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第42話「美紅里の狙い」

第42話「美紅里の狙い」


まみはオロオロしながらもキツネのリュックからスマホを取り出し、震える手で美紅里に電話をかける。


何度かコール音が鳴り、美紅里が電話に出た。


美紅里『まみ?どうした?』


まみ「美紅里ちゃん!どうしよ!?よそのスノーボーダーさんが転んで痙攣起こしてるだ!どうしたらいい!?」


美紅里『落ち着け。今、どこのコースだ?』


まみ「ゴンドラ降りてそこからペアリフト乗って行く所!」


美紅里『わかった。あたしからスキー場のパトロールに連絡いれとく。まみはまず、その場所から倒れてる人の写真を一枚撮って、そのあとサイドスリップでも何でもいいから倒れてる人の所に行け。そこに着いたらまた電話して。次の指示出すから』


そう言うと美紅里は一方的に電話を切った。


まみは言われたとおり、今いる場所から倒れてるボーダーの写真を撮り、その人の所に向かう。

しかし、動揺しているせいか、膝がガクガクして上手く滑れない。


斜滑降とサイドスリップで何とか倒れてるボーダーのいる所まで行くまみ。

するとある所で急に雪面が硬くなりエッジが抜け尻もちをつく。


まみ「痛った〜〜。何ここ!雪の下、氷じゃん!」


エッジがかからず、立つのも少し難しい。


それでも何とか倒れてるボーダーから3メートル位の所まで来て、再びスマホを取り出して美紅里に電話をかける。


美紅里『着いた?どんな感じ?』


まみ「まだ痙攣してる。帽子とゴーグルが倒れた時に吹き飛んたみたいで、口から泡吹いてる……」


美紅里『わかった。頭打ってるだろうから触るなよ。パトロールにはあたしが連絡しといたからすぐに来ると思う。パトロールが来たら手を振って場所を知らせる事。それまでは上から滑ってくる人と倒れてる人が接触しないように合図して知らせる事。できる?』


まみ「合図ってどうやればいいの?」


美紅里『滑ってくる人に両手で手を振るとかでいいの。すぐに動けるように板は脱いでおきなさい。板はひっくり返して置く事!』


まみ「わかった!」


美紅里『パトロールに引き継いだらまた連絡してきなさい』


まみ「わかった!」


まみは言われたとおり、板を外しひっくり返して置く。


居る場所が少しコースの真ん中から外れている所だったので、後続のスキーヤーやボーダーが近付いてくる事はなさそうだった。


倒れているボーダーは痙攣は治まったものの、未だ意識は戻っていない。

逆に動かなくなった事に恐怖を感じる。


まみ『救急の人、早く来て〜!』


まみの祈りが通じた訳ではないが、その直後、サイレンを鳴らしながらスノーモービルが近付いて来るのが見えた。

まみはスノーモービルに向かって両手で大きく手を降る。


まみ「ここで〜す!ここで〜す!」


人見知りで普段大声を出す事もほぼ無いし、ましてや見ず知らずの誰かを呼ぶなんて事はした事が無いまみではあるが、この時はそんな事は気にもしていなかった。


広いゲレンデでサイレンを鳴らしている状態でまみの声が聞こえた訳では無いだろうが、ノーモービルはまっすぐにまみの方へとやってきた。


パトロール隊員は二人一組で来ていた。


一人はスノーモービルから降りるとすぐに倒れているスノーボーダーに駆け寄り声をかけている。

もう一人はまみに近付いて来た。


パトロール「通報して下さった二階堂さんの教え子の……浅野真由美さんですね?」


まみ「は……はいっ」


パトロール「この方が転倒される所、見ました?」


まみ「えっと……勢いよく滑ってて、ターンした直後に後ろ側にひっくり返って、そのあと動かなくなって…、あ、でも良く見たらピクピクしてたんで、どうしたらいいかわからなかったから美紅里ちゃ……先生に電話して連絡してもらいました」


