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第46話「それぞれの課題」

第46話「それぞれの課題」



美紅里「さ、行くわよ。先頭ゆき、二番手れぃ、三番手まみ。あたしは状況見て滑るから気にしなくていいわよ。しんどかったら途中で止まってもいいし、行けるなら麓までノンストップで行ってもいいからね」


板を履き終えた三人に美紅里が簡単に指示を出す。

三人は特に異を唱える事なく立ち上がる。


美紅里「はい、じゃあスタート」


号令と同時にゆきが滑り出す。

ワイドバーンではないが、狭いと言うほどでもないバーンをゆっくり滑って行く。


幅の広いコースに合流し、ゆきの滑りが変わる。

滑り出しは少したどたどしい滑りだったが、今度は非常にスムーズだ。


ゆきから少し離れてれぃが続く。

ゆきの滑りはスムーズで無駄な力がかかっていない感じの滑りだが、れぃの滑りは意図的に色んな所に力を入れて滑っているように見える。

かと言ってバタバタしている感じは無い。


まみ『あ……滑りを見るとゆきちゃんとれぃちゃんの滑りが朝の滑り方との違いがわかる!』


ゆきの午前の滑りは斜滑降、エッジの切り替え、直滑降、板のスライド、ターン、斜滑降……と、ひとつずつ区切って滑っていた。

その為か、次の動きに移る際にぎこちなさがあったのだ。

それが今は斜滑降からターンを終えて次のターンに繋げるまでが一連の動きとしてできている。


また、れぃは午前の滑りでは体の傾きでターンをこなして転びそうになった時や滑りの修正をする時に体を使った滑りをしていた。

あえて例えるなら常に棒立ちのような感じで滑っていたが、今は何かひとつアクションする度に体を上下動させて滑っている。

ターンの時も午前はバランスを崩さない事だけを意識して、あとは板が勝手に曲がって行くに任せているような滑りだったが、今は自分でターンの弧を変えるような動きで、実際に大きいターンから小さいターンまで様々なターンを試している感じだ。


