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第43話「波紋」

第43話「波紋」


初中級コースに入り、何度か転倒するも三人は楽しく滑りきる事ができた。


なだらかな初級コースに入り、余裕と言うより物足りなさすら感じる。


それでも転ばずに連続でターンできる爽快感を感じていた。


やがて目的地であるバーガーエンペラーに到着する。


まみ「到着〜!」


ゆき「初中級コース、面白かった!」


れぃ「な!な!あたしえれぇいい感じじゃなかった!?」


いつになくれぃのテンションも高い。


普段はボソボソと喋るれぃ。

また、人がいる所で自分から喋る事のないまみが、人がたくさんいる所でこれだけ喋るのは珍しい。


三人はキャッキャと賑やかに話しながら板を外し、ワイヤーロックで板を固定して店に入る。


ゆき「あちゃ〜、えれえ昼飯時間にブッキングしてしまったね」


れぃ「……とりあえず席の確保だ……散れ!……」


三人は分かれて席を探す。


ほどなくれぃからLINEが入る。


れぃ『下におりた所に席確保』


それを見てゆきとまみも合流する。


ゆき「席は確保できたけど全員で注文行ったら席取られてしまうね。どうする?」


三人はヘルメットやグローブを外して席に置きながら相談。


まみ「じゃああたしが荷物番しとくよ」


れぃ「……じゃあ、まみの分も一緒に買ってくる。何がいい?……」


まみ「え〜っと……じゃあ、エンペラーバーガーのセットで」


ゆき「お飲み物は何になさいますか?」


ゆきが芝居がかった言い方で店員を真似て言う。


まみ「オレンジジュースで」


れぃ「……サイドはポテトでよろしかったですか?……」


まみ「はい!」


れぃとまみもゆきのノリに乗っかる。


まみは小銭入れからお金を取り出し、れぃに預ける。


れぃ「……じゃあ、行ってくる……」


まみ「うん。お願いしまーす」


ゆき「れぃ、行かず」


れぃ「……ん……」


ゆきに促され席を立ったれぃだが、ふと振り返る。


れぃ「……まみ……ナンパに気をつけろや……」


まみ「え……?」


まみはビクっとして周りを見回す。


まみ「そんな事言わんでよ、不安になるじゃん……って、もう居ねぇ!?」


れぃは少しまみをからかっただけだが、無表情故に妙な真実味があった。


まみ『も〜〜〜、れぃちゃん変な事言うから不安になって来たじゃん』


まみはスマホを触る事も無く、全力で「誰も話しかけて来るなオーラ」を発している。


まみ『誰も話しかけて来ませんように、誰も話しかけて来ませんように!あ〜、ゆきちゃんれぃちゃん、早く帰って来て〜』


しかしまだ3分しか経っていない。


まみは俯き加減の姿勢のまま、目を見開き、中を見つめたまま微動だにせず、まみなりに風景に溶け込む努力に勤しむ。


しかし、逆に異様なオーラを放っている事に本人は気付いていない。


まみ『何か……まわりの人に見られてる気がする……』


しかし、怖くてそれを確かめる事が出来ない。

実際、その異様なオーラに気付いた数人はチラチラとまみの様子を伺っていた。

せめて目を閉じていれば周りの人はまみが寝ているのだろうと、気にもしなかったであろうが。


まみ『ヤバいヤバいヤバいヤバい……これ、絶対みんなに見られてる!どうしよどうしよ……』


それでもまみは動けない。


俯き加減の姿勢で机を凝視している感じになっているが、誰かがまみに近づいて来るのが視界の隅に入る。


まみ『ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!』


「浅野さん、大丈夫?」


まみ「あひゃいっ!」


ガバと顔をあげると柳江がハンバーガーセットをトレーに乗せた状態で横に立っていた。


柳江「微動だにしてねぇけど調子悪かったりする?」


まみ「い……いえっ!あの!ちょっとごしたい(疲れた)ので考え事をっ!」