パトロール「じゃあ、頭打ってそうですね」


まみ「は……はいっ!後頭部から勢いよく……」


パトロール「とりあえず、浅野さんと接触して転んだ訳じゃないんですね?」


まみ「はいっ、えっと、あたしはあの辺にいて……あ、写真ありやす」


そう言うとまみはスマホの画像ファイルを開きパトロールに見せた。


まみ「あたしから見てこんな感じに見える所を滑ってました」


パトロール「ありがとうございます。後は我々がやりますので……ご協力ありがとうございました」


そう言うとパトロール隊員は無線機を取り出し、他の隊員と連絡を取っている。


まだまみはこの後どうしていいのかわからず、その場に立ち尽くしていたが、パトロール隊員から再度「もう大丈夫ですよ」と声をかけられ、ようやく我に返った。


脱いでいた板を履き、ゆっくり滑り出す。

まだ少し足が震え、うまく滑れない。


少し下った所で振り向くと、大きなソリのような物を運んで来た他のパトロール隊員が合流し、倒れていたスノーボーダーを乗せている。


倒れていたスノーボーダーは意識を取り戻したのか、ふらついてはいるが、パトロール隊員に支えられながら、自分の足でソリまで移動しているのが見えた。


まみ『……生きてた……』


そこでやっとまみは少し落ち着いた。

まみはさっきまで動かなくなったボーダーを見て、最悪の場合死んでいるのかも……と言う悪い想像にかられていたのだ。


まださっきまでの滑りとはいかないが、ゆっくり滑る。


まみ『ゆきちゃんとれぃちゃんは……いた!』


下で待っているゆきとれぃが手を振っているのが見えた。

二人も心配そうな表情をしている。


早く二人の元に行きたいと言う気持ちになるが、どうにも滑りがままならない。

それでも何とか二人の元まで滑って行く。


ゆき「まみ、大丈夫?何があっただ?」


れぃ「……まさか……ぶつかったんか?……」


まみは答えようとしたが、それよりもゆきとれぃの顔を見たとたんホッとして力が抜け、その場にへたり込んでしまった。


それを見たゆきも、少しまみを落ち着かせた方がいいと判断し、レストランでの休憩を提案する。


ゆき「とりあえず一度休憩しず。マップ見たらすぐそこにレストランあるみたいだし」


れぃ「……まみ、立てる?……」


まみは「うん、大丈夫。立てる」と小さな声で答え、板を外してのろのろと立ち上がる。


まみ「あ、そうだ美紅里ちゃんに電話しなきゃ。先に行ってて」


そうは言われたが、レストランに向かって歩き出していたゆきとれぃは立ち止まる。


まみは再びスマホを取り出し美紅里に電話をかける。


まみ「あ、もしもし、美紅里ちゃん?さっきパトロールの人に引き継いで、ゆきちゃん達と合流しました」


美紅里『はい、ご苦労さん。あたしの所にもパトロールからさっき電話あった。倒れてた人は意識戻ったけど脳震盪起こしてるみたいだから一応救護室に連れて行くってさ。もう心配しなくていいよ』


まみ「よかった。じゃあ、ゆきちゃん達待たせてるから……」


美紅里『あ、まみ、ちょっと』


まみ「はい?」


美紅里『さっき倒れてた人。まみの話からしか判断できないけど、たぶん自分の技術を過信してコントロールできないスピードを出した結果、逆エッジで危険な転び方したんだと思う』


まみ「あ、うん。そんな感じだった。ターンもカービングとかじゃなくて、あたし達と同じようなターンだったけど、えれぇ早かったから」


美紅里『あたしがまみにカービングの練習はまだ早いって言ったのはまさにこれ。興味本位で技術に伴わない練習するとあんな感じで怪我するからね』


まみはそう言われて戦慄する。

「少しだけ」「ちょっとくらいなら」「ゆっくりやれば」「バレなければ」と言う安易な考えで身の丈に合わない練習をするとどうなるかを目の当たりにしたのだ。


美紅里『まみは紀子と同じでスピード出すのが好きそうだからね。わかってると思うけど、同じ転ぶのでもゆっくり滑ってて転ぶのとスピード出して転ぶのとでは怪我の度合いが違うの。スノボ初日にも言ったけど、雪山ナメてると死ぬよ』


まみ「は……はい。わかりました」


美紅里『とは、言うものの、まみは変にカービングを意識した滑りをしなければ十分安全に楽しめるくらいの技術は持ってるから安心しなさい。あと、あたしも午前中で仕事終わるから午後から合流するわね。じゃ。』