少しフラットになった所でゆきが止まる。


ゆき「どっち行く?」


れぃ「……朝と同じコースでいいんじゃね?……」


まみ「あたしはどっちでもいいよ〜。あ、ちょっとあたし、ゆきちゃんの後ろ滑っていい?」


ゆき「ん……あたしは別に自分いいけど……」


れぃ「……あたしも別にいいよ……」


二人の了解を取り付け、美紅里をチラと見やる。


美紅里は何も言わず手でOKマークを作って許可を出す。


ゆき「じゃあ……行く……。まみ、あまり近付き過ぎんでよ。あたし転ぶかもしれねぇから」


まみ「うん。わかった!」


少し幅の狭い林道コースを滑り出す三人。


やはり幅が狭いとゆきの動きはぎこちなくなる。

しかし林道コースが終わり、コース幅が広くなったとたん、ゆきの滑りがスムーズな滑りに変わる。


まみ『ゆきちゃん凄い!美紅里ちゃんほどじゃねぇけど、斜滑降のシュプールがあらかた真っ直ぐだ……』


ゆきの滑りはスピードこそゆっくりだが、斜滑降もターンも全てスムーズだ。

コースの幅をしっかり使い、大きいターンを繰り返す。


まみ『ゆきちゃん、これだけスムーズに滑ってるのにスピードがずっと一定だ。あたしだったらどんどんスピード上がってしまうのに……』


事実、ゆきの後ろから付いて行っているまみは、ゆきとの間隔が広くなったり追い付いてしまったりを繰り返し、スピードが安定しない。


ゆきの動きにシンクロして滑ってみたが、同じタイミングでターンに入っても、ゆきの斜滑降のシュプールと平行に滑っても速度が安定しない。


まみの頭には「?」がどんどん増えてくる。


まみ『美紅里ちゃんの後ろ滑ってた時もそうだけど、何で同じ滑りしてるはずなのにスピードとか違ってくるの?板の性能でもワックスでも体重の差でもねぇのに……』


疑問が何ひとつ解消される事なくゴンドラ乗り場に着いてしまった。


少し遅れてれぃと美紅里もゴンドラ乗り場に着く。


美紅里「うん。れぃ、良かったよ。ちゃんと板を使って滑ってた」


れぃ「……うん……ちょっと……わかった……気がする……けど……難しい……」


ゆきとまみに比べて遅れて到着したのでまみ達ほどスピードは出てないはずなのに、れぃはゼーゼーと息を切らしている。


まみ『板を使う?今までも板使って滑ってたよね?午前中のれぃちゃんは板を使って無かったって事?意味わかんねぇ……』


疑問だらけのまみ。

いろんな「何で」が頭を駆け巡る。

そんなまみの葛藤を知る由もないゆきがまみ達に声をかける。


ゆき「今、3時ちょっと前だけど、あと1本行けるかな?」


れぃ「……行きてぇ……。なんか……もうちょっとで……何か掴めそう……」


まだ息が整わないれぃ。


美紅里「ん〜〜〜。まぁいいわ。あと1本行きましょ」


まみ「うん。あたしもまだちょっと納得行ってねぇ」


ゆき「納得?」


まみ「美紅里ちゃんからの課題って言うか、注意すべき点の答えがいっさら見つからねぇの……」


それを聞いた美紅里は少しニヤリと笑う。

ただ、フェイスマスクごしなので、その表情に気付いた者はいない。


美紅里「じゃあ行きましょうか」


四人は板を外してゴンドラ乗り場へ向かう。


この時間は既にゴンドラも空いていて、待つ事なくゴンドラに乗車する。


美紅里「あ、まみはあたしの隣に座って」


言われるがまま美紅里の隣に座るまみ。


ゴンドラの扉が閉まり、加速しながら上って行く。


美紅里はポケットからスマホを取り出して何やら操作している。


美紅里「え〜〜〜っと……あった。まみ、これ見て」


まみと美紅里はスマホの画面を覗き込む。


そこには美紅里が映っている。


美紅里「これは以前、あたしを追い撮りしてもらった時の動画。……で、ここから」


スマホには美紅里が緩斜面で直滑降している映像が映っている。


美紅里「はい、ここまで」


秒数にして10秒もない。


美紅里「今の部分をトリミングしてまみに送るから」


そう言うと美紅里は動画編集ソフトを立ち上げ、今の部分を切り出し、その動画をますのスマホに送る。


まみ「来た」


まみは美紅里からの動画をもう一度見る。


さっき美紅里の後ろに着いて滑った時と同じような美紅里の滑りが映っている。


美紅里「はい、じゃあ今度はさっきあたしがまみを追い撮りした動画見てみて」


ゆきやれぃの滑りを見る事で自分が滑っている動画を美紅里に撮ってもらった事を忘れていたまみ。


「あ、そう言えば」と言った表情でスマホのアルバムを開き、動画を再生させる。


美紅里「んっと……もう少し先……あ、ここから」


まみが直滑降している所が映っている。

そしてそのまま止まるまで直滑降で進み、画面の中のまみが止まる。


美紅里「ここまで。さて、まみの直滑降とあたしの直滑降、どこに差がある?」


そう言われてまみはもう一度自分の直滑降の動画を見直す。


やはりターンする事なく、真っ直ぐ滑っているだけだ。


まみ「えっと………」


困惑するまみ。


美紅里「じゃあ、あたしのスマホで同時にあたしの直滑降の動画再生させるから見比べて」


まみのスマホにはまみが直滑降で滑っている動画。

美紅里のスマホには美紅里が直滑降で滑っている動画。