疲れたので考え事と言うのも変な話だが、その違和感にまみ本人は気付いていない。


柳江「ふーん。ならいいけど」


そう言うと柳江はしごく自然な動きで隣のテーブルに着き、ハンバーガーを食べ始める。


ただ、少し柳江と会話した事により周りからの注目も無くなった。

周りの人も、あまりにもまみが動かない為に少し心配になっていたのだ。


柳江は午前中に撮った写真をスマホで確認しながら黙々と食べている。

変に喋りかけられないのは、まみ的にはありがたかった。


少し気持ちも楽になったまみはスマホを見るともなくいじって時間を潰す。


そこに大学生とおぼしき男子二人組みが近づいて来た。


今まさに大学生がまみに声をかけようとした瞬間、柳江が口を開く。


柳江「浅野さん、コス滑走の時、やっぱり巫狐やるの?」


まみ「えっ!……あ……うん……そのつもり……」


反射的に答えたまみ。


しかしその会話を聞いた大学生二人組みは「チッ……ツレいんのかよ」と小さくボヤきながら去って行った。


少し間が空き、また柳江がボソッと口を開く。


柳江「突然話しかけてゴメンな。大学生風の男二人が浅野さんに声かけようとしてたから……。浅野さん、ああ言うの苦手だらず?」


まみ「え?……あ……うん。あり……がと」


その後少しの間があり、ゆきとれぃが戻って来た。


ゆき「あー、柳江君じゃん」


柳江「あぁ、吉田さんと向井さん」


れぃ「……何で柳江がいんの?……」


柳江「ここ入って来たら、浅野さんがスタチューパフォーマンスしてたから、ちょっと気になって」


ゆき「スタチューパフォーマンスって何?」


れぃ「……銅像のように微動だにせずに長時間それをキープする大道芸……」


まみ「そんなパフォーマンスしてねぇ」


ゆき「でも固まって、結果的にそうなってたんじゃん?」


れぃ「……十二分にありえる……」


そんな会話の中でも柳江はマイペースに食べ続け、「それじゃ」と一言残して去って行った。


まみ達はハンバーガーを食べながら、ゆき達が注文に行ってる間のいきさつを話した。


ゆき「そのナンパしそうだった大学生っぽい人って、あたし達が注文並んでる時に声かけて来た二人じゃねぇ?」


れぃ「……だらずな……」


まみ「ゆきちゃん達も声かけられただ?」


ゆき「『ねぇ何してんの〜?』って、注文の列に並んでるの見たらわかるだろって話しよ」


ゆきはげんなりした表情でボヤく。


まみ「どうやって追い払っただ?」


れぃ「……先生にここで待ってるように言われたって言ったら去って行った……」


ゆき「まったく……スキー場に何しに来てるんだって話よ」


まみとれぃは無言でうんうんと頷く。


まみ「でも、柳江君が自然に追い払ってくれたから助かったよ」


れぃ「……柳江、なかなかやるな……」


ゆき「ぶっきらぼうだけど、意外と気が利くのかもね」


れぃ「……おい、見ろ!さっきのナンパ大学生だ……」


そう言うと、れぃは顎で窓の外を指す。


さっきの大学生が女子二人組に声をかけているのが見えた。


ゆき「まーたやってるわ」


まみ「あれ?誰か来た」


れぃ「……あの女の人のツレだな……」


ゆき「おーモメとるモメとる」


れぃ「……アレだな。『俺の女に手ぇ出してタダですむと思うなよ』的な……」


まみ「ちょっと、止めなよ」


ゆき「あたし達も変に絡まれる前に行かずか」


三人はトレーを片付けて外に出る。


まみ「おなかいっぱい!」


れぃ「……これで午後もしっかり滑れるな……」


ゆき「美紅里ちゃん来てるかな」


まみ「あ、今LINE来た。着いたって」


れぃ「……じゃあ今から下りたらちょうどいいかな……」


三人は板を持って少し斜度のある所まで行き、板を履く。


れぃ「……あ、さっきのナンパヤローだ。絡まれる前にちゃっと行こうぜ……」


三人は慌てて立ち上がり、滑り出す。


さっき滑ったコースなので、迷う事は無い。


れぃ「……じゃあ、ゴンドラ乗り場まで一気に行くぞ……」