そう言うと美紅里は電話を切った。


スマホをしまい、レストランに向かう。


ドリンクを注文し、席につく三人。


それぞれホッと一息入れた所でゆきが切り出す。


ゆき「で?何があっただ?」


まみ「うん……実は……」


まみは順を追って事の次第を話す。


ゆきとれぃは話の途中でリアクションの声を発する事はあったが、始終聞くに徹していた。


まみ「……と、言う感じだったの」


ゆき「ふぇ〜〜〜、そんなこん(事)になってたんだ」


れぃ「……後頭部打って脳震盪とかヤバいじゃん……」


ゆき「後頭部ってひどいぶつけ方したら、下手したら死んでしまうんだらず?」


れぃ「……死ななくても、障害出たりするって言うしない……」


ゆき「その人、ヘルメット被ってなかったの?」


まみ「うん。ニット帽だった」


れぃ「……そう言うのを目の当たりにすると、美紅里ちゃんが『ヘルメットは必須』って言ってた理由、実感するな……」


ゆき「あたしも最初はあたしみてぇなド素人がヘルメット被ったら『下手なクセにカッコだけ一人前か』みたいに見られるんじゃねぇかと思ってたけど、要るね。ヘルメット」


まみ「あたしも、怖くてヘルメット無しじゃ滑れねぇ」


れぃ「……そもそもその人、何でコケたんだ?……」


まみ「美紅里ちゃんが言うには、たぶん自分がコントロールできるスピード以上のスピード出して、逆エッジになったんじゃねぇか……って」


ゆき「美紅里ちゃんが言ってたコントロールできないスピードは暴走ってやつ?」


まみ「たぶんそう言う事だと思う。あたしがカービングの練習はまだ早いからやったらダメって言う理由もそう言う事みたい」


れぃ「……まみ、煽ってごめん……あたし、雪山に慣れてちょっとナメてた……」


ゆき「あたしもだ。ちょっとくらいってのも危険な事には変わりねぇもんね」


まみ「うん。でも目の前で怪我した人見て、美紅里ちゃんに理由聞いて、カービングの練習は止めとこうって思った」


れぃ「……とりあえずあたしはちょっと急な斜面でもビビらねぇように滑れるようにならなきゃ話になんねぇ……」


ゆき「この後は初級コースでよいと(ゆっくり)滑ろ!」


まみ・れぃ「「賛成〜」」


三人はすっかり冷めてしまったココアの最後の一口を飲み干し、レストランを出た。


少し早めの休憩だったので、レストランに入った頃はレストランまわりに人もまばらだったが、今は随分人が集まって来ている。


まみ達は事前にチェックしていた初級コースに向かう。


まみ「……緩やかじゃん」


れぃ「……ここなら怖くねぇ……」


ゆき「どこまで行く?」


まみ「とりあえず初級コース辿って、分かれ道で止まって間違ったコースに入らねぇようにしよ」


れぃ「……だな。上級コースとか迷い込んだらシャレにならねぇ……」


ゆき「最終的には麓のゴンドラ乗り場?」


まみ「うん。一通りコース見たいじゃん?」


れぃ「……賛成……」


ゆき「じゃあ行かずか」


三人はゆっくり滑り出す。

斜度があまり無いと言うのもあるが、やはりさっきの事故を見ているので慎重になっていた。


斜度が緩い為、リラックスして滑る事ができた三人はゆっくりながらも連続してターンする爽快感を味わう。

それは次第にテンションの高さに繋がり、次第に声に出る。


ゆき「いえ〜〜〜ぃ!」


れぃ「うひょ〜〜〜!」


まみ「きもちぃ〜〜〜!」


最初の分かれ道。

中級コースと初級の林間コース。


まみ「どうする?」


ゆき「中級コースはちょっと斜度がキツく感じるけど……」


れぃ「……林間コースも幅が狭くて怖いな……」


まみ「どっちも同じ所に出てくるみてぇだけどね」


ゲレンデマップを見ながら三人は相談。


その結果、未だに林間コースと言うものを滑った事がないと言う理由から林間コースを滑る事にした。


初級コースなのでスピードはさほど出ない。

幅が狭いがさほど怖さは感じなかった。


れぃ「……林間コースも雰囲気あっていいな……」


ゆき「ここ、四精霊戦記の森のシーンっぽくてアガる〜」


喋りながら滑れるくらいにゆっくりまったりの滑走。


とは言うものの、たまにエッジが引っかかって転ぶ。

まだまみ達はスノボを始めて5回目の滑走なのだ。


まみ「この前のロッカーの板より、やっぱりエッジが引っかかりやすい気がするね」


ゆき「密かにコケずに滑り切る挑戦してたけど、もう3回もコケてしまった」


林間コースを抜け、ゴンドラの中間駅まで来た。


ゆき「どうする?一番下まで下りる?」


れぃ「……一度下まで行っとこうぜ……」


まみ「この先、ちょっと広いゲレンデっぽいから林間コースとは違ってのびのび滑れそう」


滑りながら相談できるくらいに慣れて来た三人。


ゆき「あっ!あそこ!バーガーエンペラーあるじゃん!」


まみ「ホントだ!お昼、ハンバーガーにする?」


れぃ「……さんせー……」


ゆき「まだちょっと昼ごはんには早いな」