まみ「あれ?」


まみは何か違和感を感じたが、それが何かまだ解らない。


まみ「美紅里ちゃん、もう一回いい?」


美紅里はそう言われるのを想定していたのか、即座に再度再生ボタンを押す。


まみ「違い……ってあちこち違いすぎる……姿勢もそうだし、何て言うか美紅里ちゃんは直滑降の時に力入ってねぇって言うか余裕だし……」


美紅里「あとは自分のスマホで2つの動画を交互に見なさい。一箇所に絞って『滑り』を観察してみなさい」


まみは自分の滑りと美紅里の滑りをピンポイントで見比べる。


美紅里は板の上に真っ直ぐ立って滑っているが、まみは膝を曲げて腰を落として滑っている。

その姿はへっぴり腰とも表現できる姿勢だ。


そして美紅里の腕は力が入っていないように見えるが、まみは腕でバランスを取るような動き。


足元は美紅里もまみも直滑降なのでほとんど動いていない。


まみ『足元に差は無……』「あれ?」


思わず頭の中の言葉が口に出てしまった。


まみはひょっとしたら正解かもしれない点を確認する為もう一度自分の動画と美紅里の動画を見比べる。


まみ「あたし、直滑降なのに何で板が斜め向いてんの?」


美紅里「お〜〜〜、よく気付いたね」


まみ「他にも姿勢とか色々違う所あるけど……」


美紅里「まぁそれも正解。はっきり言って全部違う」


それまで美紅里とまみの会話に興味を示すも、口を挟まないようにしていたゆきが我慢しきれず反応してしまう。


ゆき「え?気になる!見せて!」


まみはスマホをゆきの方に向け再生ボタンを押す。


まみ「ほらっ!美紅里ちゃんの直滑降って板が進行方向に真っ直ぐだから雪しぶきとかあらかた上がらねぇんだけど……」


そこまで言うとまみは自分の直滑降の動画に画面を切り替える。


まみ「あたしの直滑降は……ほら!ちょっと斜めってるって言うか……」


ゆき「ホントだ。後ろ足側のつま先のエッジを引きずるような滑りしてる!」


ゆきほどではないが、れぃもしっかりとスマホを覗き込んでいる。


まみ「美紅里ちゃん、何で?」


美紅里「何でも何も……ただ単にまみが『直滑降できてない』だけよ」


れぃ「……これ、直滑降じゃねぇの?……」


美紅里「そうね。厳密に言うなら直滑降に近い斜滑降ね」


まみ「これ、あたしの姿勢が悪いせい?」


美紅里「そうとも言えるし、違うとも言える」


ゆき「どゆこと?」


美紅里「今のまみの滑りであたしと同じ姿勢で滑ったら後ろ足の踵側のエッジが引っ掛かって逆エッジで転ぶわね」


ゆき「じゃあ姿勢が原因じゃねぇの?」


美紅里「とも言い切れない。あたしがまみの今の姿勢を真似て直滑降したら板を進行方向に真っ直ぐ向けるのはちょっと難しいかも」


れぃ「……板のコントロール……」


美紅里「正解!」


まみ「え?わかんねぇ。どう言う事?」


れぃは美紅里をチラと見る。


美紅里「いいわよ、説明してあげなさい」


れぃは小さく頷くと考えながら喋り出した。


れぃ「……えーっと……あたしもまだ完全に理解した訳じゃねぇからちゃんと説明できるかわかんねぇんけど……」


れぃはそう前置きした上で続ける。


れぃ「……あたしってさ……、逆エッジが怖いから滑ってる時ってできるだけ板を動かさねぇように……って言うか……、うん、バランス崩さねぇ事ばっかり意識して滑ってたのね……」


まみとゆきはもともとボソボソ喋るれぃの声を聞き漏らさないように身を乗り出して聞き入る。


れぃ「……そだから、スピード出て怖くなってから慌ててブレーキかけて……って感じだったんだけど……そのブレーキかけるのもいつも逆エッジの怖さがあって……スピードの怖さを選ぶか逆エッジの怖さを選ぶか……みたいな感じだったんよ……」


ゆき「あー、スピード出てしまった時の怖さはわかるわ〜」


れぃ「……うん。でも、それって板の上にコケねぇように乗っかってるだけで、板をコントロールって言うか、板を使って滑ってたのと違うんよね……」


まみ「でも、滑れてたらそれって板を使えてるって事じゃねぇの?」


れぃ「……ぅんにゃ、違う。例えばターンの時とかにさ……あたしは板が流れるまま……って言うか、とりあえずターンでコケなくちゃいいって感じだったから、自分でターンの大きさとかコントロールできてなかったんよね……」


一瞬れぃは美紅里をチラと見るが美紅里は何も言う気配は無い。


れぃ「……ターンの大きい小さいも、ブレーキのかけ方とかターンに入る前のスピードの調整とかで変わってくるじゃん。あたしはどっちもできてなかったんよね……」


ゆき「ん〜〜〜〜………あたしはれぃがそれ、できてるように見えてたけどなぁ……」


れぃ「……うん。できてたのとやってたのは違うんよ。できてたのは無意識。やってたのは意識的にやってた……。この差はでかい……」


まみ「あ……だからか……」


ゆき「ん?どした?」


まみ「れぃちゃんの滑り、午前とさっきの滑りを見比べた時、れぃちゃんの動きがどれも大きくなってた……気がするの。それって意識的にブレーキかけようとしてブレーキかけたり、大きいターンしようとしてターンしたり、小さいターンしようとしてターンしてたり……って事なんかな……って」