まみ「りょーかーい」


ゆき「いきなりハードに滑るのはお腹が苦しいからよいと(ゆっくり)ね」


れぃ「……あいよ〜……」


少し幅の狭いコースを抜けて、広いバーンに出る。


まみ『やっぱ、このコース気持ちいいな』


ゆっくりとは言っていたが、さっさと同じかそれ以上のスピードが出ている。


それはれぃもゆきも同じだ。


しかし、バーガーエンペラーからここまで誰も一度も転んでない。


まみ『うん、なんかいい感じ!』


れぃが一度バランスを崩しかけたが、もちなおす。


ゆきは段差と言うほどの段差では無いが、少し斜度が変わった所で小さくジャンプ。


まみ「ゆきちゃん、すごーい!」


ゆき「ちょっとビビった〜!」


三人とも何だか少し上手くなった気分に酔いしれる。


とうとう誰も転ばずゴンドラ乗り場まで滑りきった。


ゆき「いえ〜い!」


一番最初に到着していたれぃにゆきはハイタッチ。


れぃは無言ではあるがハイタッチに応える。


そして少し遅れてまみが到着。

ゆきとれぃがハイタッチで迎える。


ゆき「いえ〜い!」


れぃ「……ぃぇ〜ぃ……」


まみはブレーキをかけ、減速しながらハイタッチしようと手を伸ばす。


が、最後の最後で手を伸ばしすぎたせいか止まった時にバランスを崩す。


転びそうになったまみを支えようとゆきとれぃが手を伸ばすが、支えきれず三人はまみに押し倒されるようにしてひっくり返る。


まみ「きゃ〜〜〜」


ゆき「あははは!まみ、大丈夫?」


れぃ「……重てぇ〜……まみ、どけ〜……」


まみ「ごめ〜ん、……って、これどうやって立てばいいんだ?」


まみとゆきは両足とも板を履いたまま。

れぃは左足だけバインディングを外した状態でこんがらがっている。


その状態が何故か面白くて三人はこんがらがったままゲラゲラと笑い続けた。


ひとしきり笑って、三人は折り重なった状態からそれぞれ抜け出し、ようやく立ち上がった。


まみ「あ〜、たまげた〜」


ゆき「さて、美紅里ちゃん来てるかな〜」


ゆきとまみは駐車場の方に目を向け、美紅里の姿を探すが、れぃはゲレンデの方を見ていた。


れぃ「……おい……めんどくさいのが来たぞ……」


れぃのうんざりした声にまみとゆきはれぃの視線の先に目を向ける。


ゆき「げっ……」


思わず声が出るゆき。


まみは既に反対の方を向いてゆきとれぃの影に隠れている。


うんざりした表情でゆきとれぃが横目で見ている先には、さっきバーガーエンペラーでナンパして来た男子二人組だ。


ゆき「ひょっとしてあたし達の後、着いてきただ?ちょっと怖いんだけど」


れぃ「……しょうがねぇ……ぶっ飛ばすか……」


ゆき「いや、それはダメだらず」


れぃ「……正当防衛にならんかな?……」


ゆき「とりあえず目を合わさねぇようにしよっ」


ゆきとれぃは少しわざとらしく、駐車場の方を向き、美紅里を探すふりをする。


しかしそんな「寄って来るなオーラ」をあえて気にしないのがナンパ師である。


ナンパ師「あれ〜?さっきの子達じゃん!あれ?先生とかいないじゃん」


れぃはわざと聞こえるように「チッ」と舌打ちする。


ゆき「あ、もう先生来るんで」


ナンパ師「またまた〜。そんな嘘つかなくてもいいじゃん!一緒に遊ぼうよっ」


れぃ「しつこい」


ナンパ師「はぁ?」


れぃ「し・つ・こ・い!どっか行け!」


ゆき「ちょっ……れぃっ」


ナンパ師「んだ?てめぇ!下手に出てりゃ調子乗りやがって!」


れぃ「下手に出れば何とかなると思ったのか?いきなり下品な性格出てんじゃん!誰がお前らなんかに付いて行くかよ!」


ナンパ師「んだと?このブス!ハナからお前には声かけてねぇんだよ!」


美紅里「おい……あたしの教え子に言いたい放題言ってくれるじゃないか」


ゆき「美紅里ちゃん!」


美紅里「二階堂先生だ!」


ナンパ師「何だてめぇ?関係ない奴は引っ込んでろ!」


美紅里「この子達はあたしの教え子だ。関係無くないだろ」