まみ「下まで行ってゴンドラで上がってもう一度下りてきたらいい時間なんじゃねぇ?」


れぃ「……だな……」


建物の間を滑り下りる三人。


ゆき「建物と建物のあいさを滑り抜けるってのも、なんかいいね」


まみ「あたしここのスキー場好きかも」


れぃは無言でグッと親指をつき立て、同意を示す。


やがて開けたコースに出た。


ゆき「広い!」


林間コースではスピードを抑えていたので、開放感から少しスピードを出す三人。


美紅里の指示どおり先頭がれぃ、次にゆき、最後にまみの順番は守っている。


まみ『あ、そう言えば……。れぃちゃんのペースが上がってるってのもあるけど、二人のペースに合わせて滑ってても遅いって感じねぇ』


先頭のれぃが転んだがすぐに立ち上がり、ゆきに追い付かれる事なくまた滑り始める。


ゆきもれぃが転んだのを見て、少しスピードダウン。

ターンするタイミングを遅らせて追い付かないようにしていた。


まみも即座に反応し、滑走ラインを変更して二人に追い付かないようにする。


美紅里の狙いはまさにこれだった。


れぃは誰かの後ろを滑ると器用に真似をして滑る事ができるが、その分視野が狭く自分で滑るラインを決める事が出来なかった。

しかし先頭を滑る事により周囲を見回し、人が少なく安心して滑れるラインどりができるようになっていた。


また、ゆきは慎重であるが故にペースが遅くなりがち。

れぃのペースに合わせ、また、後ろからまみが来ていると言う状況で、サンドイッチになる事である程度スピードを出す事に慣れて来ていた。


そして最も効果的だったのがまみだ。

まみは浅野家の血なのか、スピードを出す事に楽しさを感じていた。

その為に本来の滑る楽しさを本当の意味で理解しておらず、またスピードを出す事に意識が集中し、悪い意味でれぃよりも視野が狭くなっていた。

前にれぃとゆきと言う壁を作り、スピードを出す事への抑制と、それに伴い生じる滑走時の余裕。

その余裕は視野を広げ、臨機応変なボードコントロールを身につけつつあった。


だが、まだ本人達はその変化に気付いていない。


ゴンドラ乗り場まで滑り下りた時、三人は肩で息をしていた。


ゆき「一気に……滑り下りると……やっぱ息上がるね」


荒い息をしながらも満面の笑みでゆきが楽しそうに言う。


まみ「だね〜………でも連続でターンしてると……楽しくって……止まる気にならねぇ……」


まみも息をするのにフェイスマスクが息苦しいのか、ゴーグルとフェイスマスクを外す。


れぃ「……キツいけど……楽しい……」


れぃも例外なく息を切らしている。

声のトーンもいつになく楽しげである。


ゆき「ゴンドラ……ちょっと列んでるね……」


まみ「……息……整えるのに……ちょうどいい感じかも……」


れぃ「……ゴンドラ乗って、スポドリ……飲みてぇ……」


三人は板をかかえてゴンドラの乗車列に並ぶ。


少し息が落ち着いて来た時、いきなり後ろから声をかけられた。


「あ、浅野さんと吉田さんと向井さんじゃん」


まみはもちろん、ゆきとれぃも内心飛び上がった。

スキー場で声をかけられるとは思って無かったから、当然と言えば当然である。

三人に声をかけたのはスキー板を持ち、背中に大きなリュックを背負い、ニット帽にゴーグル、フェイスマスクの男性だ。


れぃ「……誰?……」


普段はこの「誰?」をれぃはネタとして使うが、この時はマジである。


そう言われて男性は「あ……」と小さく声を出し、ゴーグルを額に上げ、フェイスマスクをずり下ろして顔を見せる。


柳江「あぁ、ごめん。柳江だ。ゴーグルとマスクしてたら誰かわんねぇよな」


柳江は文化祭の時に、郷土活性化研究部の展示の為にスキー場の写真を提供してくれた写真部の男子生徒で、ゆき達三人、ののこ、美紅里がコスプレイヤーと言う事を知る人物だ。


ゆき「柳江くんじゃん」


れぃ「……たまげた。リアルにたまげた……」


ゆき、れぃと一緒に列に並び、三人の中では一番後ろにいたはずのまみはいつの間にかゆきとれぃの後ろに隠れる位置に移動し、気配を消している。


柳江「偶然じゃん。三人ともボーダーだったんだ」


柳江には郷土活性化研究部の展示の為に写真を提供してもらったが、三人がスノーボーダーだと言う事は知らせていなかった。

あくまで、この地域の活性化について考えるクラブのクラブ活動の一環としてスキー場の写真を提供してもらうと言う事になっていた。

そもそも柳江はまみ達の目的やスノーボーダーであるか否かなんて事に興味は無い。

彼が興味を持っているのは写真としての被写体。

それは雪山の風景であったり、コスプレイヤーとしての被写体であり、まみ達個人には全く興味を持っていない朴念仁なのだ。


その興味の無さはののこや美紅里に対しても同じで、ののこや美紅里が有名コスプレイヤーであるかどうか、その正体が教育実習生の先生であったり、自分の通う学校の物理教師であるかと言う所には一切の興味を示さない。