美紅里「正解」


ゆき「わっ!たまげた!」


今まで沈黙を貫いていた美紅里の声にゆきが少しオーバーリアクション的に反応する。


美紅里「まみ、よく『滑り』を見れたね。そう言う事。れぃは他の人のコピーが凄く上手い。でもそれってその動きが何故その動きになってるかを理解してる訳じゃない。だからコピー元が無いと滑りに迷いが出る」


今日、れぃを先頭で滑らせていた理由はこれだった。

れぃはまみを見ながら滑ればまみに似た滑りをし、ゆきを見ながら滑ればゆきのような滑りになる。

それは場合によっては悪い癖もコピーしてしまうと言う事だ。

見る対象、コピーする対象が居なければ、自分の滑りをするしかない。

体は滑り方を覚えてきてはいるが、いざ滑るとなると、何をどうしていいかわからなくなる。


れぃ「……そだからあたしは美紅里ちゃんに言われて、自分のできる事を一つずつ確認して、それがどこまでできるかやってみて……って……説明難しいな…

…」


まみとゆきは言葉に詰るれぃの説明を口を差し挟む事なく待つ。


れぃ「……え〜っと……同じスピードで滑っててもさ……強いブレーキと弱いブレーキってあるじゃん。ホントならそこまで強いブレーキしんでいいシーンであえて強いブレーキかけたら止まるまでにどのくらいかかるか……とか、逆に本来なら強いブレーキかけたくなるシーンであえて弱いブレーキにしてその後の滑りにどう繋げるか……とか……」


れぃは上手く説明できない自覚があるので、それを伝えようと身振り手振りも駆使して一生懸命説明する。


れぃ「……ターンでも何となく曲がって行くんじゃなくて、自分で大きくターンしようとか小さくターンしてみようとか、自分でどう滑るか考えて、なるべく滑りにバリエーション持たせるって言うか……」


いよいよ上手く説明できない自分にイラついてきたれぃは眉間にシワを寄せる。


れぃ「とにかくそう言うの!そう言うのをやってたんじゃん!」


ゆき「だから急にキレんなし」


以前はれぃの急にキレた言葉使いに怯んでいたまみもすっかり慣れて、普通に会話に参加する。


まみ「うん。でもれぃちゃんが言ってる事何となくわかる。あたしもブレーキとかターンとか、特に何も考えねぇでやってた気がするもん」


ゆき「あたしもコケねぇように滑るので精一杯だからなぁ……」


れぃは二人に説明が何となく伝わった事に安堵したのか無言でうんうんと頷く。


美紅里「あたしから補足するなら、れぃは『できる事』の幅とかバリエーションが少なかったの。でもこの数本滑ってれぃ自身が『どこまでの事ができるか』を理解できたから滑りが変わったの」


れぃ達三人はその説明に思わず「おぉ〜……」と納得の声を上げる。


まみ「ゆきちゃんは?ゆきちゃんの種明かしはしてもらえるの?」


ゆき「あたしゃ手品師か」


苦笑いしながら喋っていいのかを確認するようにチラと美紅里を見る。


美紅里も無言で頷き、それを見たゆきはれぃ同様、言葉を選びながら話し始める。


ゆき「え〜っとね……、あたしはれぃと逆……なのかな。滑る時にアレやってコレやって……って一つずつ区切って頭ん中を整理しながら心の準備とかもしてからじゃねぇとできなかったのね」


それこそがまみの感じていたゆきの滑りのぎこちなさの正体だ。


ゆき「……で、美紅里ちゃんに滑りを『流れ』で意識するってのを教えてもらったんだわ」


れぃ「……流れ?……」


ゆき「うん。今までは『ターンするぞ!え〜っと、ターンはあーやってこーやって……だから……』って考えてから『えいっ!』って感じでしてた訳」


れぃ「……あたしが今日美紅里ちゃんに教えてもらってやってた事そのまんまじゃん……」


ゆき「そう!でもあたしの場合、ターンが終わったらそこで安心してしまうって言うか、『できた〜』ってなってしまって、次の斜滑降に意識が向くまでタイムロスみたいなのがあったのよね」


