早さで返信が来る。

しかも漢字変換する事すら忘れている。


これでののこは全てを察した。


ののこ「はは〜ん。れぃちゃんはこれをキッカケに柳江君を意識しちゃったけど、その事実を認めたく無くて混乱してんのね。可愛いじゃん」


ののこはニヤニヤと笑いながら独り言のように言う。


ののこ「さて、どう調理してやろうかしら」


少し悪い表情になっているののこ。


一瞬天井を見上げ、返信内容を考えると一気にスマホにメッセージを打ち込む。


ののこ『あれ?違うんだ。でも魅力的って言われても嫌な気はしないでしょ?』


これまた間髪入れず返信が来た。


れぃ『嫌です』


だがこれはののこの予想した通りの答えだったので、ののこも即座に返信する。


ののこ『何で?』


そして予想どおりれぃからの返信が止まる。


ののこ「すぐに返せないってのが、もう答えなんだよね〜」


またニヤニヤ笑いながら3本目のビールの封を切る。


プシっと小気味良い音がして、ののこはビールをぐいと飲む。


れぃの返信を待ちながらゆきに返信。


ののこ「れぃちゃんもそうだけど、ゆきちゃんもなかなか拗らせてるな〜」


ののこのニヤニヤが止まらない。

相談を受けながら、この甘酸っぱいツマミを目一杯堪能しているのだ。


なお、相談のLINEを始める前に既にののこはビールを2本開けている。

つまり今日のトータルで言うなら5本目のビールを飲んでいるのだ。


するとようやくれぃから返信が来た。


れぃ『その場しのぎのお世辞とか言われても嬉しくないって言うか、からかわれてるみたいで嫌だ』


ののこ「ほっほぉ〜ぅ!そう来たか!かっはぁ〜!甘酸っぺぇ〜〜〜」


実はかなり酔っているののこ。


まさかゆきもれぃも、こんな酔っ払いモードのののこに相談しているとはつゆほども知らない。


ののこ『お世辞?からかう?恋愛経験ゼロの朴念仁を具現化したような柳江君がそんなコマシの高等テクを?』


このメッセージを見てれぃは固まる。


確かに言われてみればそうだ。

あの柳江が……恋愛どころか女子ともまともに喋った事なさそうで、そもそも女子に興味とか無さそうな柳江が、その場しのぎのお世辞とか言って女子の機嫌をどうのこうのしようとしたとは思えない。


と、言う事は……


そこまで思考を巡らせてれぃは一気に赤面する。


だが、何としてもその「仮定」を否定したいれぃは勢いだけでののこに返信する。


れぃ『それはそうかも知れませんが、別にあたしの事を好きとかじゃないのに魅力的とか言ってくるヤツの言う事なんて本気で言ってるとは思えません!』


そのメッセージを読んでののこは目を見開く。


ののこ「これはひょっとしたらひょっとする展開行くかぁ〜!?」


勢い余って持っていたビールの缶を半分グシャリと握り潰す。


ののこ『好きじゃないってどうしてわかるの?』


ここはののこの予想に反して即座に返信が来た。

しかし、その内容はののこの予想の斜め上を行っていた。


れぃ『その後ゆきが柳江にあたしの事好きなんかって聞いたら、そう言うのではないって即答してたから』


ののこ「ぶっ!」


思わずビールを吹き出すののこ。


空になったビール缶を勢い良くテーブルに叩きつけるように置き、踵を返すようにテーブルと反対側にあるベッドに突っ伏す。


ののこ「あかーん!ゆきちゃん、それは直接聞いたらあかーん!でもグッジョブ!」


気を取り直し、飛び散ったビールの飛沫をティッシュで拭き取り、一層気合いを入れて座りなおす。


ののこ「いやいやいやいや……これはアレだね。落ち込んでいるれぃちゃんを放っておけなくて何となく声をかけてしまったが、経験不足から柳江君もパニクっちゃって本音を思わずポロリ。んで、それをゆきちゃんにツッコまれたから慌てて平静を装って否定したって流れじゃん!」