ゆき「柳江くんは……写真撮りに来ただ?」


柳江「うん。今日は雲も出てねぇし、空気も澄んでるからいい写真が撮れそうだと思ってね」


れぃ「……スキーをしにきたんじゃなくて写真目的なんだ……」


柳江「スキーはただの移動手段。ゴンドラはスキー無くても乗れるけどリフトはスキー履いてねぇと乗れねぇからな」


しゃべりながらもゴンドラの待機列はどんどん進む。


気付けばもう次にゴンドラに乗る順番だ。


スタッフ「次、4名様ですか?どうぞ」


有無を言わさずゆき、まみ、れぃ、そして柳江の4人はひとつのグループとしてゴンドラに誘導される。


6人乗りのゴンドラ。

最初にゴンドラに逃げ込むようにまみが乗り込む。

続いてゆき、れぃ。

三人が並んで座った座席の対面の席に柳江が座る。


柳江「あ、なんか一緒に乗ってしまってよかったのかな」


『いまさら』である。

既にゴンドラの扉は閉まっている。


まみは気配を消そうとしているが、中間駅で人が乗ってくる可能性があるので柳江は奥の席、まみの正面に座っている。


まみは気配を消そうにも正面に柳江。

うつむいたまま微動だにしない。


柳江はそんな事を気にする事もなく、リュックから一眼レフカメラを取り出し、ゴンドラからの風景に目を凝らす。


ゴンドラ内は無言のまま中間駅を通過。


微妙な空気が流れるのに耐えきれなくなったゆきが少し演技がかった言い方で喋り始める。


ゆき「あ、そうだった!ゴンドラ乗ったらスポドリ飲もうと思ってたんだった〜」


れぃは柳江が現れた事に最初は少し驚いたが、今は「別にどうでもいい」と言った感じだ。

ただ、まみの人見知りを知っているから、れぃなりに気をつかう。


れぃ「……あたしも飲んどこ。まみも飲んどけや〜……」


そんな女子の会話を気にする事もなく柳江は既にファインダを覗き、何度かシャッターを切っている。


れぃに促され、まみも最小限の動きでキツネのリュックからスポーツドリンクを取り出す。


飲むには顔を上げないと飲めないのだが、正面に柳江がいるので飲めずにペットボトルを握りしめるだけになっていた。


それに気付いたのはれぃだ。


れぃ「柳江〜、あれ、カモシカじゃね?」


即座に反応した柳江はゴンドラの上の通気窓からカメラのレンズを出すようにしてカモシカをカメラに収めようとする。


ゆき「……まみ、チャンスだ。柳江くんはカモシカに注意が行ってるから、まみの事、見てねぇ。いまのうちに飲んどけ!」


まみに耳打ちされて、まみはスイッチが入ったかのように迅速に動き、スポーツドリンクを一気に半分飲み、即座にキャップを閉めてキツネのリュックにペットボトルをしまって元の姿勢に戻る。