れぃ「……ターン終わったら勝手に斜滑降になるじゃん……」


ゆき「うん、そうなんだけど……斜滑降にはなってるんだけど、斜滑降をやろうとして斜滑降してるんじゃなくて、ターン終わったら結果的に斜滑降になってて、そこから一度その斜滑降で転ばねぇ事を意識して、さらにそこから頭の中を整理して『斜滑降とは?』みたいな感じで整理してから改めて斜滑降を続ける感じだったのよ」


その説明で腑に落ちたのか、まみが小さく「あぁ〜〜……」と声を上げる。


れぃ「……何だよ今の『あぁ〜』は……」


まみ「うん。えっとね、ゆきちゃん言ってたのが滑りに出てたなぁ〜……って思って……」


ゆき「え?あたしどんな滑りしてた?」


まみ「えっ……とね、ターン終わるじゃん、そしたらゆきちゃん平均台に乗ってる時みたいに一度両腕を伸ばす癖あるんだよね。で、その後斜滑降に『シルフィード』やる時みたいにグッと……こう前足に体重乗せるみたいにして斜滑降続けるの。んで、また次のターン入る前に両腕伸ばしてバランス取って、そこからターン……みたいな感じになってた」


美紅里「へぇ〜、まみ、ちゃんと滑り見てるじゃない」


まみ「あ、でもその時足をどう動かしてるか……とかはいっさら見て無かった……だ」


ゆき「いや、たははは……」


少し照れくさそうに笑うゆき。


ゆき「あたしそんな滑りしてたんだ……。あ、んで、美紅里ちゃんに斜滑降からターンして斜滑降までを一つの流れとして考えてやるようって教えてもらって、それをやるようにしたのよ」


れぃ「……もうちょい詳しく……」


ゆき「ちょっと説明難しいけど、今までは『ターン!』『斜滑降!』『ターン!』だったんだけど、『ターン、斜滑降、ターン』を一つの動きとして考えたって言うか……」


まみ「最初ターン覚える時『斜滑降』『エッジ切り替え』『直滑降』『ブレーキ』『斜滑降』って一つずつ考えてやってたけど、今はそれを全部ひっくるめて『ターン』って言うようになった感じ?」


ゆき「それっ!」

ゆきは言いたい事を明確に表現したまみに、パンと手を叩き、ビシっとまみを指差す。


まみ「あひゃぁ!」


その迫力に思わずいつもの悲鳴を上げる。


ゆき「まさにソレっ!斜滑降から次の斜滑降までを一つの流れとしてイメージしてからやるようになったら、ちょっとスムーズに滑れるようになったのよ」


まださっきのドキドキが抜けきっていないが、まみも会話を続ける。


まみ「林道コースとか幅の狭い所を滑る時、ゆきちゃんの滑りがぎこちなくなるのはその『流れ』を頭で整理する前にターンするタイミングが来てしまうから?」


ゆき「あ、バレてたか」


少しバツが悪そうな表情で視線を逸してごまかす。


れぃ「……何か聞いてると、あたしとゆき、全部真逆じゃん……」


美紅里「そうね、性格なのか何なのか、見事に真逆で面白かったわ」


まみ「あたしは?」


美紅里「まみはゆきとれぃ、それぞれができない事ができてる……」


ゆき「まみ、すげぇじゃん」


れぃ「……悔しい……」


まみも小さくガッツポーズをして喜ぶが、即座にぬか喜びだと知る。


美紅里「ただ、そのどちらも恐ろしく雑」


まみにしては珍しく、ズッコケる。


まみ「えぇ〜〜〜………」


美紅里「まみも……紀子もそうだけど、あんた達姉妹は無駄に反射神経と言うか運動神経が良いのよ」


表情から見るに、決して褒めている訳ではなく、どちらかと言うとうんざりしている表情だ。

それはのの子のスノーボードを指導してきた美紅里の苦労を察するに余りある。


美紅里「運動神経で、とりあえず何でもできちゃうからパッと見の成長は早いんだけど……。例えて言うなら……そうね……技術の積み上げって積み木みたいな物なのよ。一番下の積み木がスポンジ製の積み木だったら上にどれたけ積み上げてもある程度まで積んだらそれ以上積めなくなっちゃうのよね〜。ましてやそのスポンジの積み木が歪だったら尚の事」


まみ「え〜っと、あたしそんなに運動神経良くねぇよ」


実際、まみ本人が言うほどまみの運動神経は悪くない。

どちからと言えば「良い方」である。

まみ本人が運動神経か良くないと誤認している理由は、体育の授業等で活躍すると目立ってしまうので、無意識のうちにセーブしてしまい平均以下の結果しか出せていなかった事に起因する。