ナンパ師「あ゛あ゛!?」


凄むナンパ男子だが、次の瞬間、自分達を囲む人だかりに気付き、ギョッとする。


そしてその中でも一二を争うくらいの強面で屈強な中年男性が一歩、また一歩とゆっくり近付いて来た。


ナンパ師「な……何ㇲか?」


強面さん「あ゛〜、てめぇら……」


そこまで言うと強面さんは首をゴキゴキっと鳴らし、ナンパ師に手が届く所まで来た。


強面さん「この人にちょっかい出すんなら、まわりの俺たちが黙っちゃいねぇぞ?」


剣呑な雰囲気に美紅里が割って入る。


美紅里「斎藤さん、いいから」


強面さん「二階堂ちゃん……」


美紅里「いいから」


美紅里はもう一度ピシャリと斎藤と呼ばれた強面の男性に言う。


美紅里はすぐナンパ師に向き直り、表情ひとつ変えずに相手を見据える。

もともと近寄りがたいくらいの美人なので、真顔で見据えると迫力がある。


美紅里「とりあえずあなた達、あたしの教え子に暴言を吐いた事を謝りなさい」


いつの間にかゆきとれぃは後ろに下がらされており、他の人が二人を守るような形になっている。


ゆきは側にいた男性に聞いてみた。


ゆき「あの……美紅里ちゃ……じゃなくて二階堂先生って何者なんですか?」


男性「え?君たち二階堂さんの教え子じゃないの?」


ゆき「はい、クラブの顧問してもらってます」


男性「それだけ?」


ゆき「他にあるんですか?」


ゆきの頭には和装レイヤーのつーちょんの事が頭に浮かんだが、直感でその話では無さそうと言う事は察した。


男性「二階堂さんは大学時代、国体で4年連続表彰台に上がって……」


一緒に聞いていたれぃが思わず声を上げる。


れぃ「マジ!?」


男性「うち1回は僅差の銀メダル。オリンピック出場も期待されたけど……」


ゆき「オリンピック!?」


男性「ある大会で他の選手の転倒に巻き込まれて二階堂さんも転倒して骨折しちゃったんだよね。それを期に選手としては引退しちゃったんだけど、地元の人はいつか二階堂さんが現役復帰してくれるのを期待して応援してる人多いんだよね」


れぃ「全然知らんかった」


男性「ホントに?」


ゆき「全然」


男性「君たち二階堂さんの教え子だよね?」


ゆき「はい……でも、まみの……あぁ、あたし達の仲間のお姉さんが二階堂先生にスノボ教えてもらったって話を聞いて、じゃあクラブの顧問になってもらおうって話になって……」


男性「二階堂さんに教えてもらった?ひょっとして浅野さんの事かい?」


ゆき「そうです。紀子さんの妹があたし達の仲間なんで……」


れぃは話を聞きながら少しずつゆきに近づき、小声でゆきに耳打ちする。


れぃ「……これはアレだな……。あたし達がコスプレ滑走目的で美紅里ちゃんにスノボ教わってるとか言わない方がいいやつだな……」


ゆきもそれを聞いて苦笑いしながらコクコクと頷く。


その直後、美紅里の通る声が響く。


美紅里「ゆき!れぃ!こっちおいで」


急に呼ばれ、思わずビクっとするゆきとれぃ。


ゆきとれぃを守るようにできていた人垣が割れ、そこを通っておずおずと美紅里のもとに向かう。


美紅里の話聞いていた間にかなりナンパ師の態度が変わっていた。


調子に乗った「うぇい感」は消え失せ、完全に萎縮している。


ゆき「美紅……じゃなくて……先生……」


美紅里「来たね」


そう言うと美紅里はナンパ師を再び見据える。


美紅里「はい、じゃあ君、謝罪!」


そう言われたナンパ師は二人並んで頭を下げる。


ナンパ師「さっきは酷い事言ってすみませんでした」


れぃ「……許さん……」


ゆき「ちょっと、れぃ……」


まさか許さんと言われるとは思って無かったナンパ師二人。

再び頭を下げ謝罪する。


しかしれぃの勢いは止まらない。


れぃ「だっておかしくね?あたし達はこいつらにウザ絡みされて、そらっこと(嘘つき)呼ばわりされて、暴言言われて……それで『すみません』って言ったらチャラっておかしくね!?」