まるでDVDを倍速再生しているかのような動き。

わずか数秒の出来事である。


ゆき・れぃ『『……なんか凄い物を見た……』』


もちろん柳江はカモシカを撮影するのに夢中で……と、言うよりハナからまみを含む女子三人の動向に興味は無い。


柳江「あ〜〜〜、カモシカ、上手く撮れなかった……」


少し残念そうな表情ではあるが、別にその気持ちをまみ達に伝える意図はない。

ほとんど独り言の域を出ない感じだ。


また無言の時間が過ぎ、そろそろ山頂駅が見えて来た頃に、柳江が唐突に喋りかけて来た。


柳江「そうだ。よかったら滑ってる所の写真撮らずか?」


これは柳江がコミュニケーションを取ろうとした訳ではなく、都合のいい被写体になるかも知れないと思ったからだ。


まみはもちろん、ゆきとれぃも想定していなかった柳江の申し出にあわてる。


れぃ「あ、いや、今はいい」


珍しくれぃがボソボソ喋らない。

あまりの唐突な柳江の言葉にキャラを忘れて素が出てしまっている。


柳江「今は?」


ゆき「あ、あの、あたし達まだ始めて5回目でターンするのがやっとで、まだキャラを表現できるような滑りじゃねぇし、シルフィードの衣装も持って来てねぇし」


柳江「あ、コス滑走を考えてるんだ」


ゆきの突然のカミングアウトに普段は無表情のれぃが目を見開き、小声でゆきを責める。


れぃ『あほ〜〜〜〜!ゆきのアホ〜〜〜〜!』


やらかした事に気付いたゆきはこれまた小声で平謝り。


ゆき『ごめ〜〜〜〜ん!つい、うっかり……』


柳江はそんなゆきとれぃの様子を気にする訳でもなく、「ふ〜ん」といった表情だ。


柳江「3月のコス滑走会、僕も毎年写真撮りに来てるから、じゃあその時写真撮るから声掛けさせてもらう。あ、着いた」


柳江は三人の返答も聞かずにゴンドラを降り、スキーブーツのゴツゴツと言う足音を立てて去って行った。


呆然と立ち尽くす三人。


スタッフにゴンドラ降りたら立ち止まらず出口に向かうよう促される三人。


外に出てとりあえず板を置く三人。


そして謎の間があり、予想どおりれぃが突如キレる。


れぃ「あほ〜〜〜!ゆきのアホ〜〜〜!」


ゆき「ごめん!ほんっとゴメン!ってか、れぃが『今は』とか微妙な言葉足すからじゃん!」


れぃ「うっ…………いや、しかし、どうするよ?柳江、確実に来るぜ?」


ゆき「今日バレなくても当日柳江くんならあたし達の事めっけるだらずしね」


れぃ「グルキャナックで、ずく(やる気)まんまんの時に本名呼ばれてテンション激萎えするよりはマシか……」


ゆき「コスしてる時に本名は言わねぇと思うけど、コスネームで呼ばれて振り向いたら柳江くんが居るってのも腰抜かすな……」


れぃ「とりま、あたしらはともかく……」


ゆき「まみ、死んでるね」


まみ「死んでねぇ」


れぃ「……おぉっ!?生きてた……」


ゆき「何で死んでねぇんだ?」


まみ「死んでねぇけど、死にそうにはなってる」


れぃ「……一応なりとも『知ってる人』だったからか?……」


ゆき「あたしらがコスプレイヤーだって事知ってる人だからか?」


まみ「どっちも。あと……」


ゆき「あと?」


まみ「え〜っと……何だらず……柳江君って基本的にあたし達の事に興味ねぇのがわかるじゃん」


れぃ「……そうなのか?……」


ゆき「いや、わかんねぇ」


まみ「……んっと……、何て言うか柳江君観察してると、写真撮る事には興味あるけど、私達には興味ねぇって言うか……」


ゆき「確かに、無理に会話しようとしたりしねぇな」