そして反射神経の良さはゲームで鍛えられたせいだろう。

転びそうになり「あっ!」と思ってから体が反応するまでが早く、またそれを体の動きとして反映できるので、結果的に「とりあえず滑る」事ができるのだ。

ただ、肉体的にそれを今までまともに鍛えていないので筋力も持久力も低く、精度も悪い。

その為、粗削りなスタイルが出来上がっていた。


れぃ「……運動神経、良くねぇかもだけど悪くもねぇだろ……」


ゆき「反射神経は高いよね。特に人見知り発動した時の反応速度は異常」


ゆきはニカッと笑い、れぃはニヤリと笑う。


まみは不服そうだが、美紅里は続ける。


美紅里「で、とりあえずできるようになっちゃうから全てにおいて練習不足で粗削り。あたしからしたら何でそれで滑れるの?って思うくらいよ。あ、これは紀子の話ね」


まみ「あたしは違うの?」


美紅里「まみはまだその粗削りなスタイルが固まってないから、まだ修正も楽。紀子みたいに完全に癖がついてしまったら、なかなか矯正できないのよ」


れぃ「……あ、それわかる。あたし……箸の持ち方変なんだわ。昔っから親に言われてんだけど、もう直らねぇ……」


ゆき「あたしは鉛筆の持ち方がそれだわ」


美紅里「れぃとゆきにその癖が付いちゃった原因は、変な持ち方でも食べ物を掴めたり文字が書けたりしたから、掴めたらいいや、書けたらいいやでそのまま来ちゃったから治らない癖になっちゃった。今のまみの滑りは例えるならやっと箸を持ち始めた子とか鉛筆を持ち使い始めた子のレベル。だから今ならまだ直せる」


まみ「次第に直ったりは……」


美紅里「しない!それにまみがやりたいって言ってるカービングは、今の癖を直さないといつまで経ってもできないわよ」


まみ「そうなの!?」


美紅里「そう。だから紀子のカービングもまだなんちゃってカービングの域を出ないのよ」


まみ「具体的にはどの癖をどう直せば……」


そこまで喋ったタイミングでゴンドラは終点駅に近づく。


美紅里「話はまた後でね。降りるよ」


山頂駅を出て美紅里は左に進む。


美紅里「れぃが先頭、二番手ゆき。まみは見たい人の後ろに付いて滑っていいわ」


れぃとゆきは「はーい」と返事を返す。


まみ「えっと美紅里ちゃん、あたしどの癖をどう直せば……」


美紅里「まだ早い」


まみ「え?」


美紅里「直すなら自分がどこを直すべきか理解しないと直せない。病気の治療と同じで原因がわからないとどんな薬を処方すべきかわからないでしょ?だから今は『滑りを見る』事により自分の癖、直すべき癖を自覚するってのが今まみがすべき事なの。じゃあ、行くよ!」


美紅里の号令で三人は滑り出した。


ゴンドラの中で美紅里のアドバイスの種明かしを聞き、れぃとゆきが何を意識して滑っているかがわかった状態で二人の滑りを見る。


まみ『なるほど、確かにれぃちゃんは本来ならブレーキとかかけんでもいい所でブレーキ試したりターンも大きいターンとか小さいターン、色々やって……あ、コケた』


できる事を模索しながら滑っているれぃは滑りこそ安定しないが、あきらかに「できる事」が増えている。


まみ『ゆきちゃんは……一つのターンがスムーズだ。その分斜滑降してる時間がいつもより長い……あっ……今のタイミングがひとつのターンの区切りだ』


三人の滑走ペースは速くない。

れぃとゆきの滑りを見ながら滑っているまみの横を美紅里がスッと追い抜く。


まみ『やっぱり美紅里ちゃんはあたし達とは全部が違う!……何だろ、何をするにもいっさら力を入れてねぇみたいな……それでいてスピード出てても少しのブレーキでちゃんと減速できてる……。美紅里ちゃんの真似するのは、まだあたしじゃ無理だぁ』