ののこは立膝ついた姿勢で膝をバシバシ叩く。

その姿はオッサンのそれだ。


ののこ「と、言う事は……だよ?これワンチャンれぃちゃんにも柳江君にも種火付いちゃってんじゃない?」


そして当然の動きであるかのごとく、新しいビールを開ける。


ののこ「だが、これはまだほんの小さな種火だ。下手に扱うと消えちゃうやつ……」


真剣な表情で考え込むののこ。

だが、十分酔っ払いだ。


ののこ「よしっ!ここは逆にこれが種火と気付かせない方がチリチリと燃えて強い種火になるやつ!」


方針が決まったののこはスマホをガッと取り、れぃにメッセージを打ち始める。


ののこ『なるほどね。じゃあ柳江君の言った魅力的って言うのは被写体として魅力的だって事だね』


れぃ『そうなんですか?』


ののこ『あたしや美紅里さんがレイヤーだって事知ってて、れぃちゃん達の事もレイヤーだと知ってるのに騒ぎ立てもしない。つまり柳江君はれぃちゃん達を含め、自分がカメラで撮影する被写体としてしか見てないって事でしょ?つまり被写体として魅力があるって事なんじゃない?』


れぃ『でも今日、廊下ですれ違った時、目をそむけやがりましたよ』


このメッセージを読んで、またののこは一人「あ〜〜〜〜っ!」と黄色い声を上げながらベッドに突っ伏す。

枕サイレンサーが無ければ、母親が何事かと飛んでくるレベルの絶叫だ。


ののこ「えれぇ意識してんじゃん!柳江君、えれぇ意識してんんじゃん!って、それ見て不愉快になってるれぃちゃんもしっかり意識してんじゃん!甘酸っぺぇ〜〜!甘酸っぺぇよ〜〜〜!」


これが数年後に高校の教師を目指している大学生である。


そしてまたガバと起き上がり、スマホをひっつかみ、ものすごい勢いで返信する。


ののこ『それは柳江君が魅力的だなんて普段は使わない言葉を使っちゃって、それが捉えようによっては口説き文句にもなりかねないってのを後から気付いて気まずくなっちゃってんだね〜。れぃちゃん、柳江君が気まずくなるようなリアクション取らなかった?』


送信し、既読がつく。

ののこはスマホを両手でガッシリと持ち、れぃからの返信が来るのを鼻息を荒くして今か今かと待ちわびる。


ビールを飲む事さえ忘れている。


ピロン♪と着信音が鳴る。


れぃ『あたしもちょっと気まずくて、とっさにゆきの後ろに隠れて、ちょっと視線そらしました』


ののこ「来たぁ〜〜〜〜!乙女じゃん!れぃちゃん、乙女じゃん!うほっ!こりゃたまらん!普段は仏頂面でジト目キャラなのに、絶対赤面してそれでいて上目使いで柳江君の表情伺ってるやつじゃん!かわよ〜〜〜!ツンデレ!?ねぇ、ツンデレ!?」


一人で大盛り上がりするののこ。


ののこ「はっ!返信しなきゃ!」


またガバっとスマホを引っつかみ、もの凄い勢いで文書を打ち込む。


ののこ『あ〜、ソレだね。つまりれぃちゃんが今後、柳江君に今までどおりのリアクションしてたら柳江君もじきにいつもどおりに戻るでしょ』


ののこ「さぁ、どう来る?どう来る?」


無意識にビールを引っつかみ、喉を鳴らす。


ののこ「まだか?……まだか?……来た!」


れぃ『そんな事できない……』


ののこ「あ゛〜〜〜〜!」


ののこの頭の中では、れぃが顔を赤らめながら口元にかるく握った手を当て、斜め下に視線をそらすような仕草で「そんな事……できない……」と呟いている姿の妄想が駆け巡る。


ののこ「かわいっ!れぃちゃん、かわいっ!あ゛〜〜〜鼻血吹きそう……」


残ったビールを一気に飲み干し、テーブルに缶を乱暴に叩きつけるように置くと、また一気に返信を書き始める。


ののこ『確認するの忘れてたんだけど……れぃちゃんは柳江君の事が好き……って訳じゃないんだよね?』


送信した直後に驚くべき早さで返信が来る。


れぃ『違います!そんなんじゃないです!』


ののこ「にゃは〜〜〜〜〜!れぃちゃん必死じゃん!自分の気持ちを否定するのに必死じゃん!」


酔っているのもあるだろうが、かなりいやらしい表情で口元も緩む。


ののこ「やべっ……ヨダレでた……」


ティッシュでヨダレを拭い、また返信作業にとりかかる。


ののこ『だよね〜。もしれぃちゃんが柳江君の事が気になってるなら、こんな相談しないもんね。』


文章からはののこが酔っ払っている事を感じ取れる雰囲気は一切無い。

そのせいもあり、れぃはスマホの向こうには、部屋着ながらもチャーミングなののこが、可愛くも整頓された部屋でお気に入りの可愛いティーカップで紅茶を飲みながら、優しい微笑みを浮かべながら相談に乗ってくれていると想像していた。