れぃ「……最後に言ってた『写真撮らずか?』も、被写体として……って感じだったな……」


まみ「あたし、ほら……ちょっと人見知りじゃん?」


ゆき「『ちょっと』じゃねぇし」


れぃ「……まぁ、そこはさて置こう……」


まみ「あたしもちょっと人見知りだけど、リフトの列に列んでる時とか、前後に人がいても大丈夫なんよ。ただ、話しかけられたりしたら、確実にあたしの存在に気づいてる訳じゃん。柳江君ってあたしが人見知り発動するギリギリのライン上にいる感じなの」


ゆき「さっきのゴンドラ降り場のスタッフさんとかと同じ感じ?」


まみ「うん。声はかけてくるからあたしの存在には気付いてるけど、あたしじゃなくてイチ利用者に声かけてんだよね」


れぃ「……あぁ確かに。コンビニの『いらっしゃいませ〜』と同じ感じな……」


まみ「あたし、人見知りだけどああ言うのは大丈夫なんだ。あたし一人に言った訳じゃねぇから」


ゆきは色々ツッコみたかったが、あえてお口にチャックで黙ってふんふんとリアクションだけしている。


まみ「柳江君ってその感覚に近い……んだと思う」


まみも考えながら話すので、言葉の端々に迷いが見える。


れぃ「……ゴンドラの中でも無理に会話しようとしなかったし、なんなら写真撮るのに夢中だったからな……」


まみ「ぞだから名前呼ばれた時はたまげてどうしずかと思ったけど、ゴンドラの中で『あれ?なんかあたしとかどうでもいいって感じしてねぇ?』って気づいたらちょっと楽になった」


れぃ「……コス滑走の時、写真撮るって言ってたのはいいのか?……」


まみ「ん〜〜〜………わかんねぇ。でも、コミゲのコスイベの時はあたしが巫狐になってたのもあるし、写真撮る人もあたしを撮りてぇんじゃなくて巫狐を撮るのが目的……みたいなとこあるし……」


それを聞いてゆきは「それは違う」と言いそうになったが、それを察したれぃから陰腹に手刀を入れられて言葉をぐっと飲み込む。


れぃ「……ん〜〜〜、まぁ柳江に限らずコス滑走の時も写真はある程度撮られるだらずしな……」


ゆき「うん!あたしも割り切らず!あたしも今まで色んな人見てきたけど、ぶっちゃけ柳江くんほどドライな人間見た事ねぇ」


れぃ「……美紅里ちゃんがつーちょんだって言うのも知ってて、ののこさんの事を知っててもいっさら騒がなかったしな……」


まみ「あーっ!それで思い出した!」


ゆき「何だ?急に」


まみ「美紅里ちゃん、午後から来るって」


れぃ「は?いつのあいさにそんな話になった?」


思わずれぃが素に戻る。


まみ「今朝の事故の時、美紅里ちゃんと電話した時にそう言ってたんだった」


ゆき「何で忘れてただ?」


まみ「事故の事でちょっと頭真っ白になってたから……」


れぃ「……じゃあ、この後バーガーエンペラー行って飯食ってゴンドラ乗り場まで下りたら、ちょうどいいんじゃね?……」


ゆき「だな。じゃあ、気を取り直してバーガーエンペラーまで行かずか」


まみ「さっきと同じルートでいいの?」


れぃ「……いや、林間コースちょっと行った所に初中級コースって看板が見えたんだ。それ通って行くってのはどうだ?……」


ゆき「いいね。いきなり中級より初中級ってコースの方がステップアップに良さそうだもんね」


まみ「あたしは今日は一番後ろだから付いて行くね」


ゆき「よし、行かずか」


三人はとりあえず気を取り直し、バーガーエンペラーに向けて滑り出した。

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