そこでふと、まみは気になった。


まみ『あたし……れぃちゃんやゆきちゃんの真似ってできるのかな?』


れぃやゆきの後ろについて滑ったり、滑りのシンクロを試みる事はあっても真似した事はなかった。

まみは三人の中では一番滑るスピードが速かったので後ろについてもすぐに追い付いてしまい、ブレーキを余儀なくされていたので真似をする機会が無かったのだ。


まみ『よし!ちょっとゆきちゃんの真似してみよっ!追いついてしまったらゆきちゃんより大きいターンしたらいいだけだし』


真似すると決めてからのまみの反応は早かった。


スッとゆきの後ろにつき、ゆきの滑りの真似を始める。


まみ『斜滑降から……あ、ターン始めた!』


しっかりと「滑りを見て」いるまみは、ゆきの動きからターンのタイミングがわかる。


すぐさままみもターンに入る。

ゆきはスピードが変わる事なく、スムーズにターンを終えて斜滑降に入る。


しかしまみはターン中のスピードが安定しない。

ゆきより少し早いスピードでターンに入ったせいで、ターン中に強めのブレーキをかけながらのターンになる。

その結果減速し過ぎて斜滑降に入る時にバランスを崩す……が、何とか持ちこたえて斜滑降でゆきを追いかける。


その後も何度かのターンを真似しようとするが、ゆきのようにスムーズなターンができない。


まみ『え?何で?できねぇ……』


まみは二人に比べ、速度に対しての恐怖心が薄いせいか、二人より速く滑れていた。

そして美紅里が指摘したとおり、粗削りだがそれなりに滑れていた。

故に本人は気づいていなかったが、まみの中に一種の「驕り」があったのだ。

頭では自分はまだまだ全然だとわかってはいたので、美紅里や他の上手い人の滑りからは学ぼうとしていたが、ゆきやれぃから学ぼうとは思っていなかった。

何故なら自分は二人よりほんの少し先に進んでいると錯覚していたからだ。


できない事に焦ったまみは、今度はれぃの真似をしてみる事にした。


スピードは速いので、タイミングを見計らいゆきを追い抜き、れぃの後ろにつき、れぃの真似を始める。


まみ『強いブレーキ!』


れぃの動きに合わせて強めのブレーキをかける。


ザッと雪を削る音がした直後、れぃはすぐに角度を付けた直滑降に近い斜滑降に入る。


すぐさま真似をしてれぃを追いかけようとするが、斜滑降に入る前に逆エッジでひっくり返った。


まみ『うそ!できねぇ!』


立ち上がった時には既にれぃはかなり先に進んでいたので真似はできない。

とりあえずれぃがやっていた「できる事の確認」の滑りをしてみる。



まみ『あれ?……あれっ!?……できねぇ!全然思い通りの滑りができねぇ!』


イメージしているターンの大きさと実際にできるターンの大きさが合わない。

無理にイメージどおりのラインでターンしようとするとバランスを崩して転びそうになったり、減速しすぎてスムーズに斜滑降に繋げる事ができなかったり。

ここに来てまみは自分自身がいかにいい加減で行き当たりばったりな滑りをしていたかを思い知る。

「できない」と言う事を身を持って自覚した所で麓に着いてしまったまみ。


ゆきとれぃはそれぞれ思い通りとまでは行かないまでも手応えを感じた滑りだったようで、二人でハイタッチをしている。


そのノリのまま、二人は遅れて到着したまみをハイタッチで迎える。


ゆき「いぇ〜い!」


まみ「い……いぇ〜……ぃ」


気分的にはハイタッチをする気分にはならなかったが、まみもハイタッチで返す。


美紅里「はい、じゃあ今日はここまで。ゆきとれぃはバスと電車?まみは……誰か迎えに来るの?」


れぃ「……あたしとゆきはおじさんが駅まで送ってくれるんで……」


まみ「あたしは、今日はお母さんが……」


美紅里「そ。じゃあみんな気を付けて帰るように」


美紅里は何か予定があるのか、少し時間を気にする素振りである。

三人に解散を告げるとウェアのまま車に乗り込んだ。


れぃ「……あたしもおじさんに電話する……」


ゆき「着替えてからの方がいいんじゃねぇ?」


れぃ「……それもそうか……」


ゆき「まみは?」


まみ「あたしはこのまま帰るからお母さんに電話する」


ゆき「そっか。じゃああたし達は更衣室行くね。あ、それから迎えが来たらあたし達待たんでいいからね」


れぃ「……じゃあ、また明日……」


三人は手を振りあい、そこで別れた。


ゆきとれぃが更衣室に消えた後、まみは一気に表情を曇らせる。


まみ「あたし……全然できてなかった……」

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