れぃの憤りに周囲から「そうだそうだ」と賛同の声が上がる。


美紅里もさすがにれぃが食い下がるとは思って無かったのか、少し苦笑い。


動物で例えるなら狼が牙をむき出して「ガルル」と唸り声を上げていそうな雰囲気。


さっきまではそこまで怒っている様子は無かったのだが、「すみません」の一言で全てを終わらそうとしたナンパ師二人に得も言われぬ怒りがこみ上げて来たのだ。


まわりの雰囲気とれぃの気迫にナンパ師の一人は困惑した表情を浮かべながらポケットから財布を取り出し、お金を出そうとした。


それを見てれぃはさらにブチ切れる。


れぃ「ちゃうわ!ボケぇ!そうじゃねぇ!!あたしはあんた達に何も望んでない!そして許す気も無ぇ!あたしはあんた達の『すみません』に『いいですよ』ってならねぇだけ!」


れぃは怒りで顔を真っ赤にし、うっすら涙が浮かんでいる。


美紅里は「はぁ」と少しため息をついた後、れぃの肩を軽く抱くように手を乗せ、ナンパ師達に静かに喋り出す。


美紅里「あなた達がナンパしようが一向にかまわないけど、こうして嫌がる子もいるの。まして自分達の誘いに相手が乗らなかったからと言って乱暴な言葉を吐いていいわけが無い。この子の言うとおり、あなた達は『許されない』事をした……と言う事を肝に命じておきなさい。わかったら行っていいわよ」


ナンパ師二人は俯いたまま、さらに少し頭を下げ、まわりの刺すような視線を避けるように駐車場の方に引き上げて行った。


周りはまだ少しざわついていたが、美紅里の知り合いとおぼしき人達は美紅里達に「また何かあったら言ってね」「お嬢さんも気をとりなおしてこの後も楽しんでね」と声をかけ、一人また一人とスキー場の各所に散って行った。


美紅里「さて……れぃ。ココアでも飲もうか」


少し明るい声を作り、美紅里はれぃの肩をポンとたたく。


れぃはまだモヤモヤしていたが、無言で頷き美紅里に誘われるまま歩き出した。


美紅里「ゆき、行くわよ。まみも」


美紅里の言葉にようやくゆきは少し離れた所にまみがいた事に気付いた。


ゆき「まみ……どこ行ってただ?」


美紅里「あなた達が絡まれてるってまみが教えに来てくれたのよ」


ゆき「そうなの!?まみ、ありがとう〜!」


まみはお礼を言われた事が照れくさい気持ちと、なにも出来なかった自分の不甲斐なさが入り混じったような、そんな少し申し訳無さそうな表情で微笑み返した。


自販機のコーナーに来たが、れぃは未だに怒っているような悔しそうなそんな表情で押し黙っている。

ヘルメットを脱いだが、お気に入りのニット帽を被る事さえ忘れている。

温かい缶ココアを手渡されたれぃは、少し頭をちょこんと下げたが、未だに無言のままだ。


これはどうしたものかと、ゆきやまみはもちろん、美紅里も少し時間を置く事にした。

あまり会話もないまま数分が過ぎた頃、撮影を終えたのか、柳江が通りがかる。


柳江「あ、先生……と、みんな。休憩か?」


美紅里「あぁ柳江。来てたのか。」


柳江「はい、さっき浅野さん達とは上で会ったんだけど……どうしたんだ?」


ゆき「バーガーエンペラーにいたナンパ野郎がまた声かけて来てね……。追い払おうとしたら相手が逆ギレしてれぃがひどい事言われて……」


柳江「それは最悪だったな……。そんな酷い事言われたのか?」


れぃ「……ブスって言われた……」


柳江「誰が?」


れぃ「あたしがだよっ!面と向かって言われたんだ!」


ゆきもまみも美紅里も、れぃの怒りが再燃するのではないかと気が気でない。


ところが柳江の次の一言で事態は思わぬ方向に向かう。


柳江「ブス?向井が?こんなに魅力的なのに?」


れぃ「は?」


ゆき「え?」


まみ「!?」


美紅里も突然の柳江の言葉に目を見開く。


柳江「もちろん浅野さんや吉田さんも素敵だと思うよ。浅野さんはファンクラブが出来てるくらいだし、吉田さんに好意を寄せてる男子はたんといるし」


ゆき「はぁ!?」


まみ「え゛?」


予期せぬ突然の情報にゆきとまみも目を剥く。


れぃ「ちょっ!おまっ!何言って……」


さすがのれぃも冷静さを失っている。

既にさっきのナンパ野郎の事なんてどうでもいいと言うか頭から完全に飛んでいる。


そんなれぃに柳江は淡々と続ける。


柳江「向井さんは普段あまり表情の変化を見せねぇけど、コスプレしてる時とかはキャラクターを演じているってのもあるだらずけど、表情がえれぇ豊かになるんだよな。普段無表情だから余計に際立つ。喜怒哀楽の表情の変化がえれぇ魅力的だと俺は思ってるよ」