だが実際は、ビールの空き缶がコタツの上に並び、脱ぎすてた服がそのままになっている乱雑な部屋で、少し首がヨレた全身グレーの洒落っ気もクソもないスウェットの上下にどてら。

手にはビールを持ち、時折奇声を発しながら立膝ついて、いやらしい表情でヨダレを垂らしながらスマホを見ている中身がオッサンの女子大生であった。


れぃ『柳江がいつもどおりだったらあたしも普段どおりにできると思う』


返って来たメッセージを見て、またののこは二ヘラと一層いやらしい表情でそれに対する返信を始める。


ののこ『れぃちゃん、それは柳江君にはちょっとハードル高いかな。今回やらかしちゃったのは柳江君だから、柳江君からはそうそういつもどおりにはなれないわね。ハードルが低いのはれぃちゃんの方よ。れぃちゃんは柳江君の事何とも思ってないんでしょ?』


少し間がありれぃからの返信。


れぃ『それはそうなんだけど……』


これはののこの先天的な話術である。

先に逃げ道を塞いでおいて、こちらからの質問に肯定するしかない状況を作りあげる。

れぃは完全にののこの術中にハマっているのだ。


ののこ『なら大丈夫!柳江君はれぃちゃんに対して被写体として魅力的だと言っただけだし、それがわかればレイヤーとしてはむしろ『ありがとう』って感じじゃない?そう考えたらあとは数日も経てば気まずさも薄れるわよ。それに同じクラスでも無いんだからそうそう顔も合わせないだろうし』


ここでもののこの話術が使われる。

想定であった、柳江がれぃに対して言った魅力的と言う言葉が被写体として言われたと、まるで確定したかのような言い方。


ののこの術中にハマり、そんな気がしてきたれぃではあったが、いまいち自信が持てない。


れぃ『できるかなぁ……』


ののこはあえて一拍おいて返信する。


ののこ『大丈夫、いけるいける。だってれぃちゃんが柳江君の事が好きだったら好感度上げなきゃってなるけど、そうじゃないんならそんな事を気にする必要もないじゃない。いつもどおりにして、好感度下がっても痛くも痒くもないでしょ?』


れぃはののこからのメッセージを見て、ようやく気持ちの落としどころを見つけた気がした。


れぃ「……そうじゃん。柳江は被写体として魅力的だって『評価』しただけ!コミゲでも学祭の時も色んな人に『かわいい』って言ってもらえたじゃん!それと一緒!……なのに柳江のヤロー、『魅力的』とか日常会話で使わないような言葉使いやがって!」


そう呟くと、れぃはののこに返信を打ち始めた。


れぃ『わかりました!そう考えたら普段どおりできそうな気がします!頑張ってみます』


ののこはニマっと笑い、最後に『頑張れ〜』とキャラクターが言っているスタンプを送信。

れぃが『ありがとうございます』と『おやすみなさい』のスタンプを返信して来たのを見てこの日の相談を終えた。


ゆきとれぃの二人の恋愛相談を終え、時間は既に11:30。

ののこはニマニマした表情のままビールの空き缶を集めてビニール袋に入れ、部屋を出る。


キッチンにゴミ袋を持って行く途中で、自室に向かうまみと階段で出くわす。


まみ「あ、お姉ちゃん、ゆきちゃん達の相談終わった?」


ののこ「うん。『ののこの恋愛相談室』にお任せあれ」


そう言って相談が無事解決した事を表現する。


まみは「良かった〜」と返し、自室に入る。


まみ「何かお姉ちゃん、えれぇニヤついてたな。いったいどんな話したんだろ」


まみはののこが自分の友達にとんでもないアドバイスをしたのではないかと不安になったが、ただでさえ人見知りのまみは、それ以上その事に首を突っ込む気も起きず、そのまま布団に潜り込んだ。


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