れぃは自分でも顔が赤くなって行くのがわかる。

そしてどうすればいいかわからない。


れぃ「ちょちょちょちょ……ちょっと待て。おま、いったい何を言って……」


柳江「俺が向井さんに感じている素直な感想だけど?」


れぃはいよいよ耳まで真っ赤だ。


れぃ「バ……」


バカと言いそうになって言葉を選びなおす。


れぃ「あ……あばけ(ふざけ)んじゃねぇ……ぞ」


照れ隠しにタンカを切ろうとするが全く迫力がない。


そんなれぃを気にする事もなく、柳江はまだ続ける。


柳江「あばけて言ってる訳じゃねぇよ。つまりアレじゃん。人が感じる魅力なんて人それぞれだし、万人に魅力を感じさせる人もいねぇって事だ。向井さんがそのナンパしてきた人を気にかけてて酷い事言われたのなら落ち込むんだろうけど、別にそうじゃねぇんだろ?ならいいじゃん」


その言葉にれぃは少しムッとする。


れぃ「あんな奴らどうでもいいけど、ブスっていわれて嬉しい訳ねぇじゃん!」


柳江「あ〜、それもそうだな。でもそんなどうでもいい相手の言った事を引きずって楽しい時間がどんどん潰されて行くのはもっと悔しいじゃん」


れぃ「……それは……そうだけど……」


柳江「大丈夫。向井さんはちゃんと魅力的じゃん。少なくとも俺はそう思ってる」


その会話を聞いていたゆきは、自分に好意を寄せる男子がいると聞かされた事に戸惑っていたが、会話を聞くうちにそんな事より柳江とれぃの関係に乙女ならではの好奇心の方が上回ってきていた。


ゆき「えっと……柳江君は……れぃの事……好き……なの?」


柳江「いや、そう言うのでは無ぇ」


れぃ「即答かよっ!」


柳江「例えばアイドルとかいるじゃん。見た目と歌声とトークと……くらいしか視聴者はわかんねぇじゃん。それが良くて好きって人もいるだらずけど、性格とか他の部分も含めて好きになったりするもんじゃねぇの?俺、そこまで向井さんの事知らねぇし……。そだから今の俺の感覚は向井さんに対してアイドルの見えてる部分について魅力的だと感じるような感じかな」


さっきと変わらず淡々と返答する柳江。

何故なら柳江のそれは、「カメラマンとしての目線」で、「れぃと言う被写体」に対しての魅力を語っているに過ぎないので、そこにいわゆる「照れ」は無い。


それ故、学生にありがちな囃し立てに反応するのとは、全く異なる反応だ。


それでもれぃの事が好きなのでは無いかとゆきに思われた事で、少し居心地が悪くなったのか、柳江は少しわざとらしく「さてと……」と誰に言う訳でもなく声にし、スキーの板を再び担ぎあげる。


柳江「じゃあ俺は次のバスに乗って帰るから。じゃあ」


そう言うと柳江はすたすたと歩き出した。


思わずれぃが小さく「あっ……」と声を上げる。


その声は柳江には届かなかったが、自分の声をきっかけにれぃは次の言葉を絞りだした。


れぃ「や……柳江……君……」


今度はちゃんと柳江の耳にれぃの声が届いたのか、柳江は足を止めて振り返る。


れぃ「……あの……ありがと……」


柳江は特に何も言わず、ただ少しニコっと笑顔を見せて片手を上げて去って行った。


れぃ達はその後ろ姿を見送るだけだった。

そしてこの時初めて気が付いた。

柳江もれぃと同じく、基本的に無表情なのだ。

だから去り際に見せた柳江のわずかな笑顔がとても印象強かった。


このわずかな会話とやり取りはゆき達三人に大きな波紋を投げかける事となり、この後その波紋はどんどん広がって行く事になる。

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